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第2章

閑話 邪悪な王子と神々の思惑

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 次期国王の身に万一の事があってはならぬ、という父王の判断により、自室に身を置いている王太子・シュレインは、室外の喧騒には目もくれず、執務用の机に悠々と腰かけ、本を読んでいた。

「殿下」

 そこに、背後から声をかけてくる者がある。
 シュレインが交渉によって、密かに自身の専属として引き抜いた王室に仕える影の1人だ。シュレインは背後を振り返らぬまま、姿を現した影に声をかけた。

「……早かったな。状況は?」

「当初の予測通り、主だった貴族達はみな、ザクロ風邪に倒れているようです。貴族街第3区画において、最も規模の大きな宝石商の店内と、先日行われた、ガイツハルス筆頭公爵家の夜会の会場に撒いた『毒』の効きが、殊の外よかったようで」

「ふん、自業自得だな。このような状況で下らぬ宝石漁りと、見栄の張り合いなどに気を向けているから、そのような目に遭うのだ。……父上はどうされている。感染したか?」

「いえ。妃殿下が体調を崩された直後には、自室へ引き籠られておりましたので」

「そうか。保身の為の動きの早さだけは、誰に勝るとも劣らん男だな。父上は。
 ――まあ、ご健勝であるならばそれも一興。いずれ国主として、此度の騒動の責を取って頂くだけだ。万が一にも逃げ出す事のないよう、見張りの目だけは増やしておけ」

「はっ。しかし……本当によろしかったのですか、殿下。此度の一件で、貴族院も半減ないしそれ以上に人員を減らす事は確実、平民達の間でも、ザクロ風邪は猛威を振るい始めております。最悪今期の税収も、半減どころでは済まされぬ可能性が高いかと。
 やはり『毒』の散布は、平民の出入りがある宝石商の店内は避け、筆頭公爵家のみに絞られた方がよかったのでは」

「構わん。想定の範囲内だ。何かしらの法案を出すたび、王に噛み付いてくる貴族院など不要。事が収まったのち、人員の不足を理由に貴族院は解体する。私と水面下で手を結んだ貴族達は無事なのだ、上位下位含め、国家の運営の為、必要な人員は最低限確保できる。
 税収の減少も一時的なものに過ぎん。平民共は放っておけば勝手に増える。最悪でも数年内には税収も戻ろう。それまでは、此度の騒動で潰れた貴族家の私財を王命にて接収し、それを以て国庫を保たせればよい」

 シュレインは本のページを繰りながら淡々と言う。

「このまま暗愚な父王と、欲得にまみれた貴族院の連中に国の舵取りなど任せていては、近い将来必ず破綻する。……いや。昨今の情勢を鑑みれば、それを待たずして、隣国に攻め滅ぼされる可能性さえあると言っても、過言ではない。
 なれば、取り返しのつかぬ事態に陥る前に、誰かが立ち上がり革命を起こさねばならん。そして……何時いかなる時代においても、『革命』には流血と犠牲が常に付き纏うものだ。そこに例外などありはせぬ。そうであろう」

「……は……。確かに、仰せの通りでございます……」

「……どうした。何か言いたそうだな?」

「お戯れを。我らは影でございますゆえ、主に対してそのような」

「そう警戒するな。今この場においてのみ、全ての不敬を許してやる。言ってみよ」

「……。殿下のお心に対し、深く思う所はございません。ただ……立太子の議を経て以降、随分とお変わりになられた、と愚考しております」

「であろうな。随分と遅きに失したが――私もようやっと『思い出した』のでな。全く、輪廻の輪を管理する神々も狭量な事よ」

「――は? 殿下……? 今、なんと……」

「気にするな。それより、そろそろ仕上げに入れ。平民共や貴族共間の間に『鳥』を放ち、「此度のザクロ風邪の大流行は、現王の失策が招いた人災である」と声高に歌わせよ。さすれば後は、周囲の者共が勝手に動く」

「御意。殿下と仮の婚約を結んでいる、公爵家の令嬢はいかが致しましょうか」

「捨て置け。私は阿呆に興味はない。ケントルム公爵夫妻がザクロ風邪に侵されたとあれば、自身が健常体であろうと、もはや社交界に居場所はあるまい。婚約の話も速やかに立ち消えよう」

「これは手厳しい。まだ、世の理も満足に学んでおらぬ幼子でございましょう。新たな婚約者を用立てる手間もございます、今はまだ寛大なお心を以て、様子見をなされてはいかがですか」

「要らん。あれは育った所で阿呆の域から出る事なぞできぬ。今思い返せば、あれの姉……赤毛の娘の方が、遥かに見どころがあったわ。
 保有するスキルの価値といい、女であった事といい、あのまま手元に置いて教育していれば、近い将来有用な駒となったはずだ。それを下らぬ因習で山になぞ放逐しおって……!」

 シュレインは眉根を寄せて舌打ちし、忌々し気に独り言ちる。

「幾ら『暴食』と『強欲』を併せ持っていたとしても、あのような幼い身では、スキルの権能もろくに扱えまい。もう生きてはおらぬだろう。……全く惜しい事を。私があの時思い出してさえいれば……。
 ……まあよい。過ぎた事だ。今は私の命に沿って動け。なんにしても、まずは私が玉座に就かねば話にならぬ。――全ては、我がレカニエス家と国家100年の安寧の為に」

「――全ては我らが王家と、国家100年の安寧の為に」

 影は、シュレインの言葉を自らの身分に相応しい言い回しに変換して復唱し、音もなくその場から消えた。



  そこは、人の子達が「天界」もしくは「神の庭」と呼ぶ場所。その地における美しい庭園の一角に、2柱の女神が在った。
 ただし、どちらもその場に姿を見せてはいない。
 有事の際、人の子へ神託を与える際に用いる、光玉と呼ばれる写し身を介して、女神達は言葉を交わしている。

 ――どうなさるのですか、どうやら思い出してしまったようですよ。想定外の事態ではありませんか。ようやく滅んだ世界の傷も癒え、再び文明が興り始めた頃合いだというのに……。

 ――おっかしいなあ。あの記憶封じは、半永久的に効き続けるはずだったんだけど……なんでぇ?
 ていうか、なんも思い出せないなら魂まで封じる事ないとか言って、あいつの事輪廻の輪に戻したの誰~? めんどくさがり過ぎでしょ~?

 ――わたくしは、貴女様であったと記憶しておりますが?

 ――え、そうだっけ……? ……ま、まあ大丈夫よ。きっとこれも何かの縁、あの子が何とかしてくれるって。
 いきなり転生ガチャ一発目で、200連ボーナス引き当てるくらい強運な子だし! 死なせちゃったお詫びに『暴食』持たせてあるし! 性格的にも図太くて根性入ってそうだし! しかもその200連の中から、自力で『強欲』まで引いちゃうんだもん。早々死んだりしないでしょ!

 ――ああ。貴女が勇者と間違えて、魂を引き込んでしまったあの女性ですか。しかしあの女性、確かまだあちらの世界では、10を数えて間もない歳なのでは? そのような状態で、かつて魔王の二つ名で呼ばれたあの暴帝と戦えますか?

 ――ちょ、それ言わないで! これでも反省してるんだから! あー、あと、その点に関しても多分大丈夫。あいつ、あの子の事死んだと思い込んでるみたいだし、今後当面の間は、自分の足場固めだけでいっぱいいっぱいになるはず。あの子が成人するまでの時間は稼げるわ。
 それに、あいつが昔持ってたスキルだって、死んだ時点で大半没収済みだから。今あいつが持ってるスキル、『傲慢』ひとつだけじゃ、あの子相手に戦っても勝負にならないと思うの。多分だけど。

 ――『傲慢』? 確かあの転生体が有していたのは『謙虚』――ああいえ、そういう事ですか。もう既に、変質しているのですね。

 ――そういう事。『謙虚』のスキルを維持したいなら、持ち主自身も謙虚でいなくちゃね~。ま、どっちにしても、しばらくは様子見って事で。

 ――そうですね。今後、何の罪もない多くの者達が苦しめられ、命を落とす事になるのかと思うと、気が塞ぎますが……。

 ――分かってる。でも、直接的な干渉は厳禁よ。あの世界はもう、私達が思い思いに手を加えて遊んでいた庭じゃないんだから。

 ――はい。心得ております……。

 その心苦し気な一言を最後に、光玉がその場から消失する。
 深緑の中に咲き誇る色とりどりの花と、清らかな水を湛えた泉だけが、その光景を見守っていた。

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