上 下
105 / 124
第8章

閑話 水面下の策謀

しおりを挟む


 レカニス王国の王都、マルムラードの一角にある神聖教会の総本山、フルカ大聖堂。
 その地下にある協議室では、神聖教会に属する司教達が秘密裏に集まり、深刻な面持ちで話し合いをしていた。

「……して、これからどうするのですか。まさか9年前、大罪系スキルの所有を理由にその存在を邪悪と断じ、追放刑に処したはずの公爵家の娘と第2王子が、精霊の加護を得ていたなど……」

「しかも……その加護の力を以て、貧者を虐げ、無益な戦を目論んでいたシュレイン王と、自身の事しか頭になく、愚かな政策によって王都を混乱せしめたウルグス王、その両方の暴走を食い止めるという偉業まで成してしまった」

「現状、へリング筆頭公爵からその話を聞いたオゼリフ司教は、件の子供2人が王都への帰還を望まなかったゆえ、その話を声高に語ってはおらぬが……」

「うむ……。由々しき事態である事に変わりはない。もし今後、かの公爵令嬢と第2王子の一件が民草の知る所となれば……」

「……。我ら神聖教会の権威は、大きく揺らぐ事になりましょうな……」

「……いや、下手をすれば揺らぐどころではなく、失墜に至る危険性も考えられます。精霊とは、創世神の眷属にして使徒。創世神の御子たる他の神々に次いで、敬い奉るべき、世界を支える重要な存在なのです。
 その精霊から愛され、加護を受けるほどの資質を持った子供を不当に扱い、死しても構わぬとばかりに北の山中へ放逐したなどと知れば、信徒は我ら上層部の信仰心を疑い、敬虔な信徒は赫怒かくどに燃える事でしょう」

「そうだな。そして今後、我らの使命であるスキル鑑定の儀が執り行われる時や、大罪系スキルの所有者が見付かった際の対応などに関しても、口を挟む者が出始め……いずれは、その他の祭祀にまで口出しが及ぶようになりかねん、か」

「確かに……。へリング筆頭公爵が敷いた箝口令にも、現状あまり意味はないようですし……」

「それこそ、やむを得ない話なのでは? 上位貴族には、かの公爵令嬢と第2王子の件を期せずして知った者も多いようなので、無理からぬ事かと。
 その中には我らの行いを問題視し、論争を交わす者も出始めていると聞き及んでおります。このままでは、いずれ、教会の存在意義に疑問を呈する者が現れないとも言い切れないのでは……」

「では、どうしろと言うのだ。よもや、教義の内容を変えようとでも言うつもりか? 大罪系スキル所有者の断罪は、神聖教会開闢かいびゃくの頃より教義に定められ、今日こんにちまで連綿と守り継がれてきたものなのだぞ。
 初代教皇猊下が、のちの世と民の安寧あんねいを思って定められた、神聖なる神の教えをなんと心得る!」

「いや、そうは仰いますが……」

「……。ならばどうすると言うのか。少なくとも、かの公爵令嬢と第2王子に関しては、もはや罪科を問うなど不可能だぞ。そのような真似をした日には、逆に我らが火の粉を被る事になる。民草も愚かではないのだからな」

「ううむ……。では、今後大罪系スキルの所有者が現れた際は、処断したと見せかけて極秘裏に保護を……」

「馬鹿な! それこそ公になれば、我ら教会の権威が失墜してしまうであろうが!」

「……馬鹿は一体誰であろうな。貴殿は少し口を噤まれたらどうだ。先程から文句と反論をグチグチと述べるばかりで、建設的な意見がまるで出て来ぬではないか」

「なんだと貴様!」

「お二方共、おやめ下さい!」

「全く……協議の開始前から、ある程度の紛糾は予想していたが、ここまで話がまとまらんとは……。やむを得ん。ここはひとまず、大罪系スキル所有者の件に関しては保留とする。それより今は、貴族達の教会離れを防ぐ手立てを講ずるのが先決だ」

「は、はい……。ですが、どうすれば……」

「そう難しい話ではない。貴族達の信仰心を掻き立てる存在を、こちらで新たに用意すればいいだけの事だ。――聖女を立てる。誰の目から見ても麗しく清廉で、高貴な血を受け継いだ完璧な聖女をな」

「は……。し、しかしそれはっ」

「うむ、無謀な行いだ。聖女に認定されるには、美徳系スキル『慈善』を所有していなければ――」

「いや。実際に『慈善』のスキルを所有する者が見付からずとも、問題はないのだよ。神聖教会の中枢を担う、全ての司教が『慈善』の所有を認めさえすれば、それが事実となるのだから」

「なっ……! 居もしない聖女を、仕立て上げようと言うのか……!」

「……。いや。考えようによってはそれもありだ。なにせ今の王都は、精霊の加護を受けし者達の活躍によって平穏を得ている」

「……そうだな。今の王都に、聖女の力を必要とする問題などない。名ばかりの聖女を立てたとて、誰にも分かるまいよ」

「確かに、問題なさそうではありますな……」

「問題なさそう? いいや、問題などあるまいて」

「うむ、それでいこう。場合によっては精霊の加護を受けし者共か、加護を授けている精霊の名を、少々借り受ければよかろう」

「ああ成程。聖女を見出したのは、かの村の精霊の力によるもの、とでも言っておけば、疑いの目を向ける者は更に減りましょうな」

「――では決まりだ。みな己の伝手を使い、聖女として立てるに相応しい娘を早急に探せ。出来る事なら上位貴族の令嬢が望ましいが、無理なら下位貴族の令嬢からも候補を探す。条件としては――」


 その後も秘密裏の話し合いは続く。
 教会の権威を維持するという名目の元、己が得た地位と特権を守る為に。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

【完結】World cuisine おいしい世界~ほのぼの系ではありません。恋愛×調合×料理

SAI
ファンタジー
魔法が当たり前に存在する世界で17歳の美少女ライファは最低ランクの魔力しか持っていない。夢で見たレシピを再現するため、魔女の家で暮らしながら料理を作る日々を過ごしていた。  低い魔力でありながら神からの贈り物とされるスキルを持つが故、国を揺るがす大きな渦に巻き込まれてゆく。 恋愛×料理×調合

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅

散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー 2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。 人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。 主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

処理中です...