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第6章
閑話 受け入れがたい現実
しおりを挟む――なんだこれは。
それは眼前で繰り広げられる光景を見た際、シュレインが脳裏に思い浮かべた言葉だった。
いや。それ以外に思い浮かべられる言葉がなかった、と表現した方が正確だろうか。
なにせ、今シュレインの見ているその前で、自らの親衛隊として認めた精鋭中の精鋭たる兵士2人が、明らかに人間相手の実戦経験に乏しそうな、細い体躯の村人2人相手に、1分と保たぬまま敗れ去ったのだから。
しかも、だ。
(――馬鹿な。なぜ……なぜこんな田舎の山奥に住まう平民風情が、ああまで強力な魔法を杖もなしに扱えるのだ!)
シュレインは、ギリギリと音を立てながら歯噛みする。
今の時代よりも遥か昔、レカニス王国建国以前の頃から、人類の中に伝わる魔法教練法においては、魔法を操る際には必ず杖を用いねばならない、とされてきた。
人間は、精霊やその系譜に連なる半人半霊の種――エルフなどと比べると魔力が弱く、魔力制御も拙い種族だ。ゆえに、杖などの補助具を用いる事で、ようやく魔力増幅と魔力制御を安定して行えるようになる。
翻って言うなら、人間は杖を用いねば魔法に十分な威力を乗せられず、また、身の安全を図る為の魔力制御や、攻撃魔法への指向性付与なども満足に行えない。
上記の文言こそ、王家と共に長らく王都の平穏を守ってきた、レカニス中央魔法教会が提唱する法則であり定説、そして常識なのである。
「だというのに……なぜあの連中は、その法則と常識を無視して魔法が扱える! 有り得ぬ!」
「へ、陛下、落ち着いて下さい。俺……いえ、私は以前、王都の魔法省に用心の護衛兵として勤務していたので、ある程度魔法と精霊に関する知識がございます。
我々が通り抜けてきた珍妙なゲームがあった地点も含め、この場所は十中八九、精霊の支配下にある空間です。であれば、その空間内に存在する我ら以外の存在は、人の形をしていても人ではない可能性が、極めて高いのではないかと……」
「……! 成程。つまりあの一見ただの村人にしか見える者共も、実は人の皮を被った精霊である、という事か……。ふん、確かにそう考えれば全ての辻褄が合う。
詰まる所、山の周囲に張り巡らされていた結界はただの目眩ましに過ぎず、実際にはこの空間の構築と維持に全ての力を注ぎこんでいたのだな。不愉快な……!」
兵士の1人からもたらされた情報を元に、おおよその推論を組み立てたシュレインは、端正な顔をしかめて舌打ちする。
実際には、立てた推論の大半は的外れなものだったが。
魔法の事もそうだ。
そもそも、人間が魔法を扱う際には必ず杖の補助が必要だ、というのは、精霊という種から縁遠い、頭が固い御用学者が杓子定規に信じ込んで来た迷信に過ぎない。
人間は確かに精霊と比べて魔力が低く、その扱いも拙いが、実際には、相応の修練を積めば杖がなくとも、自在に魔法が扱えるようになるものだ。
ザルツ村のように、精霊とのつながりが深い土地に生きる、洗練された学術体系に組み込まれた魔法学とは無縁の、民間の魔法使い達はみな知っている。
本来の魔法とはもっと自由で、もっと柔軟な思考の元に成り立っているものなのだと。
それは、前述にあった『御用学者の迷信』こそが、絶対の理にして法則だと思い込んでいる今のシュレイン達には、逆立ちしても到達できない真理でもあった。
話を戻そう。
ひとまず、対戦する相手はみな、人間ではなく精霊だと思うようにと、残る兵達に密かに下知させたシュレインだったが、結局その下知は無意味なものでしかなかった。
2戦目の相手に選んだ女2人には、すりこぎとデッキブラシというなんともふざけた得物によって、完膚なきまで叩きのめされ終了。
3戦目の男には、詠唱を要する上級魔法の一撃で片を付けられ、手傷のひとつも与えられず。
4戦目には、親衛隊随一の槍の使い手を投入したが、それもまるで赤子の手を捻るような容易さで退けられた。
5戦目の壮年の男と若い男の2人には、手元に残った数少ない剣を、根元からへし折られるという手痛い結果に終わってしまう。
6戦目の男には、戦闘開始直後から、巧みな魔法による中距離攻撃によって翻弄され、指一本すら届かぬまま敗れ去っている。
そしてそれ以降も、シュレイン達は一向に勝ち星を上げられず、ただ徒に戦闘不能者を増やすだけの、虚しい戦いを続ける羽目になり――
挙句、11戦目に選んだ妙に見目のいい娘に至っては、その楚々とした外見に似つかわしくない、チンピラかゴロツキが使うような喧嘩殺法で、正規兵をあっさり倒してしまったのである。
上記の結果には、流石のシュレインも眩暈を覚えずにいられなかった。
それはいわば、街の底辺で燻る矮小なチンピラに、常日頃から修練を積み重ねている兵士が叩きのめされた、という事だ。
無論、兵士がチンピラに負けるなど、実際には決してあってはならない事であり、事実を認める事も憚られる醜聞だとさえ言えた。
そして、シュレインは反射的に思う。
このままでは、この空間の中で全滅する事にもなりかねない、と。
(……それだけは、それだけは何としても避けねば。栄えあるレカニス王国の国主として……いや、なにより遥かな昔、魔王の異名を大陸中に轟かせていた、己が魂にそのような屈辱を新たに刻むなど、どうあっても受け入れられぬ……!)
シュレインは、目の前に広がる空間を睨み据えながら、何も言わずただ前へ進み始めた。
傍らに控えていた将軍もまた、シュレインの意図を察して、主の後に無言のまま続く。
(――まだだ。まだ終わらぬ。まだこの手には、代々王家に伝わる『精霊殺し』の剣が残されている。そして……この空間から一度の戦いで脱する為の策もまた、残されているのだからな……!)
内心で闘志を高めながら、シュレインは歩み出た先にある半透明のパネルに触れ、対戦相手を選択する。
基本的に、戦う相手は誰でもいい。
だが、どうせ戦うのなら――
(私と深い因縁を持つ者に、よく似た相手がいい。――そう。8年前に放逐した、ケントルム公爵の娘と我が愚弟が育ったならば、恐らくああなるであろうと思える相手が)
それは果たして偶然か必然か。
だが、どうせならば必然であった方がよい。
その方が、自身が抱く野望の一助となる。
シュレインはそう思っていた。
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