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第3章
11話 ニセ聖女達の陰謀
しおりを挟む神殿の人達と、リベルさんを筆頭としたキルクルス第2商会による聞き込み調査は、3日と経たないうちに実を結んだ。
特に、神殿側から調査に出たのが、身体強化魔法や幻術魔法、隠蔽魔法など、情報収集に有利な魔法を得意とする女性神官の皆々様だった為、まるで腕利きの探偵か隠密が調べ上げたかのような、事細かな情報までどっさり集まった。
輩の仕出かした事が事なだけに、みんな異常なまでの執念で調査に当たってたみたいだし。
だが、その調査の結果、非常に困った事が明らかになった。
ニセ聖女と連れの男の正体はなんと、つい先日、私達の前で頭の悪い言動を連発してくれた色ボケ領主と、そいつが囲っている愛人の1人だったのだ。
これにはリベルさん達商会の人や街の人達、神殿の人達も、驚きの色を隠せずにいた。
聞けば野郎は、これまで神殿や街の人達から、人格的には幾らかアレだが仕事に関しては抜けがなく、なかなか良い手腕を持っている領主だと思われていたようだ。
しかし、いざ蓋を開けて見れば、領主としての主だった仕事をこなしていたのは領主館の片隅に居候させている弟(仕事はできるが気弱らしい)の方で、領主を名乗る野郎の方は、女を侍らせ放蕩三昧だという、如何ともし難い事実が浮き彫りになってきた。
もしかしなくてもこれ多分、弟に仕事を全部押し付けた上で、その成果やら何やらをまるっと横取りし、さも自分がデキのいい跡取りであるかのように見せかけて、父親を騙して領主の座を手に入れたパターンなんじゃないか?
証拠はないけど、そんな気がヒシヒシしてきたぞ……。
それから領主館で働いてる人達も、家令さんを含めた領主の世話をする上級使用人や侍女は全て男爵家出身、残りの人達は全員平民出だと判明した。
これでは領主に苦言を呈するどころか、ちょっと物申す事さえ難しかっただろう。
立ち位置的に、侯爵家とタメを張る身分に当たるからね、この世界の辺境伯家ってのは。
地理的な事情で社交界にほとんどツラ出さないってだけで、押しも押されもせぬ、立派な上位貴族様なのです。
この世界の雇用は、基本的に身分制度を下敷きにする形で成り立っているので、貴族階級――特に、上位貴族を相手にする労働者の立場はとんでもなく弱い。労基なんて存在しないし。
メルローズ様やユリウス様達のような、真っ当な感覚を持った上位貴族に雇われているなら、よほどの事がない限り雇用の継続が約束されてて安泰だけど、雇い主がクズだと貴族階級の被雇用者でも、主の機嫌をちょっと損ねただけでその日のうちにクビ、なんて扱いをされる事も珍しくないと聞く。
これが平民ともなればどんな扱いをされるやら、想像するだに恐ろしい。
つまりあの時、色ボケ領主をどやしつけた家令さんは、相当な覚悟を持って行動に出てくれたのだ。その覚悟が無駄になるような事だけは、絶対にしたくないものです。
皆さんの尽力のお陰でかなり情報が集まって来たので、私達も本腰入れて事態解決の為の作戦会議を始める事にした。
今丁度、空いてる食堂の一角を借りて話し合いをしている真っ最中です。
「あの領主の目的だけど、多分、私に対する仕返しだと思う」
まず私が最初にそう言うと、その場の全員が納得顔でうなづいた。
「そうですわね。自分の不出来さとおバカさ加減を棚に上げて、アルエット様にコケにされたと勝手に思い込んだ末、腹いせとして聖女の名誉や地位をどん底まで貶めてやろうと、そう考えたのだとすれば、今回の行動にも納得できますし、辻褄も合いますわ」
ユリウス様が自分の顎に人差し指を添えながら言う。
「だよなあ。なんせあの野郎、あの時だけでもだいぶアホな真似してやがったし、家令からどやされても、反省するどころか逆ギレして逃げていく始末だったしな」
腕組みしていたエドガーが眉根を寄せる。
「ええ。あれだけ突き抜けたバカさ加減を誇っているなら、聖女を騙って街を騒がせた結果、自分がどんな罪に問われるのかなんて、欠片も分かっていらっしゃらないでしょう。下手をすれば、計画がわたくし達に露呈する可能性さえ、考えていないと思いますわ」
メルローズ様がため息を零す。
「……でも一応、万が一の場合の保険はかけてると思う。愛人にニセ聖女をやらせて騒ぎを起こしておいて、自分は顔を隠して口も利かないんだもの」
「姑息な手段で保身を図っていますね」
シアとレナーテ様が不愉快そうな顔で言った。
うん。ほんそれ。
奴は、いざとなったら愛人に全部罪をなすり付け、自分は知らぬ存ぜぬを通して言い逃れする気満々だ。
これはもう、色ボケ野郎という属性だけでなく、クズ野郎という属性も追加せねばなるまい。
「となると……野郎の逃げ得を許さない為には、徹底的に証拠を揃えて、愛人諸共言い逃れのしようがない状況に追い込むか、もしくは、街で騒ぎを起こした所を取り押さえて、現行犯逮捕するか。この2択になるかな」
「はい。それが一番妥当でしょう。けれど、どちらの案にも難がありますわね」
私の言葉にユリウス様が苦い顔をする。
「まず、証拠固めにはどうしても時間がかかります。決定的な証拠を手にできるまで待っていては、あちらに新たな行動を起こされてしまうでしょう。
現行犯逮捕も難しそうですわ。あれだけ人目を引くような事を何度も繰り返したのですし、流石に次も同じ行動には出ないでしょうから。それに恐らく、彼らの最初の目的は「聖女は酷い女なんだ」という印象を、周囲に植え付ける事だったのではないかと思います。
お二方を破滅させる手口としては、あまりにやり口が手温いですもの」
「そうですね……。もし私を一発で社会的に殺すつもりなら、あんな程度の低い嫌がらせをあちこちで繰り返すんじゃなくて、もっと洒落にならない事をやらかしたはず。放火とか、強盗とか、下手すりゃ殺しとか……」
「ええ。ですが、それは少々無理筋が過ぎますわ。アル様やシア様はご自覚がないようですけれど、聖女は貴族達の間では、結構評判がいいんですのよ?」
「え、そうなんですか? 私、別になんにもしてませんが」
メルローズ様がくすっと笑う。私は思わずキョトン顔だ。
マジで評判がよくなる心当たりがございません。
「あら。孤児院への定期的な慰問に、金銭や物品の寄付など、色々となさっていらっしゃるでしょうに」
「あ。あー……。あれですか。あれはどっちかと言うと、学園でできた、比較的親しいクラスメイトの出身が孤児院だったから、慰問の名目で遊びに行ってたってだけでして……」
私はちょっとバツが悪くなって、視線を明後日の方向にさまよわせた。
シアもちょっと、居心地悪そうにモジモシしている。
前にもどっかで言ったかと思うが、聖女という立場にある私とシアは、よそのお家にはおいそれと遊びに行けない。
一番仲良しだったニーナやティナとだって、一緒に治安のいい場所でお茶するのが精々で、彼女達の家までは行った事がないくらいだ。
だが、そんな私達でも、唯一大手を振って遊びに行けた場所がある。
それが、クラスメイトの1人が暮らしていた孤児院だ。
本来学園に入るには、入学金やら学費やらの支払いが必須だから、親のいない孤児院の子達が学園に入るのはほぼ不可能なんだけど、学園にはそういう、経済的な問題を抱えた子を救済する為の制度がある。
なんでも、入学前に奨学金考査試験ってのを受けて、それを好成績でパスすれば、入学金も学費も免除してもらえるのだとか。丁度、私達の入学と同時期に、その制度を使って入学した子がクラスにいたのだ。
その子の名前はエマ。
そりゃもう、びっくりするくらい頭のいい子だった。
在学中は常に成績を維持し、上位10位以内から落ちないようにするのも、奨学金制度の恩恵を継続して受ける条件に含まれてるってんで、一緒に遊んだ事はほとんどないけど、テスト前の勉強会をする時には、よく孤児院まで行ってお世話になっていた。
そのうち、あそこのガキンチョ共とよく遊ぶようになったんだよね。
なんて言うかエマは、例えるなら物静かな赤毛のアンみたいな感じの子で、口数はあんまり多くないけれど、優しくて穏やかで、面倒見のいい子だった。
将来は王立の研究機関に入りたいって言ってたし、今も学園で張り切って勉強してるんだろう。
頑張れ。めっちゃ応援してる。
えー、話を戻します。
創世聖教会の教義でも、恵まれぬ者や社会的弱者に対して手を差し伸べるのは、恵まれて富む者と社会的強者の責務とされている。
エマというクラスメイトとの交流を切っ掛けに、孤児院の存在をはっきり知った私とシアは、教会が掲げる教義にこれ幸いと乗っかって、寄付という名のお土産持って孤児院に遊びに行っていたって訳だ。
普段は大聖堂の中に籠って本を読むか、庭の隅っこで野菜の世話をするくらいしかやる事がなかった私とシアにとって、孤児院に遊びに行くのはとても楽しい事だった。
慰問は半日くらいの制限時間付きだけど、元気で小生意気なガキンチョ共と一緒になって、ボールを追っかけて庭中駆けずり回り、泥まみれになるまで遊び倒せるあの時間は、ド田舎出身の私達にとって、この上ないリフレッシュ時間でもあった。
中でも、孤児院の人達とかの目を盗んで、みんなでこっそり孤児院の裏手にある林で木登りするってのがまた、色んな意味でスリル満点で楽しかったんだよね。これが。
木登りを見咎められないように、いっちょ前に見張りなんか立てちゃったりしてさ。
気付けばガキンチョ共から『アネゴ』呼ばわりされるのが定着し、ガキ大将みたいなポジションに就いてました。今度一緒にターザンごっこしようぜって誘われてるけど、流石にそれは止めた方がいいだろうか。
とまあ、上記の通り、私達の『遊び』はいつも大体そんな感じで、聖女のお慈悲って事で済ますにはあまりに泥臭かったし、売名行為になるのも避けなければいけなかった為、慰問に関しては基本的に秘密で、ニーナとティナも知らないはず、なんだけど……。
なんでメルローズ様が知ってるんでしょ。
私は傍から見ても、よっぽど不思議そうな顔をしていたのだろう。
メルローズ様はクスクス笑いながら、「我が家を含めた貴族の家の多くは、そういった孤児院に対する出資などもしておりますの。当然慰問も行いますし、その過程で子供達と触れ合う事も多いのですわ」と、ネタバラシしてくれた。
あ、なるほど、そういう事でしたか……。
つまり、私達が毎度孤児院で繰り広げてるヤンチャな遊びに関しても、あのガキンチョ共経由で、全部出資者のお家に筒抜けになってるって事ですね。
でもってそれが、出資者のお家と付き合いがある、他所の貴族のお家にもバンバン伝わってる、と。
うわ恥ずかしっ!
「ええ。子供達は、わたくし達が慰問に行くたびに、みな口を揃えて言うのですよ。「アル様とシア様は聖女で偉いはずなのに、いつも一緒に、泥んこまみれになって遊んでくれる。みんなあの2人が大好きなんだ」と。ふふ、とても素敵な事だと思いますわ」
うおお、ユリウス様もご存じだったんですか! マジ恥ずいんですけど!
「って事は……。あぁ、なーるほどな。読めたぜ」
孤児院で、ガキンチョ共と同レベルの遊びをしていた事を知られてしまい、こっ恥ずかしさのあまりちょっと縮こまってる私とシアを、によによしながら横目で見ていたエドガーがやおら半眼になり、ふん、と鼻を鳴らした。
「最初はあの色ボケ領主、この領地の他の貴族にこいつらの悪口吹き込んで、立場を悪くしてから本格的な行動に移ろうと思ってたんじゃねえか?」
「……そうですね。自身が貴族であるならば、まず最初に接触を図るのは、ある程度見知っている同じ貴族に限定するでしょう。先日の態度を見る限り、気位も無駄に高そうですから。
しかし、この地の貴族の間にも、聖女様方の孤児院慰問の話は広まりつつあり、その目論見は上手くいかなかった。むしろあの領主の方が、白い目で見られた可能性の方が高いかと」
エドガーの言葉をレナーテ様が継ぐ。
珍しく結構な長台詞だ。
「そして、そういう事なら最初にその評判を消してやろうと考え、ニセ聖女をでっち上げてあのような行動に出た、と。そのような愚か者、早々に処分した方が世の為人の為というものでしょう」
「ええ全く。けれどその愚行も、当のアル様が誠実だった事と、街の方々が思いの外冷静であったお陰で既に破綻していますから、まだ問題は軽微ですわ。
ただ、一刻も早く領主とその愛人の身柄を押さえる必要があります。このままあの連中を野放しにすれば、アル様やシア様だけでなく、この領地の民にまで危害が及ぶでしょう。それだけは、何としても回避せねばなりませんわ」
ユリウス様とメルローズ様も、エドガーの話を聞いてますますやる気に火が点いたご様子。
でも、お2人の仰ってる事は全力で正論だ。
ああいう手合いは、何でもかんでも自分の都合のいいように解釈するし、自分にとっての不都合は全部人のせいにする。
自分の目的や欲を果たす為、また、保身の為なら手段は選ばないはず。
本当に本気で、何を仕出かすか知れたもんじゃない。
なんでか分からんけど、大抵そういう人種のお手持ちの辞書の中には、『反省』や『罪悪感』って単語が記載されてないからね。いやもう、マジで不思議。
そういう奴らを、ちょっぱやで捕まえる方法か……。
ふーむ。そうだなぁ……。
「んー、それじゃあ、こういう手はどうでしょう?」
私が取り敢えず、思い付いたひとつの提案を口にすると、メルローズ様達だけでなく、エドガーやシアまでもがぎょっとして目を見開いた。
◆◆◆
作戦会議から3日後、街の外れで騒動が起こった。
なんでも、養蚕業者が物品の保管用として最近建てた大型倉庫から、火の手が上がったというのだ。
神殿にその話が舞い込んできた時には、現場から結構距離が離れてる神殿からでも、黒い煙が立ち昇っているのがはっきり見て取れるほどになっていた。
うっわ。随分ド派手にやったもんだな、おい。
神殿の廊下を駆け回る人達の話を聞くだに、相当規模の大きな火災になっているようだ。
えええ、ちょ、大丈夫なんですか、これ。
ちょっと心配になってきたぞ……。
私達が食堂に集まって顔を見合わせていると、よく知らないシスターさんが血相変えて駆け込んできた。
「ああ、聖女様方! 大変なのです! 申し訳ないのですが、消火作業を手伝って頂けませんか! あの近くには孤児院があるのです! どうか、どうか……っ!」
青い顔で震えながら懇願してくるシスターさんに、私は特に長く考え込む事なくうなづいて見せる。
「そうですか。子供達の身に危険が迫っているというなら、このまま座視している訳にはいきませんね。行きましょう」
「ああっ、ありがとうございます! ただ、こちらにもある程度、連絡の為の人員や、万一の際に回復魔法を扱える人間が必要ですので、聖女様お2人はここで待機して頂けますでしょうか?」
「分かりました。では私と妹のオルテンシアだけがここに残り、更なる有事に備える、という事でいいですね?」
「はいっ! よろしくお願い致します! ――さあ、護衛の皆様はこちらへ!」
シスターさんに促されたエドガーやメルローズ様達が、私とシアに向かって小さく頷き、足早に食堂から出て行く。
エドガー達の背中を、両手を胸の前で組んで見送ったシスターさんは、ややあってから静かにドアを閉め、制服のポケットから真鍮製の鍵を取り出して、食堂のドアに鍵をかける。
「皆さん、もういいですよ」
そしてシスターさん――いや、もう『さん』付けはいらないな――の声に呼応するように、食堂の端にある調理場の方から、ぞろぞろと数人の野郎共が姿を現した。その中には、件の色ボケ領主の姿もある。
……ああ。やっぱりね。
「――さあ、それでは本題に入りましょうか? 聖女様?」
場にそぐわない、妙にご機嫌な声を発したシスターがこちらを振り返る。
幻術魔法を解除したシスターの顔を見て、私とシアは思わず目を見開いた。
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