107 / 124
第8章
2話 聖女襲来。 前編
しおりを挟むいよいよ本格的な冬が訪れ、冷え込みの厳しい日が続いているが、今日も今日とてザルツ村は平和だ。
人の往来が増え、宿と入浴施設の建設が始まって以降、山道と村の道の除雪作業が追い付かなくなり、一部の除雪に私がスキルで出した融雪剤を使い始めているものの、今の所問題やトラブルもなく、いつも通り穏やかな時間が流れている。
私も端材などの片付けを一旦終えて、近くにある村の寄り合い所で、お茶とお茶菓子を頂きつつ今日の新聞を読んでいた。
この間のヤリチン案件で取っ捕まった、お貴族様の誰それが裁判にかけられただの、有罪になって厳罰喰らっただの、色んな事が書いてあるけど、個人的にはこれと言って目を引く記事はない。
だが、元筆頭公爵家だったガイツハルス伯爵家の令嬢が、自身の成人を機に王家であるレカニエス家の名を引き継ぎ、来年の夏には正式に女王として即位する、という記事は、少しだけ気になった。
順当に考えるなら、現筆頭公爵家の当主である、へリング様が王位を継ぐのが安牌だ。
あの人も王家の血を幾らか引いてる訳だし、王位を継ぐ資格は十分ある。
しかし記事によると、ガイツハルス伯爵令嬢の母親は先々代の王の妹であり、現存する上位貴族家の中で、ガイツハルス伯爵令嬢が、最も王家の血を色濃く受け継いでいる事を理由に、他の公爵家から満場一致で次代の王として選出された、らしい。
一時期この国は、ダメな国主が三代立て続けに誕生した挙句、どいつもこいつも醜聞や失態を晒した末に死んでいなくなるという、泥船国家に成り下がりかけた。
筆頭公爵家も、10年経たないうちにコロコロ変わっている。
まず間違いなく、今のレカニス王国は傾きかけの国として、他国から軽んじられているだろう。
国家中枢の立て直しには多大な苦労が付きまとうだろうが、何とか頑張ってもらいたいものだ。
干し果を混ぜ込んで作った、一口サイズのクッキーを口の中に放り込み、モグモグしながらそんな事を思っていると、いきなり寄り合い所のドアが勢いよく開け放たれ、壮年の男性が「大変だ!」と叫びながら駆け込んで来た。
村の真ん中あたりの土地で、麦と菜っ葉を作ってる農家のおじさんだ。
「どうしたのおじさん、そんな血相変えて」
「ああ、プリム! 大変なんだよ! 今、山のふもとに、聖女を名乗るお貴族様のお嬢さんが来てて、山に入れろって大騒ぎしてるんだ!」
「は? なにそれ。入りたければ入ればいいじゃない。なんでそんな騒ぐ必要が――あ。まさか……」
「……。ああ。モーリン様が張って下さった、『忌み人避け』の結界に弾かれて、山に入れないでいるんだよ、そのお嬢さん……」
「……つまり……。聖女なんて肩書名乗ってるくせに、村の人達に悪意や害意を持ってるんだ……その人……」
私が顔をしかめながら「うわあ」と呻くと、おじさんも渋い顔でため息を零す。
「ねえ、無視して放置するって訳にはいかないの?」
「そうしたいのは山々なんだが……何人も取り巻き引き連れて、山道の入り口を塞ぐような格好で騒いでてなぁ……。他の入山者の妨げになってるんだ。
そろそろ陽が傾き始める時間だし、あんな所で長々と道を塞がれちゃ困る。このままじゃ、大した備えもなく、ふもとで野宿する羽目になる人が出るぞ」
「……あー……。それは、幾らなんでもマズいわね……。仕方ない、モーリン連れてふもとに行ってみるわ」
「頼む。……話し合いで何とかできればいいんだが……」
「……。そうね……。でも、ダメだったらモーリンにお願いして、強制的に退場させるから」
「分かった。その辺の判断は、お前とモーリン様に任せるよ……」
こうして私は、疲れた顔のおじさんに見送られながら、村の寄り合い所を後にした。
うへぇ……。行きたくねえ~~……。
◆
渋々モーリンと共に向かった山のふもと、山道の入り口前には、文字通り人だかりができていた。
山道を塞ぐような形で立っているのは、簡素な白い法衣を身に付けた数人の男性と、紺のワンピースを着たシスターが1人。それから――
「全く! お前達はこのワタクシに、何回同じ事を言わせるつもりですの!? ワタクシの入山を妨げている、この不届きな結界をさっさと消しなさい!
ワタクシは神に選ばれた尊き聖女であり、栄光あるレカニス王国の大貴族、アミエーラ・アムリエ侯爵令嬢ですのよ! これ以上調子に乗って無礼を重ねるのなら、ワタクシのお父様が黙っていませんことよ!」
華やかな金髪をゴリゴリのドリルロールにキメて、白を基調にしたヒラヒラドレスを着込み、やたらとキラキラした宝飾品で全身を飾った、高慢ちきを絵に描いたような美人が、でっかいキンキン声を張り上げて騒いでいる。
……。聖女ってなんだろう……。
なんか……アレを見てると、聖女っていう存在と概念に対する根源的な疑問が後から後から湧いてきて、止まらなくなりそうなんですが……。
『……。プリム……。あの……清楚さも清廉さも全く備えておらぬ、ケバケバしい出で立ちをした女が、聖女だと言うのかえ?』
「……。本人様が聖女を名乗ってるんだから、そうなんじゃない? ていうか、今からアレと話し合わなくちゃいけないのか……」
『……そうか。では、交渉事はお主に任せた。妾は、アレとは口を利きとうない。高慢ちきとケバいのが感染るのじゃ』
「確かに、あのイタい性格と立場を全く顧みてない恰好は病気っぽく思えるけど、感染らないわよ……。バカ言ってないで、いざという時は力貸してよね……」
私とモーリンは、ゲンナリしながら聖女を名乗るご令嬢の側へ近づいていく。
ていうか、もう交渉も話し合いもしないで、強制転移で王都に放り出したい……。
0
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説
異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました
土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。
神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。
追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。
居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。
小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。
最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅
散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー
2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。
人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。
主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m
究極妹属性のぼっち少女が神さまから授かった胸キュンアニマルズが最強だった
盛平
ファンタジー
パティは教会に捨てられた少女。パティは村では珍しい黒い髪と黒い瞳だったため、村人からは忌子といわれ、孤独な生活をおくっていた。この世界では十歳になると、神さまから一つだけ魔法を授かる事ができる。パティは神さまに願った。ずっと側にいてくれる友達をくださいと。
神さまが与えてくれた友達は、犬、猫、インコ、カメだった。友達は魔法でパティのお願いを何でも叶えてくれた。
パティは友達と一緒に冒険の旅に出た。パティの生活環境は激変した。パティは究極の妹属性だったのだ。冒険者協会の美人受付嬢と美女の女剣士が、どっちがパティの姉にふさわしいかケンカするし、永遠の美少女にも気に入られてしまう。
ぼっち少女の愛されまくりな旅が始まる。
異世界最強の賢者~二度目の転移で辺境の開拓始めました~
夢・風魔
ファンタジー
江藤賢志は高校生の時に、四人の友人らと共に異世界へと召喚された。
「魔王を倒して欲しい」というお決まりの展開で、彼のポジションは賢者。8年後には友人らと共に無事に魔王を討伐。
だが魔王が作り出した時空の扉を閉じるため、単身時空の裂け目へと入っていく。
時空の裂け目から脱出した彼は、異世界によく似た別の異世界に転移することに。
そうして二度目の異世界転移の先で、彼は第三の人生を開拓民として過ごす道を選ぶ。
全ての魔法を網羅した彼は、規格外の早さで村を発展させ──やがて……。
*小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。
~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます
無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる