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アルバイターガレイト
元最強騎士と軍艦鳥
しおりを挟む「どうですか、グラトニーさん!」
「まだまだじゃ。全然降りてくる気配はない」
ザ──ザ──ザ──
背の高い草をかき分け、木をすり抜け、崖を飛び越え、風のように山中を駆けるガレイト。
上空には依然、気絶したブリギットを咥えた巨鳥と、グランティ・ダックの群れが悠々と飛んでいる。
そして、そんなガレイトの肩には、肩車の要領でちょこんと座っているグラトニーが、逐一ガレイトにその状況を報告していた。
「ったく、あの鴨、どこまで飛んでいくつもりじゃ」
「すでに、かなりの距離を飛んでいますね……」
「そのかなりの距離を、鴨と並走しておるというのに、全く息を切らしとらんパパはバケモノか何かか?」
「化物はあの鳥です。……まさか、あんな巨大な鳥がこの付近にいたなんて……」
「羽毛の色からして、まず間違いなくグランティ・ダックじゃろうな。他のグランティ・ダックよりも何十倍もデカいが……」
「何を食ったらあそこまで大きくなるのでしょうか」
「いやいや、食生活どうのこうのとかいう問題じゃなかろう! あれはどう考えても突然変異種じゃ!」
「……なるほど」
「まぁ大方、妾と同じで、パパの倒した竜の影響なんじゃろ」
「竜……?」
ガレイトは咄嗟に、とぼけてみせるが──
「ふ、とぼけんでもよい」
「とぼけては……」
「妾はそれなりに耳がいいからの。じゃから、おぬしらの会話も基本聞こえとるんじゃよ。……聞こえとるうえで、普段は聞こえないふりをしとるだけじゃ」
グラトニーは意地の悪い笑みを浮かべると、ぽんぽんとガレイトの頭を撫でるように叩いた。
「……グラトニーさんも人が悪い」
「ふふ、パパたちの茶番にも付きおうとるんじゃから、むしろ人はええほうじゃろ」
「とにかく、俺の殺したあの竜の血が影響している……ということですね?」
「仮定じゃが、あそこまで巨大化しとるとなると、もはやその可能性が一番大きい。それに、パパがその竜を仕留めたのは、グランティ周辺なんじゃろ?」
「はい……」
「なら、あのモーセとかいう小娘が言うておった〝生態系への影響〟というのもまた、関係してくるじゃろうな」
「竜の血……まさか、それほどまでとは……」
「しかし、竜の血がもたらすのは必ずしも良い事だけではない」
「……というと?」
「竜の血の効果は絶大じゃが、それにより生じる摩擦もまた、苦痛という熱を帯びて、あの鴨を苦しませておる」
「つまり?」
「……急激な体の変化に、あの鴨の体も悲鳴を上げとるのじゃ」
「なるほど」
「うむ。あの鴨、怒りと戸惑い、そして苦しみに苛まれておる」
「……わかるのですか? 動物の言葉が?」
「いや、わからんが」
「え?」
「何を言うておるかなんて、理解できるわけなかろう。あやつらに言語を操るような脳みそなどある筈もない」
「ですが……」
「じゃが、あやつらにも感情はある。嬉しい、ムカつく、哀しい、楽しい……言語化は出来ずとも、通じ合うことはできるのじゃ」
「な、なるほど……」
「じゃから、あの鴨の場合は、『急に体が大きくなってびっくりしたグワ。体の節々も痛いし、なんか適当に視界に入った人間に当たり散らしてやるグワ』……といった感じじゃろうな」
「………………」
ガレイトは急に押し黙ってしまった。
「いや、なんか言わんかい。恥ずかしくなってくるじゃろ」
「……ああ、すみません。別の事を考えていました……」
「あのな……そのうち泣くぞ、妾」
「俺の何気ない行動によって、あの鴨を苦しませ、ブリギットさんにも迷惑をかけているんだな……と考えると、不甲斐なくて……」
「まじめじゃな」
「──せめて苦しませずに、一撃で仕留めてやろうという気持ちになります」
「リアリストじゃな」
◇
「見つけました。巨大なグランティ・ダックです」
「……いや、報告せんでも見りゃわかるが」
グランティ・ダックの群れは、元々ガレイトたちがいたグランティ湖から飛び立つと、しばらく列をなして飛んだあと、また別の湖へと降り立っていた。
グラトニーが『見りゃわかる』と言った通り、そこには数羽のグランティ・ダックと、ひときわ大きなグランティ・ダックが、何事もなかったように湖の上をプカプカと漂っていた。
「つか、あの図体で水に浮くんじゃな。翼をたたんでる状態でも、パパより大きくない?」
「……聞いたことがあります」
「なんじゃいきなり」
「鴨に限らず、水鳥の羽には油のような成分があって、それが水と反発しあって、浮いているのだと」
「なるほどの。でも、あそこまで大きくなると、水とか油とか意味ないんじゃない?」
「そこは、まぁ、水面下でバタバタと足をバタつかせているのでしょうね」
「水面は波も立たず、澄んでおるが……」
「……そんなことよりも、ブリギットさんを探しましょう」
「パパさぁ……」
ガレイトは呆れ顔のグラトニーを肩からそっと降ろすと、鳥たちには気づかれないよう、姿勢を低くして歩き始めた。
「どこへ行くつもりじゃ?」
「とりあえず、彼らの巣へ」
「巣……? ここにあるのか?」
「わかりません。ですが、着水時まで咥えていたブリギットさんの姿が今はない……となると、巣に安置されている可能性が高いのでは、と」
「それかもしくは、着水時の衝撃で湖の底か……じゃな」
「縁起でもないことを言わないでください」
「すまんすまん。ちなみに、鴨どもの巣がどこら辺にあるのか知っとるのか?」
「……湖畔の、外敵から隠れられるような場所にあるときました」
「ふむ……わかった。では、妾もパパと手分けして小娘を……」
「見つかりましたー!」
「早いな!?」
すでに水辺まで移動していたガレイトが、グラトニーに向けて大きく手を振っている。
そして、その足元には、鳥の唾液にまみれたブリギットが、白目を剥きながら気絶していた。
「……って、馬鹿者! 鴨に気づかれたぞ!」
『ブォォォオオオオオオ……!!』
ザバザバザバ……!
ガレイトに気づいた巨大なグランティ・ダックが、ものすごい勢いで接近していく。
津波のような巨大な航跡波を立て、水鳥特有の低い鳴き声を上げながら進む姿はまさに軍艦。
それに対し、ブリギットを守るように立ち塞がったガレイトは、懐に忍ばせていた包丁を取り出すと、柄を両手で持ち、そのまま天高く掲げた。
太陽の光を受け、ギラリと光を反射する包丁。
斬──
ガレイトが一息に包丁を振り下ろすと、その刹那、空間が歪み、湖が縦に割れた。
軍艦は勢いそのままに直進すると、やがてガレイトたちに差し掛かったところで、その体が二又に分かれ、そのまま絶命した。
ザパァン……!
水面が割れて、湖の底の土が露出した部分に、再び大量の水が流れ込み、大きな波が立つ。
遥か後方で控えていたグラトニーは、その光景をただ茫然と見送っていた。
「なんじゃ、あの化物」
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