52 / 55
第4章
閑話・食えない王子と南の国の内情
しおりを挟むカサドール公爵家と創世聖教会から、それぞれ送られてきた抗議の手紙を目にしたエクシア王国の第2王子、ティグリス・エクシオンは、深い嘆息を零したのち、酷く皺の寄った眉間を人差し指と親指で揉み解した。
頭が痛い。
昔から不出来な弟ではあったが、まさか留学先の学園で、編入初日に問題を起こすとは想定外だった。しかも、カサドール公爵家相手のみならず、聖女にまで酷い楯突き方をしたらしい。尚更想定外だ。
「……ティグリス殿下。いかが致しましょうか」
しまいには、幾分血色の悪くなった顔で手紙を持って来た宰相に、上記のような有り得ない質問をされ、ますます頭が痛くなる。
通常、問題を起こした王族や臣下に対して沙汰を下すのは王の仕事。もしくは、有事の際に王の名代を務める権限を持つ、王太子の役割であろう。
にも関わらず、それをなぜ第2王子である自分に問うのか。
ティグリスが再び嘆息を零すのも、無理からぬ事だと言えた。
「それを私に訊くか。そもそも父上はどうお考えなのだ?」
「申し訳ございません……。陛下はこの2通の手紙に目を通して以降、体調を崩し、自室で臥せっておられます……」
「……。では兄上は。トリキアス王太子殿下はなんと仰せだ」
「……トリキアス殿下は……その、「幾ら血を分けた弟とはいえ、とうに成人している大の男の失態を庇い立てするつもりも謝罪をするつもりもない、むしろ、あの阿呆の為に頭を下げるのは業腹だ、いっそ首を斬って差し出してしまえ」、と……」
「…………」
「あの、ティグリス殿下。トリキアス殿下のご発言ですが、そのような事は……」
「案ずるな、分かっている。王家において末端にも等しい立ち位置にあるとはいえ、リーディクルスは我が国の王子。そのような真似、軽々にできるものではない。
王太子という立場にありながら、短絡的な王族の処刑は王の血を軽んじるに等しい行為だと、なぜお分かりにならないのだ、兄上は……!」
頭を掻き毟りたくなる衝動を堪えながら、唸るようにうそぶくティグリス。
国主として国を取り仕切る父王は、決して王として無能な訳ではないのだが、身内に甘い顔をしがちだった。
特に、政略的に押し付けられたのではない第3王妃と第4王妃、その二方との間に儲けた姫と王子には大変甘く、そのさまたるや周囲の者に、砂糖菓子の上に蜜をかけたかのよう、と揶揄されるほどだ。
己が行いのせいで、第3、第4王妃とその子供達が周囲から疎まれ、隅に追いやられているとは、露ほども思わぬまま。
そんな父のさまを長年見ていたせいか、跡継ぎとして立太子を受けた第1王子は、父王とは真逆の性格に育った。
身内や臣下に対する情が極めて薄い上、良くも悪くも常に即断即決を信条としている為、罪や失態を犯した者をろくな調べもないまま切り捨ててしまいがちだ。
当然、その行いは冤罪の温床にもなる。今日この日まで、罪のない者が一体何人物理的に首を切られかけたか分からない。
そして、哀しい事にその2人の下の立場にあるティグリスは、毎度毎度なにか事が起こるたび、王と王太子の尻拭いに奔走する羽目になる。
これがまた、大変なストレスだった。
一体何度、いつ何時も王として振る舞い切れない父王と傲慢な兄王子を捨て、国を出てやろうと思案した事か。
(正直、もはや父上と兄上の事はどうでもよくなってきたが……かと言って国と民を捨て、自分1人逃げる訳にはいかないからな)
ティグリスは肩を落とし、みたび嘆息を零した。
「やむを得ない、か。――ひとまず、カサドール公爵家には先んじて手紙を出したのち、形式に則った謝罪を。場合によっては、こちらからノイヤール王国へ出向く事も視野に入れるが、そこは様子見だな」
「かしこまりました。聖女様に対する謝罪はどう致しましょうか?」
「そうだな……。彼女に関しては、身分が平民であるという事しか情報がない。
最も効果的な形で謝罪をし、少しでも心証を良くする為にも、ある程度の人物像や趣味嗜好などは押さえておきたい所だ。聖女に関する資料などはあるか?」
「はい。殿下ならばそう仰られるかと思いまして、こちらにまとめてございます」
宰相が脇に抱え持っていた書類をティグリスに差し出す。
しかし、手渡された資料に付けてある、リーディクルスが無礼を働いたという聖女の写真を目にした途端、ティグリスはピタリと動きを止めた。そのまま、食い入るように写真を見つめ続ける。
「あ、あの、ティグリス殿下? いかがされましたか?」
「……美しい」
「はっ?」
「白雪のような肌、ヴァローナの濡れ羽を思わせる艶やかな髪、涼やかに澄んだ瞳は、極上のネロペルラの如く……」
「で、殿下……。もしや……」
「そしてなにより、この知性に溢れた面立ち……。下手な貴族令嬢より、よほど話が弾みそうではないか。是非、直接お会いして話をしてみたい……!」
写真を見つめながら、ブツブツと呟くティグリスの姿を目の当たりにした宰相は、嫌な予感に顔を引きつらせた。
ちなみに、ヴァローナとはカラスに酷似した鳥の名であり、ネロペルラはこちらの世界での黒真珠の呼び名だ。
聖女の禁色を持つヴァローナとネロペルラは、双方共に狩猟と採取、所持を固く禁じられており、仮に採取した貝から偶然ネロペルラが出た場合は、女神へ祈りを捧げたのち、ネロペルラを海へ投げ入れ、自然に返さねばならない、という取り決めがある。
「宰相、ディエタ妃へ先触れを出せ。ノイヤール王国へは、私が直接謝罪に行くとお伝えする」
「なっ……! 殿下! なりません!」
「それと、父上にも釘を刺しておけ。今回の事は、流石の父上でもご立腹だろうし渋りはしないと思うが、万一の時は「ディエタ妃お1人の為に、諸侯からの評価をこれ以上下げる訳には参りません、夫や父としてではなく国主としてお早いご決断を」と強めに申し上げろ。
もしかしたらディエタ妃の父君の方が、行動が早いやも知れないが」
「は、はい。かしこまりました。ですが、ティグリス殿下が直接ノイヤール王国へ足を運ばれるというのは」
「ああ、それから年嵩の侍女を……そうだな、ジョヴァンナを呼べ。
王室御用達の菓子店へ行き、女性が好みそうな菓子の詰め合わせを購入して来るよう申し付けろ。量は少なめにな」
「殿下っ!」
「そう騒ぐな。――私は毎度なにか事が起こるたび、父上と兄上の尻拭いに駆り出され、苦心してきた。
宰相、お前がどうにかしてくれと泣き付いてくるたびに、だ。違うか」
「うっ……!」
じろり、とティグリスに睨まれ、宰相が呻く。
宰相は元々、侯爵家の3男だった。
代々優れた文官を輩出している名家で、無論宰相も、普段はその名に恥じぬ働きをする。
机仕事を大層よくこなし、目下の者の扱いや取り成しも上手い。
だが、いざ蓋を開けて内面を見た途端、気弱で目上に逆らえないという欠点が顔を出す。
詰まる所、この男もまたティグリスの父や兄と同じく、周りの支えを得る事で初めて、宰相という重責ある職務を果たしているのだと言えた。
だからこそティグリスは、容赦なくそこをつつくのだ。
初めて我を通す為。
そして、普段の意趣返しの為に。
「父上の甘い判断と、兄上の考えなしの断罪劇をフォローしてきたのも私だ。お前が毎度、父上と兄上の要求を突っ撥ねられずに呑んでしまうから。そうだろう?」
「は……はい……」
「ならばたまには、私の要求にも応えてもらわねばな? まあ……今後、私に今回のような仕事を一切持って来ないとこの場で誓うなら、今は引き下がってもいいが……。どうする?」
「……。ディエタ妃殿下に、先触れを出すよう侍女へ命じて参ります……」
「うむ。よしなに頼むぞ、宰相」
やや太めの眉を情けなく下げ、渋々うなづく宰相に、ティグリスは満面の笑みで答えた。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです
卯崎瑛珠
ファンタジー
【後半からダークファンタジー要素が増します(残酷な表現も有り)のでご注意ください】現代日本から剣と魔法の異世界に転生した、公爵令嬢のレオナ。
四歳で元地味喪女平凡OLであった前世の記憶を思い出した彼女は、絶大な魔力で世界を恐怖に陥れた『薔薇魔女』と同じ、この世界唯一の深紅の瞳を持っていた。
14歳で王立学院に入学し、普通に恋愛がしたい!と奮闘するも、他国の陰謀、皇帝や王子からの求婚、神々をも巻き込んだバトル、世界滅亡の危機など、とてもじゃないけど恋愛なんてできっこない!な状況で……果たしてレオナは『普通の恋』ができるのか!?
仲間たちとの絆を作りながら数々の困難を乗り越えていく、『薔薇魔女』の歴史を塗り替えた彼女の生きる道。どうぞ一緒に応援してください!
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
【第3回 一二三書房WEB小説大賞1次選考通過】
初執筆&初投稿作品です。
★総集編は160話の後の書き下ろしです
ブクマ、感想頂きありがとうございます!執筆の糧です。大変嬉しいです!
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載中。
HOTランキング3位ありがとうございましたm(_ _)m
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる