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第7章

閑話 潜入作戦

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(僕、何やってるんだろ……)

 へリング公爵家に招かれた翌日の朝。
 茶色のカツラを被って薄化粧し、侍女のお仕着せを身に付けたリトスは、へリング公爵ことフィリウスの後ろに付き従う恰好でしずしずと歩きながら、内心で独り言ちた。
 フィリウスの斜め後ろを歩く、護衛騎士に変装したデュオとカトルが、時折なんとも言えぬ同情的な眼差しを送ってくるせいで、余計居たたまれない。

 この国の最高権力者である国王が、臣民のかどわかしを主動している、とあれば、少しでもそれに対抗しうる力を持った、高位貴族の助力を得た方がいいだろう、という意見でまとまり、フィリウスに協力する事を伝えた所、早速潜入捜査への協力を要請され、それにうなづいた途端、この扱いだ。泣きたくなってくる。

(大体、なんで僕が女装する事になってるんだよ……。自分で言うのもなんだけど、こんな背が高い侍女、悪目立ちするだけじゃないか……)

 リトスはまたも内心で独り言ちた。
 確かに、城内でも面の割れていない自分達が、筆頭公爵であるフィリウスの手引きで場内へ侵入し、内部を探る手伝いを行う、というフィリウスの考え自体は、別におかしなものではない。

 実際、筆頭公爵の肩書は大きいものだ。
 モアナの手紙にあったような、ここ最近入城者に求められるようになった、身辺調査の大半を筆頭公爵としての権力を以て偽装した上、それを城の中で押し通してしまえるのだから。

 だが、正直な所、リトスの上背はかなり高い。ここしばらく測っていないので正確な数値は分からないが、少なくとも180センチ前後はあるはずだ。
 この国における女性の平均身長は、おおよそ165センチ強である。
 それと比較すれば、今のリトスは周囲に人間の目に、相当高身長な侍女と映っているだろう。

 今はまだ、リトスと大して上背の変わらない、フィリウスやデュオ、カトルに混じって歩いているのであまり目立っていないようだが、ここからひとたび離れて他の女性達の輪の中へ入り込んだが最後、1発で見咎められてしまうに違いない。

 一応、へリング公爵家の侍女達に、できるだけ地味な見た目になるように、と頼んで化粧を施してもらってはいるし、首にはのどぼとけの存在を誤魔化し、変声を促すチョーカー型の魔法具を身に付けているが、リトスとしては、それも焼け石に水のような気がしてならなかった。

 事実、もう既に入城してから、通りすがりの使用人や兵士に、何度もチラチラと見られている。動揺を悟られないよう、どうにかうつむき加減で歩いて誤魔化しているが、正直言って肝が冷えて仕方ない。

 こんなナリで他の侍女に紛れて動くなど、どうあっても無理筋なのではないか。
 リトスは、半ば以上そう思っていたのだが――
 フィリウスやデュオ達と体のいい所で離れ、筆頭公爵が直々に偽造してこさえた紹介状片手に、王専属の侍女が待機している部屋へ足を踏み入れた所で、その考えは覆る事になった。



 一体どこから搔き集めて来たのか知らないが、王の身の回りの世話をする侍女の多くは、出る所が出てスラリとしている――いわゆるモデル体型で高身長な美女で溢れ返っていた。目測だが、170センチ以上ある女性ばかりだ。
 なんでも現王が、そのようにせよ、とうるさく騒いだゆえの事らしい。
 命じる方も命じる方だが、それを本当に聞き届けてしまう方も大概である。何とも馬鹿馬鹿しい話だ。

 しかし成程、これならば、リトスもさほど目立たないかも知れない。道理でフィリウスが自信満々に送り出そうとしてくる訳だ、と、リトスは今更ながらに納得した。
 それに、ここからどうやって情報を集めようか、と思案するのも、ほんの僅かな間だけで済んだ。

 リトスが紛れ込んだ高身長な美女達は、揃いも揃ってお喋りで口が軽く、わざわざこちらから話しかけずとも、比較的近い場所で勝手にピーチクパーチクさえずってくれた。
 恐らくだが、ひたすら見た目を重視して搔き集めたばかりに、身分のあまり明るくない者や、侍女としての教育を受けても、それをしっかり吸収できない、不出来な娘が多くいるのだろう。

 この辺りからも、現王とその周囲を取り巻く、側近連中の愚かさ加減がよく分かる。
 しばらくの間リトスは、本当にもうこの国はおしまいなのかも知れない、と内心で気落ちしていたが、だんだん落ち込んでいられなくなってきた。

 なにせ、今も彼女達のお喋りは続いている。
 その口からは、やれ、今の王様はスケベで、よく人の尻を触ってくるだとか、どこそこの娘を夜に呼び出して、部屋のドアを施錠もせず、ひたすらにゃんにゃんしているのだとか、なんとも下劣で、聞くだに顔の引きつる話ばかりが飛び出てくる。

 挙句、近いうちに後宮を作って、そこに身分を問わず見た目のいい女を搔き集めて囲い、ハーレム遊びをするつもりらしい、という話が聞こえた時には、本気で持ち場を飛び出して、国王の私室に殴り込みをかけたくなった。

 話の流れと状況から察するに、このままそのハーレムとやらが出来上がれば、間違いなく、自分の友人であるシエラとトリア、モアナもその中に放り込まれるであろう事は確実であり、何より、世界で一番大切に思っている人が……プリムローズまでもがそこに放り込まれる事になりかねない。

 最愛の女性プリムローズが、絵姿でしか顔を知らない、下衆な男の薄汚い手によって手折られる。
 想像するだけで、はらわたが煮えくり返って吐き気がした。



 あれこれと思い悩んでいるさなか、もうそろそろ、陛下が茶を所望する頃合いだ、と外から声をかけられたリトスは、スケベな国王の所へ顔を出すのを渋る他の侍女達に、茶を供する役割を押し付けられ、高級な茶葉と高価なティーセットを乗せたワゴンを押しつつ、廊下を1人歩いていた。

 その頭の中は、いつ愛する人を手中に収めるか分からぬ、好色な国王への罵詈雑言で満ち満ちていたし、なんならもう想像の中で、4、5回は締め上げて半殺しにしている。

 リトスにとって、プリムローズに無理矢理手を出そうとする輩はみな、国王だろうが誰だろうが許されざる悪党であり、ゴキブリ以下のゴミなのだ。いや、ゴミという呼称を与える事すら認め難い。

(もういっそ、本当に国王を片付けて、全部終わらせた方がいいんじゃないのかな)

 しまいには、そんな物騒な考えが頭の半分以上を満たし始めていたリトスだったが、廊下の奥から聞こえてくる怒号や悲鳴らしき声を拾って、反射的に足を止める。

(……? なんだ? 今……「捕まえろ」とか聞こえたような気がしたけど……)

 なんとなく、そっちに行ってみた方がいいような気がしたリトスは、ワゴンを廊下の端に寄せて放置し、声が聞こえる方へ小走りで向かい――硬直した。
 赤い絨毯が敷かれた廊下を、小さな光に先導されながら、何やら滑るような恰好で高速移動しているプリムローズを目撃して。

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