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第3章
10話 転生令嬢と再びの別れ
しおりを挟む年が明け、難民キャンプの人達の暮らしぶりもある程度落ち着いた頃。
私は元宮廷司書だった村長のトーマスさんか、元貴族だというアステールさんなら、心の病の治療に関して何か知ってやしないかと思い、ダメ元で相談してみる事にした。
「ああ、そういう事か。だったら、俺に知人を訪ねてみたらどうだろう。カスタニアの国境に近い街で心療医師をやってるんだ。なかなか名の知れた医者みたいだぞ」
「そっ、そうなんですか!? かっ、カスタニアって確か、北のお隣の国ですよね?」
ダメ元だったにも関わらず、ひとまず訪ねた先、猟師会の訓練場傍にある休憩小屋にて、早速アステールさんから有力な情報を得る事ができて、私は思わず座っていた椅子から腰を浮かせ、声を上げた。
「ああそうだ。国境に近いこの村からなら、馬車を使えば2日かそこらで着くだろう。あいつは、カスタニアで代々医療に携わる伯爵家の末子でな、『万民の為の医療』を模索する為、自ら貴族籍を抜けた変わり者なんだが、とても気のいい男だったから、門前払いを喰らう事はないはずだ。
ただ……単なる田舎の村の猟師でしかない今の俺じゃあ、紹介状を書く事はできんから、場合によっては、すぐには治療を受けられずに順番待ち、なんて事にもなりかねないが……」
「いえ、それでもいいです! 頼れる人がいるなら頼りたいですから!
……やった……! これでエフィーメラを診てもらえる……! クリフさん達にも知らせなきゃ!」
「待て待て。まだ問題はある。恐らく現状、難民達はほぼ間違いなく無償で素通りさせてもらえる半面、俺やお前は多分、国境の関所を通るたびに割り増しの通行税を取られると思うぞ? 下手をしたら、難癖付けられて通行を止められるかも知れん」
「はいっ!? な、なんでですか!?」
早速難民キャンプに行こう思った所でいきなり出鼻をくじかれ、つい非難がましい声を上げてしまう。
アステールさんは悪くないのにごめんなさい。
「デュオやカトルから聞いたんだよ。あいつらは色々な行商人と取引してるからか、村の外の情報に明るいんだ。
なんでも今、レカニス新王は各国境の警備隊へ通達を送って、明らかに貧しそうな身なりをした奴はタダで通すが、そうでない奴からは割増しで金を取らせてるそうだ。それ以外にも、商人でない通行人への締め付けが妙に強まっていて、特に子供連れの大人は、子供共々追い返される事もあるらしい。
そこから鑑みるに、新王は国内から税収の見込めない、貧困層を排除しようとしている可能性がある。また、それと並行して身分を問わず、若い人材の囲い込みを始めているんだろう。目を付けられると厄介だぞ」
「えぇ~~……。そんなぁ……。じゃあ私がくっついて行ったとしても、まず通してもらえないって事ですか……?」
「そうだな。だから、もし国境を越えてカスタニアに入るのなら、揉め事を避ける意味でも、村の人間は同行しない方が賢明だろう。
まあ何にしても、その辺の事は幾らかややこしい話だし、俺が周りに相談してみるから、まずお前は難民キャンプの奴らと話をしてくるといい。特に、当事者であるお前の妹にはきちんとした説明が要る。それから、場合によっては説得も必要になるだろう?」
「……そうでした。私達が乗り気でも、肝心のエフィーメラが治療とその為の旅を拒否したんじゃ、どうしようもないですよね」
「そういう事だ。俺には正直、お前の妹が今現在、どういう精神状態にあるのかまでは分からないが、あまり強硬に事を進めないよう気を付けた方がいい」
「はい。とにかくまず、難民キャンプに行ってきます。お話聞かせて下さって、ありがとうございました」
私はアステールさんにお礼を言い、難民キャンプへ向かってクリフさん達と話をする事にした。
ああでも、大丈夫かな。エフィーメラ。
治療の為とはいえ、いきなり「ここを離れてよその国に行け」なんて言ったら、ショックを受けて泣くんじゃないだろうか。説得に応じてくれなかったらどうしよう。
そんな不安を抱えながら、私は山道を早足で下って行った。
◆
しかしながら、私の想像や不安とは裏腹に、話を聞いたエフィーメラは、「お姉様が、その方がいいと思うなら行く」、などと言って、すぐ首を縦に振った。
あっさり話が決まってホッとしたのも確かだけど、その反面やはり心配で、本当にこのまま行かせてしまっていいものか、と二の足を踏みそうになる。
自分の意思や感情が希薄で、周りの意見や指示に唯々諾々と従いがちになる、というのは、年明け前から顕著になり始めた、エフィーメラが抱える精神的な問題の1つだった。
勿論私もクリフさん達も、これがよくない兆候であるというのは分かっている。
分かっているけど、どう対処すればこの問題を解決できるのか、という、最も肝心な事が分からなかったのだ。
一度は私のスキル『強欲』で、精神疾患などに関する知識を手に入れてはどうか、と考え、実行してみた事もあるのだが、芳しい結果は得られなかった。
人の心は、決まり切った部品やシステムによって形作られてる訳じゃない。怪我や病気を治すのとはまた違う、経験則によるアプローチも織り交ぜねば、傷を負った人の心は癒せない。
私は皮肉にも、スキルで近道をして得た知識によって、エフィーメラの心の問題を解決する為の近道はどこにもないのだと、そう気付かされる事になった。
やはり、今の症状から抜け出させる為には、エフィーメラを行かせねばならない。専門家の力を借りて、心の傷を塞いで癒さなければ、いつまで経ってもエフィーメラは苦しいままなのだから。
それから最終的にクリフさん達も、「いつまでも村の厚意にしがみ付いて生きていく訳にはいかない、ここは思い切って全員で隣国へ移動し、新天地で生活の糧を得る術を模索する」との結論を出した。
確かに、ずっとこの山のふもとでキャンプ暮らしを続けるというのは、現実的な事じゃないよね。
それに、彼らの多くは村の人達からの助けと指導によって、川で魚を取ったり山野で狩りをしたり、食べられそうな野草などを探したりするだけでなく、切り出した材木や野草で色々な物を作る技術も身に付けている。
聞いた話によると、カスタニアは山林が多いらしいので、材木加工の技術を持った人間は重宝されるだろう。
後は、国境にある関所の通過に関してだが――これにはカトルさんとデュオさんが手を貸してくれた。
彼らがいつも着ているしっかりした服や防寒着を、カトルさんとデュオさんが急遽拵えてくれた、二重底になってる特別製の荷車の中へ隠し、わざとボロを着た格好で関所に行ってもらう事にしたのだ。
今着ている服と身なりで関所に行けば、まず間違いなく通行税を要求されるだろうとトーマスさんに指摘され、こういう細工をする事にしたらしい。
それすなわち、新王が貧困層を国外へ追い出す為、関所において身なりのよくない人間をタダで通過させている、という話を逆手に取って、通行税を払わず通過させてもらおうという作戦です。
荷車の上にテントなどの荷物をみっしり乗せておけば、関所の兵士も荷台を細かく調べようとはしないだろうから、まず間違いなくタダで通り抜けられると、ジェスさんからも太鼓判を捺してもらいました。
なかなかナイスアイディアなんじゃない? これ。
そもそも彼らはみんな、あの血も涙もないクソ王の行いのせいで、住む場所を失った挙句、王都を出ざるを得ない所まで追い込まれたのだから、この程度のちょろまかしは大目に見て頂こうではないか。
それから、私も彼らに餞別を送った。
エフィーメラを医者に診せる為の治療費と称して、森神様に手伝ってもらって見付けた(ホントは私がスキルで出した)水晶や翡翠、孔雀石などの原石を複数、クリフさんに預けたのだ。
できるだけ大粒で、できるだけ質のいいものを、とイメージしながら出したので、信用のある宝石店なら、かなりいい値段で買ってくれるはず。
その辺の判断は、元行商人のアニタさんがしてくれるそうなので、心配しなくていいだろう。
クリフさんは、最初は随分戸惑っていたけれど、なんにせよ、先立つものが必要な事は身に沁みて分かっていたからか、すぐに丁寧なお礼の言葉と共に、餞別を受け取ってくれた。
いつか必ずこの恩を返しに来る、と笑いながら。
こうして、エフィーメラの治療の話を発端として動き出した、難民キャンプの皆さんの移動計画はつつがなく進み、10日と経たないうちに出立の日はやってきた。
まだ夜が明けて間もない山のふもとには、旅支度を終えた難民キャンプの人達が勢揃いし、村の人達の多くも、その見送りに出て来ている。
今は難民キャンプの人達も厚着してるけど、関所が近くなったら荷と服を入れ替えて、偽装作戦を開始するらしい。
まあ、その方がいいよね。だってぶっちゃけ今、すんげぇ寒いんだもん。
あのボロに着替えるのは、せめて太陽が真上に昇ってからにした方がいいと私も思う。
「……あの、お姉様。行ってきます……」
「行ってらっしゃい。落ち着いてからでいいから、手紙書いてくれると嬉しいな」
「……う、うんっ、きっと書くわ。まだあんまり、上手に字、書けないけど……」
「ゆっくり丁寧に書けば大丈夫よ。あんたは覚えがいいから、すぐ綺麗な字を書けるようになるわ」
「そ、そうかしら……。でも……お姉様がそう言うなら、頑張ってみる」
「ありがとう。でも頑張り過ぎないでね」
私とエフィーメラは、お互いを軽く抱き締め合ってから別れた。
何だか思っていた以上に寂しいし、悲しい。鼻の奥がツンとする。
おかしいな。もう二度と会えない訳じゃないのに。
荷物と一緒に荷車の上に乗り、国境へ向かって進んで行くエフィーメラの姿を黙って見つめる私に、傍らのリトスが「僕はずっと一緒にいるからね」と言ってくれる。
私はそんな優しい言葉をくれるリトスに、ただ短く「ありがとう」とだけ答えた。
なんだか今は、あんまり余計な口を利くと涙が出てしまいそうだった。
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