上 下
124 / 124
第8章

最終話 めでたしめでたしで終われるように

しおりを挟む


 洗濯機が止まるのを待つ間、近くに置いておいた椅子に座ってうたた寝していた私は、脱水終了の合図である甲高いアラーム音で意識を浮上させた。

「ふぁ……。なんか、懐かしい夢見たなぁ……」

 独り言ちながら伸びをして、洗濯かごを手に取って洗濯機の蓋を開ける。
 その中には、ここ数年で一気に数が増えた洗濯物がみっちり入っていて、思わず苦笑いが浮かんだ。

 あれからもう10年。
 私もリトスもそろそろ三十路に片足突っ込んだ歳になり、否が応でも年月の経過の早さを実感する。

 結局私は押し切られような格好でリトスと結婚し、20代で1男1女の母親になった。
 どっちも名付けたのはリトスで、長男はロイド、長女はロザリアという。
 私と違って、実にネーミングセンスがよろしい。

 ともあれ、結婚の話が持ち上がり、実際結婚するまでは、私は正直自分の気持ちさえよく理解できず、色々な感情を持て余していたのだが、いざ夫婦として生活を始め、時間を積み重ねていくうち、ようやく自覚した。

 自分の中で、リトスがどれだけ大きく大切な存在になっていたのかを。

(いや、そんなん結婚する前に気付けって話なんだけど)

 我ながらよく見放されなかったな、と呆れるほどの鈍さを、リトスは笑って受け止めてくれた。
 リトスは外で、「プリムには頭が上がらない」…なんて言ってるらしいけど、それはこっちの台詞だ。

 こんなニブチンでガサツな女の手を取って、今日まで力強く引っ張って来てくれた事、本当に感謝してる。ありがとう。
 あんたの心の広さと愛情ほど、得難いものはないと思ってるし、心底ありがたく思ってる。きっと私は、あんたに死ぬまで頭が上がらない。
 これから先も、ずっと大事にしていかないと。

 かごに移し終わった洗濯物を抱えて庭に出れば、綺麗に整えられた花壇と、可愛らしいサイズの家庭菜園とが同時に目に入る。
 今は時期的に、チューリップとパンジー、低木になるよう剪定されたブルーベリーの花が、丁度見頃を迎えているようだった。コケモモはもうちょっと後かな。

 ちなみにこれ、どっちもリトスの趣味だったりする。
 植物を種や球根から育てて開花した花を愛でたり、実った果実や野菜を収穫して、それを家族で囲むテーブルに乗せるのが大好きなのだ。
 モーリンの忌み人避けの結界のお陰で、猟師会の仕事があんまり忙しくないからこそできる趣味だろう。

 ……てか、今朝「一緒に洗濯物干すの手伝う」って言ってた、ウチのチビ共はどこ行った?
 全く、どうせまたあっちこっちを駆け回って遊んでるうちに、すっかり忘れちゃってるんだろ。
 ホント誰に似たんだ……って、私か。

 今、上の男の子が8歳で、下の女の子は4歳になるんだけど、見てくれはどっちもリトスに似たのに、中身は完璧私に似ちゃってんだよね、あいつら。
 山ん中でヘビ捕まえてブン回すわ、木登りの限界に挑戦して上から落ちて怪我するわ、ちょっと目を離すと、とんでもない遊びばっかりやらかしてくれる。
 ぶっちゃけ言いたくないし認めたくもないが、子供の頃の私とやってる事がマジ一緒。
 遺伝子って怖い。

 外見は天使だけど、はっきり言って中身はどっちも野生丸出しのやんちゃなガキンチョだ。ちょっとだけでいいから、中身もリトスに似て欲しかったけど、それは今更言っても仕方ない。
 そもそも五体満足健康体なだけで、十分ありがたい事だし。
 あとは、私のメシマズ女の特性を引き継いでいない事を祈るばかりだ。

 もし仮に、そんな負の遺伝子を引き継いでいるだなんて判明してしまった日には、どっちも奈落の底に沈むくらいショックを受けるだろうな。
 しばらく前、モアナん家にお呼ばれした時、あいつらに「お母さんの事は好きだけど、お母さんが作るご飯は好きじゃない」とかみんなの前で言われた時は、マジでヘコんだからね……。


 何気なく洗濯かごの中から引っ張り出した靴下は、リトスや私のものと比べるととても小さくて、半分以下の大きさしかない。
 でも、これでもだいぶ大きくなった。
 なんせ生まれたばっかの頃は、それこそ何もかもが、ままごと遊びに使う人形みたいなサイズだったから。
 ちょっとずつサイズが変わっていく服や靴下、靴なんかを目にするたび、つい「大きくなったなあ」なんて思ってしまう訳です。

 まあ、手伝いの約束をすっぽかしてくれた、愛すべき我がガキンチョ共には後で説教くれてやるつもりだが、いつも通り元気な事は評価しよう。
 あとは、何事もなく今日が過ぎていく事を祈るばかりだ。

 って、いかんいかん。今は物思いにふけってる場合じゃない。
 とっとと洗濯物干しを終わらせて、風呂場の掃除を始めないと。
 この間買った本を読む時間がなくなってしまう。

 気を取り直して洗濯物干しを続け、ようやく全部の洗濯物を干し終えようか、といった頃合いになった時、家の真ん前にある道の向こうから、見知った顔がこっちへ駆けて来るのが見えた。

 モアナの娘のリリカ(6歳)と、シエラの息子のライル(5歳)だ。
 なお、蛇足ながら、私はまだギリギリ20代なので、村の子供達には「おばさん」ではなく「お姉さん」と呼ぶよう、周知徹底しています。
 一応ある程度覚悟はしてたけど、やっぱよそん家の子供からおばさん呼ばわりされるのは、なかなか精神的にクるものがあったもんで。

 え? 子供相手に見栄張るなって?
 別にいいでしょ。
 リトスは「そんな所も可愛い」って言ってくれたもん。

「プリムおねーさーん!」

「たいへん、たいへーん!」

「ロザリアが木の枝に引っかかって、下りられなくなっちゃったー!」

「はあ!? なにそれ!?」

 リリカとライルからもたらされた、なんともろくでもない報告に、私は思わず裏返った声を上げる。
 またかよ!
 何べん似たような目に遭えば懲りるんだあいつらは!

「ちょっ、それどこ!? どこら辺のどの木!?」

「あっちー!」

「ロイド兄ちゃんが下ろそうとしてるけど、上手くいかないのー!」

「ロイド兄ちゃんも引っかかりそうだったよー!」

「あーもー! ホンット目を離すとロクな事しないな! 悪いけど案内して!」

「うん!」

「落っこちそうだから急いでー!」

「ひえええっ! ロザリア! ロイドー!」

 私はリリカの先導で庭を飛び出して道を走り出す。
 全くもう! あいつらときたら!
 一体私はいつになったら、『穏やかな日常』ってのを味わえるんでしょうね!

                                   《完》





 長らくダラダラと続いた話も、ようやくこれにて終幕となりました。
 今日まで拙作に目を通して頂きました事、心からお礼申し上げます。
 本当にありがとうございました!

 なお、本日からまた新しく、『訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?』という話を投稿し始めました。初の恋愛ものです。
 内容的にはギャグっぽくて、キュンキュンするというよりグダグダする感じの話になりそうですが、よろしければそちらもご笑覧頂ければ幸いです。





しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅

散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー 2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。 人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。 主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱
ファンタジー
おっとりヲタク男子二十五歳成人。チート能力なし? まったく知らない世界に転生したようです。 何のヒントもないこの世界で、破滅フラグや地雷を踏まずに生き残れるか?! 頼れるのは己のみ、みたいです……? ※BLですがBがLな話は出て来ません。全年齢です。 私自身は全年齢の主人公ハーレムものBLだと思って書いてるけど、全く健全なファンタジー小説だとも言い張れるように書いております。つまり健全なお嬢さんの癖を歪めて火のないところへ煙を感じてほしい。 111話までは毎日更新。 それ以降は毎週金曜日20時に更新します。 カクヨムの方が文字数が多く、更新も先です。

異世界最強の賢者~二度目の転移で辺境の開拓始めました~

夢・風魔
ファンタジー
江藤賢志は高校生の時に、四人の友人らと共に異世界へと召喚された。 「魔王を倒して欲しい」というお決まりの展開で、彼のポジションは賢者。8年後には友人らと共に無事に魔王を討伐。 だが魔王が作り出した時空の扉を閉じるため、単身時空の裂け目へと入っていく。 時空の裂け目から脱出した彼は、異世界によく似た別の異世界に転移することに。 そうして二度目の異世界転移の先で、彼は第三の人生を開拓民として過ごす道を選ぶ。 全ての魔法を網羅した彼は、規格外の早さで村を発展させ──やがて……。 *小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。

俺とシロ

マネキネコ
ファンタジー
【完結済】(全面改稿いたしました) 俺とシロの異世界物語 『大好きなご主人様、最後まで守ってあげたかった』 ゲンが飼っていた犬のシロ。生涯を終えてからはゲンの守護霊の一位(いちい)として彼をずっと傍で見守っていた。そんなある日、ゲンは交通事故に遭い亡くなってしまう。そうして、悔いを残したまま役目を終えてしまったシロ。その無垢(むく)で穢(けが)れのない魂を異世界の女神はそっと見つめていた。『聖獣フェンリル』として申し分のない魂。ぜひ、スカウトしようとシロの魂を自分の世界へ呼び寄せた。そして、女神からフェンリルへと転生するようにお願いされたシロであったが。それならば、転生に応じる条件として元の飼い主であったゲンも一緒に転生させて欲しいと女神に願い出たのだった。この世界でなら、また会える、また共に生きていける。そして、『今度こそは、ぜったい最後まで守り抜くんだ!』 シロは決意を固めるのであった。  シロは大好きなご主人様と一緒に、異世界でどんな活躍をしていくのか?

処理中です...