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第2章
閑話 逝く者2人と去りにし者共
しおりを挟むそれは、初冬のあくる日の事。
王都の中央に位置する大広場には、2つの巨大な断頭台が据え付けられ、山のような数の民衆がそれを見つめていた。
大広場に押しかけた民衆は、まるで演劇の開演が近づいているかのような期待感と熱気を伴いながら、愚王とその妃が処刑される瞬間を、今か今かと待ちわびている。
当初、処刑されるのは王のみであったのだが、王の打ち出した愚策に対し、なんの意見も取り成しもしなかった上、度重なる金品の横領や賄賂、姦通など、幾つもの罪状が見付かった事により、王妃もまた死を賜る事となったのだ。
その舞台袖とも言うべき場所、王城の地下にある牢屋から引きずり出された王と王妃――自らの父母に対し、次期国王・王太子シュレインは、冷淡な眼差しを向けながら口を開いた。
「父上、母上、おはようございます。これより先は、次期国王たる私が責任をもってお二方を刑場へお連れしますので、どうぞ王家の者として、最期まで恥じる事なき振る舞いをお願い致します」
しかし王も王妃も、ただはくはくと無意味に口を開き、苦し気に喘ぐばかりで、シュレインの言葉には答えない。
なぜなら数日前には両名共、牢屋で見苦しく騒ぎ立てたかどにより喉を潰され、声を発したくとも発せない身となっていたからだ。
もっとも、シュレインもその事については織り込み済みであり、驚くどころか眉ひとつ動かさずにいる。
そもそもシュレインこそが、騒ぐ騒がぬに関わらず、時が来たならば王と王妃の喉を潰せ、と、密かに牢番へ命じた張本人であった為、尚更何の驚きも感じていなかった。
むしろ、これでいいのだと内心でうなづく。
シュレインとしてはこれ以降、父母に口を利かれては困るのだ。
ザクロ風邪の件はともかく、ケントルム公爵一家の案件に端を発した案件――捕縛した暴徒の多くを状況証拠だけで有罪とし、王都の広場で見せしめに処刑した事や、ケントルム公爵令嬢の捜索をポーズだけで終わらせた事。
それら全ては、王命にて行われた事にあらず。
王命であると偽った、シュレインが命じた事だったのだ。
無論の事、王妃にかけられた嫌疑の数々もまた、その大半が濡れ衣である。
それらの事実を、万が一にも民衆の前で口走らせる訳にはいかない。
だから先んじて喉を潰させ、命を取らぬ形で口を封じた。
つまりはそういう事なのだ。
シュレインの中に罪悪感はない。
むしろ当然の帰結であると確信している。
かつて、玉座欲しさに実兄を陥れて追放し、そのくせ自身はまともな政務も行わず、ただ王国の頂点に立つ者としての権利と贅を貪るばかりの愚か者と、それに寄生して甘い汁を啜っていた醜悪な女には、何より相応しい末路であると。
罪人として連行される父母に背を向け、自身の周囲を多くの兵と騎士で固めた格好で、粛々と歩を進めるシュレインの頭の中は、既に父母を処刑した後の事で埋まり始めている。
そして――そんな息子の背を、ただ何もできずに引っ立てられながら見つめるレカニス王は、深い後悔と恐怖の中にいた。
(ああ……。私は間違っていた。シュレインは神の愛し子などではなかった。神の寵愛を受けし、選ばれし者などではなかった。
あれは悪魔だ。王国を破滅に導く、悪魔の申し子……。真なる悪魔の子は、リトスでもなければケントルム公爵の娘でもない。我が息子だったのだ……!)
レカニス王は腹の底から嘆き、落ち窪んだ双眸から無言のまま涙を流す。
しかし、もはや全ては後の祭り。
王がどれほど嘆いて後悔しても、運命も状況も変わりはしなかった。
やがて、王都の空高くに太陽が昇る頃。
中央の広場に設えられた木製の台の上、断頭台で落とされた王と王妃の頭部が並べられた。
稀代の愚王と愚妃として、無惨な晒し者とされた2人の頭部は、肉が腐り落ち、耐えがたい腐臭を放つまで、長らく広場に放置され続けたという。
◆
レカニス王と王妃の処刑が行われた、数日後の深夜。
王都より北の国境近くにあるザルツ山、その中腹にあるザルツ村の寄り合い所に、密かに人が集まっていた。ザルツ村猟師会会長であるアステールとその妻セレネ、猟師会に所属するサージュ、フィデールの4人である。
手の中にある小さなグラスの中、音もなくたゆたう琥珀色の酒を見つめながら、アステールは深い嘆息を吐いた。
「……。そうか……。まさか、毒杯を受ける事さえ許されず、王都の広場で斬首とは……。そこまで堕ちていたのか、あの愚弟は」
「そうですわね。通常ならば、王族の処刑には毒杯を用い、見届け人もごく少数に限るのが慣例ですもの。それがまさか、衆人環視の中、首を落とされるだなんて……。
300年以上続くレカニス王国の歴史の中でも、そのような末期を迎えた王など一握りも存在しませんわ。なんて嘆かわしい……」
アステールの対面に腰かけたセレネが、沈鬱な表情でうつむく。
そこに、手酌で酒を飲んでいたフィデールが、「どうなさいますか?」と、短い問いを投げかけてきた。
「……どうもせんさ。私は既に弟相手の政争に敗れ、北の僻地へ逃走する道を選んだ負け犬だ。こんな不甲斐ない男について来てくれたお前達には悪いが、国を割ってまで返り咲こうなど、そんな大それた野望は初めから持ち合わせていない。
まあ、もっとも……返り咲きがどうこう言う前に、10年の時を経てなお汚名を雪ぐ事もできぬまま、どこぞで燻っていた元王太子が帰還した所で、民は誰も歓迎すまいよ。それともセレネ、お前は戻りたいか? あの頃に」
「いいえ。あなたの無実を信じ、共に王都を去ると決めたあの時から、王太子妃セレーネ・ロア・レカニエスはこの世から消え、亡き者となりました。ここにいるのはただのセレネです。
今更過去の栄華や権威になど、何の未練も執着もございません。民はその現実を受け入れ、つつがなく暮らしておりますし、私にも、愛する夫と可愛い子供達がおりますから」
夫の問いかけに、セレネは優雅な貴婦人の笑みを浮かべる。
「ただ……もたらされた情報を鑑みるに、新王シュレインの足場固めが進み、新たに発足した政権が落ち着くまでは、王都とその近辺の街は、幾分荒れるやも知れませんわね。最悪、難民が出る事も考えられます」
「確かに。だが、仮に本当に難民が出たとしても、今の我々にできる事なぞたかが知れているが……いや、今なら多少、できる事もあるか。今こっちには、プリムがいてくれるからな」
「ええ。けれど、あまりプリムを巻き込まないようになさいませね。あの子の力は、大きく外に漏れる事のないよう留意せねばなりません。この村の為、そして何よりプリム自身の為に」
「分かっているさ。ひとまず今後も以前と同じように、デュオとカトルに情報収集を頼み、王都の動向を探りながら慎重に動こう。
サージュとフィデールも引き続き頼む。命の恩人のプリムの事もそうだが、かつて王都を追われ、行く当てもなくさまよっていた世間知らずの集団を、何も言わず温かく迎え入れてくれた、トーマスと村の人々を危難に晒したくはない」
「は。我が剣はいつ何時にあろうとも、仕えるべき主の身命と、そのお心を守る為にございます。そしてまたこの村も、守るべき大切な場所であると、個人的に愚考しておりますので」
「相変わらずお固いねえ、お前は。つーか、恩を仇で返したくない気持ちはみんな一緒ですって。当面の間はあんまり深刻に考えず、これまで通り力を合わせてやっていきましょう」
アステールの言葉に、フィデールは頭を垂れながら真剣に、サージュは軽いノリでヒラヒラ手を振りながら答えた。
性格は真逆ながら、フィデールとサージュはアステールにとって、どちらも気心の知れた頼もしい配下だ。
無論、腕の方も一流である。
「ああ」
だからこそ、アステールもまた、全幅の信頼を持って2人の言葉にうなづくのだった。
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