上 下
13 / 39

すれ違い・掛け違い・勘違い

しおりを挟む

 ──放課後。
 昼休憩の終わり間際、姉ちゃんに
『これからはあんまり激しい遊びはしないでね』
 と、子どものような釘の刺され方をして今に至るまで、特にこれといった出来事は起きないまま、この時間を迎えた。


「よーし、終わったー! 一緒に帰ろうぜ、高橋!」


 野茂瀬の元気な声。それと同時に腕が飛んできて、あっという間に肩を組まれてしまった。おそろしく速い肩組み、これが陽キャの距離感というやつか。
 正直、昼にあんな事があったから距離をとられるんじゃないか、と思っていたから、こんな感じで接してくれるのは正直ありがたい。
 ありがたいんだけど、ひょっとしたら、三柳に殴られたショックで記憶が欠落してるんじゃないか、と心配になってしまう。

 そういえば大島は俺が殴り飛ばした後、そのまま保健室に運ばれたらしい。派手に吹っ飛ばしてしまったが、咄嗟に風の魔法で頭と背中を守ったので、大事には至っていないと思いたい。その後、とくに呼び出しなんかもなかったから、たぶん大丈夫だろうけど。


「つか、高橋ん家ってどの辺なん?」


 うん、姉ちゃんの事を諦めていないところを見る限り、記憶が欠落しているわけではなさそうだ。よかった。
 野茂瀬の事についてはひとまず安心したけど、野茂瀬の──その周り。他の男子の顔は暗い。やはり俺と絡むことに、少なからず抵抗を覚えているみたいだ。十中八九、俺と仲良くしていると、三柳たちに目をつけられると思っているのだろう。
 だから、俺がここでとるべき行動は──


「ごめん野茂瀬、今日ちょっと用事があってさ、また今度誘ってよ」

「ん? ああ……そか。用事なら仕方ねえな!」

「ほんとごめんね」

「いいよいいよ、んじゃ、また明日な!」


 野茂瀬はそれだけ言うと、手を振りながら教室から出ていった。用事が何か訊いてこなかったのは、野茂瀬なりに色々と察してくれたからだろう。色々と助かるけど、このままの感じで付き合っていくのはしんどいだろうな。俺も、野茂瀬たちも。


「さて……!」


 俺はグイっと背伸びをすると、ゆっくりと後ろを振り返った。そこには俺をじっと見上げている蠅村がいた。気配を消しているわけでも息を殺しているわけでもなく、ただじっと俺の顔を見上げている。どうやら何があっても声は発さないようだ。


「……一緒に帰ろうって?」

「(ニコッ)」


 蠅村はなぜか満面の笑みを浮かべる。たしかに、ローゼスがどうなってるか気になる。それに、どのみち今日は不破のところに行く予定だったけど──


「先に校門から出て、ちょっと歩いたところで待っててくれるか?」


 俺がそう言うと、鈴村は首を傾げてみせた。


「さっきの俺と野茂瀬とのやりとり見てたろ? 用事があるからって断っといて、転校生の女子と仲良く下校してたら、何言われるかわからないだろ?」


 ここまで言ってもわからなかったのか、蠅村は顎に手をやって、わかりやすく考え込むような素振りをしてきた。


「人間にも色々とあるんだよ。あとで追いかけるから、とりあえず今は先に帰っといてくれ」


 ポン、と蠅村はわかりやすく手を叩く。それにしても、なぜこいつのリアクションはいちいち古いんだ。


「(バイバイ!)」


 俺が呆れていると、蠅村は小さく手を振って、そそくさと教室から出ていった。俺は蠅村を見送ることはせず、イスを引いて再び着席すると、教室の前方上部の壁掛け時計を見た。

 あと二分くらいしたら出よう。
 そう思い、俺は何気なしに教室内を見渡す。教室内にはまだ何人かの生徒が残っていた。ある者は談笑していたり、ある者は部活動の準備をしていたり……そしてある者は、教室の外から俺を睨みつけていたりしていた。
 というか藤原だった。
 別々のクラスだから気軽に教室内に入ることもできないし、コミュ障なので誰かに話しかけて俺を呼んでもらう事も出来ないから、ああして遠くから念を送っているのだろう。
 そういえば話がある、とかなんとか言っていたっけ。
 正直、神通力や陰陽道関連の事について、これ以上掘り下げるわけにもいかないし、掘り下げる気もない。かといって、このまま無視するのも忍びない。
 ……仕方ない。手招きだけでもしてみるか。
 俺が手招きすると、藤原の顔はパァと明るくなり、嬉々として教室内に足を踏み入れてきた。


「フハハハハハ! 我を呼んだか、従者よ!」

「……まあ、呼んだっちゃ呼んだかもな。それで、用は何?」


 わかりきったことを訊く俺。しかし、そんな俺に対し返ってきたのは意外な返答だった。


「先程……貴様が語らっていたのは、もしや件の転校生ではないか?」

「転校生……? ああ、もしかして蠅村の事か」

「蠅村と言うのか……小物……否……気配を……消……」


 藤原は『蠅村』の名前を何度も反芻するように、口元に手を当てて考え始めた。ついでに何やらブツブツ言ってる。
 なるほどな。いくら厨二病を患っていても、藤原は思春期の男子高校生。隣のクラスとはいえ、可愛い転校生は気になってしまうのだろう。
 だが、俺はここで心を鬼にして『やめておけ』と言わなければならない。たしかに顔はいいかもしれないけど、あいつはあくまで魔物で、現魔王軍最高幹部の一人。

『ひと夏の、誰でも経験する甘酸っぱい恋の火傷』

 ──なんて生易しいもので済むはずがない。身を煉獄の炎で焦がされ塵ほどの自我をも保てなくなるほどのトラウマを心に、魂に刻み込まれるだろう。友達としても、良識ある人間としても、ここは注意喚起をしておかなければ。


「あの蠅村という転校生……従者と懇意であるように見受けられたが、どのいった間柄なのだ?」

「……なんだ、蠅村が気になるのか」

「いや、気になるというよりもアレは──」

「やめとけやめとけ。少なくともあいつは……蠅村は、藤原の手に負えるようなやつじゃない」

「ム。……彼奴はそれほどまでに強大だと言うのか?」

「強大? うーん……なんというか……外面はいいかもしれないけど、そんじょそこらのとは比べ物にならないほど……まあ、強大なんだろうな。わかりやすく藤原の言葉を借りるなら」

「たしかに只者ではないと感じ取ってはいたが、まさか従者をもって、そこまで言わしめるとは……ッ」

「とにかく、そもそもの話、藤原ってあんまりそういう経験ないだろ?」

「な、なぜ我があまり経験を積んでいない事がわかった!?」

「なぜって……そりゃ何となくわかるだろ」

「さ、流石は従者だ……ひと目でそこまで見破ってくるとは……!」

「いや、たぶんみんな普通にわかると思うけどな」

「そんなワケが……いや、フフフ、我を謀ろうとしているな? もしくは従者なりの善意か……」

 善意です。

「……そんな訳だから、藤原がいきなり蠅村に行くのは危険だし、はっきり言って自殺行為だと思う」

「たしかにこの件、我の手には余るだろう……しかし、我としても見過ごすわけには……むむぅ、そうだ! ならばこの件、我が従者に任せてもよいだろうか?」


 任せる?
 何を任されるかイマイチよくわからないけど、藤原が手を引いてくれるのならそれに越したことはない。ここは同意しておいたほうがいいな。


「ああ……俺に任せてくれ。バッチリけじめをつけてやるよ」

「フフ、流石頼もしいな。我が至らぬばかりに世話をかける。この埋め合わせはいつの日か、必ずや」

「そんなのいいって。それよりもホラ、蠅村なんて忘れて、藤原は新しい子見つけて来いよ」

「承知した。我には我なりに出来る限りの事はしよう。……では、よろしく頼んだぞ我が従者よ。くれぐれも深追いはするな」

「あ、ああ……わかった」


 まさかそれを藤原に言われるとは……。
 俺が了承すると、藤原はグッと親指を突き立て、教室から出ていった。

 それにしても藤原のやつ、変に物分かりが良かったな。普通、自分の好きな人が『なんかやべーから諦めろ』なんて言われたら多少はムッとしたり、反論してくるけど、そんな素振りが一切なかった。
 藤原も言ってたけど、経験がないからどうしたらいいか、わかってないだけなのかもしれない。そういう俺も経験したことないけど。

 でも、そうなってくると、俺って藤原の初恋を潰したことになるんだよな。なんかそう考えると、今になって罪悪感が……いやいや、でも魔物と付き合って大やけどするよりは何万倍もマシだろう。たぶん。

 ……そういえば結局、神通力や陰陽道とかいうのに触れてこなかったな。まあ大方、蠅村の事で頭がいっぱいだったとかだろう。


「……あ、やべっ!」


 何気なしに時計を見ると、結構時間が経っていた。藤原と予想以上に話し込んでしまったようだ。俺は急いで立ち上がると、未だ生徒が残る教室を後にした。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

ハズレ職業のテイマーは【強奪】スキルで無双する〜最弱の職業とバカにされたテイマーは魔物のスキルを自分のものにできる最強の職業でした〜

平山和人
ファンタジー
Sランクパーティー【黄金の獅子王】に所属するテイマーのカイトは役立たずを理由にパーティーから追放される。 途方に暮れるカイトであったが、伝説の神獣であるフェンリルと遭遇したことで、テイムした魔物の能力を自分のものに出来る力に目覚める。 さらにカイトは100年に一度しか産まれないゴッドテイマーであることが判明し、フェンリルを始めとする神獣を従える存在となる。 魔物のスキルを吸収しまくってカイトはやがて最強のテイマーとして世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを追放した【黄金の獅子王】はカイトを失ったことで没落の道を歩み、パーティーを解散することになった。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

処理中です...