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第8章

10話 掘った墓穴に自分で落ちる

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 今にも脳天突き抜けそうな怒りと苛立ちを必死に抑えつつ、再びティーカップを口元に近付け、その香りを嗅ぐが、やはり現実は変わらない。
 紅茶が入ったティーカップからは、どうあがいても誤魔化しようがない、分かりやすく酸っぱい香りが立ち昇っている。
 ちらりと左右に目をやれば、ヘリング様もリトスもドロシー様も、普通に紅茶を飲んでいるようだ。

 ただし、まだ誰も警戒は解いていないようで、香りを楽しむ体を装い、変な味や臭いがしないか、ごく少量ずつ口に含んで慎重に確認している様子である。
 それでも誰1人、眉根を寄せたり顔をしかめたりしていない所から察するに、やっぱあの高慢ちきは、私をピンポイントでロックオンしていると見ていいだろう。

 ……っていうか……。あぁ~、これを飲むのかぁ。
 別に飲んでも平気だって分かってても、こうも露骨に、中になんか混入されてますよ、と分かるブツに口を付けるのは、なかなかどうして勇気がいる。
 ぶっちゃけ、飲まずに済むならその方がいいんだけどなあ。

 けど、飲まずにいると高慢ちきが、飲みもしないのに自分の淹れた茶に難癖付けられた、とか何とかほざいて、被害者ヅラしてキーキー騒ぎそうだし、ここは大人しく飲むしかないか。
 まあ、『暴食』さんの権能がなかったら、騒がれようがどうしようが絶対飲まんかったけど。

 せめて無臭であってくれたなら、もっと飲みやすかったのに。
 そんな風に内心で嘆きつつ、思い切って口を付けてみる。
 ……。うん? ……。あれ? 美味しい。

 うん。これはアレだね。
 完全に普通のレモンティーだわ。
 ちょっと酸味が立ってるし、強めの柑橘系の香りに押し退けられて、紅茶本来の香りが幾らか阻害されてる感があるが、変なエグみや不快な渋さはない。
 お安めのフレーバーティーだと思えば破格の味わいだ。

 でもこれホントなんなの? 
 確かに酸味は強めだけど、決して嫌な酸味じゃないんだよな。舌を刺すようなキツさも痺れるようなピリピリ感もないし、鼻から抜けてく柑橘の香りは爽やかだ。
 砂糖で甘みを付けたら、幾らでも飲めちゃうんじゃない?
 毒が盛られてるとは到底思えないよ……!

 これは是非とも砂糖を入れた味わいを確認したいと思い立ち、陶磁器でできたシュガーポットに手を伸ばす。専用のトングで1個中身を摘み出してみたら、バラの形に整えられた、淡いピンク色したシャレオツな飾り砂糖が出てきた。
 もう1個摘んでみたら、今度は淡い黄色のバラが出てきたよ。

 へー。今私達が使ってる、小洒落た装飾が施されてるティーセットといい、随分いいモン揃えてんじゃん?
 一体どの辺の誰が、教会内部で『清貧をむねとした生活を送っている』んだろうね?
 大いに含みがあるとはいえ、こうして現在進行形で茶をご馳走になってる事だし、今更糾弾するつもりはないけどさ。

 さて、気を取り直していこう。
 ちょっとばかり勿体ない気もするが、酸味が強めに出てるので、ここは思い切って飾り砂糖を4つ投入。
 ……うん、うんうん。いいんじゃありません?
 っていうか……こ、これは!
 前世で飲んでた『午後の○茶』のレモンティー・ホットタイプと酷似している!

 うーん、これはなんとも、嬉し懐かしなお味である事よ。
 せめてあともう一杯くらいは飲みたいが……こういう時、貴族の茶会ではどうするんだったかな?
 ゲスト側からホスト側に、お代わり催促してもよかったんだっけ?
 いや、よくなかったような気がする……けど……。
 ダメだ、小さい頃に何度かよその茶会にお呼ばれしただけだから記憶が曖昧で、きちんとしたマナーを思い出せない……!

「あら、どうかなさいまして?」

 ほとんど空になってるティーカップを前に、眉根を寄せて悩んでいると、高慢ちきがやたら嬉しそうな様子で私に声をかけてくる。
 ああ、そういや私、こいつに一服盛られてたんだっけね。
 やっべ、紅茶の懐かしい美味しさにやられて、うっかり忘れかけてたわ。

「いえ、なんでもありません。ただ、あまりに美味しい紅茶だったので、どう淹れたらこのような素晴らしい味になるのだろうと、無意味に悩んでしまっていました」

「え? お、美味しいですか?」

「はい。とっても。流石は名家のご令嬢だと感銘を受けるばかりです」

「そ、そうですの。当家の伝手で手に入れたとっておきの茶葉でしたから、お味もよいものになったのでしょうね。お褒めに与り光栄ですわ。ホホホ……。……。そ、その、よろしければもう一杯、お飲みになられます?」

「よろしいのですか? それならお言葉に甘えて、お願いしたく思います」

 私は、顔いっぱいに「おかしいな?」という言葉が透けて見えんばかりの高慢ちきに、ニッコリ笑ってお茶のお代わりを頼んだ。
 高慢ちきは、ワゴンの上で再度カップに茶を注ぎながら、軽く首を傾げている。

 うんそうだね。不思議だね。なんで平気なんだろうね。
 でも、教えてあげないよ、ジャン♪
 ……なんちゃって。このCMのワード分かる人いるかな?

 なーんて心の中でふざけているうちに、すぐにお代わりの紅茶が目の前にサーブされた。
 さっきと同じように飾り砂糖を4つ入れて、よくかき混ぜてから一口。
 ……うん。これもさっきと完全に同じ、午後ティーレモン味のホットと酷似した風味をしている。
 あいつ、毒の瓶の予備持ってたのか。

 用意周到と言うべきか執念深いと言うべきか迷うが……とりま、その予備の毒をどっかにさっさと隠さないと、足を掬われるリスクが高まるぞ。
 他人事のように内心でうそぶき、懐かしい味をゆっくり堪能していた刹那。

 こちらに背を向ける格好で、ワゴンの脇に立っていた高慢ちきが急に大きくよろめき、ワゴンにぶつかりながらその場に倒れた。
 ワゴンの上に残っていた、予備のティーカップやソーサーが数枚、その衝撃で床に落ちて甲高い破砕音を立てる。
 なんだなんだ、何事だ!?

「アミエーラ!?」

 ギョッとした顔で椅子から立ち上がる大司教に釣られて、私達も思わず立ち上がった。
 そんな中、真っ先に高慢ちきの傍に駆け寄ったのはヘリング様だ。
 私とリトス、ドロシー様もその後に続く。

「アムリエ侯爵令嬢!? どうなさったのですか!」

 ヘリング様が、うつ伏せに倒れた高慢ちきを抱き起しながら声をかける。
 そうする事で露になった高慢ちきの顔は、血の気が失せて真っ青だ。しかも白目を剥いてるし、口からは少量ながら泡を吹き、身体も小刻みに痙攣し始めていた。

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