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第7章
9話 チート娘の負けられない戦い~疾駆
しおりを挟むドアのすぐ側に、取り立てて人の気配がない事を改めて確認し、一気にドアを開けて廊下へ飛び出す。
『こっちこっち! 精霊の花はこっちだよ!』
「はいはい、ちゃんとついてくから案内よろしく!」
はしゃいだ声を上げながら宙を飛ぶ光の玉に、適当な相槌を打って走り出してすぐ、近くを通りかかった兵士数名に見咎められた。
でも、想定内の事だから、別に構わない。
「――あっ!? こら! 有事でもないのに廊下を走るな!」
「いや待て! 貴様、城勤めの人間ではないな!?」
「なんだと!? どこから入った!?」
やいのやいのと騒ぐ声を背中に聞きながら、私はあまり厚みのないワインレッドの絨毯の上を、文字通り滑走する。
どうやって滑走しているのかって?
そりゃあ勿論、強欲さんで出したローラーブレードを履いて、だ。
ヒュー! 久々に履いたけど、なかなかに爽快!
どうせなら室内じゃなくて、外を思い切り滑りたいもんだよ。
今そんな事言ったってしゃーないけど。
「待てぇっ! 待たんか貴様!」
「何をやっている! 早く取り押さえろ!」
「おい! 侵入者だ! 手を貸してくれ!」
ちら、と肩越しに背後を見てみれば、追いかけて来る兵士の数が地味に増えていた。
そりゃそうか。侵入者を見付けて追いかけて、でもなかなかとっ捕まえられないとなれば、普通に応援呼ぶよね。
こっちとしては、数が増えてくれた方が好都合だけど。
絨毯の上だからか、普通の道を滑走する時より速度がやや落ちているが、ここの絨毯は室内に敷かれたものよりずっと毛足が短いから、ローラーに毛が絡む事もないし、低下した滑走速度は、床を蹴り出す脚力で幾らでもカバーできる。
ついでに言うなら、私を追いかけてきてる連中も、鎧兜を身に付けてるせいか、走る速度は平均よりも遅めな模様。そもそも並の人間の足の速さじゃ、ローラーブレード履いてる人間とっ捕まえるのは無理ってものだが。
私を捕まえたけりゃウサ○ン・ボ○トでも呼んで来い。
廊下を滑って進んでいると、すぐ目の前で私を先導してくれてる小さな光の玉が高度を下げ、スッと視界から消えた。律儀な事に、私に合わせて階段に沿うように飛んでくれているようだ。
でも、ローラーブレード履いてる私は階段下りられないんだよねえ。どうやって下りっかな。
足とローラーブレードを魔力で保護し、階段を無視して1階まで飛び下りるか。
それとも、脇に設置されている手すりを滑って下りながら階下を目指すか。
簡単なのは飛び下りる方だけど――
ちょっとばかり思案していた間に、階段が眼前に迫る。
うんよし。ここはより安牌な方を選ぶか。
てな訳で、階段の一歩手前で方向転換。
私は思い切り床を蹴り、大きく跳躍して空中に身を躍らせた。
ひょえー! 自分でやっといてなんだけど、3階からの紐なしバンジーってこんな感じなんだ! 魔力強化しとけばちゃんと着地できるって分かってても、結構怖いなこれ!
いや、落ち着け。冷静に着地の為の準備をするんだ、私。
私は自分を落ち着かせる為、空中で何度か深呼吸するが、滞空時の無防備になる瞬間を狙う奴が出て来た。
多分、とっさの判断だったんだろう。
手に持ったショートソードを、こちら目がけて投げ付けた奴がいたのだ。しかも、反射的にそいつの行動を真似して、手にした剣やら槍やらを何人もの兵士が投擲してくる。
ちょっ……! うおおおい! 殺す気か!
私は舌打ちしながら一層手足へ魔力を込め、最初に肉薄してきたショートソードを裏拳で弾き飛ばしたのち、空中で強引に身体を捻って槍を避けた。
しかし、着地の為の態勢が大きく崩れる。
ヤバい。ローラーブレードを履いてる状態じゃ、空中で崩れた態勢を立て直して着地するのはまず無理だ。足元が不安定過ぎる。
ついでに言うなら、受け身を取って転がるってのも、今はちょっと無理。
手足に思い切り魔力を集中させてる今の状態からじゃ、他の箇所への魔力強化が追い付かない。
という訳で、階下で着地に失敗してすっ転び、腕や肩を痛めるような事態を避けるべく、両手で着地を行いつつ、追撃の形で上から投げ下ろされたロングソードを、倒立したまま放った回し蹴りで叩き落とし、へし折った。
そこから勢いでバク宙して両足で着地し、何度か床をゴロゴロ転がって、追加で降り注いできた剣と槍を完全回避。ここまで移動すれば、上の階から何を投げ付けたとて、私の所にゃ届くまい。
ホッと安堵の息を吐きつつ、追っ手を撒かないよう数秒その場に留まってから、案内役の精霊の後に続いて滑走を再開する。
はー、あっぶねー! 死ぬかと思った!
心臓めっちゃバクバクしてるんですけど!
ローラーブレードで滑りながら、思わず心臓の上に手を当てて大きく息を吐く。
でも、思ってたより身体がきちんと動いてよかった。
私って案外、やればできる子なんだな。
正直、自分でもちょっとびっくりしてる。
『あはははっ、さっきの凄かったねえ! ひゅーんって来たのをバシッて飛ばして、くるんって回ってバキッだもん! かっこよかったぁ~!』
一方小さな精霊は、今にも手を叩かんばかりに大はしゃぎの大喜び。
喜んでもらえて嬉しいけど、表現にオノマトペが多いね、君。
なんか、話聞いてるだけで脱力しそうになるんですが。
「ねえ、精霊の花がある場所ってまだなの?」
『もう少しだよ! ホラ、目の前に壁があるでしょ? あそこを通り抜けた先の部屋に、い~っぱい置いてあるの!』
「はい!? 目の前の壁を抜けた先!? ドアとかないけど!?」
『うん、ないよ~。だって王様、隠し部屋だって言ってたし』
「隠し部屋ぁ!? じゃ、じゃあ入り口は!?」
『ん~、わたしいつも、壁すり抜けて入ってたから、分かんなぁい』
「分かんないのかよ!」
この期に及んで呑気な事をのたまう精霊に、私は思わず頭を抱える。
辿り着いたのは行き止まりで、どこをどう観察しても隠し通路もなにも見付からない。
あああ、背後から何十人単位にまで膨れ上がった追っ手の皆さんの姿がぁ!
「ああもう! こうなったらしょうがない! この壁ブチ破ってやるッ!」
私は泣きたくなるのを必死に堪え、右手に魔力を集中させた。
「でぇりゃああああああッ!!」
120%の力と魔力を集め、ヤケクソで放った正拳突きもどきは、正面に立ち塞がるレンガ造りの壁面を割と容易く粉砕し、風穴を開けてくれる。
やったね、ラッキー! 想定より脆くてよかった!
私はスキルを使ってカンテラを出し、大急ぎで壁に開いた大穴を潜り抜けて進む。壁を抜けた先にあったのは、がらんどうの小部屋と、取ってつけたような粗末な木製のドア1枚。
ドアには、小生意気にも錠前が取り付けられていたが、もうそんなもん知った事か!
今度は履いていたローラーブレードをスキルで消して、勢い聞かせに木製のドアを蹴り破り、更に奥へ。
そこは殺風景な小部屋で、一抱えはありそうな大きさの、数個の木箱が壁際に置いてある。
蓋もされていない木箱の中には、溢れんばかりの精霊の花が詰め込まれ、手元にあるカンテラの光を受けて、控えめながらも美しい輝きを放っていた。
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