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第8章
5話 不運な子爵令嬢
しおりを挟む私が言い出した事ではあるが、本当にシスターを置き去りにし、とっとと王都へ帰って行ったあの連中に、私は正直悪感情を抱いていた。
内心ムカムカしながら、本当にシスター置いて帰りやがった、薄情者共め、シスターひとり庇って守る気概さえねえのかクソザコ、などと呟きつつ、シスターを背負って自宅へ戻る。
ただ、こっちもぬかるんだ山道に引っくり返って失神した為、着ているワンピースや顔、手足などが泥だらけだ。
この状態のままベッドに寝かせる訳にはいかないので、ぬるま湯になる程度に軽く水を温め、タオルを浸してシスターの顔や手足を拭き取り、適当に引っ張り出した私の服に着替えさせる。
頭から肩にかけてをすっぽりと覆う、シスター特有の被り物を取った彼女の髪は、背中の半ばまで真っ直ぐに伸びた、綺麗な栗色のサラサラヘアだった。
こぢんまりとした小さな顔の中に、目や鼻といった各パーツがバランスよく収まっている、可愛い系美少女だ。
着替えさせながら身体のあちこちをチェックしてみるが、目立った外傷は見当たらなかった。あちこち汚れはしたけれど、柔らかいぬかるみの上に倒れた事が、いい方向に働いたのかも知れない。
私の方が上背がある為、服の袖がちょっと余ってしまったが、これに関しては大目に見て頂こう。
それから、私の服と一緒にシスターの服を洗濯機に放り込み、洗剤と柔軟剤を洗濯機にセットして、念の為、『おしゃれ着洗いモード』を選んでスイッチオン。
後は洗濯、脱水、乾燥までを全自動でやってくれる。
ホント楽でいいよね。文明の利器万歳。
そして『強欲』さんありがとう。
私もうあなたなしじゃ生きていけない。
あ、そうだ、リトスが猟師会の仕事から戻ったら、事情の説明をしないと。
それに、お風呂場とトイレの掃除もやってない。
文明の利器とスキルの恩恵に浸ってる場合じゃなかった。
早く家の仕事終わらせなきゃ。
◆
こうして、高慢ちき聖女の襲来から数時間。
運び込んで休ませていたシスターが目を覚ましたのは、完全に陽が沈んで夕飯時を過ぎた頃の事だった。
意識を取り戻した彼女は、どことなくおっとした雰囲気で、深い緑色の瞳が印象的だ。
遠慮と恐縮の感情からか、目を覚ました直後、私やリトスが止めるのも聞かず、早々にベッドから起き上がった彼女を、私は半ば強引にダイニングのテーブルに着かせ、ライラさんからもらったミックスハーブティーを出す。
それと合わせてリトスには、夕飯の残りのブラウンシチューを温めて持って来てもらった。
あの高慢ちきの発言によると、どうやら彼女は子爵令嬢のようなので、平民の料理が口に合うかどうか、ちと不安が残るけど。
「昼間はありがとうございました。改めてお礼申し上げます。私はドロシー・カンザス。レカニス王国に属する、カンザス子爵家の娘でございます」
ドロシーさん……いや、身分的にはドロシー様って呼ぶべきか。
なんにせよ彼女は正面の席に座った私に、丁寧なお礼の言葉と挨拶を述べてくれた。こちらに対して礼節を以て接してくれるのなら、私達も精一杯の礼節を以て接しなければ。
「カンザス子爵令嬢ですね。僕はリトスと申します。こちらは幼馴染みのプリムローズです。よろしければ夕飯に、こちらのシチューを召し上がって下さい」
「ありがとうございます、リトス様。有り難く頂戴致しますわ」
ドロシー様はスプーンを手に取り、ブラウンシチューを口に運んですぐ、笑顔で「美味しい」と言ってくれる。
口に合ったみたいでよかった。
ま、リトスの作るご飯はなんでも美味しいから、言うほど心配してなかったけどね。
しかし……ドロシー・カンザスか……。
なんだか家ごと竜巻に攫われて、魔法の国に迷い込みそうなお名前だ。
……なんて、言ってる場合じゃないか。
「危ない所を助けて頂いたばかりか、お夕飯までご馳走して下さって、本当にありがとうございます。あなた達のような心優しい方に出会えて、私はとても幸運ですわね。
所で、リトス様とプリムローズ様は、こちらにお2人だけでお住まいなのですか? ご両親はいらっしゃらないのでしょうか」
「ええまあ、子供の頃に色々とありまして、私もリトスも両親はおりません。それと、私の事はプリムと呼んで下さい。他の人達も、みんなそう呼んでくれますし。
それとドロシー様、どこか痛む所はありませんか? もしどこか痛む箇所があるなら、遠慮なく仰って下さい。契約してる精霊に……モーリンに頼んで、治癒魔法をかけてもらいますから」
「契約している精霊……? では、あなたがあの、噂に名高い精霊の巫女様なのですか? まあ……! お会いできて光栄ですわ!」
ドロシー様は、ぱっちりした大きな緑色の目をキラキラ輝かせ「凄いわ……!」と呟く。
いあやの、そんな目で見られても困りますよ、ドロシー様……。
私が思わず戸惑っていると、ドロシー様がハッと我に返り、ちょっと頬を赤らめつつ「失礼しました」と謝罪してくる。
なんか可愛い。
「ええと……私の身体の事でしたら、どうかご心配なく。お陰様で、どこも何ともありませんから。むしろ、ここへ来る前よりスッキリしているくらいですの」
「そ、それは何よりです。……あの、よろしければシチューのお代わりはいかがですか? 物足りないようであれば、パンもありますよ」
「えっ? よ、よろしいのですか? ……で、では……ご厚意に甘えさせて頂こうかしら……。実は、今日は朝からほとんど食べていなくて……。お恥ずかしい話なのですけど、お腹がペコペコなのです……」
赤らんでいた顔を一層赤くして、ちょっとうつむき加減で仰るドロシー様。
それを聞いたリトスが、すぐに微笑みながら立ち上がった。
「そうでしたか、それはいけません。人間お腹が減っていると、考え方まで後ろ向きになりますから。今シチューとパンをお持ちします。プリムはドロシー様の所にいてね」
「うん。お願いね、リトス」
既にご存じの方もいるかと思うが、上位にせよ下位にせよ、貴族令嬢はいつ何時も、淑女としての体面を気かけながら過ごす必要がある。
特に未婚の女性は、婚約者や婚姻相手以外の男性と2人きりになるのを避けねばならない。
だからリトスは私にこの場を任せ、自分が席を立つ事にしたのだ。
未婚の貴族令嬢に対する気遣いですね。
なんせ、ちょっと知人の男性と馬車に相乗りしただけで、ふしだらだの阿婆擦れだのと陰口を叩かれたり、その陰口が尾ひれ背びれをくっつけて、社交界全体に広まってしまう事もあるくらいだ。
下手すりゃたった一度醜聞が流れただけで、嫁のもらい手がなくなる事さえある。
本当大変なんですよ。貴族令嬢っていうのは。
それから、食後に別のお茶を出して色々と話を聞いてみた所、ドロシー様はなんともツイてないお人である事が分かった。
6歳の頃に最愛の母を亡くし、その6年後に入った後妻はドロシー様とどうにも性格が合わず、跡継ぎの男の子が生まれてからは、ドロシー様を酷く冷遇するようになった。
しかし、呑気な父は娘が継母に冷遇されている事にも気付かぬまま、王城の仕事でろくに屋敷に帰らない。
14の頃に纏まった婚約話は、相手の令息の浮気に次ぐ浮気によって1年で破談。次の婚約も似たような理由で半年持たずに破談。
その次の婚約は2年近く続いたが、結婚寸前という状況で相手方からブッ込まれた、同性愛者であるというカミングアウトと失踪騒ぎによって、これまた破談。
それ以降、まともな婚約の話が家に来なくなり、もういっそ神に身を捧げようと教会に入ったら、子爵令嬢だという事を理由に、司教達が立てた性悪聖女の世話役にさせられるという悲劇がドロシー様を襲う。
基本的に、教会では元の身分は考慮されないが、それはあくまで完全に実家と縁を切り、出家した人間だけに適用されるルールなので、両親から出家を許されていないドロシー様は、ここでも身分制度に振り回される羽目になった訳だ。
そして、日々飽きもせずに繰り返される聖女の、我が儘、癇癪、気まぐれ、パワハラ&嫌がらせの悪辣フルコースによって、ひと月経たないうちに心身共に擦り切れ、ヘトヘトになっていた所で今回の騒ぎに……という事らしい。
話を聞き終わる頃には、私もリトスもすっかりドロシー様に同情していた。
成程……。着替えさせてる時、子爵令嬢なのに随分痩せてるなあ、スレンダーなの通り越してガリガリじゃん、とか思ってたけど……。イビりのストレスと、嫌がらせで押し付けられた過剰な粗食のせいで、体重ガタ落ちてたんだな……。
うん。もういっそ、ここで気が済むまでゆっくりしていって。
あんな人を人とも思わない高慢ちきなんて、絶対ドロシー様には近寄らせないから。
もし今後教会からなんか言われたら、モーリンのせいにでもしとけばいいよ。
人知を超えた力を持つ、泣く子も黙る高位精霊様を責められるもんなら責めてみろってんだ。
私は木苺のゼリーを冷蔵庫から取り出しつつ、心からそう思った。
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