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第4章

3話 地獄のお茶会~開幕編

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 暖かな晩春の空気、綺麗に晴れ渡った空。
 そよ風にさざめく木々の音と小鳥の囀り。
 そして――
「今日はとてもよい陽気ですね。あなたが供して下さった、このかぐわしい紅茶に相応しい爽やかさだ」
 対面で優雅に微笑みながら、テンプレな感想を述べてくる貴公子と、その隣で微妙に青い顔して黙り込んでいる、件の的外れ王子。
「ありがとうございます。お気に召して頂けて光栄です」
 私もテンプレ丸出しな言葉を返して会釈し、隣にいる仏頂面のエドガーと貼り付けたような笑顔を浮かべたシアが、私に倣うように会釈する。
 まあ、そこまではいい。
 会話に社交辞令が混じるのもテンプレ丸出しなのもお互い様だ。
 想定外なのは、あちらさんがやたらと話しかけてくるって事なのです。

「聖女様、こちらはどこでお買い求めになられた紅茶なのですか?」
「申し訳ないですが、分かりません」
「? 分からないとは?」
「私は通常、街での買い物などには積極的に関与しないのです。特に、こういった嗜好品に関しては、ほぼ神殿女官に任せております」
「そうでしたか。さぞよい茶葉を使っておいでなのでしょう」
「いいえ。この紅茶は神殿女官に頼んで購入してもらった、ありふれた値段の紅茶です。私は、度を越した贅沢は好みませんので」
「成程。ではこの紅茶が非常に美味しいのは、淹れ方がお上手だからなのですね」
「……ええ、そうですね。茶の用意をしてくれた神殿女官に、後で礼を述べておきましょう」
「失礼ながら、聖女様は手ずから茶を淹れるなどはなさらないので?」
「自分で飲む分には、自分で入れます。ただ、お客様にお出しするものは、専属の神殿女官か厨房勤めの料理人にお願いしますが」
「そうでしたか。突如こちらへ来訪した、無礼な我々をこうして客人として遇して頂き、誠にありがとうございます。
 あなたはとてもお優しい方ですね。心根の美しさが見えるかのようだ」
「ありがとうございます。しかし、そのお言葉はいささか過分なものかと」
「いいえ、そのような事はありません。あなたは身も心もお美しい方ですよ」
 あーはいはいはい。そうですか。
 そらどうも。お褒め頂きありざっす。

 目の前の王子様は何を思ってか、茶会の席に着いてからずっとこんな調子だった。
 矢継ぎ早、というほどではないが、結構な頻度で私に話しかけてくる。
 色んな意味で疲れるし、やめてくんねーかな、もう。
 私は別にコミュ障でもなければ陰キャって訳でもないが、親しくする相手は結構選ぶタイプだ。
 どっかの歌の揚げ足取りじゃないけれど、友達は100人も要りません。
 信頼できる人や、気の合う人が数人いればそれでいいです。
 ああ、前世の職場でも営業とは無縁だったし、赤の他人と世間話すんのしんどい。
 つーか、結構地獄。もう用は済んでんでしょ。とっとと帰って下さいよ。

 一体なにがどうしてこうなった?
 私は内心で誰にともなく問いかける。
 当然、どこからも答えは返ってこなかった。

◆◆◆

 話は今から3日前に遡る。
 それは、的外れ王子のやらかしに巻き込まれ、友人達共々不愉快な思いをしてから10日ほど経った日の事。
 学園から帰り、自室へ入ろうとした所で、神殿女官が手紙を持ってやってきた。
「聖女様、お手紙が届いております」
「私にですか? 一体どなたから……」
 差し出された手紙の封筒には、エクシア王国の刻印が捺されている上、見た事も聞いた事もない他人様の名前が記されていて、知らず眉根が寄る。
 エクシア王国側から、しかも王国印付きで直で手紙を送って来られるとなると、あの的外れ王子絡みだろうか。
 普通に考えれば、的外れ王子のやらかしに対する謝罪文、というのが順当だと思うが、なんか、なんとなく嫌な予感がする。

「……。このエクシア王国からの手紙、どこからどういったお話で送られてきた物か、分かりますか?」
「あ、いえ……。こちらは、エクシア王国の大使館から送られてきたお手紙だと聞いておりますが、詳しいお話までは……」
「大使館……。分かりました。全く心当たりがない訳ではないので、取り敢えず部屋で読んでみる事にします。手紙を届けて頂き、ありごとうございました」
「勿体ないお言葉です。では、失礼致します」
 丁寧に頭を下げてくれる神殿女官に会釈を返し、室内に入ってカバンを机の上に置く。それから引き出しを開け、ペーパーナイフを取り出した。
 こういう厄介事の匂いが漂う手紙は、とっとと読んでとっとと片付けるに限るし。
 今日の晩ご飯何かな、なんて思いながら椅子に座り、手紙を広げて中身に目を通すと、それは案の定、あの的外れ王子の母親――身分は第4王妃だった――からの手紙で、とんでもねえ事が書かれていた。
 時候の挨拶とご機嫌伺いから始まり、格調高い言い回しを多用したその手紙の内容を要約すると、こうなる。


 この間は、息子が大変失礼しました。
 形式的な謝罪では済まされない事だと認識しております。
 ですので、第2王子を直接謝罪に行かせる事にしました。
 この手紙が届いた3日後くらいには、到着するでしょう。
 お気遣いは全く不要ですので、話を聞いてやって下さい。
 よろしくどうぞ。


 読み終えた直後、危うく手紙を握り潰しそうになりました。

 何がどうなりゃ、第6王子かくしたのやらかしを第2王子かくうえが詫びに来るなんて、意味不明な構図が出来上がるんだよ! こんアホンダラが!!
 第2王子に頭下げに来られるくらいなら、母親の第4王妃に来られた方がまだマシだわ! つかむしろテメーが来い! テメーのガキの不始末だろーが!

 大体、お気遣いなくとか言われて、はいそうですか、なんて言える訳ねえだろ!
 相手第2王子だぞ! 第2王子! 国賓じゃねえか!
 適当な扱いして許される相手じゃねえわ!
 その国賓を、聖女の肩書持ってるだけの平民にもてなせってか!
 無茶振りが過ぎるなんてもんじゃねえだろコレ! ふざけんな! 

 あと、なんで第2王子側もこんなアホな話を了承してんですか!?
 ああもう! どいつもこいつもホントなんなの!? バカなの!? 死ぬの!?

 心の中で盛大にシャウトしたのち、気を落ち着かせる為に何度か深呼吸する。
 ……。とりま、ディア様にこの事を説明して、一刻も早く王宮に連絡すべきだな。
 私はため息をつきつつ、椅子から立ち上がった。



 手紙を受け取った翌日の昼。
 礼拝を表向きの理由にし、急ぎ大聖堂へやって来て下さった女王様に詳しい事情をお話しした所、女王様は静かに、それでいて思い切りキレた。
 女王様曰く、通常、国賓となる王侯貴族を迎えるに当たって、その準備やら何やらを終えるには、約1カ月ほどの日数がかかるらしい。
 移動スケジュールなどを含めた下準備のみならず、国賓の安全を確保する為、兵の配置などをいちから見直し、国賓の滞在場所や移動ルート、各所での滞在時間などを加味した護衛・警備の計画を立てねばならないからだ。

 つまり、どこの国であろうと、要人が他国へ移動する際には前もって移動先の国へ先触れ……つまり、『○○頃にそちらへ伺いたいのですが、都合は付きますでしょうか』的な連絡を入れ、相手側からの返答を待ったのち、相手側と予定を擦り合わせてから出立する、というのが常識であり、当然のマナーと言われているのだとか。

 なのに今回あちらさんは、訪問先がある国の国主にも、訪問先である大聖堂にも正式な先触れを出さず、アポなし突撃かまそうとしている訳で。
 詰まる所奴らは、国家として盛大なマナー違反をしやがったって事です。
 女王様がキレるのも当たり前の話なのだ。

 短い話し合いの結果、女王様は今回のエクシア王国第2王子の訪問に関して、ノイヤール王国及びノイヤーエンデ王家は、エクシア王室からの要請がない限り一切兵を動かさない。国賓としてのもてなしもしない。かの方々は、国賓として遇するには問題があり過ぎるので、と、笑顔で言い切った。
 でもって私達創世聖教会側にも、「来客の身の安全に関する責任は一切問わないし、扱いも適当でいい。適当に話を聞き、適当に茶でも飲ませ、適当に帰してよし。何かあってもそれは全部エクシア王国側の責任だ」と、断言して下さいましたよ。

 一見して投げやりな判断にも思えるが、来訪までの猶予期間が3日しかないんじゃ、こっちとしてもなんの準備もできないから、現実問題として、そうせざるを得ない部分も多いんだろうよ。
そもそもエクシア王国は、元をただせば敵対関係にあったと言っても過言じゃない国だし、貿易でエクシア王国から入って来なくなって困る品なんて、ハナッからないとの事。
 あっちから来た客の身に何か起きて関係が悪化し、貿易の話が消えてなくなった所で、大した痛手じゃないそうな。

 女王様は、もしそれを理由に喧嘩を売って来るなら言い値で買いましょう、あちらの船団など、聖女様のお手を煩わせるまでもなく、上級魔法騎士団だけで片が付きます、と仰せだ。
 ああ。ぶっちゃけ不快なんですね。エクシア王国の王族が。
 分かります。
 だって私に送り付けられてきたあの手紙も、基本丁寧ではあるけど、上から目線っぽい表現が所々に散見されましたから。


 という訳で、今後の方針は定まった。
 3日後にこちらへ到着予定の、エクシア王国第2王子殿下ご一行の歓待行事はなし。王都から20キロ先にある、彼らが船を着ける予定の港湾都市イストークにも、王家は迎えを出さない。
 ま、当然っちゃ当然だな。
 『ノイヤール王国』の方には何の知らせもないんだし、わざわざ歓迎して世話を焼いてやる義理も必要もなかろう。

 ただ、私にはこっちに来る事を知らせているので、イストークにある創世聖教会の地方神殿に連絡を入れ、形ばかりの出迎えをしてもらうつもりだ。
 だが、大神殿でも大聖堂でも歓待はしない。
 私が個人的に茶を出すだけで、文字通り茶を濁して終わらせる予定です。
 女王様にもディア様にも絶対会わせねーからな。

 もしそれでゴネたり文句を言うようなら、今回の訪問の問題点を根こそぎ突き付け、強制的にご帰宅願うだけの事。
 まあ正直、本音を言えばそれすら面倒臭いんだけど、詫びを入れに来た人間を完璧シカトすんのは流石にマズいからね。
 あーあ。別にもうお詫びなんて要らないから、こっち来るの取りやめて欲しいもんだよ。

◆◆◆

 時間はあっという間に過ぎ――第2王子来訪の予定日。
 あー、嫌だなー、向こうでアクシデントでも起きて、とんぼ帰りしてくんねーかな、という私の願いも虚しく、第2王子のご一行は、予定通り大聖堂へご到着あそばされた。
 ちなみに私の今日の服装は、以前王宮に王立裁判で参内した際に着た、ほぼ黒で統一されてる軍服もどきな正装だ。
 ついでに、正式に使徒となったエドガーにも、私の正装と似たような恰好をしてもらった。
 いや、こいつの場合は私の護衛を兼ねてるから帯剣してるし、その辺加味するとモロ軍服みたいな感じになっている。色は黒じゃなくて濃紺だけど、ツラのよさも相まって嫌味なくらいに大変よく似合っていた。
 もし、現代日本のお嬢さん方が今のコイツの姿を見たなら、大多数の子が揃いも揃って黄色い声を上げ、スマホでアホほど写真を撮りまくるに違いない。

 数名の護衛と、あんまり顔色がよくない的外れ王子を伴って大聖堂へやって来た第2王子は、背後に4人の護衛官を控えさせた恰好で迎えに出てきた、私とシア、エドガーの姿を見て、穏やかに微笑んだ。
「お初にお目にかかります。私はエクシア王国の第2王子、ティグリスと申します。
 この度は我が国の第6王子リーディクルスと、その母である第4王妃ディエタが、聖女アルエット様、ならびに創世聖教会、そしてノイヤール王国に対し大変なご無礼を働きました事、心よりお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした」
 笑みを浮かべた表情を一転して引き締め、深々と頭を下げてくる第2王子ティグリスは、弟のなんとかクルスとよく似た、ダークブラウンの髪と浅黒い肌を持つイケメンだった。
 ただ、目の色はエメラルドグリーンで、纏う雰囲気も弟より幾分柔らかい。

 ふーむ。弟が俺様キャラなら、兄貴の方は典型的な王子様キャラって感じか。
 ぶっちゃけて言うと、私は3次元のイケメンはほぼほぼ顔の区別付かないし興味もないから、ツラが似てようが似てなかろうが関係ないし、キャラ付けもどうだっていいんだけど。

 しかし、予想に反して随分と物腰穏やかな人物だな。
 護衛の人達も、こちらに対して敵意や悪意を持っている様子はない。
 これならとりま、謝罪を受け入れても無問題だろうし、それ相応の話もできそうだ。
 諸々取り繕ってる可能性も大いにあるけど、どうでもいい。
 なんせ私は、この国の政治とは全く関わりのない平民だ。
 どんだけ媚びを売ろうが言質を取ろうが、無意味です。
 私に女王様や貴族達への取り成しをする権限はないし、根回しもできません。

 ま、その辺の話はともかく。
 別に頼んじゃいないけど、こうしてわざわざここまで足運んでくれたんだから、予定通り茶の一杯でもお出しするとしよう。
 ここらで話を切り上げ、はいさようならって訳にもいかないのが、大人の世界のしんどい所だ。

「このような所で、いつまでもお客様を立たせたままでいるのは失礼ですね。生憎と私は王侯貴族ではありませんので、平民流のおもてなししかできませんが、それでよろしければどうぞこちらへお出で下さい」
「ありがとうございます。聖女様のご厚情に心からの感謝を。――心ばかりですが、手土産を持参しております。どうぞお納め下さい」
 ティグリス王子が目で合図すると、護衛の1人が綺麗にラッピングされた紙の箱をこちらへ差し出してくる。
 それをエドガーが恭しい手付きで受け取り、会釈した。
 流石は元王子。こういう場での立ち居振る舞いは実に洗練されてますな。
 渡された箱を抱え持ったエドガーは、第2王子ご一行に向かって「こちらへどうぞ」と述べ、先頭に立って歩き出す。
 長い長い地獄の茶会は、こうして始まったのである。
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