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羞恥に喘ぐ蠅

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 俺の脳が目の前で繰り広げられている光景を、情報を、取り込むことを拒絶する。
 最初見た時、『何者かから攻撃を受けているのではないか』と考えたが、それだと蠅村が呑気に、ローゼスの目の前でコーヒーに舌鼓を打っている事に説明がつかない。
 そして、それとはまた別の可能性──蠅村がローゼスに危害を加えているという可能性だが、肝心のローゼスには外傷らしい外傷が見当たらないし、それだと蠅村が呑気に、ローゼスの目の前でコーヒーに舌鼓を打っている事に説明がつかない。
 というか、なぜ蠅村はこの状況で呑気にコーヒーを飲み続けられているんだ。


「(ニコッ)」


 蠅村は俺の視線に気付くと、飲んでいたカップを俺にずいっと差し出してきた。さきほどまですすっていたからか、ストローの先端部分が微妙に濡れている。
 飲めという事なんだろうけど──


「いや、なにこの状況?」

「んんんんー!! むむむぐっ!? むぐっ! んむむむむぁー!」


 俺に何かを訴えかけるように、陽の当たるテラス席でもぞもぞとうごめくローゼス。絵にしたらものすごく抽象的でマヌケぽく見えるけど、おそらくそうも言ってられない状況。


「……ローゼスは相変わらず元気が良いな?」


 混乱している俺はとりあえず、ローゼスを拘束していた魔法で出来た紐を、力任せに断ち切った。


「ぷはァっ! てンめェ! ハエ野郎! ぶッ殺す!」


 拘束が解かれた瞬間、ローゼスが蠅村に襲い掛かる。俺は咄嗟に手を伸ばしてローゼスを制止しようとするものの、反応が一瞬遅れ、ローゼスが着ていたパーカーのフードを掴んでしまう。
 案の定、ローゼスの首がカクンと前のめりになってしまい、ローゼスは「うげ……」と小さく漏らして、その場にうずくまってしまった。


「す、すまんローゼス……大丈夫か……?」

「げほっ! げほけほっ……! 大丈夫な……ワケ……あるか!」


 どうやら相当首にダメージがあったようで、ローゼスは芋虫のように体をうねらせて、立ち上がれないでいる。ローゼスもこの状態だし、とりあえず、会社に行く前にこの状況について訊いとくか……。


「……蠅村、なんでこんな事を?」


 蠅村は口元に手を当て、しばらく何か考えたあと、ひょいひょいと奇怪な踊りを踊り始めた。盆踊りのような、ドジョウ掬いのような踊りを真剣な顔で、一心不乱に踊っている。
 いままではなんとなく言いたい事や伝えたい事がわかってこれたけど、これに関してはマジで意味が解らない。いや、解りたくない。
 ふと逃げるように視線を逸らすと、通りの人たちも今まで注目していたのに、蠅村が踊り始めた瞬間、まるで見てはいけないものを見ているような表情で、通り過ぎて行っている。
 俺は居ても立っても居られず、隣にいたレヴィアタンに目で助けを求めた。


「おお、なるほど」


 レヴィアタンはわざとらしく、ポンと手を叩くと蠅村の飲んでいたコーヒーを俺に渡してきた。


「喉が渇いていたのでしょう?」

「アホか! ちがうわ! 通訳をしてくれ、通訳を!」

「通訳……ですか?」

「そうだよ、蠅村が何言ってるのか教えてくれ」

「いえ、僕にもわかりません」

「じゃあなんで『ふむふむ』って何度も頷きながら踊りを鑑賞してたんだよ」

「いえ、見事な舞だな、と」

「どこが!?」


 俺はレヴィアタンとの不毛な会話を切り上げると、蠅村に向き直った。


「……とにかく、蠅村、何か伝えたいことがあるなら、変なパントマイムじみたことはやめて、きちんと言葉で伝えてくれ。ボディランゲージは言葉ではなくて表現だからな? 気持ちは伝わるかもしれないけど、意味は伝わらないからな?」

「(かぁぁ……っ)」


 俺がそう言うと、蠅村は顔を真っ赤にし、手で顔を覆ってしまった。


「……なにこれ」

「ふむ、どうやら恥ずかしがっているようですね」

「それはさすがに見りゃわかるよ」

「ほう、ほうほう……ふむふむ」


 レヴィアタンがひとりでまた何やら頷き始めた。さっき言っていた〝念波〟とかいうやつだろうか。たしかにこちら側は何も感じないし聞こえない。こう見るとすごく便利だな。


「……わかりましたよ、マコトクン」

「あ、ああ……それで、蠅村はなんて言ってるんだ?」

「『は、恥ずかしい……!』って言ってます」

「見りゃわかるっつってンでしょうが!!」

「いえ、それが続きもありまして……」

「ならそっちから言ってくれよ!」

「『なんとかして口語を使わず、肉体言語で表現しようとしたら、恐ろしく冷静なツッコミが飛んできて我に返り、自分の愚かな行為を顧みて、急にこの場にいる事に羞恥を覚えてしまった』そう言っています」

「掘り下げて、冷静な分析しなくていいから! ていうか、俺が訊いてるのはそういう事じゃないだろうがよ!」

「待ってください、マコトクン。鈴は暴れていたローゼスクンを捕獲したと言っていましたし、普通に考えて、ローゼスクンを拘束したまま、この場でコーヒーを飲んで僕たちを待っていたのではないでしょうか」

「……な、なんで気づかなかったんだろう……!?」


 たしかに、冷静に考えてみたら……というか、冷静に考えなくても、その考えには行くつくはず。おそらく、この状況が俺の判断力や思考力を著しく低下させていたんだろう。
 そういう事にしておこう。
 俺はそう自分の中に区切りをつけると、恐る恐る蠅村に尋ねた。


「……そういう事なのか? 蠅村?」

「(こくり)」


 蠅村は手で顔を覆ったまま、静かに頷いてみせた。
 俺は肺の中の空気をすべて吐き出すようなため息をつくと、倒れたままピクリとも動かなくなっているローゼスに声をかけた。


「……ローゼス、ひと晩中頑張ってくれたのはすごく嬉しいし、助かったけどさ……蠅村に何か言う事あるよな」

「ごめんなさい」


 ◇


 仕切り直し。
 俺たち四人は席に着くと、丸い小テーブルを中心に添えて作戦会議を始めた。


「──作戦は簡単です」


 最初に口を開いたのはレヴィアタン。どこから入手したのか、社屋の見取り図をテーブル上に広げた。


「会社の正面玄関からは僕と鈴が。そして、別動隊としてマコトクンとローゼスクンが裏口、つまり正面玄関から見て、反対方向にある小さな扉から突入してください。そのまま逃げ道を潰し、上へ上へと追いつめます」


 レヴィアタンは社屋の見取り図を丁寧に指さしながら話を進めた。


「わかった」

「ここで注意してほしいのは、魔物と一般人の見分けです。おそらくあの会社には魔物と、一般人が混在していると思われます」

「その根拠は?」

「そうでないと、会社という体裁を保てないからです。目的は魔物転移装置というアプリの開発と〝流通〟です。開発に関しては魔物にもできますが、流通に関してはそれなりに知識とコネがなければ無理でしょう」

「てことは、その人間もターゲットってことでいいのか?」

「いいえ、一般人はターゲットからは外れます」

「……理由は?」

「何も知らずに協力している可能性が非常に高い。つまり、あの中にいる一般人は何を作っているか知らないのです」

「マジかよ」

「ええ、分業体制を敷いている場合、このケースは決して珍しい話ではありません。それに、騙すだけなら何とでも言えますからね」

「……わかった。ターゲットじゃないって言うんなら、攻撃する必要はないな」

「はい。あと、出来れば、攻撃するのは構いませんが、出来れば生け捕りにしていただきたいのです」

「話を聞くためか?」

「はい。それを聞くために我々はここまでやってきましたからね」

「わかった。けど、生け捕りとなると殺すよりも難しくなるし、周りに被害が出来るかもしれないけど、そこら辺は大丈夫なのか?」

「はい。何か対策を考えておきます」

「……屋上へ追いつめた後、逃げられる可能性は?」

「そこらへんは臨機応変にやりましょう」

「行き当たりばったりじゃねえか!」

「善処します」

「はぁ……そうしてくれ」

「あ、あとこれを……」


 そう言ってレヴィアタンが渡してきたのは、笑顔の仮面と泣き顔の仮面だった。レヴィアタンはその仮面を二枚、俺とローゼスに手渡してきた。


「……なにこれ」

「ボスからの贈り物ですよ。マコトクンやローゼスクンもそうでしょうが、面が割れると色々と厄介でしょう。そこでせめて顔だけでも、とこういったものを」


 たしかに、このまま突入するのも後々面倒なことになるかもしれない。デザインはアレだけど、俺とローゼスは何も言わずそれを手に取った。
 材質はプラスチック。恐らく妙な魔法や呪いはかかっていない、ただの市販品だろう。


「いちおう礼を言っとく」

「──では、そろそろ作戦を開始しましょうか」


 レヴィアタンが号令をかけると、蠅村は俺たちが今まで見ていた見取り図を跡形もなく燃やし尽くした。
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