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第2章

6話 転生令嬢、たかられる

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 時間帯的には、大体午後3時かそこら。
 曇天に覆われた空からは、雨がシトシトと降り続けている。
 農家のおじさんおばさん達が、最近雨が降らないね、心配だね、なんて愚痴を零してたから、まさにこれは、久々に降った恵みの雨と言えるだろう。
 うんうん。私も今いる場所が、現在位置のはっきりしない、よく分からん小さな洞穴とかじゃなければ、笑顔でよかったね、って言えたんだけど。

 本当、人生何が起きるか分からないよね。
 まさか、トリアとゼクスと私の3人で、森神様を探しに探検だー! とか言って出発して、件の祠の周囲をウロチョロし始めてすぐ、崖下に滑落して遭難するとか、一体誰が想像したよ。


 おおよそ、今から約30分ほど前の事だ。
 3人で固まって祠の周りをウロウロしてたら、ゼクスが崖に近付き過ぎて滑って落ちそうになった。
 その時ゼクスの傍にいたトリアは、宙に投げ出されかけていたゼクスの姿を見て、反射で手を伸ばしてゼクスの腕を掴んだが、30キロ近い体重がある男の子の身体を、それ以下の体重しかない小さな女の子が、1人で引っ張り上げられる訳もない。

 ゼクスに引っ張られる格好で自分も宙に投げ出され、悲鳴を上げるトリア。
 少し離れた場所にいた私は、トリアの悲鳴で異変に気付き、慌てて駆け寄ってトリアの手を掴んだ――のはいいが、突然の事だったのでちゃんと踏ん張り切れずに巻き込まれ、一緒に崖の下へ転落してしまった。

 んで、落ちた先で小雨が降って来たもんだから、偶然見つけた洞穴に這う這うの体で避難して、今に至っているって訳です。災難もいい所だ。
 ただ念の為、森神様の探索に出る直前、ひとまず漁師会の訓練所に寄り、アステールさん達にどこで何をして遊ぶか告げてあるので、多分今日中に助けが来ると思うけど。

 一応、落ちた先が常緑樹の枝葉の上で、それが運よくクッションになったゼクスはかすり傷で済んだし、トリアも私が咄嗟に抱き込んで庇ったから、大した怪我はしていない。ちょっと打ち身ができたかな、くらいだ。

 でも、肝心の私は受け身が取れず、背中から地面に叩き付けられたせいで、あんまり無事じゃなかったりする。
 動けないほどじゃないけど、大きく息を吸うと胸の辺りが酷く痛む。
 多分これ、肋骨折れたな。やっちまった。
 どんだけチートな身体を持ってても、いざって時に使いこなせなきゃ宝の持ち腐れだよね。ああカッコ悪い。

 私はどうにか怪我を悟らせまいと振る舞ってみたが、無駄だった。ゼクスもトリアも、私の怪我の度合いが自分達より重いのだとすぐに気付いて、半泣き顔で押し黙ってしまっている。
 小さな洞穴の中は、今や葬式のような空気に包まれていて、非常に重苦しい。

 ……仕方ない。ここは、念の為に持って来ていたバスケットを隠れ蓑にして、とっととなんか出して食べて怪我を治すか。
 あんまり人前ではやりたくないんだけど、これも私の至らなさが招いた事。ここはもう、持ってきたバスケットが無事でよかったと思い直して割り切るべきだ。
 そして「怪我なんてしてないよ」と全力で言い張ろう。うんよし。それがいい。

 てな訳で、早速バスケットの中に手を突っ込みつつ、何を出すかイメージする。
 ……んー、そうだな。飲み物がなくても食べられそうな、しっとりしたカップケーキにしようか。味は――よし、ブルーベリーヨーグルトがいい!
 私は、早速イメージに沿った味のカップケーキをバスケットの中に3つ出し、ゼクスとトリアに声をかける。

「ねえ2人共。こんな時になんだけど、おやつ持ってきたから食べない? 私、お腹空いちゃった」

「え……。で、でも……あたしはいいわ。あたしを庇ったせいで、プリムは怪我したんだもん。おやつなんて、もらえないよ」

「……俺も。元はと言えば、俺のせいでこんな事になったのに、お前からおやつもらうなんて悪いし……」

「2人共、そんな事言わないでよ。次からこういう事にならないように気を付けてくれれば、もうそれでいいから。ていうか、さっきも言ったけど、私別に怪我なんてしてないからね。ただ単に、お腹が減って元気が出ないだけなの。
 だから一緒に食べよう? 私1人だけで食べたって、美味しくないもん。そういう訳で、ハイ!」

 私はキッパリハッキリ言い切ると、トリアとゼクスに半ば強引にカップケーキを押し付けた。その途端、カップケーキから漂ういい匂いに触発されたのか、トリアとゼクスのお腹の虫が存在を主張してくる。
 私にそれをバッチリ聞かれたゼクスとトリアは、「う……」だの、「あう……」だのと、顔を赤らめながら呻いた。

「ほら~、あんた達だってお腹減ってるんじゃない。……みんなで一緒に食べられるものがあって、よかったでしょ?」

「……うん。ありがとうプリム。今度、あたしもプリムにおやつあげるからね」

「お、俺も! 母さんが作ってくれるクッキー、美味いんだぜ!」

「そっか。ありがと、2人共。楽しみにしてるね。……いただきまーす」

「「いただきます」」

 お互い笑い合って、手に持ったカップケーキをぱくりと一口。
 うん、うんうん! これは美味しい! ブルーベリーの風味と程よい甘さの中に混ざり込んだ、ヨーグルトの爽やかな酸味が最高にマッチしてる! 想像通りのブツが出せて大満足!

「うわあ! これ、すっごく美味しい! 甘いのと酸っぱいのが丁度よく混ざってる! こんなのどうやって作るの!?」

「ホントだ! めっちゃくちゃ美味ぇ! これ何で、こんなしっとりしてんだ!? 水がなくても食える!」

「あはは、私が作ったんじゃないから、どうやったらできるのかは分かんない。でも美味しいよね! 最高!」

 カップケーキの味に一瞬で魅了され、目を輝かせてはしゃぐトリアとゼクスに、私も笑顔で答える。
 はあ、でもホントに美味しい。美味し過ぎて、あっという間に食べ終わっちゃったよ。トリアとゼクスも、ペロッと1個食べ切っちゃったみたいだ。さもありなん。

 ってか、ひとまず怪我は治ったけど、こりゃ1個じゃ満足できそうにないわ。
 こうなったら追加であと3個くらい出そう。そうしよう。

『――ほう。そこなわらし共よ、なにやら珍しいものを食うておるな。ザルツ村から来たのかえ?』

「……へ?」

 ウキウキしながらもう一度バスケットの中に手を突っ込み、再び同じカップケーキを出した瞬間。どこからともなく偉そうな女の子の声が聞こえてきて、思わず一瞬固まった。

 ちょ、なんだなんだ? 誰の声だよ今の? つーか、どっから聞こえた?
 洞穴の中に声が反響してて、声の出所がよく分からない。
 トリアもゼクスも、謎の声に驚いて周りをキョロキョロ見回している。

『どこを見ておる。妾はここじゃ、ここ! ……全く、これだから人間は世話が焼けるというのじゃ』

 やがて、呆れたような声とため息が零れたかと思うと、あちこちに反響していた声が突如正面に収束した。
 反射的に正面へ向き直ると、そこにいたのは真っ白な……子猫?
 いや、なんか違うな。あれ……あの尻尾と耳の感じ……もしかして猫じゃなくてキツネか?

「あっ、子猫だ! 可愛い~っ!」

「でも、なんでこんな所に猫がいるんだよ?」

『誰が猫じゃ! たわけめっ!』

 白い子猫改め白い子ギツネが、トリアとゼクスを上から目線で叱り付けてきた。
 でも、甲高くて子供っぽい声のせいで迫力なんて微塵もないし、全然怖くない。

『妾はこのザルツ山に住まう大精霊! 森林と大地に生きる、全ての生命の護り手であるぞ! 分かったならば可及的速やかにひれ伏せ! 敬ってへつらえ!
 そんでもって、今お主らが食うていたモノを妾に全て献上するのじゃ! 誤魔化そうとしても無駄じゃぞ! 妾は人の子よりも遥かに鼻が利くのじゃからな!』

 そして、めっちゃ偉そうな物言いでおやつをたかろうとしてくるし。
 っていうか――コイツが森神様なのかよ!
 人知を超えた存在が、年端もいかない子供の食いモン横取ろうとすんな!

 あまりと言えばあまりな出来事に、私は自分でも気付かないうちに「うえぇ~~……」と呻いていた。

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