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第8章
1話 聖地化するザルツ村と僅かな異変
しおりを挟む短い秋が終わり、本格的な冬の時期に入った頃。
ザルツ村は、にわかに活気づき始めていた。
私とリトスが王都から戻ってしばらくした後、外からの来訪者が急激に増えたのだ。
王都であったいざこざと、精霊の力を借りて、そのいざこざを収める切っ掛けを作った私の存在を知った人々が、ザルツ山を精霊の山、ザルツ村を精霊の村と呼び、この地を聖地として崇め、様々な意図を持って、祈りを捧げる為に訪れるようになったのである。
私もこれまで以上に特別視され、外から来た人達に面会を希望される事も非常に多かったが、具体的な人相が割れていないのをいい事に、精霊の巫女である事を黙って過ごしていた。
不特定多数の人達から崇め奉られるなんてガラじゃないし、なにより忙しかったから。
実は、今年最初の降雪が確認された日、村の端っこの方で井戸掘ってたら、なんと温泉が湧いて出たのです。
その効能は、疲労回復、切り傷や打ち身などの怪我全般と、様々な病気の治癒効果、美肌。しかも、湧き出た温泉の湯を飲めば、胃腸を始めとした内臓疾患への治療効果も見られた。
多分――というより、間違いなくモーリンが関係してるんだろうと思い、私の部屋に作った専用のふかふかベッドでまったりしていたモーリンにそれとなく来てみた所、『別に、温泉を湧き出させようと思った訳ではないのじゃ』という、少し意外な答えが返ってきた。
なんでも、私が土の精霊王であるレフさんと契約を結び、魂の繋がりを持った事で、モーリンも間接的にレフさんの力の恩恵を受け、精霊としての力が増しているのだという。
『今回村の中に温泉が湧いたのは、妾の力が増した事による、副次効果的なものと見ていいじゃろう。まあ、妾が意図した現象ではないが、折角湧き出たのだから村の者達で有効に使うがよいぞ』
……というのが、モーリンの言であった。
なんにせよ、出入りする人間も増えた事だし、しっかり源泉を管理して、外部から来た商人による勝手な源泉の汲み出し、それを元にした商売の横行や、汚染を防がねばならない。
だから今現在、村の若い衆が力を合わせ、湧き出た温泉の周囲を加工した石で囲い、入浴場として作り直しつつ、入浴施設や入山者専用の宿の建設を、並行して進めている。
だって、村の外から来た人達を放置して、その辺に適当に荷物置いて湯に浸かれとか、泊まる場所がないからその辺で適当に野宿しろ、なんて、そんな無責任で鬼畜な事、言えるが訳ない。
やむなく宿の部屋をシェアしてもらうのにだって限界があるし。
つか、今のクッソ寒い時期に野宿なんてした日にゃ、普通に凍死する。
かと言って、以前村を再興させた時のように、『強欲』さんで建造物を出すってのも、外部の人間の目が多くなった為、不可能になった。ンな事したら大騒ぎになってしまう。
そんなこんなで当然私も、宿屋や入浴施設の建設の手伝いを積極的に行っている為、なかなかに忙しい、という訳なのである。
と言っても、私がやってるのは『強欲』さんで出した食事やオヤツ、飲み物の定期的な差し入れと、建築現場の清掃くらいなので、体力的には全くキツくないんだけどね。
ごく普通のワンピースを着て、生成り色の三角巾被ってバスケットなどを持ち、村の中をちょこまか動き回ってる村娘が精霊の巫女だなんて、誰も思わないようだ。
外から来たお客さんはみんな、私が精霊の巫女だとは気付かず村でひと時を過ごし、そのまま村を後にする。
どうやら外部の人達の中には、精霊の巫女は特別な存在だから村の人間にも特別視され、人目に触れない特別な御所で使用人に傅かれて暮らしているのでは、というイメージがあるようなので、余計気付かないんだろう。
けれど、それは外部の人達の勝手な思い込みだ。
私は確かにモーリンやレフさんと契約してるし、『強欲』さん&『暴食』さんという、実に頼もしいスキルを持ち合わせてもいるけど、立場としては普通の村人Aなのですよ。
そう在る事を、外ならぬ私自身が望んだから。
特別な力を持ち合わせてはいるけれど、扱いまで特別にして欲しくない、という、私のある種の我が儘を、村の人達はさも当たり前のように理解し、ごく自然にそれを叶えてくれている。
だから私は今日も、親しい友人や知人と気安く笑い合い、幸せに暮らしていられるのだ。
「ヤッホー、プリムー!」
そんな事を思いながら、建築現場で出た端材や木屑、それから落ち葉や枯草を一か所に寄り集めていると、見知った顔がこちらへ小走りで近づいてくる。
シエラとトリア、それからモアナだ。
おお、やっと来てくれたか。
今日彼女達には、今日の建築仕事の終わりの為に必要な、大事なものを持ってくるよう頼んであった。
それすなわち――焼き芋を作る為に使う、大量の古紙と新聞である。
古紙は前からあったけど、人の出入りや往来が活発になって以降、デュオさんの店への新聞の入荷が以前よりもずっと早くなり、各家庭で、読まれた後の新聞が残りがちになってきた。
今回はそれを有効活用して、甘露芋の焼き芋パーティーをやろうぜ、という事になったのです。
ちなみに甘露芋とは、サツマイモに大変よく似た芋の事だ。
形とサイズ感は完全にサツマイモ。飲み物が要らないほどしっとりした食感と真っ赤な皮、鮮やかな黄色い身の色が特徴で、煮詰めた糖蜜のような強い甘みが、その名の由来であるらしい。
丸ごと火を通せば、上記のようなデザート的食味となるが、生のまますり下ろしてデンプン粉を取り出せば、甘みも癖もないもっちり食感の麺が作れる。
その上、寒い土地や荒れ地でもよく育つ為、典型的な救荒作物として知られている、大変ありがたいお芋様なのです。
当然、ザルツ村でもいっぱい作っている。
私も甘露芋の麵料理は大好きだ。
お貴族様は、救荒作物という点から甘露芋を下賤の作物と呼んで見下して、食べない人が多いらしいけど。
言っちゃ悪いが馬鹿だよね。あんな美味しいものを食べないなんて。
人生の半分……とまでは言わないけど、間違いなく4分の1は損してると思う。
「言われた通り村の人達に声かけて、新聞たくさん搔き集めて来たわよー!」
「ありがとう! それじゃあ早速、手伝ってくれる? 新聞で芋を包んで、それを水で濡らすの。1つの芋を包むのにつき、古紙は大体4枚で、新聞だったら2枚は欲しいかな」
「了解! 濡れ紙で包んだお芋を焚き火にくべて、蒸し焼きにするって事よね」
「誰が最初に考えたのか分からないけど、ナイスアイディアよね。確かに濡れた紙って燃えないもの」
「確かにそうね。……ていうか、当たり前だけど水が冷たい! もう少ししたらお芋を濡らす役、交代して! プリムも手伝ってよ!」
シエラとトリアが、早速私の側に置いてあった木箱の中から甘露芋を取り出して、いそいそと古紙や新聞で巻き始め、モアナがそれを桶の中の水に浸し、顔をしかめながらも、まんべんなくしっかりと濡らしていく。
「あ、私は甘露芋を焼く為に必要な燃え草を搔き集める、一番重労働な役回りだから、そういう下拵え的な仕事は全部お任せしますんで」
「……プリムちゃん? 燃え草集めるの、もうほとんど終わってるわよね? お芋を濡らす作業、普通にできるでしょう?」
「……ハイ。すみません……」
私はモアナにいい笑顔で凄まれ、しおしおと項垂れながらモアナの隣に腰を下ろした。それから、流れ作業的に作成された甘露芋の新聞包みを手に取り、覚悟を決めて水に浸し始める。ヒエッ! 冷たッ!
モアナ共々、水の冷たさにガタガタ震えながら作業を続けている最中、ふと甘露芋に巻かれた新聞の記事に目が行く。
そこには『神聖教会、アムリエ侯爵令嬢を聖女と認定』という文字が大きく印刷されていたが、別に興味もなかったので、普通にスルーして芋ごと水の中に突っ込んだ。
私はこの時の自分の行動を、10日も後になってから地味に後悔する事となる。
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