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第3章
17話 聖地巡礼~彼女が選んだもの
しおりを挟む「驚いてる所悪いけど、もう一度訊くわ。あなた、元の世界で生き返るつもりはない? 私達の技術を使えば十分可能な話よ?」
あまりと言えばあまりな話に絶句し、硬直している私に、再びセアが穏やかな口調で言う。
しかし、私は口を開かない。
「別に迷うような事じゃないでしょう? だって、あなたはどこからどう見ても完全に被害者なのよ? 何よりあなたの妹さん、あなたをこっちへ引っ張り込んで、死なせた記憶はあるはずよ。
聖女の召喚プログラムの中には、よその世界から招いた魂が記憶を損なわないよう、限定的に魂を保護するシステムも搭載してあるから。生まれる前の未成熟な魂でも、元の世界で経験した事を忘れるなんて、まず有り得ない事だわ。
なのに……あなたの妹さんはあなたに対して謝罪するどころか、その事実を綺麗に隠して、今までずっと黙っていた。……これって、あなたに対する裏切りじゃないかしら。ねえ、どう思う?」
語りかけてくるセアの表情は、さっきまでと違って酷く真剣で、その眼差しも、誤魔化しや逃げは許さない、と言わんばかりの強さに満ちていた。
……ああ、そうですか。そこまで私の本音が気にかかりますか。
わっかりました。そういう事なら話しましょう。
私の今の気持ちを、包み隠さず根こそぎ全部。
「あの子を犠牲にするくらいなら生き返らなくていい。この世界で、できるだけ普通に生きてくわ」
「……いいの? 元の世界に未練はないの? ハマってたゲームとか小説とか漫画とか、色々いっぱいあったでしょ?」
「そうね。でも、見たり遊んだりしなくちゃいられないほどのモノじゃないし、そもそももう、そんなの10年以上前にとっくに諦めてるから。
自分でもちょっと意外だったけど、なければないで頭切り替えれば、我慢できるものなのよね。あっちの世界のエンタメって。まあ、目の前に直でぶら提げられたりしたら結構キツいかもだけど、でも、シアと引き換えにするほどのモンじゃないかな」
「ご兄弟の事は? 心配じゃない?」
「ああ、翔太なら平気よ。みくちゃんがいるもの。まあ今後しばらくは翔太が、しっかりみくちゃんの事支えてかなきゃいけないだろうけど、あの子は一度や二度の挫折とか、辛さ悲しさに負けて絶望するようなヤワな子じゃないし、あんま心配はしてないわ。みくちゃんは、私が認めた女だもの」
「じゃあ、妹さんはどうなの? あなたと、あなたのお友達を死なせた事を黙ってた件に関しては? 腹立たしくないの?」
「いや別に? つーかそもそも、『私と大介を死なせた事を黙ってた』って考え方が違うのよ。あの子の性格から察するに、知ってて黙ってたって言うより、『気付いたけど怖くて言い出せなかった』だけだと思うけど?」
私はすっかり温くなったティーカップの中の紅茶を一息に呷ると、勝手にティーポットを手に取って、勝手に中身を自分のティーカップの中に注ぎ入れる。
「あの子の立場になって考えてみてよ。両親と死別して親類縁者も何もない状況で、たった1人残った大事な身内に、「前世のあなたを殺したのは私です」なんて、そんな色んな意味でぶっ飛んだ事、あなた言える? 言えないでしょ?
つーか、私だって言えないっつの。もしそれが原因で、可愛い妹と不仲になったりしたら死ぬほど落ち込むし」
そこまで言ってから、新しく注いだ紅茶を口に含む。
熱っ! ちょっ、いや、大分熱い!
おのれ、地味な見た目のくせして保温機能付きだと!?
くそぅ、やられた。舌と上顎がヒリヒリする。
身体強化魔法切るんじゃなかった。こりゃ口ン中火傷したかも知れん。
右も左も分からん他所のお家で、うっかり気ィ抜くもんじゃないな。全く。
ちょっとイラっとしつつも、私は話を続ける。
「てかさ、不仲になったり、恨まれたりするくらいで済むならまだいいわ。下手すりゃそのカミングアウトが元で、最悪家族に、一生消えない心の傷を負わせる事にもなりかねないのよ?
そのせいで家族が立ち直れなくなったらどうすんの? 自分が吐いた言葉が原因で、たった1人の家族が軌道修正できないほどやさぐれたり、自暴自棄になったりしたらどうすんのよ。
そんな事になるくらいなら、1人でずっと罪悪感抱えて最期まで生きて、事実を墓の中に持ってく方が万倍マシよ」
私はため息をつく。
あー、舌が痛い。
「あと、大介の方も多分、あんま元の世界に対する未練はないと思う。なんせあいつ、自業自得とは言え私生活ズタボロだったから。
1人目の奥さんだけじゃなく、再婚した奥さんにも早々に見限られて、バツ2のカウントダウンは最終段階。実家の両親にはドチャクソ雷落とされて、奥さんのご両親からも、なじられまくりだったみたいだしさ」
「は? 何それ。離婚? バツ2寸前? もしかして浮気とか?」
「うんにゃ。私が知る限り、浮気の経験はないわね。単純に、あいつの無神経さからくるすれ違いや、思いやりの欠如が原因。でも、あなたも詳しい話聞いたら絶対ヒくわよ。あいつの言動」
「えー、なになに、気になるじゃない。教えてよ」
「しょうがないわねー、ちょっとだけよ? 話すだけでもウンザリするんだから」
てな訳で、私は奴が前世でやらかしていた悪行の一端を、セアに話して聞かせてやった。
主に、2人の奥さんが病気した時とか怪我した際、あいつが取った対応とか。
いつの間にやら、テーブルに頬杖ついて話を聞いていたセアは、露骨に顔をしかめて、「何それ最悪! 離婚して正解よ、奥さん達!」と吐き捨てる。
「でしょ? んであいつ、2回目の離婚の話が出た途端、奥さんにその事、相談の名目で会社の同僚とかに暴露されちゃってさぁ。会社中に、あっちゅー間に拡散したわよ。どんだけ恨まれてたんだって話でしょ?」
私も、頼まれてもいないのに話の続きを喋りまくる。
「おまけにあいつ職場結婚だったもんだから、まあ会社でも悪目立ちしまくりよ。勤めてる部署は離婚の話で持ち切りで、女性社員からは陰口叩かれ、男性社員からはせせら笑いを浴びせられ、どこに行っても針のムシロ状態だったでしょうね。
味方なんて皆無も同然で、当然私も、その件に関してはあいつの味方なんてしてなかったわ。一応、陰口に気付いた時はその子達を諌めてたけど、積極的に止めに動いてはいなかったかな。
とまあ、そういう状況だったから、あいつむしろ、こっちに逃げて来られてよかったとか思ってるんじゃない? 離婚協議開始前から奥さんに、慰謝料払えとか言われてたみたいだしさ」
「うわあ……。確かにそれ、キッツイわね。自業自得だけど」
セアの反応に、私も「でしょ? 自業自得よね」とか言つつ、うなづき返す。
ただ、こっちで生まれて以降、ツラにも身分にも恵まれまくってるくせに、びっくりするくらい浮いた話を聞かないから、あいつもいい加減、色恋沙汰に懲りたのかも知れない。
もしくは、結婚不適合者だと自ら悟ったか。
どっちにしても、揉め事がないのはいい事だ。
平和で大変よろしい限り。
でもそろそろ、話の軌道修正をすべきなんじゃありませんかね?
単なるおばちゃんの井戸端会議みたいになっちゃってるんですけど。
セアもその事に気付いてか、小さな咳払いをしたのち、頬杖つくのをやめて身体を起こし、背を伸ばした。
「……ええと、話を戻すけど、妹さんの件に関して、あなたは本当にそれでいいの? 本当にそれが本心? 綺麗事でも逃げでもないって言い切れる?」
「あったり前でしょ。私とあの子はずっと一緒に過ごしてきた。当然、そう言い切れるだけの絆だってあると思ってる。悪いけど、時々思い出したようにこっちの様子見てただけの人間に、横から何言われようが一個も刺さんないわ」
「ふぅん。絆ね。でもそれ、あなたの主観でしょう? あなたの妹さんは、あなたに対して本当に、絆なんて感じてるのかしら」
「残念でした。ちゃんと見てれば分かるんです。私達の間にはちゃんと絆がある。あの子は私に悪意なんて持ってない。断言するわ。こちとらあの子のお姉ちゃん18年やってんだ、舐めんじゃねえっての」
それこそふんぞり返るくらいの勢いで、ふん、と鼻を鳴らして言い切ってやると、セアは一瞬目を見開いてから、呆れたように、けれど、どこか嬉しそうに笑った。
「そう。あなたの気持ち、とてもよく分かったわ。――よかったわね、オルテンシア」
軽く肩を竦めたセアが横を見ながら言う。
それに釣られるように私も横を見ると、今まで誰もいなかったはずの部屋の隅に、なぜかシアが1人で立っていた。あまり顔色がよくないシアは、軽く握り込んだ両手で、胸を押さえるようにしながらこちらをじっと見ている。
私は思わず椅子から腰を浮かせた。
「シア、一体いつからそこに……」
「あ……。お、おねえ、ちゃん。わた、私……」
シアは、私の呼びかけにも答えられないままうつむきかけるが、思い切り息を吸い込み、意を決したように勢いよく顔を上げた。
「おっ、お姉ちゃん、ごめんなさい! 今までずっと、大事な事言わないで黙ってて! ちゃんと謝らないで、知らんぷりしててごめんなさい! 私の事ずっと大切にして、ずっと見守ってくれてたのにっ、甘えてばっかりで、何も返せなくてごめんなさい!
でも私! これから頑張るから! 今までもらってきたもの、返せるようになるから! お姉ちゃんの事、大好きだから! だからっ……」
「……。ホントにもう、しょうがないなぁ……」
それこそ、必死の形相で言い募るシアに、私はため息交じりで近づいて、半泣きになってるシアのデコを軽く小突いた。
「大丈夫よ。そんな必死な顔で言わなくたって、シアが私を大切に思ってくれてる事は、ちゃんと伝わってるから。それに、もう結構頑張ってるじゃない。
昔は自己主張するどころか、知らない人に自分から声かけたり、口を利いたりする事もできなかったのに、今ではすっかり言いたい事言えるようになって、自力で友達も作れるようになったでしょ? 大進歩だわ。
それに、私の事庇ってくれたり、私の為に怒ってくれた事もあったよね。あの時は、ホント嬉しかった。……いきなり変わらなくたっていいの。これからもちょっとずつ頑張って、ちょっとずついい方に変わっていけばいい。お姉ちゃん、ずっと見守ってるから」
「…………っ」
「シア? お返事は?」
「……う、うん……っ! 私、頑張る……っ!」
「ん、よし! 偉い! よく言った! 流石私の妹! ――てな訳で、全部丸く収まったからそろそろ帰っていい?」
「……はいはい。あなたがそれでいいなら、私から言う事はなにもないわ。ただ、これを持って帰ってくれる?」
ぐすぐす泣いてるシアの涙を取り出したハンカチで拭いつつ、ストレートにお暇乞いする私に、セアが呆れ顔で笑いながら長方形の小箱を放ってよこす。
「なにこれ」
「その中には、私があなたの現在位置を把握して、語りかけたり干渉したりする為の装置が入ってるわ。言うなれば、GPSつきの超高性能小型通信機って所ね。
大聖堂に帰った後、あなたに改めて聖女として持つべき力を付与し直すから、常に正確な居場所を把握しておきたいの。しばらくは、肌身離さず身に付けてて。身に付けやすいペンダントになってるわ。
あなたがきちんと力を身に付ければ、それを使ってそっちからこっちに連絡を入れる事もできるわよ。いざって時には有効活用してちょうだい。箱の下側に、日本語の取説入ってるから後で確認して。
あと、そっちから通信繋ぐ時には魔力をバカみたいに食うと思うから、その点にも注意してね」
「分かったわ。この事は、ディア様……教皇猊下に説明しても?」
「勿論。あ、でも、私が女神もどきだって事は伏せてね……」
「オッケー。じゃ、用も済んだしお家帰ろっか、シア。仕方ない事だけど、ここに来るまでにバカみたいに時間かかっちゃって、きっとみんな心配してるだろうしね!」
「……うんっ!」
「じゃあ、元の場所に送るわ」
笑ってうなづき合う私達に、セアが声をかけてくる。
「そこの床に、大きな二重円の模様があるの見えるでしょう。模様の真ん中に立ってくれる?」
指示通り、太めの青いラインで描かれた二重丸みたいな模様がある場所に向かい、その真ん中に立つと、セアがポケットからスマホっぽいブツを取り出して、何やら操作し始めた。
途端に身体を包み込む、何とも言い難い奇妙な浮遊感。
つか実際、ちょっとだけ身体、浮いてるし。
「じゃあね。またお話ししましょ、アルエット」
「そうね。今度はもっと、楽しい話ができたらいいんだけど」
「ええ、本当にね。――さようなら」
その言葉を最後に、急激に音が遠ざかって何も聞こえなくなる。
視界が暗転する刹那。
「――本当、あなたは変わった人ね。自己主張も我も強いくせに、元の世界で生き返れるのが本当の事なのかどうか、一切確認しようとしないんだもの」
セアが何か言っているようだったけど、私達にその言葉が届く事はなかった。
◆◆◆
こうして波乱含みの聖地巡礼は、どうにかこうにか無事終了した。
行きと違って、帰路の旅路は順調そのもの。
セアの立場とかを若干ぼかしつつ、聖地からの転送先で何があったのか、みんなに話して聞かせながらてくてく道を行くうちに、あっという間に王都に戻ってきていた。
つっても、相変わらず徒歩のままだから、王都に戻っても大聖堂に入るまではめっちゃ時間かかるんだな、これが。
前にここを出る時には言及しなかったけど、いびつな楕円の形をした王都は、最大半径約300キロ、最小半径でも100キロ近い距離がある。
各区域を隔てる正門に設置してある、短距離転送機っていうワープ装置みたいなのを使えば、かなり早く街の外に出られるんだけど、聖地巡礼ではそれも使えないし、街の奥にある大聖堂から街の外に繋がる第1正門に行くだけで、丸一日かかっちまう訳です。
ある種、最後の試練のように感じる門を、朝も早よから幾つも徒歩で潜り抜け、やっと大聖堂に着いた時には、夜の11時近い時間になってました。
なんかもう、色んな意味でヘトヘトです……。
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