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第4章

6話 消えたエフィーメラ

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 結婚式の翌日。
 生家の職業柄、手伝いなどの為に早朝から起き出す習慣のあるエフィーメラは、この日もいつも通り夜明け前に起床した。
 式の翌日という事もあり、流石に少しばかり疲れが出て、欠伸をしながらではあったが、それでも仕事の為、牧場での作業に適当な服をクローゼットから引っ張り出して着替える。

 ついさっきまで共に眠っていた夫、コリンの事は起こさなかった。
 同じ牧場勤務ではあるが、チーズ職人としての仕事の他、牛の世話の手伝いなどもしているエフィーメラと違い、コリンは完全な経理担当者である。夜明け前から叩き起こす必要はない。そう判断しての事だ。

 夫の髪を微笑みながら軽く撫で、静かに寝室を出たエフィーメラは、顔を洗って歯を磨いたのち、ひとまず朝食までの繋ぎとして、チーズを乗せたパンを1枚腹に収めた。
 未だ、従業員の出勤時間にもならない静かな家の中。両親の姿や気配は既にない。
 恐らく自分より早く牧場へ行ったのだろう。
 働き者の両親にはいつも頭が下がる思いだ。

 手早く身支度を済ませた後は、陽が昇る直前の、深い青と鮮烈な赤が入り交じって生まれる、独特の風合いを湛えた紫色の地平線を鑑賞しながら、薄暗い道を行く。
 エフィーメラは子供の頃から、この神秘的な光景がとても好きだった。

(できれば、コリンやお姉様にも見て欲しいけど……だからって、流石に何の用もない夜明け前から起こすのは、悪いわよね。私だって、慣れるまでは早起きするのが辛かったもの)

 内心でそんな事を思い、苦笑しながら通い慣れた道を進む事数分。
 エフィーメラは突如、異様な光景を目の当たりにして足を止めた。

 路地裏近くの通りで、紺色のワンピースとおぼしき服を着た、若い女性を担いでいる不審者の姿を目撃したのだ。
 近くには、小さな子供を担いだ者がもう1人いて、更にその傍に、誰も担いでいない者も1人いる。
 計3名と思われる不審者達は、どちらも濃い灰色のマントを身に纏い、頭もフードですっぽりと覆い隠していた。怪しい事この上ない。

 エフィーメラは慌てて近くの物陰に姿を隠し、そこから不審者達の様子を確認する。幸いにも、咄嗟に身を隠したその場所からは、不審者達の様子を比較的よく観察できた。
 見た限り、担がれている子供も女性もぐったりとしていて、起き出して騒ぐ様子などは見受けられない。

 それに――今の居場所からはよく見えないが、不審者達の陰に誰かもう1人、4人目の不審者がいる。その4人目の不審者が身に付けているのは、灰色のマントではないようだ。
 灰色のマントとマントの隙間から見え隠れするのは、割と明るい色味をした蝦茶色。多分スカートではない。ローブかなにかだろう。

(……ダメね。ローブ姿の人の様子は見えないわ。でもこれって……もしかしなくても人攫いよね……? 大変だわ、警備兵の詰め所に行って、この事を知らせないと……!)

 一気に高まった緊張と恐怖から手足が震える。
 急激に、バクバクとうるさく脈打ち始めた心臓を必死になだめ、ゆっくりと後ずさってその場を離れようとするエフィーメラ。
 自分の背後に、音もなく佇むもう1人の不審者がいると気付かないまま。



 エフィとコリンさんの結婚式の翌日。
 私は今日も元気に、いつも通りの時間に目を覚ました。
 ていうか、周囲が牧歌的光景に溢れていると、宿の空気などもその影響を受けるんだろうか。なんだかとっても爽やかな目覚め。
 宿の中でも質のいい、いわゆるスイートに泊まらせてもらえた事も、この目覚めのよさに繋がってるのかも知れないけど。

 カーテンを開け、朝の光を室内に入れると、シエラもすぐに目を覚ました。
 ただ、未だにだいぶ眠そうだ。
 酒はバリバリに強いけど、朝はあんまり強くないんだよね、シエラは。

「おはよう、シエラ。ほら起きて」

「ん~……。おはよ、プリム……もう朝なのね……。まだ眠いわ……」

「うんそうね。あんたがまだおねむなのは、見れば分かるわ。――さ、まずは気合入れてベッドから出よう! 顔を洗えばシャキッとするわよ」

「分かってるわよぅ……。ふあぁあ……」

 私に腕を引っ張られ、シエラは渋々ベッドから起き出した。
 部屋の中にある鏡台の前にシエラを座らせ、シエラの荷物の中からクシを出して渡すと、シエラは小さなため息交じりに、受け取ったクシで髪を梳かし始める。
 私はしっかり目が覚めてるから、立ったままでもちゃんと髪を梳かせます。

「……あー、なんか、ちょっと目が覚めてきたかも……。ねえ、今日はどうするんだっけ……?」

「いや、まだ思い切り寝ぼけてて、全然目ぇ覚めてないじゃない。……ほら、今日も観光しようって、昨夜みんなで相談して決めたでしょ?
 エフィが、宿代とか食事代とか持ってくれたお陰で旅費に余裕ができたから、もう1日くらい見て回ろうかって」

「あー、そう言えば、そうだった気がする……。帰りが予定より遅くなる分、お土産もう少し買い足そうとか、シエルと話したわ……」

「あ、やっぱり? そうよね。お金に余裕があったらそりゃ買い足すわよね。私も、モーリンへのお土産買い足そうと思ってるし」

「そうよねえ。モーリン様、あんたと一緒にこっちへ来たがってたもの。でも、仕方なく諦めたのよね」

「うん、そう。自分から、曲がりなりにも守護してる土地を放り出して、他所の土地で何日も遊んでる訳にいかないって言って、泣く泣くね。
 いつも、食い意地張っててお気楽で自由なのに、土地の守護してる自覚はあったんだって思って、ちょっと驚いたわ」

「……。食い意地張っててお気楽で自由、ねえ。どっちかというと、巫女のあんたの性格が感染うつったんじゃない? それ……」

「なぁに? シエラちゃん? 今なんか言いましたぁ?」

「ううん。別になんにも言ってないわよ? 今日の朝ご飯何かしら? 昨日の朝ご飯に出たオムレツ、美味しかったわよね」

「そーね。美味しかったわね」

 私は、思い切りしらばっくれた挙句、わざとらしい話題転換を図ってくるシエラの頭を軽く小突き、苦笑する。
 まあいい。ここの宿のご飯が、朝晩問わず美味しいのは事実だ。
 さぁて、今日の朝ご飯はなんでしょね☆
 個人的には、半熟目玉焼きとソーセージのセットが食べたい気分なんだけど、どうかな。

 頭の中の思考を、半分以上朝ご飯の事で埋めながら適当に髪を結い、室内に備え付けられている洗面台(流石はスイート)で顔を洗って歯を磨いてから、普段着に着替えて1階へ下り、食堂へ向かう。
すると食堂の隅にある席に、もう既にリトスとシエルが向かい合って座り、何事か話し合っていた。

 テーブルの上に置いてある、コップに入った水の残量から察するに、もう結構な時間、ここで私達を待っていたようだ。
 ちょっと申し訳ない気分になる。

「もうとっくにここへ来て待ってたのね、2人共。暇持て余して2人でダベってるくらいなら、呼びに来てくれてもよかったのに」

「……。あいつら未だに、馬鹿正直に抜け駆け禁止令守ってるし、そもそも起き抜けで会いに来る度胸もなかったんでしょ。多分」

「え? なに? シエラ。今なんか言った?」

「ああ、ただの独り言だから気にしないで。それより、早く合流してさっさと朝ご飯食べちゃいましょ」

「そうね。今日は北区の端の方まで足伸ばして、羊毛フェルトの小物を見てみたいから――」

「――すみませんっ! ここにエフィがっ、僕の妻が来ていませんか!?」

 私達の呑気な会話は、血相変えて宿に駆け込んで来たコリンさんが発した、悲痛な叫びを含んだ声によって遮られた。

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