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第2章
10話 転生令嬢、不穏な話を聞く
しおりを挟むうたた寝していたリトスを起こし、お客さん用の椅子を追加で出した私は、訪ねて来てくれたセレネさん達にどんなお茶とお菓子を出そうか迷った末、ドライフルーツが入ったパウンドケーキと、暖かい無糖のカフェオレを出す事にした。
つーか、そもそも私には、美味しい紅茶を淹れるなんて高等技術の持ち合わせはないので、必然的に、カフェオレを出すのが一番ベターな選択になるだけなんだけど。
カフェオレならコーヒーとミルクを一定の割合で混ぜるだけだし、なんだったら既にカフェオレとして完成してるお品を出せば問題なし。
潜在的メシマズ女の私でも、ちゃんと美味しいカフェオレを出せるのです。
お茶菓子の方も、完全なる安牌チョイスだ。
他国と比べて食糧事情が豊かなこの国では、ドライフルーツを使ったお菓子は平民の間にも広く浸透している。
上質な小麦粉や、バターをたっぷり使うタイプのパウンドケーキは高級菓子の部類に含まれるが、物によっては平民の間でも、お客様に出す為のちょっといいお菓子として知られているらしいので、ここで出しても大丈夫だろう。
ちなみに、ドライフルーツのみならず、ナッツやチョコなど、中に色々入っているタイプのパウンドケーキは、ケチケチしないで厚めにカットするのが美味しく頂くコツだ、と聞いた事があるので、それに倣ってパウンドケーキを分厚く切り分け、皿の上へ。
後は念の為、角砂糖の入ったポットをさり気なくテーブルに出しておけば、平民流のおもてなしとしては十分なはず。……多分。
「まあ……なんて美味しいのかしら、このパウンドケーキ。生地はしっとりしていて口当たりがいいし、中に入ったブランデー漬けのドライフルーツにも、刺々しいアルコール臭が全くないわ……。こんなお菓子、王都でも味わった事がなくてよ」
「ええ、本当に。けれどそれでいて、ブランデーの香り高さは損なわれていない……。一流の菓子職人の仕事ですわ。それにこの、カフェオレという飲み物の美味しさと言ったら……!」
「そうねアン。ミルクとコーヒーを混ぜるなんて発想、今まで思い付きもしなかったけれど、本当に相性がいいのね。仄かな甘さを伴った濃厚なミルクとコーヒーの香ばしい苦みが、まるで互いを尊重して引き立て合っているかのよう……!
これをスキルで出せるだなんて、森神様の仰る通り、本当に神の如き力だわ」
セレネさんとアンさんは、フォークで切り分けたパウンドケーキを口に運んだ途端、ほぅ、と感嘆の吐息を漏らしつつ、それぞれパウンドケーキやカフェオレの味を絶賛する。
なんか口調が貴族モード入っちゃってるけど、ここはスルーした方がいいんだよね?
つか、カフェオレ飲むの初めてでしたか。
一瞬ドキッとしたけど、お口に合ってよかった。
そしてデュオさんは無言のまま一心不乱に、それでいてじっくり味わうように、ひたすらパウンドケーキをぱくついている。
甘い物お好きなんスね、デュオさん……。
あと、リトスもニコニコしながらパウンドケーキを食べている。
すっかり機嫌が直ったみたいで何より。
つか、今後リトスの機嫌が斜めになった時は、このテを使ってある程度ご機嫌取りをさせてもらうとしよう。
中身がズルい大人でごめん。リトス。
「ええと、皆さんお代わり要ります? 出そうと思えば、まだ出せますけど」
「「「是非!」」」
「僕もおかわり!」
私がおずおず提案すると、その場の全員が目を輝かせながら声を上げた。
◆
その後、カフェオレをお菓子のお供にした私達5人は、ドライフルーツ入りのパウンドケーキ、合計6本をぺろりと平らげてしまった。
それすなわち――単純計算ではあるが、各自パウンドケーキを1本弱、まるっと腹の中に収めてしまった、という事になる訳で。
うわやべえ。カロリー的に、完全にオーバーキルですやん……。
だってさあ、ものっそい美味しかったんだもん。あのパウンドケーキ。
もはやあれは魔性ですよ。魔性のパウンドケーキです。
だもんだから、つい調子に乗ってパクパクっとね。あはっ。
……。マジすいませんでした。
私は再び猛省する。
我に返ったセレネさん達も、気まずそうにお顔を赤らめていらっしゃいます。
うんそうだね。夕飯前のおやつの時間に食べていい量じゃなかったよね。今のは。
あーもう。ついさっき、もう調子には乗らないって誓ったばっかなのにこの体たらく。
我ながら情けないにも程がある。
「あの、ごめんなさい。調子に乗って、パウンドケーキポンポン出しちゃって……」
「い、いえ……。私達の方こそごめんなさい。いい歳した大人なのに、遠慮どころか自制もできなくて……。本当に恥ずかしいわ……」
「アンの言う通りよ。ごめんなさいね、プリム……」
「……すまん……」
「ぼ、僕もごめん。プリム。これ、今日の夕ご飯、食べられないかも……」
「いいのよリトス。ていうか、それに関しては私も同罪だから、怒れないわ……」
私達はしばしの間、テーブルを囲んで締まらない謝罪合戦を繰り返す。
「あっ、そ、そういえば、あれから王都の方の話とか、何か聞きました? 新しい噂とか」
「えっ? え、ええ! 幾つか聞いた話があるわ! ねっ、セレネ、あなた!」
「ええそうね! 確かあの人もそんな話をしていたわ! でしょう? デュオ」
「あ、ああ。……村に出入している商人は、複数人いる。その中には、王都の様子を気にかけてる奴も当然いるし、ザクロ風邪から生還した奴は、今の状況でも王都で商売しているようだ。
ザクロ風邪は、一度罹ればもう二度と罹らないからな。ただ、あばたの残った顔はよく隠しておかないと、気味悪がられて商売にならないそうだが」
あまりの気まずさに耐えかねた私が、やや強引ながら話題の転換を図ると、即座にアンさんがそれに食いつき、残るセレネさんと、仕事モードに入ったデュオさんも乗っかってきてくれる。
ありがとう皆さん。
アステールさんはどうか知らんけど、トリアとシエル、シエラにパウンドケーキの件がバレたら、間違いなくめったくそになじられると思うんで、帰りになんかお土産出しますね。
「……これはつい先日、ザクロ風邪から生還した商人が言っていた話なんだが、今王都では、想定よりも早くザクロ風邪が広まっている上、沈静化のメドも立たず、大混乱に陥っているらしい。
お陰で平民どころか貴族の中にまで、家族や稼ぎ頭、資財を失って、路頭に迷う奴も出始めているとか。特に親を亡くした子供は、偏見の目もあってか親戚含めた縁者にも見捨てられ、行き場を失い、貧民街に流れているそうだ」
デュオさんは眉根を寄せ、テーブルの上で手を組みながら嘆息を漏らす。
「痛ましい話ね。子供には何の罪もないというのに。せめて親を亡くした子供達に、国王陛下がお慈悲を下さればいいのだけど……」
「……。無理でしょうね。たった1人の血を分けた兄君様の事さえ、十分な証拠もない罪で追放してしまうような方ですもの。ご自身のお子以外にかける情けなど、持ち合わせておられないと思いますわ」
辛そうな表情でうそぶくセレネさんの言葉を、顔をしかめたアンさんがバッサリと否定する。
「……。そう、ですか……」
私は気の利いた言葉が出てこないまま、膝の上に置いた両手を握り締めた。
これは思っていたよりも状況が悪い。
ていうか、なんでそんなに蔓延するのが早いんだ?
確か、私が『強欲』の権能で得た知識によれば、ザクロ風邪の主な感染経路は、空気感染じゃなく、飛沫感染と接触感染。
潜伏期間は10日から2週間とだいぶ長いし、潜伏期間中にも人に感染るリスクはあるけれど、感染力の強さ自体は中の下といった所なので、感染者と同じ空間にいるだけでみんなザクロ風邪に罹っちゃう、なんて事はまず起こらない。
国が上から働きかけるとかして、国民に手洗いうがいを推奨するだけでも、感染確率はだいぶ低下するはずだ。なのにどうして。
……待てよ。もしやあのクズ王、そんな初歩的な勧告さえしてなかったとか?
うん、有り得るな。めっちゃ有り得る。
アンさんの言う通り、確かにあのクズ王が国民の為に積極的に動く所なんて想像付かんし、他の政務にかまけて、ザクロ風邪の対策しなかったのでは……。
もしそれが事実だとしたら、今回のザクロ風邪の大流行、完全に人災じゃん!
おいおい! これホントに王都は大丈夫なの!?
こんな事じゃ、王都の周りの町村もザクロ風邪で汚染されかねないし、下手すりゃマジでこの山付近まで、ザクロ風邪が押し寄せてくるんじゃないのか!?
怖っ! マジで怖っ!
自分の無理無茶を正当化する訳じゃないが、こんな話を聞いてしまうと、あの時無理してでも備蓄倉庫とその中身を出しておいてよかったんじゃないか、と思えてくる。
そして。
内心恐々とする頭の片隅に、ほんの一瞬、かつての愚妹の顔がちらりとよぎった。
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