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ニューオーダー

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『勇者を籠絡する!?』


 四戦士の声が食堂に響く。
 皆一様に目を白黒させ、互いに顔を見合わせてた。
 なんだか前よりもリアクションが大袈裟な感じもするが……、無理もない。
 これはいわば、追い詰められた末に導き出した、口は悪いが、半ばヤケクソみたいな案だからだ。
 しかも、参考文献はこの前、僕がやっていたギャルゲーだ。
 もうほんと、マジでヤケクソである。
 でもまあ、たまにはこういう周があっていいよね。ってことで、そう、これはいわば息抜きなのだ。たとえ魔族であったとしても、息抜きは必要不可欠。適度にガス抜きしなければ、大爆発を起こしかねない。そのためのこの周だ。なんだか言いわけっぽくなってるけど、決してそんなことはない。


「そ、それはつまり……、魔王様のテクで勇者と……その……、ワンナイトカーニヴァル!?」


 眼鏡から煙をだしながら僕に質問してきたのは、ベリアンヌだった。
 なんだこいつは。どうなっているんだそれは。
 僕よりこいつのほうが爆発しそうな勢いじゃないか。


「エンジェルめ……早まるな、そういう事じゃな――」

「んなわけないじゃん。……たく、なに考えてんのよあんた。四六時中発情してんの?」


 僕の言葉を遮るようにして訂正してきたのはザブブだった。ザブブはベリアンヌを尻目に、呆れたような顔でため息をついてみせた。


「そんなことはない! ……けど、い、いや、しかしだな、ザブブ……籠絡だなんて……!」

「……あのね――」


 そうだ、ザブブ。
 もっとガツンと言ってやれ。


「魔王様にそんな甲斐性、あるわけないじゃない」

「……あれ? そっち?」

「なるほど……、で、では、さきほどの魔王様の言葉の真意は……!?」

「知らないわよ。どうせ、思いつきなんじゃない?」


 その通りだけど、ひそひそ話ならもうすこし音量を下げてほしい。
 普通に傷つく。


「そ、そこらへん、いかがなものでしょう!? 魔王様!?」

「いかがなものって……。いや、それはほら、恋は人をダメにさせるって、よく言うじゃん? 恋をしてしまうと、その相手の事を一日中考えちゃうとかさ。要するに、勇者を腑抜けにさせるんだよ。それで、そこをサクッと、こう……わかる? ズキュュゥゥウンてさ」

「なにその、泥水で口をすすがれそうな擬音……。でも、魔王様。恋は時として、人を成長させるとも言いますけど?」


 ザブブが頬杖をつきながら、やる気がなさそうな感じで言ってきた。


「なんて反応に困る切り返しをしてくるんだ、おまえは。……いいか、今回はその側面は無視していきます!」

「ふーん。……もしかして、魔王様はもう、勇者に恋してたりとか?」

「なんでそうなるんだよ。おかしいだろ」

「いやいや、『おかしい』なんてことはないですよ。愛だの恋だの、とかいうのは結局、脳が作る幻想。なんども殺されるうちに、それが快感に変わり、やがて、それを愛だと倒錯してしまった……とか、不思議じゃないんじゃないですか~?」

「おまえはどうしても、僕を変態か、それに準ずるものにカテゴライズしたいようだがな、いいか、ここで断言しておくが、僕は変態でも、マゾヒストでもない。いたって普通の魔王だッ!」

「ちょっと何言ってるか、よくわかんないですね~」

「なにがわかんないの?」


 ザブブは首を傾げ、軽くお道化てみせた。
 こいつ、絶対僕で遊んでるだろ。


「……はあ、もういいや。で、そこの恋愛脳な方以外、理解してると思うけど、愛だの恋だのってのは、あくまで表面上のみってこと。まあ、わかってると思うけどね。幸い、あいつはコミュ症にして、半、天涯孤独。ちょっとでも親身になって、優しくしてやれば、イチコロなんだよ! たぶん!」

「ねえねえ魔王様、その半天涯孤独……て、どういう意味なんですか?」

「あいつの親は仕事の関係上、ほとんど家に居ないうえ、それが幼少期から現在まで続いているんだ。僕の予想では、顔すらもまともに見たことがないんじゃないか、と考えている」

「それで半天涯孤独……ですか?」

「ああ」

「……てゆーか、なんで魔王様がそんなこと知ってるんですか?」

「え? ……あれ? そういえば、なんで知ってるんだろう。まあでも、たぶん、どこかで聞いたんだよ。時間逆行を繰り返すうちに、きっかけを忘れても不思議じゃないだろ?」

「そっか。……でも、うーん、フミカは反対ですかね」

「え? 半天涯孤独って造語、ダメ?」

「そうじゃなくてですね。だって魔王様、女の子と付き合ったこと、なくないですか?」

「あ、あるわ! 事あるごとにデートしてるわ! 毎日がエブリデイだわ!」

「毎日はエブリデイですよ。……大体それ、デートって言ってもどうせ、恋愛ゲームとかの事でしょ?」

「な、なぜ、それを……!」

「はぁ……。普通に考えたらわかりますよ。それに、そもそもの話、どうやって勇者ちゃんを落とすんですか?」

「だからそれは……」

「さっき言ったことで、女の子が簡単に落ちると思ってるんですか? 好感度が上下する選択肢とか、目の前に現れないんですよ?」

「なに!? そうなのか!? じゃあ、爆弾とかは……!?」

「……爆弾って何? て、それよりも、やっぱり普通に倒したほうがいいんじゃないですかね? 相手はたった一人なんでしょ? 数ならこっちのほうが多いですよ?」

「だから言ったろ。それは無理だ」

「……ねえ、魔王様。ところでそれ、その話、本当なんですか? 本当にフミカたちが力を合わせても、勇者に歯が立たなかったんですか?」

「ああ、そうだ。歯が立たないどころか、もはや蟻と象だ。まともにやり合うのはバカバカしいくらい、力の差がある」

「むぅ~……、魔王様のいう事だから、本当なのはわかるけど、こう……、なんか釈然としないんですよね~……」

「おっと、実際に確かめてみようとするなよ?」

「え? なんでそんなこと――あ、もしかして……」

「そうだ。ザブブ、おまえは一度、僕の制止を聞かず、特攻をかけたことがあった」

「やっぱり。それで……結果は?」

「見事に返り討ちにされたよ。見事にな」

「……なんで二回言った?」

「とまあ、こんな感じで、ほんとに色々と、おまえらとアレコレ試行錯誤して、どうにかして勇者を打倒しようとしたけど……無理だった! この際はっきり言っておく。正攻法で勇者を倒すのは無理だ。そこは潔く諦めてほしい。……とくに、アトモス」

「俺ですか」

「ああ、おまえの性格は知っている。こういう、コソコソしたやり方が気に食わないってこともな。だけど、ここはグッと堪えてほしい。おまえたちの内、ひとりでも欠くことになったら、それこそ勇者攻略は絶望的になってしまう。そしてなにより、僕が悲しい。だから、素直に僕の方針に従ってほしいんだ。さっきベリアンヌはああ言っていたが、おまえたちが僕に従順なのはわかる。けど、それが必ずしも、同じ方向、同じ終点・・を向いているとは限らない。僕たちは、主従――使う者と使われる者の関係ではあるが、これに関しては同じ目線で、対等でありたい。そうでないと、どんな作戦にも綻びは出てしまう。だからどうか、僕に力を貸してほしい。お願いだ」


 そう言うと、僕は目を瞑り、四戦士に対し頭を下げた。


『ま、魔王様……!』


 四人全員が僕の名前を呼ぶ。


「まあ、こんな感じでね。頑張っていきたいんすよ、僕は」

「魔王様……その軽い感じで、すべて台無しです」

「おっと、慣れないことやったから、つい……。まあ、とにもかくにも、そういう方針でいきますんで、そういうつもりで」

「それにしても驚きです。まさか、魔王様の口からそのようなお言葉が出てくるとは……」


 いつの間にかトイレから帰還したハルゴンが、ハンカチで手を拭きながら言った。
 今、チラリとだけだが、ポケットに何かをしまったように見えた。その形状から見て、十中八九、携帯電話だろうと思うけど、僕たちの前で滅多に携帯を触らないこいつが、珍しいな……。
 たぶん、トイレで使用していたのだろう。
 全く、痔になっても知らんぞ。


「それで、さきほどのザブブの質問に戻るのですが、具体的にはどうするのですか?」

「どうって?」

「え? いや、その……、仮にとはいえ、勇者と恋仲になるのですよね?」

「だね」

「ですから、その、作戦というか、計画というか……。それを知らなければ、こちらとしても対策をたてられませんし……」

「作戦か……。選択肢がないのであれば、ここは正攻法で、ちょっとこっちから押せば、すぐにコロッと――」

「ま、魔王様……それはちょっと……」
「はーあ、言わんこっちゃない」
「魔王様、正気ですか」
「………………」

 僕の発言に対し、一斉に難色を示す四戦士。
 なんだ?
 これ以上ない作戦だと思うんだけど……、なにが気に食わないんだ?


「……ですが、これで大体、我々が立たされている状況が把握できました」

「お、さすがはハルゴン。もうなにか作戦を思いついたのか?」

「……はい。おおまかに、ですが。……しかし、あまり楽観視できる状況でもないと思います」

「へえ、そうなんだ?」

「だからね、そんな感じで、ヘラヘラ笑ってる場合じゃないってことですよ。わかってんですか?」

「お、おう。なんかあたりがキツイな、ザブブ」

「そりゃ、魔王様がそんなんでしたら当たりもキツくなりますよ。たしかに勇者を籠絡して、腑抜けにさせるという作戦は面白いですけど、その作戦の要はどう考えても魔王様なんですよ? しかもその魔王様がこんなんじゃ、落とせるものも落とせませんって」

「こんなんって……」

「ところで魔王様。ひとつ確認しておきたいのですが、勇者はいま、何を……?」


 この流れを断ち切るようにして、ハルゴンが僕に質問をしてきた。


「何をって?」

「さすがにこの時代、勇者一本で、飯を食っていくことはできません。だから、他になにか職業が……」

「そういうことか。あいつは学生だ。この休み明けに、僕の学校に転校しに来る」

『ええ!?』


 四戦士が一斉に驚きの声をあげる。
 忙しないやつらだ。


「ま、魔王と勇者のスクールライフ……、ですか」

「……ちょっと、なに興奮してんのよ、ベリアンヌ」

「こ、興奮してなどいない! どどど、どこにそんな根拠があるというのかね!? ザブブくん!?」

「……その口調でしょ。……それにしても、まさか同じ学校だなんて……ツイてるんだか、ツイてないんだか……」

「しかし、これでより、具体的な作戦が立てられるというものです」

「おお、さすがはハルゴン。大体のイメージが固まってきたか?」

「はい。舞台が学校なら、いかようにも。しかし、そうなってくると……」


 ハルゴンはそう言って、四戦士を見回した。


「……なによ」
「なんだ、どうかしたか」
「スクール……ハァ……ライフ……ハァ……ハァ……」


 ハルゴンにの突き刺すような視線に対し、ベリアンヌを除く、ザブブとアトモスのふたりが、怪訝そうな表情で返事した。


「べリアンヌはこの際おいといて……、問題はおふたりです」

「フミカが……、なんだってのよ。どこに問題でもあるっての?」

「はい、それはもう、大いにあります」

「な、なによ……!」


 ただでさえ鋭いハルゴンの視線が、キッと、より一層鋭くなる。
 ザブブはそれに気圧されたのか、さきほどまでの強気な表情を引っ込め、すこし狼狽えている。すげー、さすが顔面凶器。


「ザブブには、魔王様の学校に編入し、魔王様のご学友として振舞ってもらいます」

「――え? なに、いきなり? どゆこと?」

「幸い、ザブブの見た目は若く、高校生にもギリギリ見えなくもない」

「あれ? もしかして、フミカに喧嘩売ってる?」

「いえ、そのような自殺願望など持ち合わせていません。……有体に言わせていただくと、アイドル活動を辞めていただきます」

「辞める? フミカが? アイドルを……?」

「お、おい、ハルゴン。それはちょっと……、ザブブはアイドルがやりたくてアイドルやってるんだし、それにまずは、詳細を――」

「いーよ。おっけー」

「軽っ!? え、いいの!?」

「はーい。もちろん、おっけーですよ。それに……ねえ、ハルゴン?」

「なんでしょうか」

「なんかよくわかんないけど、この作戦が成功すれば、またアイドル、復帰してもいいんだよね?」

「はい。作戦後あれば、如何様にも。貴女のしたい事をしていただいて、何も問題ありません」

「ならいいや」

「まじで? こっちとしては、ハルゴンの言う通りにしてもらうのは助かるけどさ……、もうちょっと、考えてからとかにしない? 作戦についても、まだなにもわかってないし……」

「えー? さっき『同じ方向を向く』とかなんとか言ってたの、どこのだれでしたっけ?」

「そういう揚げ足を取るなよ。僕は真剣に――」

「ううん。これでいいんですよ。……これがいいんです。魔王様のお役に立てるなら、それがフミカの一番ですから」


 ザブブはまっすぐに僕を見つめてそう言った。


「……それにフミカ、一回、記者会見とかで泣きながら、『普通の女の子に戻ります』って言いたかったですし」

「そっちが本命かよ。……いや、辞めるんじゃなくて、休止だよね」

「戻ったら戻ったで、今度は『ふふふ、サービス期間は終わったのさ……』って言えますからね」

「言えるからなんだよ。……まあ、おまえがいいならいいんだけどさ……」

「じゃあじゃあ決定ですね! 高校生活かー……、ちょっとワクワクしてきちゃったかも!」

「舞い上がるのも結構ですが……、もうかれこれ、何十年も前の事です。それなりに仕様も変わっているとおもうので、ボロをださないように――」


 バチーン!
 スナップの利いた、ザブブの平手打ちが、ハルゴンの頬にクリティカルヒットする。
 アトモスの時と違い、ハルゴンの頬は無残にも、赤く腫れ上がっていた。


「……まあ、いまのはハルゴンが悪い」

「とにかく、自分から言えることは、きちんと今風の高校生らしく振舞ってください、だけですので」

「最初からそう言いなさいよ! ヒトコト多いのよ! あんたは!」

「でも、そんなにすぐに編入できるか? その、ザブブの本職はアイドルなんだしさ……」

「それに関しては、心配には及びません」

「心配ないって……、どういう意味?」

「魔王様、ザブブには相手を催眠状態にする能力があるのを、ご存知ですか?」

「ああ、一種の魅了スキルみたいなのだっけ? あの恐ろしい能力がどうかしたの?」

「……アレ? 魔王様、なんでフミカの能力知ってるの? フミカ、魔王様の前で能力使ったことありましたっけ?」

「あ、あったよ。ほら、子供のときにさ……」

「ん~? 魔王様の子供のときですか? そんな最近で、使ったことあったっけかな……」

「あるよ! あるんだよ!」

「いやいや、あのね魔王様。そんな反応されると、否が応でも疑いたくなるんですけど……」

「うぐ……!? ええ……と、じつはその……、直にいろいろと、ザブブのスキルをみせてもらったんだよ。ほら、僕って何回も時間逆行してるから、その時にね……」

「え? じゃあじゃあ、フミカって、その能力を誰かに使ったってことですよね? 誰にですか?」

「ま、まあ……、もう、その話はいいんじゃあないのかな」

「え~? なんで隠すの~? あ、もしかして~、フミカ、魔王様に使っちゃったとか? それで、魔王様を虜にしちゃったとか?」

「ゲェ!?」

「『ゲェ!?』って、そんなオーバーなリアクションしなくても……。でもま、未来のフミカと魔王様って、そーゆー関係なんですねっ」

「な、なに!? ま、魔王様! そそそ、それはどういうことかッ!? もしかして、私のあずかり知らぬところで、ザブブとワンナイトカーニヴァル!?」


 ベリアンヌとザブブが何か、トンデモナイ勘違いをしているが……、そうじゃない。
 この会話の内容からだと、僕がザブブの魅了にかかり、ザブブに惚れてしまったと勘違いされるかもしれないが、違う。
 全く、違う。
 たしかに、ザブブの魅了で痛い目を見たのは本当だけど、もっと物理的な話だ。
 なんか導入の部分がややこしくなってしまったが……まず前提条件として、魔王である僕に、魅了や、その他精神汚染系の攻撃は効かない。
 つまり、僕が魅了にかかったわけではないのだ。
 なら、誰がかかったのか?
 今、僕の目の前にいる四戦士だ。
 ザブブの発した、高純度の魅了の前に、四戦士(ザブブを除く)はあっけなく理性を失い、結果、狂戦士と化してしまったのだ。
 まあ、この辺は本筋にはまったく関わってこないので、その詳細については省くが……、とにかく、ザブブの魅了はそれほどまでに危険なモノだという事だけ、覚えておいてほしい。
 さらに、ザブブはこれを自覚なしに使っているから、輪をかけて性質たちが悪い。
 ザブブの種族は上級悪魔アークデビル
 元々、悪魔というものは人間をたぶらかし、魅了させ、唆し、使役するもの。
 そして、ザブブはそれの上位種。より位の高い悪魔なのだから、同じ魔族である四戦士さえも魅了できないことはないのだ。というか、実際にできた。
 あとはもう、こいつザブブの性格だ。
 半ば力試し的なところもあったのだろう――が、それが結局、時間逆行する要因となってしまったわけだ。


「――とにかく、そのザブブの魅了を使い、学校側の人間を手中に収めます」

「え? まじで言ってる?」

「はい。マジです」

「それはちょっと……危なくないかな?」

「……もしや魔王様。もうすでに……、この方法を試して――」

「え~? なんですかソレ~? もしかして魔王様、フミカを信用してくれてないんですか?」

「いや、そうじゃないんだけどさ……」

「ショックかも~」

「いや、ショックとか言われてもさ……」

「あ、そだ! だったら、ここにいる三人を魅了したら信じてくれます? 普通の人間にかけるよりも、この三人にかけるほうが難易度的に高いですし。それで、ちゃんとこの三人に魅了がかかったら――」

「や、やめろ! マジでやめて! それだけはほんと、やめて……ください! やめてよ!」

「え……なに……? どうしたんですか、急に……」

「あ、いや、僕ってほら、魅了アレルギーだからさ。空中に散布される魅了を、肺や気管に取り込むだけで、喘息とか眩暈がさ……」

「えぇ……魔王様、スーパーアイドルの魅了をそば粉扱いですか……」

「と、とにかく! その魅了は、ここでは使わないでくれ! マジで!」

「ええー? でもでも、それだとフミカの――」

「信じる! 信じるから! 僕はおまえを信じる! おまえが信じる僕を信じろ!」

「わ、わかりまし……た……?」

「フム……では、念のために訊きますが、ザブブ。あなたの魅了は、十分、人間に有用である、と? そういうことで問題ないですね?」


 たぶん、ハルゴンは何か察してくれたのだろう。
 実演ではなく、口頭での確認を行ってくれた。


「まあね。問題ないよ。ライブのときとか普通に使ってるしね」

「はあ!? そ、それって……大丈夫なのか?」

「うん。だいじょうぶ。キチンとその場にいるみんなは、熱狂的に、妄信的に、盲目的にフミカの事を応援してくれてるよ」

「全然大丈夫になってないじゃん。……てか、僕が言いたいのはそういう事じゃないんだけど……」

「あとは……そうですね~……、最近だとネット配信とか、実際にその場にいなくても、魅了をかけれるって、わかったくらいじゃないですかねっ。それでファンも増やすこと、できますし?」


 なんというか、僕よりもザブブのほうが、魔王に相応しいのではないだろうか。


「なるほど。それでは、作戦になんら支障はなさそうですね」

「……支障にしかならなくない? ていうか、ほんとに魅了で教師連中を黙らせる気?」

「では魔王様、他に代替案でも?」

「な、ないです……」

「……では、つぎはアトモス。あなたの番ですね」

「俺の番って……、おいおいもしかして、俺にも野球をやめろって言うんじゃねえだろうな? 困るぜ、そういうの」

「いえ、やめていただかなくても結構です。ですが、その代わり、球団を辞めていただきます」

「ああ? どういうことだよ」

「そのままの意味です。アトモスには、魔王様の通っている高校の、野球部の監督になっていただきます」

「か、監督ぅ……? 俺が監督になってどうすんだ?」

「高校での恋愛といえば青春。青春といえば部活。部活といえば野球でしょう」

「……なにその、頭の悪そうな連想ゲーム」

「いいですか、魔王様。少年少女の甘酸っぱい、フワフワとした青春というものは、まさに、野球という名の培養液の中で育まれているのです」

「その例え、なんか気持ち悪いな……」

「なぜ、少年と少女たちは野球に惹かれ、感動し、青春を捧げるのか……それは、そこに、愛があるからです」

「いや、普通に野球が好きだから……とかじゃないかな……」

「いいですか。勇者を落とすのであれば、まずはご自身の『堕落した生活を正すべきである』とそう言っているのです。心身ともに健康に!」

「あれ? これ、説教? 僕いま、説教受けてるの?」

「……でも、ハルゴンの言っていることにも、一理あるかもですよ」

「どういうことだ、ザブブ」

「女子は帰宅部男子より、なにか部活してる男子のほうが好きなんですよ。やっぱり健康的ってのもあるかもしれませんけど、なにかに対して、一生懸命打ち込む姿ってのは、なんというか……、キュンって、くるものがありますからね」

「僕にはよくわからないけど……、そういうもんかね」

「そういうもんです。魔王様と同じ年頃だったら尚更です。それに、部活してたらその分、長い時間、学校にいるわけじゃないですか」

「いや、部活してなくても放課後とかさ……」

「放課後に男女で、どこかへ行って遊ぶなんて芸当、それこそ恋愛経験皆無の魔王様に出来るわけないでしょ? 出来るんですか? 出来ないでしょ? 出来るんですか?」

「ボロボロだな、僕」

「だから、ここはやっぱり、ハルゴンの言う通りにしたほうがいいんです」

「……うん。まあ、それについては何となくわかったけどさ、別に野球である必要はないんじゃないかな。僕って、球技とか苦手だし」

「いけません」


 ハルゴンがきっぱりと切り捨てる。


「え?」

「いけません。さきほども自分が言ったように、野球=青春なのです。野球をしていない。それ即ち、青春という、キラキラとして、フワフワとした、素敵な時間をドブに捨てているようなものです」

「いやいや、それは言いすぎだろ……それぞれの部活にだっていいところはあるし、そもそもな話、野球にそこまで拘る理由もわからないしさ……」

「現存している文献の中にも、こんな言葉が残されています」

「……急になに?」

「『きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。死んでるんだぜ。それで』」

「うおい! だれだ! こいつに野球漫画読ませたやつ!」

「あ、ごめん魔王様。それ、フミカだ……。ライブとかで移動になる時とか、暇な時読んでたのを貸したんだっけ」

「はい、とても興味深い内容でした。ザブブ」

「だいたいそれ、そのセリフ、全く関係ないじゃないか! その理論でいくと僕、ダンプカーにはねられるじゃん!」

「おっと……これは申し訳ございません。間違えてしまいました」

「おまえを構成している要素、その全てが間違ってるよ! 僕が否定してやる!」

「正しくはこうでした『上〇達也は浅倉〇を愛してます。世界中の誰よりも』」

「……ああ、うん、まあ、いいセリフだけどさ。つまり、そう言う感じで告白しろってことなんだろうけどさ。でもそれって、そこに至るまでの色々が積み重なって、さらに、甲子園出場を決めてから言わないとだめだよね……」

「はい。魔王様には甲子園に行ってもらいます」

「……あのさ、それ、本気で言ってる?」

「もちろんです。……魔王様、考えてもみてください。そんなことを有言実行させる男がいれば、間違いなく惚れるはずです」

「まあ、フミカだったらキュンってきちゃうかもね~」


 そう言っているザブブの顔は、僕を見て、ニヤニヤしていた。


「いやいや、そもそもウチってそういう高校じゃないし、甲子園とか無理でしょ」

「そこで、アトモスですよ。魔王様」

「なんでテレビショッピング風……? えっと、アトモスに監督をさせるんだっけ? そんなの、うまくいくのか? アトモスって、誰かに教えるタイプじゃないだろ?」

「ガッハッハッハ! 魔王様、この俺を見くびってもらっちゃ困りますよ! 障子に目あり、魔界にアトモスありと言わしめた俺ですよ?」

「意味がわからんし、そもそも、そんな乗り気じゃなかったよね」

「気が変わった。魔王様と共に野球で汗を流せるのなら、我が野球人生に一片の悔いなし! 球団なぞ、秒で辞めてやりますよ」

「おまえの野球人生、それでいいのか……?」

「魔王様。野球の強豪、及び名門校が如何にして出来上がるか、ご存知ですか?」

「えっと……、今までの積み重ねとか、あとは練習器材の充実とか?」

「ええ、そのどれも重要ではありますが、一番重要なのは監督です」

「……いや、その監督がこれなわけだし……」

「これとは何ですか! これとは! ガッハッハッハ!」

「……良い選手というのは、良い監督のところへと集まってくるもの。包み隠さずに申し上げますと、いかにプロと繋がっているか、ということです(※あくまでハルゴンの独断と偏見です)」

「そんな根も葉もないことを……。見ろ、おまえのセリフの後ろに、注意書が置かれてるじゃないか」

「とりわけ、そこのアトモスは球団を退団したばかり。……辞めたてほやほやの選手です。そんな自由契約で辞めたわけではない、いわば現役バリバリ選手が、高校野球の監督になるのです。これ以上ないネームバリューなのではないでしょうか」

「まあ、たしかに……」

「ですからこの際、そこのアトモスに監督の能力が備わっているか否か、というのは関係ありません。極論、プロと繋がってさえいれば、ただの狸の置物でも良いのです」

「無茶苦茶だな……」

「勝負は、これを聞きつけた有能な選手が入学してくる、来年の春。そこです」

「……なんか、ほんとうにうまくいくのかな……」

「なあに、心配ねえさ。魔王様。いざとなれば、俺が出りゃいいんだからよ」

「ダメだろ」

「いいんです」

「なんで、サッカーの実況者風……?」

「ムム……! そういうときは高〇連の連中もザブブの魅了で操ってしまえばいいのですから」

「ダメだろ」

「ガッハッハッハ! 俺、ワックワクしてきたぜ! 魔王様、絶対甲子園で優勝しような!」

「……なんか、趣旨変わってきてない?」


 ――こうして僕は、なぜか勇者を籠絡する作戦として、甲子園を目指すこととなった。
 ……どうしてこうなった。
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