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第7章

5話 明かされるしょうもない事実

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 端的に言うなら、私達に話しかけてきた黒髪碧眼の美女は、今現在筆頭公爵家となっている、へリング公爵家現当主の奥様――要するに、公爵夫人でいらっしゃいました。
 公爵夫人のお名前はクローディア様。元から旦那様共々、慈善事業を通して平民とも積極的に関わる、実にアクティブな日々を送っておられたらしい。

 成程ねえ。何かしら思い違いでもしてるのか、むやみやたらと気位が高く、平民に話しかけるどころか、平民が傍に近寄る事にも難色を示す者が多い上位貴族(ウチの毒親なんてその典型だった)の中にも、そういう人がいるんだな。
 ついさっきも、「不敬は問いませんので、普通に話して頂ければ嬉しいのですが」、とおっとりした笑顔で言ってくれたし。実に懐が広い。

 なんにしても、そういう性格だから、平民の私達に声をかける事にも全く抵抗がなかったって訳だ。
 残念ながら、クローディア様みたいな人は少数派だと思うけど。
 あと、お前も元は貴族で公爵令嬢だっただろ、という突っ込みはナシでお願います。

「……あの、恐れ入りますが、その公爵夫人様がなぜ、私達にお声がけ下さったのでしょう?」

「そうですわよね。疑問に思われますわよね。実の所、私達上位貴族の間でも、ザルツ村の方々の話は非常に有名なのですわ。「高位精霊の加護と友愛を得て、前王の暴挙を無血にて退けた奇跡の村」だと」

 クローディア様から、不敬は問いません、と前置きされたにも関わらず、それでもやっぱり無礼打ちが怖いらしいシエラとトリア、モアナに、クローディア様との会話を丸投げされた私が代表して問いかけると、クローディア様の口からサラッと、とんでもない言葉が飛び出してきた。
 私だけでなく、シエラ達の方も驚きで間を丸くしている。

「――はっ? えっ? そ、そうなんですか?」

「ええ、そうなのです。――ですから陛下も、要らぬ欲を出してしまわれたのでしょうね」

 ちょっとどもりながら発した再びの問いかけに、クローディア様が眉根を寄せながら答えた。

「……どういう事ですか?」

「それについては今ご説明致しますわ。少し長くなりますが、どうかお聞き下さい。……私達貴族は、あなた方が住まうザルツ村の事に関して、精霊に力を借りて前王の侵攻を退けた、という事や、その大まかな手法などは存じているのですが、事細かな内情までは分かっておりません。
 高位精霊の力が働いていて、間諜を送り込めないという事もありますが、何より、その力によって手痛い失態を犯す事になった、前王陛下の目がございましたから。ザルツ村の話は一時期王城内において、禁句も同然の扱いになっておりましたわ」

「ああ……。それはそうでしょうね。前王からして見れば、屈辱的な負け戦の話ですもんね……。ほんの一言二言であっても、耳に入れたくないと思うのは当然だったかも知れません。前の国王様は、神の天嶮てんけんも真っ青なくらい、プライドの高い人だったみたいですし」

 クローディア様の話に、私は顔が引きつりそうになるのを堪えつつ、幾らか言葉を選んでそう返す。
 ちなみに『神の天嶮』というのは、この国がある大陸の、北の端っこにそびえ立っているという、標高が激烈に高い山・エギーユさんの事だ。

 私は実際には見た事ないけど、エギーユ山はどれほど遠目に見ても、決して山頂を目にする事ができないほどの高さから、神話では『天界に繋がる道がある山』とされている他、クソほどプライドが高い人間への揶揄にも使われる。
 元の世界でいう所の、『プライドがエベレスト並に高い』とか言う表現と、おおよそ同じようなノリの言葉だと思ってもらいたい。こっちではそこに、『創世の神に対して敬意を払わない不遜なバカ』とかいう意味もプラスされるけど。

 要するに、今さっき私が言ったのは、クソ王への婉曲な悪口です。
 こっちはあの野郎のせいで散々迷惑被ったんだ、この程度の悪口は許されるだろう。
 クローディア様もクスクス笑ってるし。

「ええ、そうですわね。――話を戻しますが、何か月も言論統制に似た状態が続いたせいか、前王が崩御され、政権が現王の手によるものへと完全に移り変わって以降、城に参内する貴族達を中心に、出所が分からないザルツ村に関する噂が一気に噴出し、そこかしこでまことしやかに語られるようになりましたの。
 ザルツ村の住人達は誰もが精霊の加護を持っている、とか、村の若者は、みな精霊に愛され、精霊の声を聞き、その力をいつでも振るう事ができる、とか。ですから、陛下は――」

「ちょっ、ちょっと待って下さい! じゃあまさか今の国王様は、そんな根も葉もない噂を真に受けて、シエラ達に目をつけて攫ったって言うんですか!?」

「間違いなく、それもあると思います。もっとも、根底にあるのは見目のいい若い娘を侍らせて楽しめる、国王専用の後宮を創設する事のようですが」

「……はい?」

「あなたやあなたのお友達の方々は、上位貴族の私の目から見ても、とても見目のよい方々ですし、しかもそれが、噂に名高いザルツ村の若者だとなれば、陛下も一石二鳥だと思われた事でしょう。それはもう、私に侍るに相応しい娘達だなんだと、頭の悪い事をね。
 なにせ筆頭公爵からの、後宮計画の即時撤廃を求める奏上を疎んじ、筆頭公爵を御身から遠ざけた挙句、嫌がらせとばかりに筆頭公爵の妻である私を参内中に攫って、こんな所に閉じ込めるほどのおバカっぷりなのですから」

 淑女の笑みを浮かべるクローディア様の白皙はくせきのかんばせに、幾筋かの青筋が浮くのを、私は確かに見た。これで手元に扇子なんてあったりした日には、その扇子がボッキリ半分に折れてたと思う。
 ヤバッ! 怖っ! バカ王の行動に腹立てる以前に、クローディア様が怖い!

「幾ら「担い手がいないから」という理由で回ってきた筆頭の地位であっても、我が家は筆頭の名を拝命する際、王の御前で直接、身命を賭して王家に仕える事を改めて宣誓しているのです。
 その、忠臣たる貴族家に対してこの仕打ち……言語道断の許されざる所業ですわ。つける薬もないとは思いませんか?」

「……ソウデスネ」

 辛うじてクローディア様にそう返すが、一本調子の棒読みになってしまった。
 あの、私、別に悪くないよね??

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