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第1章
10話 転生令嬢と決意の少年
しおりを挟むトーマスさん宅で、ライラさんの素朴ながらも美味しい晩ご飯を頂き、トーマスさんが綺麗に掃除して整えてくれた客間で、ぐっすり眠った翌日。私は、どこかで飼っているらしい鶏の鳴き声で目を覚ました。
私が寝ていたベッドの隣にあるベッドでは、リトスがスヤスヤ眠っている。よっぽど疲れていたらしい。
つか、これはただ単に私が、『暴食』の恩恵で疲れと縁遠いだけだな。
寝ぼけまなこを擦りつつベッドから起き上がり、カーテンを少しずらして外を見てみれば、まだまだ周囲は薄暗い。一応時間を確認すべく、昨日来ていた服のポケットから、しばらく前に『強欲』で顕現させた腕時計を引っ張り出す。
カーテンで遮光され、外より暗い室内ではあるが、腕時計の針に蛍光塗料が塗ってあるタイプなので、一応時間は確認できる。蛍光塗料特有のぼんやりとした光を帯びた針は、大体5時36分を指していた。6時前かよ……。
全く、こっちの世界でも雄鶏君は早起きでいらっしゃる。
村の世帯の半数以上が農家で、多くの村人が夜明けと共に起き出すらしい、ここザルツ村では、いい目覚まし代わりになるんだろうけど。
正直言うならまだまだ眠いが、厚意でお泊りさせて頂いた、よそのお家で二度寝を決め込む気には流石になれず、欠伸を噛み殺して客室を出る。
リトスの事は、敢えて起こさなかった。
なんせリトスはまだまだ幼い男の子。心と身体を休める時間は、できるだけたくさん取らせてあげたい。起こすのは陽が昇り始めてからで十分だ。
案の定既に起き出して、身支度を整え終えていたトーマスさんとライラさんに挨拶する。そこからライラさんの案内で洗い場に出て、顔を洗う事にする、が……。
んぐぅ、寒っ! めっちゃ寒っ!
流石は山の中腹。家の中の断熱がいかに効いているのか、大変よく分かる気温差だわ。
ああもう、秋の初めとは思えないこの寒さ! 流石にまだ霜は下りてないみたいだけど、吐いた息が白いし、井戸から汲んだ水は刺すような冷たさだ。これは、顔を洗うのに気合が要るぞ……。
それから、どうにか根性で顔を洗い終えた私は、また客室へ戻ってカーテンを開け、髪を梳かして着替えを済ます。その頃には、山向こうの木々の隙間から、眩しい朝日が差し込み始めていた。
ちなみに、髪を梳かすのに使ったこのクシですが、今しがたスキルで出しました。
昨日トーマスさんからスキルの話を聞いて、今後は幾らか自重しようか、なんて思ってたけど、やっぱ大して自重できそうにない。
だって便利なんだもん。
「……んん……。ふぁ……。あ、プリム……。おはよう……」
私がしょうもない事を思っていると、寝ていたリトスがもぞもぞと動き、ベッドから上半身を起き上がらせた。
「あ、おはようリトス。よく眠れた?」
「うん。眠れた……」
しかし、目を覚まして身体を起こしたリトスは、ベッドの縁に腰かけたままうつむき、動かなくなる。
「? リトス? どうかした? なんか、難しい顔してるけど……」
「……なんでもない。ただ、城で意地悪された時の夢、ちょっと見ちゃっただけ」
「……そうなんだ。あのさ、そういうのは、できるだけ早く忘れた方がいいよ」
「……。ううん。忘れない。ちゃんと覚えておく。忘れちゃいけないと思うんだ」
「え、でも――」
「あのねプリム。僕、これから頑張るよ。頑張って強くなる。今はまだ無理だけど、これからうんと強くなって、プリムを守れるようになってみせるから。絶対に……!」
リトスはうつむいていた顔を上げ、私を真っ直ぐに見据えてそう言い切った。
そりゃそうだよね。リトスだって男の子なんだから、強くなりたいよね。
ずっとやられっぱなしのままだなんて嫌に決まってる。心を折られたままでいるなんて、我慢ならないに決まってる。
だって私は知っているから。
確かにリトスは気弱で大人しい子だけど、決して弱虫な訳じゃないって事を。
だったら、私の取るべき行動はひとつだけ。
年上の友人として、付かず離れずの距離感を保ちつつ、リトスを信じて見守る事。
何でもかんでも手出しや口出しをして、助け起こしてばかりでいないように。
それでいて、あまりに突き放し過ぎて折角芽生えた克己心を折らないように。
これはある意味、私も責任重大だ。
「……そっか。分かった、応援してる。頑張って。でも、無理はしちゃダメだからね。なにか悩む事や、困った事があったらすぐ私に話するのよ。報連相は大事なんだから」
「ほ、ホウレンソウ??」
「報連相っていうのは、報告、連絡、相談の事。人と関わって生きる為に必要で、物凄く大切な三本柱よ。絶対忘れないでね!」
「う、うん! 報告と、連絡と、相談だね! 分かった! これからも、ちゃんとプリムに色んな事を話すから!」
私の言葉に、リトスは真剣な面持ちでうなづいた。
かくして、自分の殻を破るべく最初の一歩を踏み出した小さな友人を、私もまた覚悟を以て、陰に日向に見守っていこうと決意したのである。
◆
その後、私は身支度を整えたリトスとダイニングへ行き、トーマスさん、ライラさんのお2人と共に、ライラさんお手製の朝ご飯を頂いた。
メニューは、ハムエッグとベーコン入りの野菜スープ、ちょっと歯応えのある、中くらいの大きさのパン1個という、軽めのラインナップ。
でもこのパンがまた美味しかった。硬いんだけど小麦の甘みと香りがしっかり残ってて、ハムエッグともよく合うし、ベーコンの滋味が効いた野菜スープとも相性抜群なんだ。
ライラさんは、「元々、貴族のお嬢様や王子様だった子には、質素過ぎて美味しくないかも知れないけど」なんて言ってたが、全然そんな事はない。むしろ、今まで屋敷で食べてたご飯よりダンチで美味しい。
なんせあそこにいたのは、継母に毒されたクソッタレな使用人ばっかだったんで。まかないの残りモンみたいな、ショッボイ飯しか出してもらえなかったんですよ。
お陰で私、人がいない時を見計らってキッチンに忍び込んで、食い足りない分つまみ食いとかしてたからね。曲がりなりにも公爵令嬢だってのに。
この幼女虐待犯の○○○○野郎共、いつか絶対シメてやる、なんて思ったのも、一度や二度の事ではない。
まあ、それも今ではただの嫌な思い出ですが。
何はともあれ、朝食を終えた私とリトスは、一宿一飯の恩を少しでも返そうと、室内の掃き掃除と拭き掃除を買って出た。
ライラさんもトーマスさんも最初は、こっちが好きで泊めて、好きで食事を振る舞っただけなのだから、と言って難色を示したが、そこで私が、「私達はもう、公爵令嬢でもなければ第2王子でもないのだし、誰かに何かをしてもらって当たり前、という考えは、綺麗さっぱりここで捨てなければいけない。
受けた恩はきちんと返していくようにしないと、これから先真っ当に生きて行けなくなる」という、ちょっと小賢しい主張を展開した所、それを快く受け入れてくれた。
そういう訳で、今はライラさんからやり方を教わって、拭き掃除前の掃き掃除に取りかかっている所です。
実は私、料理の方はからっきしで全く好きじゃないんだけど、掃除は結構好きなんだよね。
リトスと場所の分担を決め、鼻歌交じりで玄関がある部屋をさっさか掃いていると、いきなり「じーさん邪魔するぜ!」とか言う声を共に、玄関のドアが思い切り開け放たれる。
「――は!? な、なに!?」
私が驚いてドアの方に向き直ると、玄関先に、私と同い年くらいの男の子が、1人で立っていた。
黄金色の髪と深緑色の目をしたかなりの美少年だが、纏った雰囲気が全力で悪ガキ……というか、クソガキ丸出しなせいか、大して魅力を感じない。
うん、言っちゃ悪いが、まさしく絵に描いたような『ザ・クソガキ』だわ。この子。
「オイ、お前か! 昨日うちの親父、が……」
おまけに初対面の相手を思い切り指差すという、これまたクソガキチックな振る舞いをしてくれたが、なぜかすぐにその場で硬直し、発した言葉もあっという間に尻すぼみになって消えた。
あのさ、なんでそこでいきなり黙るのかな。
昨日君の親父さんがどうしたんだ。気になる所で言葉を切るなよ。
つか、顔が真っ赤だし身体もなんか震えてんよ?
熱でもあるんじゃないのか。お家に帰って寝た方がいいんじゃね?
そう思って、こちらから声をかけようと口を開いた刹那。
「あの――」
「うっ、うううるせーー! ききっ、きょっ、きょ、今日の所は、これくらいで勘弁してやらぁっ!」
顔のいいクソガキ君はなぜか途端に激しく狼狽し、私の言葉を一切聞く事なく、訳の分からん捨て台詞を吐いて逃げ去って行った。
後に残された私は、掃き掃除も忘れてただただ呆然と立ち尽くすばかり。
……ホントなんだったんだ、あれ。
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