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第1章

2話 転生令嬢の養育環境 2

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 小さな胸のその奥に、将来の家出計画を思い描きながら日々を過ごす事、約1年。
 もうじき10歳になろうか、という頃に、私はいきなり5歳年上の、顔も分からん第一王子の婚約者にさせられた。
 ……と言っても、私は正式な婚約者が見付かるまでの、単なる繋ぎ。だからぶっちゃけ顔合わせもしてないし、交流なんかも全然ない。

 レカニス王国では立太子するに当たって、該当する地位にある王子は16歳になるまでに婚約していなければならない、という決め事がある。しかしながら、実は件の第一王子、もうすぐ16歳になるのに、まだ婚約者がいらっしゃらない。
 だから、やむを得ず私が中継ぎ役に選ばれたって事らしい。

 我が国では、王族や上位貴族の家の子女は、大体みんな平均して12、3歳頃までには婚約者を決めるのが普通だというのに、第一王位継承者が未だにフリーというのは、まさに前代未聞の事態。
 しかし、どうしてなのかはすぐに分かった。
 ちょっと小耳に挟んだ所によると、どうやらこの第一王子、かなりの事故物件らしいのだ。

 周りの人達はみんな、表向きにはだんまり決め込んでるが、「人の口に戸は立てられぬ」とはよく言ったもの。
 取り立てて顔も合わせなければ茶も飲まん、交流らしい交流が一切ない無味乾燥な間柄であっても、ただ婚約者としての体裁を整える為、ちょいちょい王城に足を運ぶようになれば、あっちこっちから色んな噂が漏れ聞こえてくる。

 婚約するに当たって教えられた話と、主に、お付きの侍女さん達の立ち話などを参考にまとめた情報によると、第一王子のフルネームは、シュレイン・ロア・レカニエス。秋の初め生まれの15歳。あともう少ししたら16歳になる。
 輝くような黄金色の髪とサファイアブルーの目を持つ超イケメンで、学業の成績も抜群だけど、性格は傲慢で加虐趣味のある、根性曲がりの俺様野郎だとの事。

 王子付きになった侍女や使用人の多くは、シュレイン王子のイビりに耐えられず、早ければ2、3カ月、遅くとも半年後にはストレスで身体を壊して辞めてしまうって事らしいんで、その人達は本当お気の毒だ。
 しかも、噂によるとこのシュレイン王子、12歳の頃にこの国の筆頭公爵家にして、王家の親戚でもあるお家の、同年代のご令嬢と婚約したらしいのだが、その婚約者のご令嬢の事をイビっていじめ、しまいには自殺に追い込んでしまった、というのだからとんでもない。

 無論、王家も当の公爵家もその事を否定しているが、当時、自殺なさったお嬢様のご友人で、同じ公爵家のお嬢様が、友人の書いた遺書を見付けた、と声を上げて以降、王命で箝口令を敷いても噂は消えず、今なお水面下で、その時の話がまことしやかに語られ続けている。
 多分、当事者の王子の性格がマジでクソなもんだから、王子の美点で噂を掻き消そうとしても、上手くいかなかったんだろうな。

 そして、筆頭公爵家のお嬢様の自殺、という話が、王都の貴族達の中を駆け巡る事、僅か1カ月。
 王家との婚姻が可能な上位貴族の、第一王子に歳の近いご令嬢達を持つ家はみんなこぞって、明日は我が身我が御家、と言わんばかりにとっとと婚約者を見繕い、王家が各家々に婚約の打診をしようとした時には、優良物件が全滅していたそうです。
 そりゃまあ、王家の親戚筋であり、この国で王家に次いで格式高い貴族家のお嬢様が、不当で理不尽な扱いを受けた末、世を儚んで自ら命を絶った、なんて話を聞かされては、他の上位貴族の家々も腰が引けるだろうよ。

 貴族のお嬢様というのは、みんな基本的に政略結婚の駒である。
 上位貴族ともなると、その傾向が一層顕著になる。
 娘への愛情があるか否か、という話を抜きにしても、どこの上位貴族の家でも生まれた娘は時間と手間と金をかけ、後生大事に育てるのが当たり前。そうしないと、家を発展させる為の駒として機能しづらくなるから。
 詰まる所、上位貴族のご令嬢というのは各家々にとって、ある種の財産に相当する存在なのだ。

 なお、ウチのクソ親父は、公爵令嬢の私をいつもほったらかして冷遇し、現時点での教育状況や段階の確認すらしようとしないが、多分その辺の事をよく分かってないアホなのだと思われる。
 だって私、この前聞いちゃったんだもん。
 城の廊下の隅っこで、侍女さん達が「ケントルム公爵様も、先代はとても聡明で立派なお方でしたのにね」…とか言ってるの。

 以前危惧していた通り、我が家は能無し船長に率いられた、いつ沈むか分からん泥船なんだという事を改めて認識されられて、ちょっとヘコんだのはここだけの話。
 ていうか、これはもう本気でヤバい。行儀見習いの名目でお城に勤めてる、下位貴族家のお嬢さん方に陰口叩かれて笑われてる公爵の行く末なんて、今からでも容易に想像がつく。
 いずれ時が来たら、可及的速やかに家出せねば身の破滅だ。頑張らないと。


 それはともかく、跡取り息子に『婚約者をいじめ殺した』なんて噂が立った挙句、その噂を全く払拭できない家に娘を嫁がせた所で、縁故の結びやそれによる利権の発生なんざ期待できん。
 自殺したお嬢様の生家である筆頭公爵家も、立った噂のせいでここ数年ずっと景気が悪くて、家の権勢も落ち目に入りかけてるって話らしいし、万が一にも筆頭公爵家の二の舞を踏むような事にでもなれば、最悪家が凋落しかねない。
 上位貴族のご当主様達がそう考え、早急に娘の縁談を調えたのも当然の話だろう。

 でもって、ここでようやく話は冒頭へ戻る。
 国内の有力貴族達から揃ってそっぽを向かれるという、王家としてなかなか情けない事態に陥って、ようやく我が子の市場価値の低さに気付いた国王夫妻――こっちも大概能無しだ――は、慌ててウチのクソ親父に声をかけて金を握らせ、その娘である私を一時的に婚約者の地位に就けた、という訳だ。

 早い話、一番重要な立太子の儀は仮の婚約者で凌ぎ切り、後は歳の近いお姫様がいる他国の王家に、「ウチの息子と婚約して下さい」と、片っ端から声をかける腹積もりらしい。
 まあ、やむを得ない事ではある。
 国内での婚約者探しが難しいとなれば、やはりよその国から生贄……もとい、婚約者を見繕うしかないだろう。

 シュレイン王子の婚約者として王太子妃教育を受けてます、という、周囲へのポーズを維持する為だけに週5ペースで城へ呼び付けられた上、その後は何をするでもなく城の庭に放り出され、何時間も放置プレイ喰らってる私の為にも、とっとと新しい婚約者を見付けて、今の仮婚約を解消して頂きたいものである。

 なお、登城するようになってしばらくしてから一度だけ、婚約者(仮)であるシュレイン王子と顔を合わせる機会があったのだが、そん時にあの野郎が言い放ったのが、「誰だ貴様は」という一言だった。
 しかも、汚い物を見るように顔をしかめながら。

 その辺の便所スリッパ使って往復ビンタしてやりたい衝動を必死に堪え、公爵家の娘として自己紹介と挨拶をしたが、やはり返って来たのは「小娘が。騒ぎを起こすなよ」という一言のみ。
 そして、挨拶どころか、自ら名乗る事さえしやがらねえまま、シュレイン王子はその場をさっさと離れて行った。

 シバき倒して床舐めさせたろかい! こんクソガキャア!
 あまりの腹立たしさに、危うくそう叫ぶ所だった。

 あーもー! ホンットに最悪! 二度とツラ見せんな! はよ他所の国の婚約者見付けて私を解放しろ!
 私はこんな所になんざ用はないし、来たいとも思ってねえんだよ!
 つか今すぐ帰りたいわ! ガッデム!

 最初の半月くらいは、本気でそう思っていた。
 毎度の如く放り出された城の庭、その片隅でうずくまって泣いている、小さな男の子に出会うまでは。

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