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第7章

12話 王家の落日 中編

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 へリング様に連れられて足を運んだ裁判所は、王城内にあった。
 王城最高裁判所と呼ばれているこの場所は、他の貴族裁判所で有罪判定を喰らった王族や、要職に就いている城勤めの上位貴族を裁く為の場所だそうで、傍聴席は通常の裁判所より広めに取られているそうだ。

 道すがら聞いた説明によると、貴族が裁かれる場合は国王が、国王含めた王族が裁かれる場合は、教会の司教が裁判官を務める他、基本的にここは、被告が有罪であるか無罪であるかを問う場ではなく、貴族裁判所で出された判決を元に、被告の罪状を改めて精査・確認し、処罰内容を定める為の場所らしい。
 一応被告が裁判の場で無罪を訴えるのは自由だが、その主張が通る事はまずない、との事。

 だろうね。
 被告の弁護をしてくれる、弁護士なんて職業はこの世界にゃ存在しないし、この王城最高裁判所に引きずり出された時点で、裁判の内容や結果は裁判官の胸三寸で決まるも同然。
 被告側からして見れば理不尽極まりない話だが、人権思想のない世界での裁判なんてこんなモンなんだろう。実にエグい話だ。

 現在、裁判開始30分前、といった時刻だが、既に裁判所内の傍聴席はほぼ満席状態。その約9割は身なりのいい男性で占められており、女性は数えるほどしかいない。
 目立たないよう、傍聴席の端っこに着席させてもらった上で、周囲のひそひそ話に耳をそばだててみると、次の王をどうするか、とかいう話を、割と真面目に話し合っている様子だった。
 あんまり詳しい事情は分からないが、どうやら政治的な思惑がある人間が、この場に集まっているようだ。

 そんなこんなでリトス共々、大人しく席に座って待つ事、約30分。
 後ろ手に縛られた若い男が、騎士とおぼしき鎧姿の男性2人に左右を固められながら入廷してきた。
 途端に法廷内がざわめく。
 どうやらあれが、ヤリチンクズ野郎こと、ウルグス王であるらしい。

 ほーん。成程ねえ、見てくれは悪くないな。
 でも、元々王家の遠縁に当たる辺境伯の血筋なんだから、顔がいいのも当然か。
 しばらく前、白黒な新聞に載ってた写真と比べれば、何割増しかくらいには見目よく見える気がするが、思い切りふて腐れたツラしてるせいか、魅力は全く感じない。
 個人的に印象が悪いせいかも知れないけど。

 未だざわめきが収まらない中、廷内中央にある証言台っぽい場所に、ヤリチンが座らされたのを見届けてから、今回裁判長役を担っているらしい、白髭サンタみたいなお爺さん……司教が、手にした木づち(こっちの世界にもあるんだな)をカンカン、と打ち鳴らし、よく通る声で開廷を宣言した直後。

「おい貴様ら、いい加減にしろ! この俺を誰だと思っている! 俺はレカニス王国の国主なんだぞ! この国で最もとうとく、万人が平伏して然るべき選ばれし存在なのだ! それを分かっているのか!」

 ヤリチンが勝手に椅子から立ち上がって吠え始めた。
 廷内のざわめきが一層大きくなる。鼻白んでる人達もいるみたいだ。
 私の近くに座ってる人達も、露骨に顔をしかめていらっしゃいます。
 まだ開廷してから数十秒と経ってないのに、いきなり何やってんだあいつ。
 元から悪い心証が更に悪化するだけだぞ。

 当然、両脇を固めていた騎士さん2人もギョッとして、慌ててヤリチンを取り押さえて黙らせようとするが、サンタ司教はなぜかそれ手で制し、自ら口を開いた。

「ご自身が国主だという自覚はあるのですな。陛下。では何故なにゆえ、此度のような振る舞いをなされたのでしょうか。精霊の花は――」

「ハッ、何故だと? 決まっているだろう、俺が王だからだ!」

 ヤリチンはサンタ司教の言葉を遮って、周囲全てに見下し切ったような目を向けながら堂々と言い放つ。
 いや、意味が分からんし。

「精霊の花をなぜ集めさせたか? そんなもの、俺が所望したからに決まっている!この国で最も貴い存在が、望んだものを手にする事に何の問題がある!
 俺の臣下も、それをよく理解していたからこそ、俺に命じられた通り、精霊の花を集めて献上してきたのだ!」

「あなたの手足となって精霊の花を収集した者達は、あなたに「命令が聞けないなら首を刎ねると脅された」と、申しておりますが?」

「当たり前だろう! 臣下は王の手足で下僕だ! 下僕とは王の命を何においても優先して果たすべき存在であり、王の命を拒否すれば首が落ちるのは当然の事! そんなもの常識だろうが!」

 そんな訳ねえだろ。
 どこの世界のどの国の常識だ。それは。
 臣下は下僕? 王の命は何においても優先して果たされるもの?
 寝言は寝てから言え。このパッパラパァが。

 ヤリチンが何か言うたび、廷内の温度がじわじわ下がっているような錯覚を覚えつつ、ムカつきを堪えて口を引き結ぶ私。ぶっちゃけ、ここに来てよかったんだか悪かったんだか分からなくなってきた。
 サンタ司教の声色も、どんどん冷たくなっていく。

「……左様ですか。では質問を変えましょう。陛下は集めさせた精霊の花を用いて、何をするおつもりだったので?」

「決まっている! 俺に歯向かう者や従おうとしない者、不穏分子を黙らせる為だ! そもそもこの城の連中は、どいつもこいつも理屈ばかり並べ立てて、俺の言をないがしろにするばかりか、俺を立てようともしない! この痴れ者共が、のぼせ上がりおって!
 俺の言う事をよく聞く宰相が、精霊の花の事を隠せと言ったから、一度はそれを聞き入れて誤魔化してやったが、もう我慢ならん! 不敬だ! 臣民全て不敬罪だっ!
 俺に仕える侍女もけしからん! この俺が、可愛がってやると言っているのだぞ! だというのになぜ逃げる! 尻を触って胸を揉んだ程度で悲鳴を上げるな! 股を開かせてやったんだ、王を受け入れさせてやったんだ、感涙にむせぶものだろう!」

 ヤリチンが地団駄踏まんばかりの勢いで喚き散らす。
 先程とは一転、ざわめきが失せて静まり返っている廷内。
 そこかしこから立ち昇る殺気で、肌がピリピリしてきた。
 みんなの心の声が聞こえるようだ。

 もう裁判とか要らんし、普通に有罪でいい。
 こいつの発言は聞くに堪えん。
 とっとと黙らせて引っ込めろ。と。

「筆頭公爵の女もだ! 夫がいる? 婚約者がいる? それがどうした! 俺が望んでいるのだから応えろ! それが臣下の本分だ! この国に存在するものは、人であろうが物であろうが、全て俺の所有物となってしかるべきだろうが! 
 王の閨の相手ができるのだぞ! この国の女として、これ以上の誉れもないというのに、この無礼者共め! それに、ウーデンに命じて連れて来させた精霊の村の女も――」

「――そうですか。よく分かりました。あなたはもう喋らなくてよろしい。神殿騎士達よ、その愚か者を拘束しろ。二度と公の場で口を開かせるな。汚らわしい」

「なっ!? なにを――もががっ!」

 サンタ司教が氷のように冷たい声で命じると、騎士さん達が待ってました、と言わんばかりに素早く動き出し、ヤリチンの口に布を捻じ込んで黙らせ、その身体を手早く縛り上げ始める。
 グッジョブ、サンタ司教。
 騎士さん達も、素早い仕事ありがとうございます。

 危ない危ない。
 もう、へリング様を含めた他の傍聴者の殺気は強まる一方で、この場にいるのが地味にしんどかったから、助かった。
 ていうか、これ以上ヤリチンの口から寝言を垂れ流されたら、傍聴者の大半が暴徒化してたんじゃない? 正味の話。

「判決。第43代レカニス王国国主、ウルグス・ロア・レカニエスこと、ウルグス・オヴェスト辺境伯弟を、第1級国家騒乱罪で有罪とし、極刑を言い渡すものとする。異論のある者は挙手せよ」

 サンタ司教が、ジタバタもがくヤリチンを綺麗に無視して朗々と判決を述べる。
 当然、挙手する者は誰もいなかった。

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