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第4章

1話 氷結姫とムクドリの王子

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今回から、何の前置きもなく新章に突入します。
やっぱりバカが出てくるので、広いお心でご笑覧下さい。






 時期としては現在、新たな生徒が学園へ入学し、残る在校生が次学年へと進級して、ひと月ほどが経過した頃合い。
 魔法の知識と制御など、魔法関連の基礎学問を学びに来ただけなので、1年間の限定ではあるけれど、不肖アルエット、諸々の事情から単身、もっぺん学園に戻ってくる羽目になりました。

 そんなこんなで、着慣れた制服に身を包み、初めて顔を合わせた案内役・フローラ先生について行く形で、慣れ親しんだ学び舎を歩いていく。
 ちなみにフローラ先生は伯爵家のご令嬢で、ライトブラウンのストレートヘアと萌黄色の瞳をお持ちの、ほんわり系美女だ。

 つか、ホントにもう、ついこの間クラスメイトと一緒になって、涙目で卒業の喜びと一抹の寂しさを分かち合ったばっかだってのに、また学園に逆戻りとか、色んな意味で気まずいです。
 学園側にはきちんと、聖地巡礼の旅の末に女神と邂逅し、そこで新たな魔法の力を授かった為、魔法の制御法を学び直すべく編入させてもらう事になった、と説明してあるはずだけど、勘違いされたらどうしよう。
 貴族枠の生徒も割とそうだが、特に平民枠の生徒には口さがない奴が結構いるし、ある事ない事無責任に吹いて回るバカも多いから、出来が悪過ぎて学園に戻された、とか、そういう噂が普通に出回りそうな予感がするよ。
 
「――そうそう。聖女様、お話しするのを忘れていましたが、実は今日、聖女様以外にもお2人、学園に編入されてきた方がいるのですよ」
 私の前を歩いているフローラ先生が、思い出したように口を開いた。
「え、そうなんですか? もしかしてその人達も、私と同じ1学年で?」
「ああいえ。その方達のうちお1人は、北のセア・エクエス神聖帝国からお出でになった公爵令嬢で、2学年に。
 もうお1人は、南のエクシア王国からお出でになった第6王子殿下だそうです。こちらは3学年に編入されました。どちらも、長期留学を前提とした編入です。
 聖女様を含めますと、3つの学年全てに、1人ずつ編入生が入った事になりますね」
「南の……。50年ほど前から、小規模な貿易が始まっているという事は知っていますが、今は王家の方を留学生として招かれるほど、親しい交流があるんですか?」
「いえ……。お話自体は、数年前からあったそうですし、一時は五大公爵家との婚姻の話も出ていたようですが、あちら側も、我が国への不満を隠し切れていませんから、完全な確執の解消は、今の所……。
 今回の王子殿下の留学に関しても、直前までかなり保守派と揉めたようだと聞き及んでいます」
「そうですか。まあ、そうですよね……」
 こちらを軽く振り返り、苦笑するフローラ先生に私も苦笑を返す。


 ノイヤール王国は北の帝国とは仲が良く、貿易やら交換留学やらも盛んに行っているのだけど、南のエクシア王国とは約150年もの間、国交断絶状態にあったと、以前授業で教わった。
 なんでも、エクシア王国の王族は200年前、視察の名目で王都にやって来た聖女に多大な無礼を働いて逆鱗に触れ、国の中枢をボッコボコにされた挙句、ノイヤール王国に繋がる陸路を、物理的に塞がれたらしい。
 でもって、よせばいいのに逆ギレしてノイヤール王国へ海軍を差し向け、その結果、差し向けた海軍の艦隊全てを、聖女の魔法で轟沈されるという、手痛いしっぺ返しを喰らった。
 その後、エクシア王国は自国の行いを棚に上げ、ノイヤール王国との国交断絶ならびに、創世聖教会の関係者全ての国外追放を先んじて発表したが、この発表は当時の帝国にも、噴飯モノの愚行としか評価されなかったようだ。
 国交断絶を発表した直後、エクシア王国は帝国側から関税率を爆上げされた上、貿易の窓口も縮小されちゃったみたいだから。

 だが、それでもエクシア王国の王族は考えを改めようとせず、上記にある帝国の対応さえも、聖女が裏で手を回したせいだと決めつけ、聖女の事を『黒い魔女』、創世聖教会を『魔女のねぐら』と呼び、ノイヤール王国の事も『魔女の国』と蔑んで嫌悪していたのだが、今から約50年前、そうも言っていられない状況に陥る事となる。
 聖女を貶した事で女神に見放されたのか、ジワジワと土地が痩せ、作物が育たなくなってきたのだ。
 しまいには雨まで降りづらくなってきて、乾燥や環境の悪化に耐えられる、救荒作物しか作れない有り様になった。
 そうなるよう仕向けたのは、間違いなくセアだろう。
 結構エグい真似するよな。あの中間管理職。

 徐々に増えていく日照りの被害と、原因不明の土壌の悪化に困り果てたエクシア王国は、必死こいて帝国に助けを求めたが、「やなこった。助かりたきゃノイヤール王国と創世聖教会に筋通しな」的な事を言われ、けんもほろろに突き放されたらしい。
 さもありなん。
 帝国はノイヤール王国同様、女神を信仰し、聖女を信奉する国だ。
 表立っては何も言わずとも、聖女に無礼を働き、長らくその名を貶め続けたエクシア王国に、ずっと腹を立てていたのだろう。
 こうしてエクシア王国は、やむなくノイヤール王国と創世聖教会へ使者を立て、200年前の王族がやらかした所業と、国としての今までの態度を正式に謝罪。数度に亘る交渉の末、どうにか船を使った貿易を開始する所までこぎ着けて、今に至るのだとか。

 しかし、さっきフローラ先生も言ってたが、エクシア王国側は交易を担う人物の態度にも、飯を食う為にこちらへ嫌々頭を下げ、渋々こちらとお付き合いしてる感が透けて見えてるようだから、王族を留学に出した所で、民も早々こっちと仲良くしようなんて思えないだろう。
 ノイヤール人の方も、エクシア人の態度をよく思ってないだろうし。

◆◆◆

 幸い、新しく入った教室での私の評判は、決して悪い物ではなかった。
 編入の話が決まってから、学園の先生方は私が風評被害に晒されないよう、相当に尽力してくれたらしい。
 むしろ、直接女神への目通りを果たして認められ、更なる力を与えられた真なる聖女と呼ばれ、今にも私を崇め奉りそうな雰囲気になってて、ぶっちゃけこっちが腰引けました。
 つーか、私に罪人の魂引っこ抜いて、その魂を地獄に放り込むような力はないし、善行積んだ人間の魂を天国に送る力もございません。
 一体どんな説明したんですか、先生方。

 以前の入学時と同じように、身分は平民だから特別扱いしないで下さい、と声を大にしてお願いする事でようやく落ち着いたけど、想定外に過大評価されててビビッたよ……。
 なんかもう、いっそ取り巻きができそうな勢いだけど、もう少ししたらそれも落ち着くだろう。
 いや、お願いだから落ち着いて下さい。


「あっ、アルエットさん、いた~!」
「あの、これからあなたもお昼でしょう?」
「よかったら、一緒にご飯食べません?」
 昼休憩時、食堂に向かう道すがらで、クラスの女子3名に声をかけられた。
 全員、ダークブラウンの髪とチョコブラウンの目をした子達だ。
 1人は、幼さの残る面立ちをしたツインテールの子で、もう1人はポニーテールの華やかな面立ちの子、最後の1人は腰まである髪をハーフアップにしてる、ちょっと勝気そうな面立ちの子だった。
 3人共、面立ちに関わらず人懐こくて気さくな印象の子達で、既にちゃんと自己紹介してもらってるけど、やっぱり私の『人の顔と名前を覚えるのが物凄く苦手』という悪い性質は健在で、名前はまだ憶えられていない。
 悪気はないんだ。マジごめん。

「ありがとう。是非ご一緒させて。ひとりのご飯は寂しいなって思ってたの」
「そう? よかったぁ。アルエットさんて、なんかちょっと近寄りがたい感じするから、断られちゃうかなって不安だったんだ~」
「ちょっとメグ! 失礼でしょ!」
「あ。……ご、ごめんね。悪く言うつもりはなかったんだけど……」
 サラッと言ってくるツインテールの子を、ポニーテールの子が叱り付けるような声でたしなめ、ツインテールの子がばつの悪そうな顔をする。
「ホントにもう。思った事をポロッと口に出して言うのやめなさいって、いつも言ってるのに。ねえプリム」
「そうねミランダ。……困ったわね、その悪い癖なかなか治らなくて。本当にごめんなさいアルエットさん。メグも悪気はないのだけど」

 いえいえ、どうかお気になさらず。
 むしろとても感謝してます。
 お蔭で、ついさっき聞いたばっかの、クラスメイトの名前をド忘れして訊き返すという、こっ恥ずかしくて失礼全開な真似をせず済みました。
 本当にありがとう。ここで名前を呼び合ってくれて。心から御礼申し上げます。
 あ、そうだ、今のうちに、ちゃんとおさらいしとかんと。

 ツインテールの、幼げな面立ちをしてるうっかりさんがメグ。
 ハーフアップの、勝気な面立ちをしてる大人びた子がプリム。
 ポニーテールの、華のある面立ちをしてるしっかり者がミランダ。

 ――よし。今度こそ覚えたぞ。
 多分。

「気にしないで。幼馴染にもよく言われるから。「真顔でいるだけでも威圧感スゲーんだよ、お前は」とかさ」
 エドガーの声真似をしながらおどけて言うと、3人から笑い声が上がった。
「そうなの。親しい人なのね」
「あはは、アルエットさんて面白い~」
「その幼馴染って、男の子なの?」
「ええ。今は使徒をやってくれてて、結構強いし頭もいいんだけど、ちょっと無神経な所があって。そこが玉に瑕よね」
「あら、そうなの?」
「ね、もしかしてその幼馴染、恋人?」
「それはない」
「えぇ~、ホントにぃ?」
「ホントホント。それだけは絶対ない」
「そう? じゃあ私、狙っちゃおうかなぁ?」
「メグ……。あなたね……。まだその人の顔も名前も知らないのに……」
「第一、使徒が聖女以外の女性と一緒にいるなんて、問題あるんじゃない?」
「ああ、結論から言うと、その辺に関しては問題なしのオールオッケー。でもお勧めできないわ。あいつマジ無神経だから」
 私達はダベりながら廊下を行き、食堂でもご飯を食べながら話に花を咲かせる。
 そのうち自然に、友達になろう、という話になり、私は幸運にも、編入初日から友人を3人もゲットしたのだった。


 楽しい気分で昼食を終えた私達は、元来た廊下を戻っていく。
 私とメグ、ミランダ、プリムは、すっかり仲よくなっていた。
「ねえアルエット、放課後はすぐに大聖堂へ戻るの?」
「え? ああうん。流石に編入初日で友達できるとか思ってなかったし、神殿の神官さん達やエドガーにも、すぐ帰るって言ってきちゃったから」
「そっか~、残念~。一緒にお茶したかったなぁ」
「ごめんねメグ。……はぁ。私もすっごい残念。あー、出がけに余計な事言わなきゃよかったぁ」
 私が肩を落とし、腹の底から無念そうな声を絞り出すとミランダとプリムが苦笑する。
「まあまあ。今度また一緒に行けばいいじゃない」
「ええ。私達も楽しみにしてるから」
「そうそう。で、その時はエドガー君も連れて来て欲しいな~、なんて」
「ちょっとメグ、まだ気にしてるの? お勧めできないって言ってるのに」
「だって、エドガー君イケメンなんでしょ? いっぺんくらいはお目にかかってみたいじゃない!」
「まあ、確かにあいつは顔はいいけど……。……しょうがないなぁ、今度適当な事言って連れて来るよ」
「やったぁ! アルエット大好き!」
「ホント調子がいいんだから。ごめんねアルエット」
「いいわよミランダ。お茶とかご飯とか奢れば、あいつもそんな嫌な顔しないでしょ」
「メグ、変にちょっかい出して、エドガー君とアルエットに迷惑かけないようにね」
「は~い!」
「はい出た。メグの必殺技『いい子のお返事』」
「アルエットも気を付けてね? これにやられてメグのお父さん、ガーデンパーティーに着るドレスとか爆買いしたらしいわ」
「あら~、メグったら逞しい」
「ちょ、プリム! アルエット、違うからね!? 私、そんな物をねだってばっかりの子じゃないから!」

 みんなでキャッキャウフフと話しながら歩くうち、中央エントランスに出た。
 個人的にここは、脳内お花畑なアディア嬢に絡まれたり、メルローズ様を害されかけたりと、あんまりいい思い出のない場所だけど、もう彼女も人を唆すバカ王子もいないし、今後はもうちょっといい思い出を作っていけるはず。
 ……とか思ってたら、早速エントランスのド真ん中で揉めてる男女の姿を発見。
 女性の方は、プラチナブロンドにアイスブルーの瞳、透けるような白い肌をした美少女で、男性の方は、こっちに背を向けてるから顔とか分かんないけど、背が高くて浅黒い肌をしている。髪の色はダークブラウンだ。
 双方共にブレザーの色は紺、袖口のラインも3本の模様。
 典型的な上位貴族の子女ですね。
 なんでか知らんが、それ相応の身分であるはずのお二方は、上位貴族にあるまじき大声で互いに罵り合っている。

「なんだと貴様! もう一度言ってみろ!」
「何度でも言ってあげますわ! 彼我の戦力差も理解できないポンコツ王子! さっさと南のお国へお帰りになったらいかが!?」
「こ、この……っ! 黙って聞いていればいい気になりおって!」
「あら。一体いつ、あなたが黙ってわたくしの話を聞いていたと仰るの? さっきからずっと、耳障りなお声でピーチクパーチク囀りっぱなしだったでしょうに。
 まだ群れたムクドリの鳴き声の方が可愛げがありますわ」
「む、ムクドリ? だと!? この俺を、何だかよく分からんものに例えて侮辱するとは! 吹けば飛ぶような成りをした女の分際で!」
「……吹けば飛ぶような? 女の分際で? ……それはセア・エクエス神聖帝国の3大公爵家がひとつ、プレヤーデン公爵家の娘であるわたくし、氷結姫グレイシアへの侮辱、いえ、宣戦布告ですわね?
 いいでしょう。半日ほど猶予を差し上げますから、それまでに遺書をしたため、ご自分の入る棺を用意していらっしゃい。――ああ、そうそう。心配なさらずともあなたのご遺体は、凍ったまま腐らせる事なくご自宅へお届け致しますわ」
「ぐぐぐ……! おのれ、それはこっちの台詞だ! 貴様こそさっさと自分の入る棺桶をここへ持って来い!」

 男女の言い争いはヒートアップする一方で、一向に収まる気配がない……どころか、もはや一触即発にも等しい状態だ。
 つか、今のお話から察するに、女性の方が帝国から来た編入生(公爵令嬢)で、相対してる男性の方が、南から来た編入生(第6王子)って事になるんじゃね?
 おいコラ! 編入初日に、なに他所の国で揉め事起こしてんだお前らは!
 舌戦では明らかに王子が押されてたし、戦闘でも王子に勝ち目なさそうだけど!

「……うわあ……。ねえ、あれヤバいんじゃない? 先生呼んで来た方がいいよね?」
「そ、そうよだね。て言うかあのご令嬢、本気で魔力練り始めてるんじゃ……」
 強張った顔でプリムが私の袖を引き、メグが青い顔で半歩後ずさる。
「あー、そうかも。……ねえミランダ。あなた確か身体強化魔法持ちで、運動が得意だって言ってたよね?
「え? ええ。言ったけど」
「じゃあ悪いんだけど、ひとっ走り職員室……いえ、警備兵の詰め所に行って来てくれる?」
「わ、分かったわ。……あの、アルエットは? まさか……」
「私はここで様子を見て、あの2人が本気でドンパチ始めようとしたら止めに入るわ」
「そんな! ダメよ! 危険だわ、アルエット!」
 悲鳴交じりの声を上げるミランダの肩を、私は笑いながら軽く叩いた。
「大丈夫よ。なんてったって私には聖女パワーがございますから! あ、メグとプリムもここから離れてね」
「ええっ!? で、でもアルエットの事だけ置いてくなんて!」
「そうよ! 私達だけ逃げるなんておかしいでしょ!」
 ミランダだけでなく、メグとプリムも、私から離れる事に難色を示してくる。
 ヤダもうこの子達ホントマジでいい子!

 私が感涙にむせぶ心持ちでいると、やおら王子が「なに!? おいそこの娘、今アルエットと言ったか!」と、やおらデカい声を張り上げた。
 その上、今の今まで喧嘩売ってたご令嬢をほったらかして、こっちに早足で近づいてくる。
 背後で、「ちょっと! おやめなさい! その方は違いますわ!」と叫ぶご令嬢の声を完全無視し、こちらへ接近してきた王子の御尊顔は、スカイブルーの瞳が印象的なかなりのイケメン、ワイルド系だ。
 そして。
「そうか、貴様がアルエットか! ようやく見付けたぞ! 俺の父母に随分としつこく手紙を送って来ていたようだが、それも今日までだ!
 俺は今ここで、貴様との婚約を破棄する!!」

 王子は更にデカい声で訳の分からん事を言い放ち、ビシッ、という擬音が聞こえてきそうな勢いでこちらを指差してきた。
 ええと。色々突っ込みたい事は山ほどあるが、まず最初にいいですか。

 あんたが今指差してんの、メグなんですけど。
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