74 / 124
第6章
我欲の矛先~閑話・酷薄王の行進~
しおりを挟む北方における長い冬が終わりを告げ、雪解けの頃を過ぎた春の半ば。
レカニス王国の王都、その外周に広がるオルキス中央平野の中を、現レカニス王シュレインの名の元、粛々と進む兵士達の姿があった。
彼らはみな、今日この日の為の練磨と試練を越えてレカニス王直々に選抜され、対精霊用装備を与えられた精鋭達である。
その内訳は、歩兵4000、騎兵3000、弓兵1000、従軍魔法使いを含めた魔法兵550人、そして後方支援兵300人。総数8850名にも上る大部隊だ。
山間にある小さな村ひとつを滅ぼす為に集められた部隊としては、異例とも言うべき兵の数だと言える。
そして、その総指揮官として先頭に立つ者が、他ならぬレカニス王その人であるという事もまた、極めて異例な事であった。
編成された部隊は、整然と並び、一切陣形を乱さぬまま、一定の速度で進軍を続ける。
そんな中、兵站の運搬を担う後方支援兵のうち、最後尾を歩く者数名が、今回の派兵の件について言葉を交わしていた。
戦線へ加わる兵達はみな士気も高く、現時点でも既に周囲の空気がひりつくほどの緊張感を保っているが、ただ糧食を運んで管理し、食事を作る為にいる兵達にまでは、その緊張感は伝播していないのだ。
「なあ、お前さあ、今回の派兵の目的ってマジだと思うか? 山ん中にある村を滅ぼして、そこを守ってる精霊を従えさせるって話」
「いや、思うもなにも、実際こうやって出陣してんだから、マジなんだろ。俺は正直、全然気乗りしねえけど。むしろ帰りてぇよ」
「なんでだよ。てか、あんまデケェ声でそういう事言うなよな。後方支援兵ん中にも、陛下に入れ込んでる連中が結構いるんだからよ」
「あぁ、悪かったよ。……実は俺、レカニス王国の西端にある領地の、そのまた端っこの生まれでさ。12の頃まで、すげぇ精霊の影響が強い村で生活してたんだ。
なんつーかこう、精霊の力を借りて、精霊と共に生きる、って感じの。精霊の声を聞ける巫女の家系の家なんかもあったんだぜ」
「へえ。精霊の巫女か。例の村だけじゃなくて、お前の村にもいたんだな。……で? それがどうしたよ」
「……精霊ってのはさ、下位でもかなり強い力を持ってんだよ。見渡す限り一面畑の、だだっ広い土地の土をほんの数秒で耕して、均したりできるくらいのな。そんな存在に今から喧嘩売るのかと思うと、落ち着かねえよ……。
しかも、今回目標の村にいる精霊は、土の高位精霊だって言うじゃねえか。そこまで行くともう、人の力が及ぶ存在じゃねえって聞くぜ。機嫌を損ねた日にゃどうなるか、知れたもんじゃねえよ」
「ンだよ。大袈裟な奴だな」
「大袈裟じゃねえって! ……昔ばあちゃんがよく言ってたんだ。高位の精霊ともなれば大地の流動さえも意のままに操って、大地震や地割れなんかも簡単に引き起こせるんだぞって。だから、絶対に精霊様を怒らせちゃいけないぞってさ……」
「ははっ。ビビリかよ、ばあちゃん子。心配要らねえって。陛下も出陣前の演説で言ってたじゃねえか。今回の派兵の為に、宮廷魔法使いが何カ月もかけて開発した精霊封じの魔法と、改良を重ねた特殊な隷属魔法があるってな」
「だよな。それがあれば精霊の魔力や魔法を無効化できるし、精霊が構築した結界も打ち消せるって話だろ?」
「すげぇよなあ。人類の英知ってのはよ。そうやって精霊を抑え込んでる隙に村に雪崩れ込んで片ぁ付けて、精霊と通じてる巫女を押さえて隷属魔法をかけちまえば、それでもう戦は終わり。精霊は陛下に逆らえなくなるって寸法なんだろ?」
「ああ。従軍魔法使いやってる俺のダチもそんな風に言ってたし、確かな話なんじゃねえのか? 創世神話に連なる伝承や、各国の興亡史に出てくる伝説の精霊王じゃあるまいし、高位精霊なんて恐れるに足らずってヤツよ! それに――」
「……それに?」
「そもそも、じかに精霊と戦り合うのは、俺達じゃねえだろ」
「ククッ、それ今ここで言うか? だがまあ……言い得て妙ではあるな」
「あ、ああ、それもそう、だよな。今回俺らは言うなれば、安全圏から高みの見物するだけだもんな。自分の命の心配する必要なんてねえよな……」
「そうそう。正面切って乗り込んで戦わねえ分、現場で美味しい思いもできねえけどな」
「今回は別にいいだろ。村は干からびる寸前のジジババばっかで、若い女はほとんどいねえって話だぞ。ド田舎だから金品の貯えも期待できねえし」
「そういやそうだったな。あー、そう思ったらなんか、どうでもよくなってきたぜ」
「だから、そういう事口に出して言うんじゃねえっつってんだろうが。下手すりゃ懲罰モンだぞ。ったく」
「へへっ、悪い悪い」
「……ま、なんにしても今回は、俺らにゃ全く実入りのねえ戦だ。とっとと終わって欲しいって気持ちは、分からなくもねえさ」
「確かに」
「ホントだよな」
後方支援兵達は互いに顔を見合わせて苦笑し、肩を竦めながら荷馬車の後ろを歩き続ける。
自分達が属する軍の勝利を、微塵も疑わぬまま。
0
お気に入りに追加
111
あなたにおすすめの小説
異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅
散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー
2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。
人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。
主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m
秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話
嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。
【あらすじ】
イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。
しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。
ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。
そんな一家はむしろ互いに愛情過多。
あてられた周りだけ食傷気味。
「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」
なんて養女は言う。
今の所、魔法を使った事ないんですけどね。
ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。
僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。
一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。
生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。
でもスローなライフは無理っぽい。
__そんなお話。
※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。
※他サイトでも掲載中。
※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。
※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。
※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。
転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る(旧題|剣は光より速い-社畜異世界転生)
丁鹿イノ
ファンタジー
【ファンタジア文庫にて1巻発売中!】
深夜の職場で人生を終えた青桐 恒(25)は、気づいたらファンタジーな異世界に転生していた。
前世の社畜人生のお陰で圧倒的な精神力を持ち、生後から持ち前の社畜精神で頑張りすぎて魔力と気力を異常に成長させてしまう。
そのうち元Sクラス冒険者である両親も自重しなくなり、魔術と剣術もとんでもないことに……
異世界に転生しても働くのをやめられない!
剣と魔術が存在するファンタジーな異世界で持ち前の社畜精神で努力を積み重ね成り上がっていく、成長物語。
■カクヨムでも連載中です■
本作品をお読みいただき、また多く感想をいただき、誠にありがとうございます。
中々お返しできておりませんが、お寄せいただいたコメントは全て拝見し、執筆の糧にしています。
いつもありがとうございます。
◆
書籍化に伴いタイトルが変更となりました。
剣は光より速い - 社畜異世界転生 ~社畜は異世界でも無休で最強へ至る~
↓
転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る
女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮)
土岡太郎
ファンタジー
自分の先祖の立派な生き方に憧れていた高校生の少女が、ある日子供助けて死んでしまう。
死んだ先で出会った別の世界の女神はなぜか彼女を気に入っていて、自分の世界で立派な女性として活躍ができるようにしてくれるという。ただし、女神は努力してこそ認められるという考え方なので最初から無双できるほどの能力を与えてくれなかった。少女は憧れの先祖のような立派な人になれるように異世界で愉快で頼れる仲間達と頑張る物語。 でも女神のお気に入りなので無双します。
*10/17 第一話から修正と改訂を初めています。よければ、読み直してみてください。
*R-15としていますが、読む人によってはそう感じるかもしないと思いそうしています。
あと少しパロディもあります。
小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様でも投稿しています。
YouTubeで、ゆっくりを使った音読を始めました。
良ければ、視聴してみてください。
【ゆっくり音読自作小説】女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮)
https://youtu.be/cWCv2HSzbgU
それに伴って、プロローグから修正をはじめました。
ツイッター始めました。 https://twitter.com/tero_oo
異世界悪霊譚 ~無能な兄に殺され悪霊になってしまったけど、『吸収』で魔力とスキルを集めていたら世界が畏怖しているようです~
テツみン
ファンタジー
**救国編完結!**
『鑑定——』
エリオット・ラングレー
種族 悪霊
HP 測定不能
MP 測定不能
スキル 「鑑定」、「無限収納」、「全属性魔法」、「思念伝達」、「幻影」、「念動力」……他、多数
アビリティ 「吸収」、「咆哮」、「誘眠」、「脱兎」、「猪突」、「貪食」……他、多数
次々と襲ってくる悪霊を『吸収』し、魔力とスキルを獲得した結果、エリオットは各国が恐れるほどの強大なチカラを持つ存在となっていた!
だけど、ステータス表をよーーーーっく見てほしい! そう、種族のところを!
彼も悪霊――つまり「死んでいた」のだ!
これは、無念の死を遂げたエリオット少年が悪霊となり、復讐を果たす――つもりが、なぜか王国の大惨事に巻き込まれ、救国の英雄となる話………悪霊なんだけどね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる