上 下
50 / 124
第4章

閑話 姿を消した子供達

しおりを挟む


 街の一角で、華やかなウエディングパーティーが開かれているその一方、メリーディエの治安維持を担う警備兵詰め所では、緊迫した空気が流れていた。
 ここひと月の間、街に2か所ある孤児院から、子供が1人2人と、少しずつ姿を消す事件が発生し続けているのだ。
 今日もまた、2人の子供の行方が分からなくなっており、今も警備兵達は隊長の指揮の元、3、4人の班を作った上で、街中やその周囲を捜索している。

 事件発生の発覚からこの方、一向に解決のめどが立たない案件に業を煮やした、警備兵を指揮する警備隊長は、領主から与えられた権限を使い、同領内の別の街から応援の兵を呼びよせ、今も子供達の捜索に当たっているが、芳しい結果は得られていない。

 孤児院というのは、お世辞にも恵まれた生活ができるとは言い難い場所だ。
 ゆえに、自身の将来や行く末を悲観して命を絶つ子供、もしくは、よりよい環境での暮らしを夢見て姿を消す子供などが、ごく稀に出る。
 しかしながら、こうまで立て続けに何人もの子供が姿を消すなど、今までの傾向から見ても有り得ない事だった。

 特に、ここメリーディエの孤児院は数年前、酪農産業で大成功を収めた移民の実業家・クリフ夫妻の功績によって、街そのものが豊かになった影響から、受け取れる支援金や物資が増えた為、他所の街と比べて過ごしやすく、安定した環境へと変わってきている。
 つまり、昨今の孤児院は子供達にとって住みよい場所で、出ていく理由は希薄になっているはずなのだ。

 となれば、当然警備の兵達が次に疑うのは、人攫いの存在である。
 だが、どれほど街中をくまなく捜索し、聞き込みを続けても、なぜかそれらしき情報は全く出て来ない。
 分かった事と言えば、まるでお伽話に出てくる精霊のかどわかしのように、どの子供達も、なんの痕跡も残さぬまま忽然と消えているようだ、という事だけ。
 警備隊長は頭を抱えるばかりだった。

 なお、幸い今の所、街の治安の悪化を懸念する声などは特に上がっていない。
 言い方はよくないが、いなくなっているのは全て、親のない孤児ばかりだという事もあって、騒ぎ立てる大人がほとんどいないからだ。
 むしろ、孤児院の子供がいなくなっているという事に、全く気付かず過ごしている者の方が圧倒的に多い。残念ながら、街で普通に暮らしている大人達と孤児院の子供達との接点は、それほどまでに薄いのである。


「――失礼します。捜索状況の進捗をお知らせに参りました」

 そんな中、苦虫を嚙み潰したような表情を隠す事もなく、詰め所の中で兵の指揮を執り続けている警備隊長は、戻って来た部下にうなづきながら答えた。

「ああ、ご苦労。どうだ、何か進展はあったか?」

「いえ。今の所、全く。やはりどこへ行っても、不審な者を見たという情報すら出て来ません。ただ……」

「ただ?」

「レカニス王国を経由してきた、複数名の商人に聞き込みをした所……どうやらここ数日の間、北の関所で荷の出入りが活発になっているようです。証言によると、大した量もない似たようなサイズの木箱を、国境間で何度も持ち込んだり運び出したりと、随分忙しない様子だったそうで。
 それを怪訝に思った商人の1人が、世間話を装って、荷の出し入れをしている者に話を訊こうとした、らしいのですが……。なんでもその者達は、レカニス王家の御用商人だという事らしく……。その、それもあって、何も訊けなかった、と」

「それはまあ、当然だろうな。自国にせよ他国にせよ、王家の御用商人に、運んでいる荷の内容物の事なんぞ訊ける訳がない。だが……」

「……。はい。自分も臭いと思います。ですが、他国の王家が絡んだ話となると、一介の警備兵にしか過ぎない自分達にできる事など……」

「みなまで言うな。しかし……うむ。だからと言って座視するには、あまりに怪し過ぎるか……」

「……。いかが致しますか、隊長」

 腕組みしながら唸る警備隊長に、部下の兵士が様子を窺うような視線を向ける。
 だが警備隊長は、そう長くは悩まなかった。

「……そうだな。ここはひとまず、アイトリア辺境伯公に事の次第をお伝えし、判断を仰いでみるとしよう。だが、過度な期待はするんじゃないぞ。
 辺境伯公は何においても、国王陛下より賜ったご自身の領……ひいては我が国の領土を死守せねばならんという、重責を担っておられる。
 場合によっては大事の為に小事を切り捨てる、そういった非情な決断を下さねばならんお方だという事を、ゆめゆめ忘れるな」

「分かっております。自分の実家の両親も、辺境伯公にお仕えしている身ですから。……しかし……何と言いますか、先月から兵の間で流れてる件の噂といい、昨今は嫌な話ばかり耳に入ってきて、精神的にキツいですよ……」

 部下の口からやおら零れた、愚痴めいた言葉を耳にした警備隊長が片眉を上げる。

「噂? ――ああ、隣国のレカニス王が、戦争の準備を進めているらしいとかいう話か。確かにあの国も、8年ほど前にあった国王の代替わりあとから、あまり動きが読めなくなっているからな。
 まあ、現王は前王と比べて、随分と優秀らしいという話はよく聞くが……」

「その話は自分も聞いてますけど……かと言ってその優秀な王が、どこの誰に対しても善良であるという保証は、どこにもないじゃありませんか」

「ああ、分かっているとも。ここで俺達が他国の王に関してあれこれと語った所で、状況は何も変わらんという事も含めてな。――さて。俺は今から、アイトリア辺境伯公へ報告の手紙を書く。お前は引き続き、子供達の捜索に当たってくれ。
 何か判明した事があれば、即座にここへ戻ってきて報告しろ。どんな小さな事でもだ。いいな」

「はっ。速やかに捜索に戻ります。失礼しました」

 略式の敬礼を取ったのち、言葉通り速やかに踵を返し、室外へ出ていく部下の背に目を向けながら、警備隊長は深く長いため息を吐き出した。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅

散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー 2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。 人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。 主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

処理中です...