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第3章

8話 転生令嬢と姉妹のありよう・前編

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 翌日の朝。
 いつもより早く起き、いつもより早く朝食を取り終えた私とリトスは、再び難民キャンプへ向かい、炊き出しの手伝いもそこそこに、エフィーメラが寝かされているテントへ向かった。
 村の人達が気を遣って、昨日の今日で妹が心配だろうから早く行ってやれ、と、見舞いの優先を許してくれたのだ。
 みんなの心遣いに感謝しつつ、穏やかな寝息を立てるエフィーメラの傍に付き添い始めた直後、小さな呻き声と共に、エフィーメラが目を開ける。

「……ん……ううん……。……あ……おねえ、さま……? どうして、死んだお姉様が……? 私、死んだの……?」

 勝手に殺すな。バカちんが。
 病み上がりの小さな子供じゃなかったら、デコに一発喰らわしてる所だからな。お前。

 私は内心で、まだぼんやり寝ぼけている風のエフィーメラに突っ込みを入れる。
 でもまあ、そんな風に思うのも当然か。
 実際、ここは秋の初めの頃からやたらと寒かった。
 偶然手持ちのスキルの使い方が判明しなければ、ここに放り込まれたその日のうちに、リトス共々凍死していただろう。
 私もリトスも、本当に運がよかったのだ。

「死んでないわよ。ちゃーんと生きてます。私もあんたもね。……体調はどう? 起き上がれそう?」

「……。うん……。大丈夫みたい……。昨日はあんなに、身体中痛くて苦しくて、辛かったのに……全部治ってるわ。どうして……」

「それはモーリンの……森神様のお慈悲のお陰よ」

「もりがみさま……?」

「それについては後でね。それより、お腹空いてない? 今外で、村の人がご飯作ってくれてるんだけど、食べられそう?」

「……お腹……空いてる」

「そっか。じゃあ、ちょっと行ってもらってくるから、待っててね。リトス、手伝って」

「分かった」

 私はリトスと一緒にテントの外に出て、急病人用の朝ご飯を作ってくれていたアンさんと、その手伝いをしていたトリアから、『鶏パン粥』なるものをもらってきた。

 鶏パン粥とは、軽い風邪を引いた時などに食べる滋養料理だそうで、鶏がらで取った出汁のスープの中に、みじん切りにした玉ねぎ、皮と脂身を除いた鶏肉を入れてじっくり煮込み、仕上げにミルクと柔らか目に作ったパンを投入したのち、沸騰させないよう軽く煮て作る、らしい。

 エリクサーのお陰で、急病人も全員体調が戻ってるはずだが、「今日1日は念の為、病人食で様子を見るように」とお医者の先生に言われた為、婦人会の人達みんなで、昨日の内から仕込んで作ったらしいけど……かなり手間のかかる料理だよね、これ。
 婦人会のみなさんの働きとお気遣いには、本当に頭が下がるばかりです。

 あとはあれだ。自他共に認める食いしん坊としては、やはり肝心の味が気になる所なので、ちょこっと味見させてもらったら、見た目よりずっとあっさりしていて優しい味だった。
 出汁の味は濃過ぎず薄過ぎず、絶妙なラインの中に収まっている。ただし、病人食らしく塩味は控えめ。玉ねぎは、ほとんどスープの中に溶け込んでいて原形がない。鶏肉も柔らかく煮込まれていて、あまり噛まずとも口の中でホロホロと解れていく。

 ミルク以外に鶏肉が足されているからか、なんだかほんのりシチューっぽくって美味しい。個人的には、デロデロになったパンの食感が気になるけど、そこはまあ、パン『粥』なのでやむを得ないだろう。
 あくまで病人のご飯だからね。これは。

 ひとまずその鶏パン粥を、1人前の半量だけ小さな器によそってもらった。
 クリフさんの話によると、何日も奴隷商の所に捕まっていただけでなく、その後貧民街へ転がり込むように慌ただしく移動し、そこで大して休めもしないうちに旅路に就かざるを得なくなったエフィーメラは、その間ろくなものを口にしていないという。
 となれば、すっかり胃が萎んでしまっていて、量のある食事を受け付けなくなっている可能性が非常に高い。

 今無理にたくさん食べさせて、お腹を壊したり吐いたりさせては本末転倒だ。まずは消化にいいものを少量ずつ、回数を分けて食べさせて、胃の大きさと消化力を戻していかないと。
 場合によっては、消化を助けるハーブを使ったハーブティーを飲ませる事も考えよう。
 そんな事を思いながら、私は水差しとコップを持ったリトスと一緒に、再びエフィーメラの所へ戻った。

「お待たせ、エフィーメラ。ご飯持ってきたわよ。多分、今あんたの胃は弱って小さくなってるだろうから、ちょっとの量だけもらって来たけど……もし食べられそうなら、遠慮しないでお代わりするのよ」

「……。うん。……ねえ、お姉様は? お姉様はご飯、食べないの?」

「私は、ここに来る前に食べたわ。だから、私の事は気にしないで食べなさい」

「……うん。いただきます」

 え、頂きます? 今、頂きますって言った? エフィーメラ。
 食事を邪魔したくなかったのでなんとか平静を装ったが、私は内心驚いていた。
 なんせあの毒親共、どっちもエフィーメラの事を猫っ可愛がりするばっかでろくに躾もしてなくて、基本的な挨拶さえ教えてなかったから、屋敷で暮らしてた頃には食事の前の挨拶してる所なんて、一度も目にした事がなかったのだ。

 ああ、思い出したらムカついてきた。
 つーかさ、躾ってのはそもそも、先々子供が社会で自立して生きてく為には、絶対的に欠かせないものでしょうよ。
 だってのにあいつらは、その必須事項を目先の事しか見えてねえ浅い考えで、全部まるっとないがしろにしやがってさあ……。
 競走馬の方がまだ視野が広いわ。クソッタレ共め。

 自分の子供の将来と行く末をなんと心得る。
 ホンットにろくでなしだったよ、あの両親は。
 半永久的に地獄で反省し続けろ。

 でも、今こうしてちゃんと、自発的に頂きますが言えるようになっててよかった。
 ひょっとしなくても、クリフさん達に教わったんだろうな。
ここへ来るまでの間、辛い思いを本当にたくさんしたようだけど、それでも学ぶべき事を学べた事だけは、不幸中の幸いと言っていいのかも知れない。

 私がそんな風にあれこれ感慨深く思っていると、スプーンでゆっくり鶏パン粥を口に運ぶエフィーメラの目から、ポロポロと涙が零れ始めた。
 思わずギョッとしたが、自分で自分に、落ち着け、と言い聞かせる。

 隣に座ってるリトスも動揺したのか、ちょっとあわあわしながら、小声で「どうしよう」って訊いてくるけど、敢えて緩くかぶりを振りながら、「どうもしなくていいし、何も言わなくていいよ」とだけ言っておく。

 エフィーメラにも色々と思う所があるんだろう。
 変に騒いで食事の邪魔をしちゃいけない。
 でもとりま、身体に変調がないかどうかだけは訊いておくけど。

「ええと……。どうしたの? どこか痛い?」

「……っ、ひっく……。ち、ちが、の……。あのね、あったかいの……。あったかくて、美味しいの……っ」

「……そっか。美味しく食べられてよかったわね。でも、喉に詰めないように、ゆっくり気を付けて食べるのよ?」

「う、うん……っ」

 その後もエフィーメラは涙を零しながら、小さな器に盛られた鶏パン粥を、ゆっくりと噛み締めるように食べ続けた。



 エフィーメラは案の定、半人前の量の鶏パン粥を食べただけで「もうお腹いっぱい」だと言い出した。やはり胃が萎んでしまっているんだろう。
 なので、それ以上無理に食事を勧める事はせず、代わりにハーブティーを一杯だけ飲ませておいた。
 さっき考えてた、消化を助ける作用があるハーブティーだ。
 テントの外に出て、こっそりスキルで出したやつだけど。

 もっとも、身体の方はエリクサーのお陰で元気になってるはずだし、上手く胃が動いてくれれば、あと数時間もしたらまたお腹が空くはず。そしたらまた、さっきの鶏パン粥を温めて持って行こう。

 それまでは、お風呂で身体を洗……うのは、人数的にちょっと無理か。桶にお湯張って、清拭するのが限界だな。うん。
 でも、どうにか頭だけは洗わせてあげたい。
 みんな誰も何も言わないけど、本当はべたべたして気持ち悪いと思ってるはずだし、場合によってはシラミが湧く事だって考えられる。
 それは衛生管理の観点からもよろしくない事だ。

 沸騰した湯を水で割って温度を調整すれば、頭を洗うお湯くらいはなんとか確保できるんじゃないかと思い、ピアさんに相談したら、すぐに色よい返事をもらえたが、まずは先に身体の清拭を、言われたので、ひとまず桶にお湯をもらい、それを持ってエフィーメラの所へ戻った。

 無論ここでのリトスの役割は、テントの外での待機一択だ。
 エフィーメラもリトスもまだ8歳だけど、それでもエフィーメラは男の子に裸見られるの、普通に嫌がると思うしね。ここは私1人の出番でしょうよ。

 しかし、私が呑気に構えていられたのは、清拭の為にエフィーメラが服を脱ぐまでだった。
 エフィーメラの身体の背面部――背中から尻にかけての皮膚に、何度も手酷く鞭打たれた跡が、何十か所と残されているのを目の当たりにし、私は言葉を失う。

 さっきの食事中、躾の面での改善が見られた事を理由に、ここへ来るまでのエフィーメラの境遇の中に少しでも光を見た自分を、殴ってやりたい気分になった。

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