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第3章
6話 転生令嬢と神秘の霊薬
しおりを挟む急病人用のテントから出ると、外は完全に夜の闇の中に沈んでいた。
獣避けと照明代わりの灯りとして、そして何より暖を取り煮炊きをする為、そこかしこで焚かれている焚き火の1つに近付いて行く。
ただ、ここで煮炊きされてる料理は全て、難民キャンプの人達が食べる為のものなので、それらをもらう事はしない。
今は夜だし、誰かに声をかけて、ちょっとその辺でご飯食べてきますね、というお知らせをしておかないと、急にいなくなったと思われて、心配されてしまうから来ただけだ。
いつでもどこでも、集団行動では報連相が大事なのです。
私とリトスが近づいて行った焚き火では、焚き火を中心に据える形でやぐらを組んで、そこに半月型のデカい鉄鍋を吊るして汁物を作っているようだ。
その周囲には、セレネさんとシエルとシエラの姿がある。
汁物以外にも、串刺しにした川魚を焚き火の周囲に刺して焼いているらしい。
「セレネさん」
「ああ、プリムにリトスね。――倒れた人達に、なにかあった?」
「いえ、今の所は何も。ただ、私達晩ご飯まだだったから、難民キャンプの代表さんが気を遣ってくれて……」
少しだけ緊張した様子を見せるセレネさんに軽い口調でそう言うと、セレネさんが一転してホッとした顔になる。
「そうだったの。……ごめんなさいね、2人共。事情があったとはいえ、夕ご飯前に呼びつけるような真似をしてしまって……」
「気にしないで下さい。困った時はお互い様でしょう? それでですね。私達ちょっとの間、キャンプの端っこで軽くご飯食べちゃうんで、しばらくこの辺離れますから――」
「分かったわ。でも、囲いの柵から外には出ないようになさいね」
「そうだぞ。一応、獣避けの薬を柵に塗り付けたりしてあるけど、柵から外に出ちまったら意味ねえからな。……つっても、用は柵の外で足さなきゃなんねえけど……」
「もしトイレに行きたくなったら、子供だけで外に出たりしないで、必ず誰か大人に声をかけてついて来てもらうようにね。なんかちょっと落ち着かないと思うけど、今シエルが言った通り、柵の外は危ないから」
「うん。分かったわ。忠告と説明ありがとう」
セレネさんの言葉を継ぐようにして、注意事項などを教えてくれるシエルにお礼を言いながら、私達はその場を離れた。
流石にクマは冬眠してるけど、この辺は人を襲うような肉食の獣が、冬でも普通にウロウロしてるんだよね。獣避けを持ってても、身体の小さい子供しか姿が見えないとなると、獣避けを無視して襲い掛かってくるのもいるらしいし。
そういう訳なので、村の子供は親のみならず周りの大人達からも、「陽が落ちた後は、絶対に子供だけで村の外を歩いてはいけない」と、事あるごとに口酸っぱく注意されながら育つのだ。
ちょっと話がずれたが、私とリトスはキャンプ地の中でも、特に人気の少ない場所に移動してから適当に座り込み、毎度の如く持ち歩いている、スキル誤魔化し用のバスケットを膝に抱え持って、その中にサンドイッチを3人分出す。
肝心の具は、メンチカツサンド、タマゴサンド、BLTサンド(レタス増量)の、計3種。
これから長丁場になる可能性も踏まえて、ガッツリめのラインナップにしてみた。
お腹が満たされてないといざって時に踏ん張れないし、思考もネガティブな方向に傾きがちになるからね。
バスケットの中から、油紙に包まれた状態のサンドイッチを取り出し、リトスに渡しつつ、そういやモーリンがいないな、と思い出した。
多分まだ、うちの中にある専用の寝床で、優雅に微睡んでいらっしゃるんだろう。
仕方がない、ここは念話を使って語りかけてみるか。
念話と聞いてすぐに察しがついた方も結構いると思うが、念話というのは、早い話が特定の対象との間にだけ作用する、テレパシーみたいなもの。もはやファンタジーものの話では、定番の能力と言っていいんじゃないかな。
モーリン曰く、私とモーリンは契約によって、互いの魂の一部が繋がっているらしい。んで、その魂の繋がりを利用する事で、遠く離れた場所にいる相手にも、言葉や意思を伝えられるようになるんだとか。
便利っちゃ便利だけど、念話を使う時には、相手に伝えたい言葉を明確に思い描くようにしないと、言葉どころか意図さえ正しく伝わらないのでちょっと大変。
下手すると、間に何人か挟んで伝言ゲームしたみたいな、支離滅裂な伝わり方になっちゃったりするんだよね……。
《……おーい、モーリン? もしもーし、起きてるー?》
《うむ、起きておるぞ。気配から察するに、ふもとに下りてなんぞ仕事でもしておるのかえ?》
《まあね。難民キャンプの中で、急病人が何人も出たから、看病の手伝いに来てるの。しかもその急病人の中に、生き別れてた妹までいるんだもの、色々大変よ。事情を説明してくれる人や、傍にいてくれる人がいなかったら、キャパオーバーしてたと思うわ》
《ほほう、生き別れの妹とは。お主がいつぞや言っておった、性悪な腹違いの妹の事じゃな。……妹が永らえる事を望むか?》
《……うん。まだ、ちゃんと向き合って話した事もないし。こんな所で死なないで欲しいってのが本音。所で、モーリンは晩ご飯どうする? 今すぐ食べるんなら、悪いけどこっちまでコッソリ来てくれない? 多分、すぐには帰れないと思うから》
《うむ、そうじゃな。いささか手間ではあるが、致し方あるまい。しばし待て》
そういった途端、念話の為の繋がりがプツンと途切れたかと思うと、次の瞬間にはモーリンが私の傍らに姿を現していた。
「早っ!」
『当然じゃろ。妾も腹が減ったのじゃ。はよう夕餉を出せ』
「はいはい。っていうか、精霊も人間や他の生き物みたいにお腹減るのね」
半ば呆れながらバスケットの中に手を突っ込み、モーリンの分のサンドイッチを取り出して差し出すと、モーリンは前足と爪を器用に使って油紙を剥ぎ取り、中身のサンドイッチをぱくつき始める。
『人と契約を交わせば、自然とそうなるのじゃ。契約によって人と繋がりを持てば、それに比例して毎時力を使うようになる。
自然界や司る場から流れ込む気、時折捧げられる作物から得られるエネルギーだけでは、実体を維持できなくなるゆえ、それとは違う形でエネルギーを取り込む必要が出てくるのじゃ。
ゆえに妾も、お主と連動する形で腹が減るようになる、という訳じゃな。……うむ、うむうむ、今日も美味い。満足じゃ、我が巫女よ』
「それはどうも。ご飯それで足りた?」
『腹具合は程よいの。……じゃが……うむ。今少しもらおうか。ひとまずローストビーフサンドと、ローストチキンサンドと、ローストポークサンドを3切れずつ、それからデザートに、プリンとバニラアイスとチーズスフレを所望するのじゃ。
人目につかぬよう結界を張ってやるゆえ、周りの目なぞ気にせずにじゃんじゃん出すのじゃ!』
「えええ……そんなに食べられるの? あんた……。まあ、出せって言うなら出すけど……」
なんか知らんが、突然フードファイターみたいな事を言い出すモーリンに若干引きつつも、私は言われるがまま、リクエストされた食べ物をポンポンと出していく。
そしたらまあ、食べるわ食べるわ。
挙句、最初に聞いたリクエストの品だけでは足りないとまで言い始め、最終的には、ミディアムレアの極厚ビーフカツレツサンド3切れ、具材たっぷりの大判シーフードピザ1枚、大トロ・中トロ・赤身の3点刺身盛り合わせ2人前、高級イチゴたっぷりのガトーフレーズ1ホールを、1人(1匹?)でペロリと平らげた。
リトスなんて、途中から「見てるだけでお腹がパンパンになりそう」とか言い出して、青い顔でそっぽ向いてたからね……。
私は前世で、フードファイターが出てくる大食い番組をよく見てたからか、別にモーリンの爆食っぷりを見てもダメージは受けなかったけど。
しかし、なんだって今日に限って、こんなアホみたいな量のご飯やらスイーツやらをガバガバ食べたのか。疑問に思い、優雅な毛づくろいタイムに入っていたモーリンを問い質そうとしたら――
なんか、モーリンの身体がめっちゃ光り始めた。
はっ? えっ? なにこれどういう事!?
リトス共々戸惑いまくり、一緒になって狼狽えてる間にも、モーリンの身体はどんどん強く光り輝いていき、ついには直視できなくなって、両目を腕で庇いながら顔をそむけた瞬間、光が爆ぜた。
「うわあっ!」
「~~~っ!」
ほんの一瞬の事だったが、まるで昼日中に時間がずれたんじゃないかと思うほど、周囲が明るく照らされる。
モーリンが予め張っていた結界がなければ、大騒ぎになっていただろう。
『……。ふう。数百年ぶりの事ゆえ、上手くいくかどうか幾分心配じゃったが……杞憂で済んだようじゃ。フフン、流石は妾よ』
モーリンの自画自賛に釣られるように視線を戻せば、いつも通り、淡く優しい光を纏う姿に戻って、ちょこんと座っているモーリンの前に、バレーボールほどの大きさの、淡い蒼の色に輝く綺麗な水球が出現していた。
『これ、プリム。いつまで呆けておる。今すぐに、これを全て収められるだけの器を出すのじゃ。
頑丈で、持ち運んでも中身が零れ出る事のない、しっかりとした器がよい』
「へっ? あ、はいはい、すぐに出すわ」
……えー、えーと、そうだ。
でっかい丸底フラスコみたいなのがいいかな。強化ガラス製のやつ。
私がモーリンの指示通り、持ち運びに困らなさそうな容れ物……強化ガラス製のデカい丸底フラスコをポンと出すと、私が抱え持っているフラスコの中に、モーリンの目の前にあった綺麗な水球が、形を変えながら流れ込んでくる。
やがて水球は、一切その輝きを損ねる事なく、全てフラスコの中に収まった。
うわあ……。本当に、すっごい綺麗な液体……。
あんまり綺麗過ぎてため息が出そうになる。
下手な宝石より、モーリンが出したこの液体の方がよっぽど綺麗だ。
「ねえ、モーリン。これ、なんなの?」
『それなるは、緑を司る精霊のみが作り出せる神秘の霊薬。人の子がエリクサーと呼ぶものじゃ』
「――はい? え、エリクサー? ですか??」
お座りした格好で、ドヤァ、という擬音が聞こえてきそうなほど胸を張り、ふんぞり返るおキツネ様に、私は思わず間抜けな声で訊き返していた。
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