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第3章
13話 騒動の幕引き
しおりを挟むこっちがポケットから麻袋を取り出した所で、色ボケ領主とその取り巻きは僅かながら警戒の色を見せたが、アディア嬢はそんな事はお構いなし、とばかりに、私達を憎らしそうに睨みながら、ひたすら恨み節を吐き出し続けている。
「アディア。お前の憤りは理解できるが、そろそろ私にも話をさせてくれ」
「私達はここで真実の愛を見付けたの! それをあんたなんかに……あっ、はいっ。ごめんなさいファーシル様。どうそ、あなたからも言ってやって下さいっ」
やがて色ボケ領主が、アディア嬢を手で制して前に出てきた。
おーおー、アディア嬢もコロッと態度変えちゃって。
語尾にハートがくっついてるみたいな声色だよ。こういう所にはまだ、魔改造以前のぶりっ子属性が残ってるんだな。
でも、あの分かりやすいしかめっ面から察するに、奴もいい加減、お前の口汚い物言いがウザくなってきたようだぞ? そろそろ大人しく引いとけ?
まあ、あいつも私が麻袋を取り出して以降、それ以上の動きを全く見せていないってのもあって、自分から前に出てお喋りする気になったんだろうけど。
でもねえ。悪いがもうこっちは、アディア嬢の自己中全開の寝言を聞いただけで、既にお腹いっぱいなんですよ。テメーの分のお代わりなんざ要らねえわ。
どうせ黙って聞いてた所で、話の半分以上は身勝手な暴論と理不尽な私達への悪口で埋まってんだろ? ンなモンにいちいち耳傾ける義理はない。無駄にストレスが溜まるだけだ。
動機と罪状の暴露なら、ブタ箱の中で尋問役の兵士さん相手にやって頂きたい。
なんせ、罠にかかったのは私達じゃなくて、色ボケ領主共の方なんだから。
ハッキリ言って奴らの動きは、神殿の皆さんと、リベルさん達キルクルス第2商会の尽力で、3日前の夜からこっちに筒抜けだったし、昨日の昼には、連中が放火騒ぎを起こして私とシアを護衛から引き離し、神殿内に孤立させ、そこを狙って私達を捕まえて、口に出すのも憚られるような仕打ちをする予定だった、という事も掴んでました。
そういう事なので、私が提案した囮作戦をベースに、みんなで力を合わせて逆に罠を仕掛ける事にしたのだ。
さっきの放火騒ぎも、実際にはリベルさんが手を回し、解体予定だった古い倉庫にわざと火を放っただけで、連中に目を付けられていた新しい倉庫は、何の被害もなく無事でございます。
思ったより火と煙の勢いが強くて、見てるこっちはちょっと冷や冷やしたけど。
当然、ノコノコ放火しに来た色ボケ領主の手下も、1人残らずとっ捕まって警備兵の詰め所に連行された。
これらの情報は、色ボケ領主がここへ乗り込んで来る直前まで、風の属性魔法を得手とする神殿側の魔術師さんが、特殊な風の魔法を使い、リアルタイムで放火予定現場と連絡を取り合っていた事から、確実な情報だと断言できる。
ついでに言うなら、現在私とシアしかいないように見えるこの食堂内にも、ちゃんと他の人達がいます。
厨房近くの隅っこに、光属性の隠蔽魔法を使える神殿側の魔術師さんと商会員さん数名、あと、水属性の防御魔法を使える人が1人、潜んでいるのだ。
引き出した自白の証拠能力を確たるものとする為にも、自白を複数人に聞いていてもらう必要があるからね。
そして――その肝心の自白も、先程のアディア嬢の発言があれば十分。
機は熟した。そう判断していいだろう。
「おい聖女! 貴様は――」
てな訳で、色ボケ領主が腕組みしながら偉そうに口を開いた所を見計らい、私は麻袋の中から取り出したピンポン玉サイズの茶色い塊を、色ボケ領主の鼻っ面目がけて投げ付けた。
茶色の塊は寸分違わず狙い通りの位置に着弾し、ぱふん、という軽い音を立てながら弾け、非常に細かい赤い粒子を撒き散らす。
次の瞬間。
「おげぇっ!? ――うごああぁあああッ!!」
色ボケ領主が両手で顔面押さえて引っくり返り、激しくのたうち回り始めた。
「きゃああああっ!? ふっ、ファーシル様ぁっ! 大丈夫ですか! しっかりっ、しっかりして下さ――いぎゃあああああッ!!」
はい次。悲鳴を上げて色ボケ領主に取り縋ろうとするアディア嬢の横っ面にも、同じ塊をプレゼント。その途端、アディア嬢も同じように顔を押さえてのたうち回る。
はいはい次ねー。雇い主をやられてうろたえる雑魚共の顔面にも、同じように塊をぶつけていきます。
「ぐへっ!! おごぉっ!? 目がっ! 目があぁあ゙あ゙あ゙っ!!」
「ゲホゲホゲホッ!! うぐげぇっ! ごほぁあぁあッ!!」
「痛い! 痛っ、あ゙っ! い゙だい゙ぃいいい゙ぃッ!!」
「がふっ! おごっ! だっ、だれがっ、だずげでえ゙ぇッ!!」
「いぎぃいいっ! 焼けるぅ! 肌がっ、目が焼けるぅううッ!!」
一時はこっちを集団で取り囲み、薄ら笑いを浮かべていたはずの集団は、今や1人残らずのたうち苦しんでいる。もはや立ち上がるどころか、まともに口を利ける者さえいない。
まさしく、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
つっても、私が投げ付けたのは毒じゃないですよ。
デビルズ・フォッグって名前の唐辛子を粉末にして、ごく薄いニカワで作った玉の中に詰め込んだだけのブツです。
この唐辛子の怖い所は2つ。
1つ。乾燥してカラッカラに水分が飛ぶと、辛味が乾燥前の100倍にまで跳ね上がる。
1つ。乾燥させた実をすり潰すと、小麦粉を遥かに超えた、桁外れに細かい粒子になる。
上記のような特性を持ち合わせた唐辛子の粉は、人間の目や鼻、口といった粘膜に付着するだけでなく、毛穴から肌の奥にまで入り込み、全身に焼けるような激痛をもたらすのだとか。
ともかく、件の唐辛子はそういう危険性を持ったブツなので、料理に使う時は乾燥させず、生のまま使うのが普通なのだそうな。
乾燥させた方は、基本獣避けや獣退治に使うものだが、昔は拷問にも使われてたらしい。死ぬほど辛いけど食用で無毒だから、責め苦に使うのに丁度よかったんだとさ。
粉末にしたデビルズ・フォッグを水で溶いて、裸にひん剥いた捕虜にぶっかけたり、桶の水ん中に溶かして、そこに捕虜の顔面捻じ込んだりしてたんだって。怖いね。
司祭様からもらったブツを全て奴らへぶち込んだせいで、今や食堂中の空間にデビルズ・フォッグの粒子が充満している状態だったが、私とシアは、シアが作ったごく薄い水の膜で身体を覆って防御してるので、ノーダメージです。
食堂の隅っこに潜んでる証人役の方々も、私達と同じように、水属性魔法が得意な魔術師さんが作った水の膜で防御してて無事なはずだ。そっちからは、むせる声も何も聞こえないし。
正直私は、身体強化魔法さえフルで使っておけば、別にデビルズ・フォッグの粒子に晒されても平気なんだけど、毛穴の奥に入り込んだり、粘膜に付着した粒子を綺麗に洗い落とすには丸1日以上かかるから、ここは無理をせず大事を取った方がいい、とシスターさんの1人に諭されたので、こうしてシアの魔法に甘えさせてもらっている次第です。
そうこうしている間にも、食堂の外が騒がしくなってきた。
多分、エドガー達だ。
どうやら外をうろついていた、色ボケ領主の手先の駆逐が終わったらしい。
……って、確かあいつ、司祭様から神殿のマスターキーを預かってたはず。
だとしたら、このままここのドアを開けさせるのはマズいな。
デビルズ・フォッグの二次被害が出る。
「エドガー! 悪いけどまだドア開けないで、ちょっとそこで待ってて! 窓開けて換気するから!
――すみません、ここに充満してる粉、風の魔法で外に出して下さい!」
私は悲鳴と嗚咽で溢れ返ってうるさい食堂内から、できるだけ思い切り大声を張り上げた後、シアと手分けして食堂の窓を片っ端から開け放っていった。
◆◆◆
かくして、デビルズ・フォッグの破壊力の前に為すすべなく破れ、行動不能になった色ボケ領主ご一行は、きっちり換気が済んだ食堂内に踏み込んできた警備兵さん達によって、全員捕縛・連行された。
翌日の昼に上がってきた供述書によると、どうもあの色ボケ領主、私だけでなく神殿側に対しても、長年的外れな敵意を燻らせていたようだ。
なんでも、以前説明した神殿の地下にある施設の維持費の話を、神殿側が私腹を肥やす為のでっち上げだと、勝手に思い込んでいたらしい。
実際に何度か、前領主に付き添う形で地下施設を視察し、備蓄の入れ替えなどに関する話と併せて、詳しい説明を受けていたにも関わらず、取り調べの際「あんな穴倉を維持する為だけに、ああまで莫大な予算が必要になるはずがない」とか、「我が領地が他国から攻められた事など一度もないのだから、退避の為の設備や備蓄など不要だ」とかいう寝言を、あの色ボケ領主は堂々と吐き散らしていたという。
んで、その積もり積もった逆恨みの感情が、今回の私とのやり取りによって爆発。
奴は後先考えず、怒りと欲望のままに動き出した。
聖女を貶めて身の置き場をなくさせれば、無条件で聖女を自分の愛人枠へ組み込めるし、ついでにムカつく神殿を貶める事もできる。
そんでもって、毎年喜捨費として組んでいる地下施設などの維持費にも難癖付けて、予算をガッツリ削る事もできるはず、と考えた。
……らしい。
バカじゃねえの?
この街の地下施設ってのは、そもそも神殿という巨大な建造物の下にある設備……つまり、神殿の土台を兼ねた人工物でもある。維持管理に手を抜けば、最悪上部諸共根こそぎ崩落してしまいかねない。
だからこそ、地上にある建造物以上にしっかりした造りにして、事細かに整備をしなければいけないんだって事が、なんで分からないんですかね。
あと、この領地が本当に心配しなくちゃいけないのは、他国からの侵攻じゃなくて魔物の被害でしょうよ。
確かにこの世界の魔物は本来警戒心が強く、積極的に人前には出てこない生き物だけど、気象条件などによって数が増え、餌になる生き物なんかが極端に減った場合、その代わりになる餌――つまり、人肉を求めて人里に姿を現す事もあるのだ。
以前、暇潰しに大聖堂の図書館で本を漁った際、食うに困った魔物が群れを成して山森に近い村や町を襲った、という記述のある報告書を、何冊か見かけた事がある。
詳細な数は覚えてないけど、確かここ数百年のうち、10数件以上はそういう事件が起きていて、住民の多くが犠牲になっているらしい。
このキルクルス領の村も、過去にその魔物の襲撃による被害を何度か被っていたはずだ。
私達と一緒に供述を聞いていた神殿の司祭様と、わざわざこちらへ顔を出し、私達に謝罪してくれた前領主の代理人だという男性は、「神殿の地下施設とそこに用意された備蓄は、そういう魔物の襲撃被害にあった人達を一時的に住まわせたり、食事を与えたりする為のものでもあるのですが、なぜ現領主がそれを理解していないのでしょう」と仰り、額に青筋立てていらっしゃいました。
さもありなん。
それから代理人さん曰く、前領主様は今回の不祥事を知らされた所、怒り狂った末に泡吹いて倒れてしまい、今も意識が戻らず寝込んだままらしいです。
可哀想に、血圧上がり過ぎちゃったんだね。
ちゃんと快復しますように。
あと、ぶっちゃけあいつ、数年前から神殿側に受け渡す喜捨費のうち、備蓄に回す分の金を横領してやがりました。
色ボケ領主曰く、「どうせ神殿の司祭共が女遊びする為の金でしかないのだから、自分が代わりに女遊びに使った所で何の問題もないはずだ」…だそうで。
……なんつーか、ここに務めてる男性諸君みんなで、あのバカたれの事フルボッコにしても罰当たらないような気がしてきたぞ。
まあ、そういう考え方をするクソ野郎なので、税の管理をやってる役人数名を抱き込んで結構大胆にやらかしていたらしく、ざっくり確認しただけでも相当な金額がちょろまかされてた模様。
他のお役人さん達も頭を抱えているそうだ。
となると、あの色ボケ領主の断罪方法もまた、当初の想定とは変わってくる。
領民の血税を食い物にしていた、となれば、一息に首ちょんぱして終わりにするなど、あまりに生温い処置だ。
調査が終わって正確な横領額が算出され次第、奴を犯罪奴隷として僻地にある鉱山へ送り、横領分の金額を一生かけて補填させるつもりです、と代理人さんが仰っていたので、私からもアドバイスしておいた。
件のニセ聖女ことアディア嬢は、あの色ボケ領主に見初められていて、いずれ辺境伯夫人になる予定だったそうなので、いっそもうこの場で結婚した事にして、ダンナと一緒に鉱山で横領分の補填をさせてはどうですか、と。
するとこの場にいた人間全員が、満場一致で私の提案に諸手を上げて大賛成。
ですよね~。だってどう考えても、これから鉱山で何十年と馬車馬のように働いた所で、大した金額稼げないって分かってるんだから、1人より2人がかりで働かせた方が、より多くちょろまかした税金を返してもらえるってモンでしょう。
てな訳でアディア嬢も、嬉々とした表情を浮かべた司祭様と、領主印を預かってる代理人さんが力を合わせ、ちょっぱやででっち上げ――もとい、心を込めてしたためて下さった婚姻証明書の効力の元、色ボケ領主と一緒に鉱山送りとなる事が決まった。
これから死ぬまでずっと、昔からお好みの高貴っぽくてイケメンな男と生涯を共にできるんだから、彼女としても本望だろう。
向こうで味わう苦労も、きっと2人の間に芽生えた真実の愛(笑)とやらを、一層盛り上げてくれる事だろうさ。
かくして、どうにかこうにかニセ聖女事件は終息した。
街の人達や神殿の人達の心情を思えば、到底めでたしめでたしとは言えない結末になってしまったが、色ボケ領主の放火計画を未然に防ぎ、人死にや大規模な損害を出さず問題を片付けられた事は、不幸中の幸いだったと言えるだろう。
ここから先、新領主となる事がほぼ確定している、辺境伯家の次男さんへの本格的な仕事の引き継ぎや、各貴族との顔合わせに根回し、領主の任命権を持つ女王様へのお伺いなど、幾つも仕事が山積みになって大変だろうが、どうにか頑張ってやっていって欲しいものです。
つーか、私達への事情聴取、いつになったら終わるんですかね?
いつまで経っても聖地に行けないんですが!!
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