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第7章
閑話 確執と疑惑
しおりを挟むモーリンの力で王都の宿にとんぼ返りしたリトスが、馬車で現れた公爵の使いによって案内されたへリング公爵家は、貴族街の中でも1等地の中心に近しい場所に、大層立派な邸宅を構えていた。
それこそ、王家の離宮と見まごうばかりの大きさに、思わず目を見開く。
出迎えてくれた家令の男性にできる限り丁寧な礼を述べ、案内された客間でデュオ、カトルと合流したのち、デュオ達と共に、その場で公爵の帰宅を待つ事となったリトスは内心で、6大公爵家も随分と勢力図が変わったんだな、とうそぶいた。
リトスの記憶によれば、へリング公爵家は過去に2度ほど、王家から降嫁した王女がいたという以外には、特筆すべき点がほとんどない家であり、6つの公爵家のうち、最も規模の小さな公爵家だったはずだ。
少なくとも、貴族街の1等地のど真ん中に、これほど規模の大きな邸宅を構えるだけの家格は、備えていなかったように思う。
それに――邸宅へ足を踏み入れる直前、玄関の中央に飾られた公爵家の家紋の左右斜め下に、銀の白百合の紋章が付け加えられているのを見た。
レカニス王国において、砒毒に反応する銀は『身命を賭した忠誠の証』とされ、白百合は『清廉と信頼』を意味する国家の花だ。
自家の家紋に、その2つを兼ね備えた紋章を戴く事を許されるのは、王家に認められた筆頭公爵家のみである。
(9年前は、ガイツハルス公爵家が筆頭公爵だった。けど、ザクロ風邪の騒ぎのせいで、ガイツハルス公爵家は家格を維持できなくなって降爵。そこから去年の末までは、ピエトラ公爵家が筆頭を務めていたはずだけど……また変わったのか。
こんなに気安く、何度も筆頭公爵家が移り変わるなんて、普通なら有り得ない事だ。もう他所の国からも、軽んじられ始めてるんじゃないかな、この国は……)
もはや自分には関わりのない事ではあるが、かつて王家の一員であった身としてはなんとも情けない話に思えて、リトスは小さくため息を零した。
折を見て現れる侍女達から、追加の紅茶や茶菓子などを頂きつつ、どれほどの時間を潰しただろうか。使用人の案内で、各自が1回ずつ手洗いに立ってしばらく経った頃、ようやく公爵が邸宅へ戻って来た。
「こちらが望んでお招きしておきながら、随分とお待たせしてしまい、大変申し訳ありません。私がへリング公爵家現当主、フィリウスです」
客室に姿を現してすぐ、リトス達に対して丁寧な謝罪を述べたのは、リトスと同じ、白銀色の髪とサファイアブルーの目を持つ、20代前半とおぼしき美青年だった。面立ちもどことなくリトスと似ている。
数代前まで王はみな金髪だったが、歴代の王の中には白銀の髪を持つ者も多数いる。詰まる所、現当主の容姿は、へリング公爵家に多少なりとも王家の血が入っている証左なのだと思われた。
「こちらこそ、平民の身でありながら、貴族家の邸宅へ足を踏み入れる事をお許し頂いたばかりか、このようなもてなしまで頂きました事、光栄に存じます」
フィリウスの言葉に応えるように、リトス達の中で最も年長であり弁の立つカトルが、一同を代表してフィリウスへ謝意を述べる。ただし、名を名乗るなど、自ら自身の情報を口にする事は行わない。
この国の身分制度では、身分の低い者が自分から身分の高い者に話しかける事は基本的に許されておらず、また、問われてもいない名を名乗る事もまた、厚かましい振る舞いとして嫌厭の元となるからだ。
「いいえ、どうかお気になさらず。時に、皆様方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「失礼致しました。私はザルツ村の住民で、カトルと申します。右隣の者は同郷の友人デュオ、その隣はリトスと申します。しばしの間、お見知りおき頂ければ幸いです」
「カトル殿にデュオ殿、そしてリトス殿ですね。平民と仰られる割に、皆さんは貴族に対する礼節をよく弁えておいでだ。――さて、顔を合わせて早々ではありますが、早速本題に入らせて頂きたく思います。どうぞお掛け下さい」
おおよそ定型文に沿った挨拶を済ませ、フィリウスから着席を勧められた一同が、その言葉通りソファに座り直すと、フィリウスはリトス達へ真っ直ぐに視線を向けたまま、傍らに控えていた侍女や護衛と思われる騎士に退室を命じる。
初対面の平民を室内へ招いたばかりか、護衛にまで席を外させるというのは、上位貴族家の当主として、この上なく異例な振る舞いだと言えた。
「単刀直入に申し上げます。現在王都では国王が私欲の赴くまま、見目のいい若い女性を自らの元へ連行させています。また、現王の郷里にて近年発見された、銀鉱山へ送り込む労働力を欲して、若い男性を搔き集めさせているとも聞き及びます。
女性も男性も、その多くは平民を狙いとしているようですが、中には下位貴族の令嬢も幾分混じっていると思われる、と報告書にはありました」
リトス達は、フィリウスの口からもたらされた話に愕然とし、息を呑む。
「それは……。国王が主導する、臣民のかどわかし、という事でしょうか。そして……私達の探し人や友人も、その被害に遭ったと……」
「はい。残念ながら、そのように考えるのが妥当でしょう。……女性にせよ男性にせよ、法に則った手続きを経る事も、正当な手段を取る事もなく、不当にかどわかされた者達ばかり。
被害に遭った自覚がある平民達の多くは、はした金と引き換えに娘を連れ去られ、泣き寝入りしている状態です」
乾いた声で問いかけるカトルに、フィリウスが苦々しい顔でうなづき、言葉を続ける。
「私を含め、陛下に対して無体な振る舞いをやめるよう、奏上する貴族も多々おりますが……それ以上に、自身の娘を積極的に送り付け、褒賞を受け取る痴れ者の方が多く出ている始末。
挙句、その褒賞の支払いに充てられているのが、増税によって民から毟り取った血税だというのですから、目も当てられません。しかも……5日前から私の妻も、姿が見えなくなっているのです。
無論、妻が陛下にかどわかされたという証拠はありません。ありませんが……あのクソ……もとい、あの方は、夜会や茶会で登城するたび、私のクローディアに、それはそれは分かりやすく秋波を送って、散々色目を使いやがっておいででしたので……この上なく怪しい存在でもあるのです」
フィリウスの顔から表情が消え、膝の上で組んでいた両手の甲に分かりやすく青筋が浮く。
口の端が引きつり、言葉遣いも端々が乱れ始めている。
「……コホン。私が調べた所によりますと、皆さんザルツ村の方々は精霊の加護を受け、独善的な先王の侵攻から、無傷で村を守り通した実績をお持ちとの事。つきましては、此度の事件の調査及び解決に、是非ともお力添えを頂きたいのです。
色よい返事を頂けるなら、皆さんのご友人達の捜索にも、当家の力を惜しみなくお貸しすると確約致します。いかがでしょうか」
盛大に引きつりかけた顔を意地で引き締め、改めて真っ直ぐリトス達を見据えてくるフィリウス。
リトス達は、思わず顔を見合わせた。
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