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第7章

6話 公爵VS筆頭公爵夫人

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 話は、リトスがフィリウスの手引きで王城内へと入り込み、国王専属の侍女達が詰めている部屋へ足を踏み入れた時間帯にまで遡る。
 リトスが、教育のなっていない侍女達の、恥じらいの欠片もない話に顔を赤くしたり青くしたりしていた頃、プリムローズ達の所にも、招かれざる客が足を向けていた。



 それはクローディア様から、現王が企てている実にしょうもない計画を聞かされ、腹立たしさからくるモヤモヤした気分を抱えたまま夜を明かし、無駄に時間が過ぎていく事にも焦りを覚え始めた朝の事。

 出された食事を取り終え、人心地ついた私達が、牢屋の端っこでクローディア様を交えて、さてこっからどうしようか、なんて話をし始めた時、チョビ髭を生やしてる、小太りで偉そうなちっさいおっさんが牢屋にやって来た。
 第一印象はダサい。その一言に尽きる。

 特に、寸詰まりな上背と自己主張が激しい出っ腹も相まってか、やたらと華美でゴテゴテした装飾が施されている、濃紺色したジュストコールの不似合いっぷりが酷かった。服に着られてる感がハンパねえ。
 よっぽど華やかな面立ちをしている人じゃないと、あのジュストコールの派手な意匠に負けてしまうだろう。
 あと、膝丈の黒いキュロットと真っ白なロングタイツが、これまた絶妙に似合ってない。なんか、西洋版バカ殿様みたいな感じがする。このおっさんが、やたらと色白なせいだろうか。

 思わず、もうちょい自分に似合う服模索したらどうなんだよ、おっさん、と突っ込みたくなるが、いやでも、これでもまともな方だよな、と緩くかぶりを振って思い直す。
 もし仮に、この見てくれでかぼちゃパンツなんて穿かれた日には、私の腹筋は数分保たずにご臨終していたと思われる。危ない所だった。

「まあ、おはようございます、ウーデン公爵。一体何用で、このような場所までお出でになられましたの?」

「ああ、おはようございます、へリング公爵夫人。なぁに、大した用ではありませんよ」

 牢屋の正面に立ったちっさいおっさんに、いつの間にやら近づいたクローディア様が、見事なアルカイックスマイルを向けつつ、微妙に刺々しい口調で挨拶を述べると、おっさん(公爵だったのか)もニチャアッとした感じのキモい笑みを浮かべ、嫌味ったらしい口調で挨拶を返してきた。
 うん、ホントキモい。
 私だったら反射でドツいてたかも知れん。

「あら、大した用でもないのにこのような所へ自ら出向かれるなんて、とても時間が余っておいでですのね。さぞや奥方様やご子息が優秀でいらっしゃるのでしょう。
 公爵家の現当主という身分にあってなお、仕事に追われる事なく優雅な日々を送れるだなんて、とても羨ましいですわ。一体どうすれば、そのように余裕のある振る舞いができるのかしら」

 おっと、ここでクローディア様が先制のジャブを放ったぞ。「大した用もねえのに牢屋に来るなんて、どんだけ暇なんだよ。カミさんと息子に仕事投げて遊んでるとか、いいご身分だな。それでも公爵家の当主かボンクラ野郎」と仰られています。
 うん。意味が分かると結構キツい。

 一方おっさんも、クローディア様の言わんとしている事が分かるようで、口の端っこが若干ヒクヒク動いて引きつっている。
 あらら。白いデコに青筋浮いてるぞ、おっさん。
 でも、怒鳴り付けたいのを我慢して取り繕っていられる辺り、流石は公爵様といった所か。

 同じ公爵家でも、クローディア様が夫人として身を置いてるのは筆頭公爵家だ。この国における身分制度を下敷きにして比較すると、おおよそクローディア様とこのおっさんは同格に当たる。
 だからこそ、余計に変な言動は取れないって事か。

 幾らビジュアルがバカ殿様寄りであろうと、おっさんも上位貴族の端くれ。
 男も女も老いも若きも、相手の言動に中てられて、感情剥き出しにした時点で負け確だというのを、よくよく理解しているんだろう。

 衆人環視の元で感情を露わにした分だけ、周囲の者から侮られ、自身の格を落とす事になる。
 それが貴族社会における暗黙のルールだ。
 実に面倒で厳しい世界だね。
 私、平民になれてよかった。

「は、ははは。別に私は、公爵夫人に羨んで頂けるような暮らしなど、送っておりませんよ。今朝は陛下のご意向で、件の村の娘達の様子を見に来ただけに過ぎません。――おい、ザルツ村から来たという娘、こちらへ来い」

 クローディア様に、まだ幾らか引きつったままの顔と声色でそう答えると、やおら気を取り直し、今にもその場でふんぞり返りそうな勢いで、牢屋の中に向かって横柄に呼びかけてくる。
 ホントはシカトしたい所だけど、まさか平民の身分で公爵の呼びかけを聞かなかった事にする、なんて大それた事をする訳にもいかず、私達は数秒顔を見合わせたのち、渋々ながらも立ち上がって、おっさんの所へ近づいていく。

 うわ、間近で見るとますますちっさいな。身長150センチないんじゃない?
 こんなちっさいおっさん、こっちの世界じゃ初めて見たよ。
 平民と比べて、遥かに栄養状態のいい環境で育つ貴族男性は、みな押し並べて発育がいい。このおっさんのように、身長が170に届かない……どころか、160以下の上背しかないってのは、相当珍しい事だ。
 ひょっとしたらこのおっさん、小さい頃から酷い偏食なのかも知れない。

 まあ、そんな事はどうでもいいか。
 なんにせよ、こんな所で不敬呼ばわりされたら堪らんので、私はなるべく、おっさんをまじまじ見ないように気を付けていたが、おっさんの方は私達を、頭の上から爪先まで、不躾にジロジロ眺めてくる。
 ……かと思うと、おっさんはいきなり私の方に視線を向けてきた。

「――ふぅむ、どいつもなかなか悪くない顔をしている。平民にしておくのが惜しいほどだ。特にそこの、赤毛の娘。他の娘より飛びぬけて見目がいい上に、上背もあるな。陛下もさぞお気に召される事だろう」

 おっさんは顎に手をやりながら、またあの、ニチャアッとした笑みをこっちに向けてくる。
 うわキショッ! サブイボが出る!
 ていうか、すっげぇ嫌な予感がするんですが!
 私は思わず自分で自分の身体を抱き締めた。

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