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第3章
5話 転生令嬢と予期せぬ再会
しおりを挟む予期せぬ再会に動揺しつつも、エフィーメラが自分の腹違いの妹だと改めて告げると、ザルツ村の人達も、今まで難民キャンプで、エフィーメラの世話をしてくれていた人も、非常に驚いた顔をしていた。
そりゃそうだろうな。
元貧民街の住民達と一緒に、痩せて弱った身体を引きするようにしてここまで来たエフィーメラと私が姉妹で、その上こんな形で再会する事になるなんて、奇縁もいい所だろう。
中でもジェスさんなど、私の素性を知っている人達は殊更驚き、控えめに「大丈夫か?」と訊いてくれた。
多分それは、自分を捨てた親が贔屓して育てていた妹に対して、何も思う所はないのか、という事と、下手をすれば、今夜が峠になるかも知れない、衰弱し切った妹の姿を見ていて辛くはないか、という、2つの意味を含んだ問いかけだ。
私はこれまで、誰かに身の上の説明をする際、あの毒親2人の事はそりゃもうボロクソにこき下ろしながら説明していたが、妹であるエフィーメラに関しては、あまり多く語っていない。
精々、2つ下の腹違いの妹であるという事と、小生意気で性格の悪い子供だという事くらいしか、話していなかった。
だが――いや、だからこそ恐らく、お父さんのトーマスさんに似て聡い所があるジェスさんや、元から聡明なアステールさん達などは、私の心情に気付いているんだろう。
腹違いの妹を嫌っていながらも内心では憎み切れず、中途半端な肉親の情を抱えたまま、どうしていいのか分からず途方に暮れている、私の甘っちょろくも複雑な思いに。
つーか、そもそも私、性格面ではあんまりエフィーメラの事言えなんだよな。
なんせ山に捨てられる前日、私の私物をモノホンのルビーとシルクのドレスだと思い込んで話していた、エフィーメラの勘違いを訂正せずほったらかして、そのうちよその家で恥を掻けばいいとか思ってたクチだし、屋敷に住んでた時だって、いつも大人しくやられっぱなしでいた訳じゃない。
むしろ、ばれない仕返しの手口を考えて実行しては、あの継母と妹が顔を青くしたり慌てふためいてる様を見て、陰でほくそ笑んでたりとかしたからなあ。
上記の点を鑑みれば、私も十分性格悪いわ……。
ともあれ、熱に浮かされて意識のない、痩せ細ったエフィーメラの傍に座り込み「私が見ている」と強めに言い張ったからか、ジェスさんもピアさんもそれ以上話を掘り下げる事はせず、ただ「任せた」とだけ告げ、水を張った桶と薄手のタオルを1枚置いて、この場を離れて行った。
リトスも、何も言わず私の傍についてくれている。
もしかしたらリトスも、私の思えてる事なんてお見通しなのかも知れない。
ありがとうリトス。その大人びた心遣いに、お姉さんはちょっとグッときてます。
元の面立ちも相まって、将来は確実にモテモテ街道一直線だな。これは。
「ちょっといいか?」
そうしてエフィーメラを看病し始めてしばらく経った頃、私達の傍に1人のお兄さんが近づいて来た。
髪と目の色はどっちも深い焦げ茶色で、結構背も高め。エフィーメラや他のみんなと同じで、酷く瘦せこけて疲れた顔をしてるせいか、正直歳はよく分からない。
けど、目鼻立ちがはっきりしてるので、頬などに程よく肉が付けば、なかなかのイケメンに見える事だろう。
「? はい。あの、あなたは……」
「俺はクリフ。一応、この難民キャンプの代表をやらせてもらってる者だ。実は今君が看てる子……エフィには、奴隷商に捕まってる所を逃がしてもらった恩があって。それで、ちょっと様子を見に来たんだが……どうだろうか?」
「……相変わらずです。よくもなってないし、悪くもなってない、と言いますか……。けど、この子があなたを、奴隷商の所から逃がしたんですか?」
「そうだよ。と言っても、その時はエフィも一緒に捕まっててね。色々と幸運な事が重なって、偶然逃げ出せたってだけなんだけど、それでもあの時、エフィの行動がなければ俺達はまだ捕まったままだったと思う。
……所で、さっき向こうで聞いたんだが、君はエフィのお姉さんなんだってね」
「はい。……さっきから思ってましたけど、クリフさんは妹ととても親しいんですね。あの子が両親以外に愛称呼びを許すなんて、今までなかったように思います」
「そうなのか。それは光栄だな。……その、エフィからも、君の事は少しだけ聞いてるよ。元の両親のせいで、色々と酷い目に遭ったそうだね。妹のエフィにも、辛く当たられていたとか。エフィはその事を、後悔してるみたいだけど」
クリフさんの言葉に、私は少しだけ動揺した。
後悔してた? エフィーメラが? 私の事で?
そりゃまた、なかなかに驚愕の事実だ。
あの性悪が私の事で後悔するとか。
でも、そんなバカな、と反射で思った反面、そういう事もあるかもな、と考えもした。
なんせエフィーメラは、まだ8つの小さな子供。
ゆえに、最も身近にいた大人――特に母親の言動や思考、性格などを無意識のうちにトレースし、それらを自身の基礎的な人格として、内面に落とし込んでいた可能性も十分あるのではないか、とも思うのだ。
生まれつき性悪だった可能性も十分あるけど。
「……そう、ですか」
「信じられない? エフィが後悔してるって話」
「いいえ。でも……ちょっと不思議には思ってます。私の知ってる妹は性格が悪くて、私が廊下を歩いてる時、わざとらしく足出して転ばせようとしたりとか、そういう真似を平然とする子供だったので。
ただ、私も意地の悪い事をされるたび、仕返しに屋敷の台所で何匹もゴキブリやネズミ捕まえて、妹の部屋に放り込んで妹泣かせてたんで、そんなに根に持ったりはしてませんけど」
「……。それ、後から親にばれて怒られたり、折檻されたりしなかったの?」
「一度もばれませんでしたよ? だって、私も家族や使用人、侍女達の前では、ゴキブリやネズミを見ただけで悲鳴上げて、毛嫌いして逃げ出すような態度取ってましたから。
そんな子供が、まさか人目のない所ではゴキブリだのネズミだのを素手で捕まえて、空き瓶の中に入れて持ち歩いてたなんて、普通誰も考えないでしょう?
まあそれが元で、親におもねってるクズな使用人や侍女が、妹の部屋の管理不行き届きが過ぎるって雷落とされて、何人かクビになりましたけど、それはそれで結果オーライって言いますか。端的に言うなら、ざまぁの一言ですよね。
……あ、一応言っておきますけど、ゴキブリやネズミを捕まえた後は綺麗に手を洗ってましたからね。衛生観念はちゃんとありますから、私」
「ああうん、分かってるよ。っていうか、どこから突っ込んだらいいんだ、今の話……」
クリフさんは、なぜか頭を抱えてため息をついた。
そして逆にリトスは、私を妙にキラキラした目で見つめている。なにゆえ?
「……あー、ええと、なにが言いたかったんだっけ……。今の話が強烈過ぎて、色々頭の中から吹っ飛んじゃったよ……」
「なんかすみません。ていうか多分ですけどクリフさん、私が妹に仕返しするんじゃないかとか、そういう風に考えて、心配になったんじゃないんですか?」
「……っ」
私の問いかけに、クリフさんは分かりやすく肩を震わせた。
それから、苦しげな顔で項垂れる。
「……。すまない。偏見もいい所だよな。今だって、こんなによくしてもらっておいて……。俺達の事を助けた所で、君や村にとっては何の得にもならない……どころか、損失になるばかりだってのに」
「気にしないで下さい。そんなの偏見の内に入りませんよ。むしろ、当然の考え方だと思いますけど。それに、あなた達を助けるのは村の為にもなる事だって、村長さんは言ってましたよ? 私には、どういう事なのか分からないですけど」
私はしれっとした顔でそう言って、エフィーメラの額に乗せていたタオルを手に取ると、桶の中の水に浸して絞り、再びエフィーメラの額に乗せ直した。
それから、独り言のように呟く。
「なんにしても、この子には早く回復してもらわないと。じゃないと話もできませんし。ひょっとしたら、話してるうちにケンカになるかもですけど……まあ、そうなったらなったで、別にいいんじゃないかなと思います。
私、なんだかんだ言って、この子とちゃんと向き合って話した事もなければ、まともにケンカした事も、1回もないから」
「……。君は――……。いや。もうこれ以上、俺の主観であれこれ語るべきじゃないな。所で君達、もう夕飯は済んでるのかい? もしまだなら、行ってくるといいよ。俺がエフィを看てるから」
「あ……はい。じゃあお願いしていいですか。私達、晩ご飯まだなんで……。行こっか、リトス」
「……うん。行ってきます」
私達は、それぞれクリフさんにそう言いながら立ち上がり、一時的にエフィーメラの傍を離れた。
未だ容体が悪化する様子はないけれど、やはり回復の兆しも全くない妹の様子が気になり、ちょっとだけ後ろ髪を引かれる思いをしながら。
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