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第5章

閑話 あの子は優しい業突く張り

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 プリム達が、精霊王の居場所を目指して出発した数日後の朝。
 アステールの頼みで山を登り、山頂にある見張り小屋で国境警備隊の動きを見張っていたデュオから、「国境警備隊に動きあり、攻撃部隊が砦を出た」との一報を受け、村人達は互いに助け合いながら、大急ぎでトーマス宅の裏手にある備蓄倉庫付近へ避難した。
 足の悪い老人達は、猟師会に所属する男衆が背負って運び、女子供は村で飼っている家畜を避難場所へと連れて行く。

 炊き出しなどを行う事を想定し、広めにスペースが取られている備蓄倉庫の周囲に、家畜を連れている者や女子供、老人達が身を寄せ合い、非戦闘員を庇う恰好で猟師会の面々が臨戦態勢を保つ中、モーリンが結界を張って村人達の姿を隠し、居所をぼかす事で急場を凌ぎ始めてから、果たして何時間が経過しただろうか。

 ついに、プリムからモーリンの元へ念話にがもたらされ、プリム達が土の精霊王の力を借り受けて帰還した事、精霊王の助力によって、兵士達を1人残らず撃退できた事などを知った村人達は、プリム達の勝利と帰還を大いに喜んだ。

 しかし、あとに残された光景を見て、男達はみな唇を噛んで項垂れる。
 女子供や老人の中には、顔を覆って泣き出す者さえいた。
 それも仕方がない事だ。

 数時間前まで、当たり前のように誰もが平穏なひと時を過ごしていたはずの村の中は、今や戦に巻き込まれた廃墟も同然。
 今後の暮らしを考える以前に、今日の寝床を確保する事さえままならないほどの、それはそれは酷い惨状が広がっていたのだから。

 そんな中、プリムは意気消沈する村人達の前へ進み出て、こう言った。

 ――みんな! 慣れ親しんだ大切な家をなくして悲しいのは分かるけど、元気を出して! 住む場所も食べる物も、私が何とかできるから! ――と。



 そうして昼を過ぎ、やや日が傾き始めた頃。
 つい先ほどまで、打ち壊された設備や火の気を残して煙を上げる家屋が点在していたはずの村の中は、半分以上綺麗に片付いていた。
 高台に当たる場所には、真新しい家と農具を収めた物置、家畜小屋が何事もなかったように建っており、周囲は子供達の元気なはしゃぎ声に溢れ、時折そこに呑気な家畜の鳴き声が唱和する。

 どこもかしこも戻通り――というより、むしろ以前にも増して丈夫に生まれ変わった家屋や設備に、村人達はみな大喜びで歓声を上げていた。プリムに対して、額づかんばかりの勢いで感謝する者も少なくない。
 今はただ、村の下半分に未だ残る家屋の残骸と、踏み荒らされた地面、半端に焼け焦げた石畳だけが、正規兵の襲撃を受けた現実を静かに物語っている。

 プリムが口にした、作業段階が分かりやすいように、ひとまず家や設備は上から順に設置していく、という言葉通り、まずトーマスの住居部分の片付けから始まった『作業』を、村に住む老人の1人であるマリーンは、ただ呆然と見つめていた。

 目の前にあった瓦礫が、文字通り目の前からパッと消えたかと思うと、何もない更地に、ポン、という軽やかな音を立ててつつ、綺麗な家や設備が完成された形で出現する様たるや、まさしく魔法か奇跡を見ているようだ。

 思わず、今日に入って何度目か分からない感嘆を息を吐いていると、プリムがこちらに小走りで近づいて来た。
 あれだけの『作業』を1人で成しておきながら、至って元気いっぱいなその姿に、少し後ろをついて歩いているリトス共々、自然と頬が緩む。

「マリーンおばあちゃん! お待たせー!」

「ああ、プリム。お疲れ様。そんなに慌てなくてもいいのよ。時期的に、陽が沈み切るまでにはまだまだ時間があるんだから」

「心配してくれてありがとう、でも大丈夫よ。ちょっとエネルギー補給済ませたら、すぐおばあちゃん家の残骸片付けて、新しい家出すわね! という訳でリトス、サンドイッチちょうだい! 今度はローストチキンサンドがいい!」

「分かった、ローストチキンだね」

 リトスが笑顔で手持ちのバスケットの中へ手を入れ、注文通りのサンドイッチを取り出してプリムに手渡す。

「ありがと! ……美味しーい! 元気も出るしやる気も出るわー! よーし、せーの……っ!」

 プリムはあっという間にサンドイッチを平らげ、正面にある残骸へ両手をかざす。
 焼け落ちた家の残骸が消え、新しい家が出現するまでに要した時間は、ものの数分程度だった。

「まあ……。ありがとう、とっても素敵なお家だわ。……けど、あなたは本当に元気ねえ。見てるこっちも元気になるわ。
 ……よかったら、お家のお礼に野イバラの実で作った干し果はどう? 非常食にと思って、避難する時に持ち出したものなんだけれど」

「え、いいの? 丁度甘いもの食べたい気分だったのよね、ありがとうおばあちゃん! お言葉に甘えて頂きます!」

「ふふ、喜んでもらえてよかったわ。はいどうぞ」

 マリーンが、ハンカチに包んでポケットに入れていた野イバラの干し果を差し出すと、プリムは満面の笑みを浮かべながら干し果を摘んで口の中へ放り込んだ。

「んー、甘くて美味しい! 本当にありがとう、まだまだ元気だけど、お陰でもっと元気出た!」

「どういたしまして。でもね、お礼を言うのは私の方よ。家もそうだけど、村の中の事だからって、無償であれもこれも元に戻してくれてるんだもの。どれだけ感謝しても足りないくらいよ」

「いいのよ。そんな気にしないで。私は自分ではなんにも困ってないし、ありがとうって言ってもらえるだけで十分。それにみんなの家は、ちゃんと元通りにはできてないから。
 実は家の大きさも造りも、中の家具も、細かくこだわってる余力がなくて、全部おんなじなのよね。前は結構どこの家も特徴あったのに、新しくしたらどれもこれも個性ゼロの家になっちゃって……」

「プリム、そんなの気にする事じゃないわ。さっきも言ったけど、こんな素敵なお家を無償でプレゼントしてもらえてるのよ? しかも家具付きで。それに文句を言うような……あなたの優しさや善意にケチをつける罰当たりな人なんて、この村にはいないわよ。
 そんな細かい所にまで心を砕いて、申し訳なく思ってくれるなんて……。やっぱり精霊様に愛されるだけあって、あなたは本当に心根が優しくて綺麗な子なのね」

 マリーンが目を細めながらそう言うと、プリムは途端に目を丸くした。
 白い頬が朱に染まり、その色は見る間に耳まで伝染っていく。

「……えっ!? ちょっ……! そそ、それは幾らなんでもべた褒めが過ぎると思うんだけど! だ、第一私は、自分が幸せに暮らす為に必要な事をしてるだけだし!」

「あら、そうなの?」

「そうよ! 自分だけじゃなくて、周りのみんなも平和で幸せに暮らしてなくちゃ、落ち着いていられないじゃない! だから、これは言うなれば、自分の幸せの為にやってる事なの! 私の私による私の為の幸せ計画なのっ!」

 あわあわと分かりやすく焦り、早口でまくし立てるプリムに、マリーンとリトスが微笑まし気な眼差しを向ける。

「あらまあ、それは壮大な計画ねえ」

「そりゃあ当然よ! だって私はこの村一の、ううん、この国一番の業突く張りなんだからね! ……さあリトス、次行くよ! 早くしないと日が暮れちゃう! じゃあね、おばあちゃん!」

「はいはい。……それじゃあマリーンおばあさん、また。何か困った事があったら、遠慮しないで言いに来てね」

「ええ。分かったわ。それと、慌て過ぎて転ばないように、って、あの優しい業突く張りさんに伝えておいてちょうだい」

「ははっ、うん。それはちゃんと指摘しておかなきゃだね。だいぶ照れて動揺してるみたいだから」

 リトスはマリーンと一緒に肩を竦めて笑い合ったのち、踵を返して、1人さっさと駆け出したプリムの後を追いかけた。
 現状、まだ全ての不安が取り除かれた訳ではない。
 だがそれでもマリーンは確信している。
 プリムがここにいてくれる限り、これから先、なにが起きても大丈夫だと。

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