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第2章
9話 またもや襲来、バカ王子
しおりを挟む夏休み明けの新学期。
今の所学園内では、特にこれと言った騒ぎが起きる事もなく、ごく普通に授業が進んでいる。
個人的にはメルローズ様の事が気にかかるが、残念ながら、貴族院の中で起きた出来事が平民の学舎にまで流れて聞こえてくる、なんて事はまずない。
仕方がないので、これから機を見てヴィクトリア様かメルローズ様本人に接触して、話を聞いてみようと思っている。
世知辛くも表向きには乙女の心を封印し、男性として振る舞っている上、ヴィクトリア様という婚約者がいるユリウス様には、下手に接触できないからね……。
でもって現在、午前中最後の授業として受けている科目は王国史。丁度先だって話題に出した、バカ王とバカ王子が盛大にやらかした時の話を習っている所だ。
折角なんで、この辺の話も私の主観をベースに、ざっくりご説明しようかと思います。
今から遡る事、約600年前。
当時王国を治めていた国王・ヘングスト1世は、独善的で傲慢、おまけに病的な女好きという、絵に描いたようなクズ王だった。
この野郎は、正妃と側妃を1人ずつ娶っていながら、城で働く侍女やらメイドやら下女やらに遊び半分で手を付け、子供ができたと知るや否や、その相手に冤罪を被せて腹の子諸共処刑するのが常套手段という、とんでもねえ野郎だったそうだ。
そしてこのクズ王は即位10年目に、更なるクズっぷりを発揮する。
自身よりも聡明な正妃アリエーテと、アリエーテの信奉者でもあった優秀な側妃アルテアが、王宮や議会で時折見せる高い政治的手腕を疎んじて、女性の社会的地位を地に落とす悪法を議会でぶち上げた末、その悪法を強引に可決させてしまったのだ。
これによって、貴族女性は単なる野郎共の所有物兼アクセサリーへと成り下がり、平民の女性達に至っては、奴隷同然の扱いを受けるようになってしまう。
当然、王妃を筆頭とした女性達はこれに反発し、クズ王を玉座から引きずり下ろそうと画策したが、当のクズ王のみならず、そのクズ王の息子で、王太子として王宮の権力を父王と二分していた、第一王子エルーカによる監視の目は非常に厳しく、王妃一派はすぐに身動きが取れなくなった。
また、王の一派に与した事で、より一層強い権力を手にした貴族達による集団――通称・王権議会の圧力もまた強く、王妃一派はほぼ無力化されてしまったらしい。
その後、悪法を下敷きにしたクズ王の不当な支配は、20年以上続く事となる。
そして、悪法の制定から約22年後。
クズ王の退位に伴って王妃や側妃としての立場を失い、離宮の隅へと追いやられてなお、現政権の打倒を諦める事なく、水面下で密かに牙を研ぎ続けていた元王妃一派に、ある時、追い風が吹く出来事が起きた。
創世聖教会によって密かに匿われていた聖女の成長と、王座を継いだエルーカ……ヘングスト2世による愚行である。特に、ヘングスト2世の愚行は、1発で国の中枢をどん底に叩き落すほどの、洒落にならないものだった。
ノイヤール王国の北方にある、セア・エクエス神聖帝国(めんどいんで、これ以降帝国って呼びます)の国境を視察の名目で侵犯した挙句、地方を遊学中だった皇家の第4皇女を、勝手に見染めて誘拐しやがったのだ。
うん。もうヘングスト2世じゃなくて、クズ王2世って呼んだ方がいいんじゃねえかと思います。
当然、クズ王2世の暴挙に帝国の皇帝は激怒し、ノイヤール王国に対して即座に宣戦を布告。第4皇女奪還の為の軍勢を、王国へと差し向けた。
その数、わずか2千。
幾ら少数精鋭であったとしても、帝国の軍勢としては有り得ないほど少ない数だと思うだろうが、帝国側としては、それくらいで十分だった。
帝国に住まう民はみな、皇族を始めとして末端の平民に至るまで、人族の中で唯一魔法を使う能力と、常人を大きく超える寿命を持つハイ・ヒューマノイド、ミスティカ人の末裔だったからである。
それは、昔からほとんど帝国との国交がなかった、ノイヤール王国内の平民階級にもよく知られているほど、非常に有名な話であった為、クズ王2世の周囲は、蜂の巣をつついたような騒ぎに見舞われた。
当時の王国には、魔法を使える人間なんぞどこにもいなかったし、魔法を使う相手への対抗策もろくに分からなかったのだ。
王国内で唯一魔法の知識を持ち、それを扱う能力を有していたのは聖女のみ。
その事を思い出したクズ王2世が白羽の矢を立てたのが、当時3代目の聖女として創世聖教会に見出されていた少女、リタである。
自分達の所業を棚に上げ、更に聖女の伝承を勝手に曲解したクズ王2世と貴族達は、創世聖教会に使いを出し、王国の危機を救えと聖女に命じようとしたが、叶わなかった。
創世聖教会から、「現王の所業に激怒した聖女は既に王国を出奔し、所在不明となっている」と告げられたからだ。
まあ実際には、それは真っ赤な嘘だった訳だが。
帝国の宣戦布告と侵攻開始の報、そして聖女の不在を受け、瞬く間に混乱のドツボへと叩き落される王宮内。その混乱の瞬間を、元王妃一派は見逃さなかった。
まず、アリエーテとアルテアは、右往左往するクズ王達の隙を突き、創世聖教会の内部に身を潜めていた聖女と接触。聖女からの助力を得た。
聖女の助力を得る事に成功すると、今度は聖女と共に、攫われて来ていた第4皇女を救出・保護し、大胆にもその足で王都を飛び出して、侵攻中だった帝国軍に第4皇女を送り届けたのである。
軍勢を指揮していた当時の第3皇女は、アリエーテ達と聖女の勇気ある行動を称賛した。
その後、聖女との会談に臨んだ第3皇女は、王国内の膿を出し切り、今後決して帝国に弓引かぬ事を条件として、アリエーテ達とノイヤール王国に住まう女性達のほぼ全てへ、大いなる力を授けたのだという。
帝国の民達が、代々ミスティカ人の末裔として受け継いできた、神秘なる血脈の至宝――魔法と、それを扱う為の知識を。
かくして形勢は覆った。
聖女を旗印として、正式にノイヤール解放軍を結成したアリエーテは、第3皇女と共に、帝国からの軍勢と参戦を望む王国の女性達、合わせて5千の軍勢を率いてノイヤール王国領へと進軍し、たった2日で王都を制圧。
クズ王2世と、その取り巻きの貴族共は残らず聖女によって滅ぼされ、それと同時に、腐った政権も完全に崩壊した。
その後、即座にアリエーテが暫定政府を立ち上げ、事態の収拾に務めている間に、王家の生き残りである第1王女が王家を再建し、新たな政権が発足されたが、クズ王とその息子のクズ王2世の愚行に乗っかり、長らくやりたい放題していた貴族男性は、それから100年もの間参政権を剥奪され、飼い殺しも同然の状態へと追いやられる事となる。
同じく悪法の上に胡坐を掻き、調子コイて女性を虐待していた平民の男性達も、貴族男性達と同じだけの期間、魔法という名の武器を手にした女性達から、虐げられて生きていく羽目になったのだそうな。
20年ちょっとのはっちゃけが、100年の歳月になって跳ね返ってきた訳だ。
性別如何に関わらず、人の恨みつらみの感情は怖いもの。
当時の男性諸君は、自分達の後の世代にまでツケを残す、とんでもなくお高い勉強代を払う羽目になったのであった。
この時の名残で、600年の歳月が流れた今もなお、王家にはあれこれと細かいしきたりが残され、また、封建制度の世の中にしては、女性の社会的地位が驚くほど高かったりするのだが、その件に関しては王国史ではなく、政治学や社会学の授業の話になるので、ここでは割愛させて頂く。
しかし、謎の残る話だ。
第3皇女は、一体どうやってノイヤール王国の女性達にだけ、魔法の力を与えたのだろうか。
とても気になる事だが、それはどんな歴史書の中にも伝承の中にも残されておらず、真実を知る者もまた、もはやこの国には存在しない。
ただ、今もこの王国内に生きる女性達の身の内に、連綿と受け継がれ続ける魔法という名の力が、当時の出来事を史実として証明するばかりなのだと、先生は授業の中で語り、話を締めくくっていた。
◆◆◆
王国史の授業が終われば、後はお待ちかねの昼食の時間。
いや、お腹減ったわ。
私は昔から、歴史関係の話を聞くのが割と好きだったので、それなりに密度のあるお話を楽しく拝聴していたのだが、シアとエドガーにとっては、大して興味のない話を延々と聞かされる、キツい授業だったようだ。
いつも頑張り屋なシアでもお疲れ気味な顔をしているし、エドガーに至っては、露骨にげんなりして背中を丸めてしまっている。
「2人共、大丈夫?」
「うん……。ちょっと疲れた……」
「ちょっとかよ……。俺は死ぬほど疲れたけどな……」
「大袈裟ね。授業受けてる時はヒーヒー言ってたって、どうせ次の期末考査でもいい点取るくせに」
「バカ、授業とテストはちげーよ。……つーか、早く食堂行こうぜ。腹減ってしょうがねえ……」
「はいはい。それは私もおんなじです。今日は何食べようかなぁ? 肉もいいけど魚も捨てがたいし」
「私は魚のフライを、野菜と一緒にマリネにしたのが食べたいな」
「あ? シア、お前また魚かよ。もうちょい肉食えよ、肉」
「そういうエドガーは、ちょっとお肉ばっかり食べ過ぎな気がするけど」
「て言うか、そもそも野菜を食べる量が極端に少ないのよ。こいつは」
「あー、そのうち野菜も食うよ。そのうちな」
「そのうちじゃダメだよ、エドガー……」
「シアの言う通り。ちゃんと野菜も食べなさい。病気になるわよ」
「うへーい……」
私達はそんな会話を交わしながら教室を出て、食堂目指して歩き出した。
食堂で、ゆっくり憩いの一時を過ごした後、私達は久々に校舎の屋上に出て、建物の影にある所で涼みつつ、他愛のない話をしていた。
いつもなら、ちょっと用具室からボールを持ち出して、腹ごなしがてらサッカーかバレーの真似事でもする所なんだけど、夏休み明けの今はまだ日向にいると暑いし、午後の授業の後半には、男子は剣や槍、女子は魔法を使った戦闘訓練授業がある。
なので、今日はもう身体動かさなくてもいいや、という結論に至り、揃って屋上の床に座ってだらけている次第です。
この世界の夏って、暑いには暑いんだけど日本と比べて湿度が低いから、木陰とかにいるだけでも結構快適なんだよなぁ。
あー、風が気持ちいい。
しかしこの暑さの中でも、眼下に見えるグラウンドでは、元気のあり余った一部の平民の子達が、ボールを追いかけて駆け回って遊んでいるようで、にぎやかな声がここまで聞こえてくる。
いやはや、身体は10代でも精神的には歳食ってて枯れてる私には、ちょっと真似できないフレッシュさだわ……。
そういや、さっき芝生の上でゴロゴロしてる子もいたな。
いいのかあれ。いいんだったら私もやりたい。
この学園の芝生、触ってみたら柔らかくて気持ちよかったんだよね。
あんな風にみんなでボール遊びしたり、その辺に適当に寝っ転がってゴロゴロしたり、今の私達みたいに建物の陰でダラダラしたりするなんて、貴族階級じゃ到底考えられない事だけど、平民の間ではごく当たり前の事なんだよなって再認識すると、今のこの時間が、なんだか妙に贅沢なものに思えてくるから不思議だ。
だからこそ、元々王族であるエドガーが、それ相応の苦労が付いて回ると分かっていてなお平民の暮らしに心惹かれる事を、ちょっと理解できたりするんだろう。
私も今後、死ぬまで平民でいたいもんよ。
しかしここで、私達のささやかな贅沢タイムを邪魔する、無粋な輩が現れた。
「貴様、こんな所で何をしている」
はいキタ。天下の自己中バカ王子、アーサー様のご降臨です。
折角の心地いい時間が台無しだ。
帰れ。ここは平民の校舎やぞ。
私の心中をよそに、今日も今日とて偉そうな態度のバカ王子は、私達の前まで大股で歩いて来ると、露骨に見下したような目を向けてくる。
「別に何もしてねえけど?」
「エドガー、お前には聞いていない。俺はアルエットに訊いているんだ」
アーサーがエドガーの雑な返しに鼻を鳴らす。
うわキモチワルッ。
嫌いな奴に馴れ馴れしい口調で名前呼ばれるのって、こんなキモいんだ。
初めて知った。うげぇ。
欠片も喜ばしくない初体験に、つい顔をしかめてしまったが、バカ王子は取り立てて何も言ってこない。……ああ。何でも自分の都合のいいように解釈する生き物だから、私の感情の変化も分かんねえのか。
「アルエット。もう一度訊く。なぜ貴様はこんな所で、そのような惨めな座り方をしているのだ」
は? 何言ってんだこいつ。
「……。もしかして、床に直接座る事を、惨めな事だとお思いで?」
「惨めだろう。椅子も何も出されず、土足で歩き回る場所に服を汚して座り込むなど、下賤な物乞いのする事ではないか」
座ったままでいる私を思い切り見下して、ハッ、と小馬鹿にしたような笑い方をするアーサーバカ殿下。
うん。もう私こいつの事金輪際、脳内でも名前では呼ばねぇわ。
つーか、一発ぶん殴っていいですか? いや殴らせろ。
「お姉ちゃん。ダメだからね」
腰を浮かせかけた所で、シアから小声でストップがかかった。
なぜ分かったのシア!?
「だから、お前顔に出るんだよ。思ってる事」
エドガーお前もか!
くっ……。仕方ない。ここは我慢だ。
我慢して、言葉で攻撃する事にする。
「……殿下。この国で、誰より高貴なご身分であらせられる殿下には到底理解しがたい事かと思いますが、床や地面に座るというのは平民の間では惨めな事でも何でもありません。勿論誰もが常にこういう座り方をする訳ではございませんが、時と場所と場合によっては至極当然の事でもあるのです。それすなわち、ある種の常識であり流儀に等しい行いでもあるのです。
ですからそのような仰り方をなさるのはおやめ下さい」
できるだけ呼吸の間隔を取らないよう早口に、それでいて思い切り型に嵌った、理屈っぽい言い方で反論してやると、バカ王子がちょっと鼻白んだような顔をして、一瞬口を噤んだ。
あー、はいはい。やっぱそうか。
前から疑ってたけど、理詰めの話や自分の常識外の話を早口でまくし立てられると、脳の処理が追い付かなくなって、ちゃんと言い返せなくなるんだな。こいつ。
「……ふん。相変わらず意味の分からん事を。これだから、王族に対する礼節を知らん平民は下賤だと言うんだ」
で、何言ってるのか理解できないのを誤魔化す為に、相手の話を無視して無駄に偉そうなツラをして、後はとりま、『第二王子』という虎の子の身分を使ってマウント取っておく、と。
分からない事やできない事があるのは仕方ないにしても、せめて謙虚さを持てよ。
マジで最悪だな、この野郎。
「どうやら、ぐうの音も出ないようだな。いいか、二度は言わんからよく聞くがいい」
こっちの呆れもどこ吹く風のバカ王子は、勝手に私が納得したと決めつけて、勝手に話を進めていく。
「じきにお前も16となり、成人を迎える。その時が来たら、お前は自身の身を守り、支えとなるべき存在である『使徒』を探し出さねばならんのだろう」
「……。常日頃、下々とは関わりなき暮らしをしておられる高貴な方が、幾ら聖女とはいえ、平民である私の事情など、よくご存じでいらっしゃいますね」
「ははっ、当然だろう。俺は王族だからな!」
褒めてねえよ。なに胸張ってんだバカ。
暗に、「いつもふんぞり返って威張ってるくらいしか能がねえくせに、そんな事よく知ってんな」って言ったんだよ。私は。
ちなみに、今バカ王子がちょろっと説明していた『使徒』というのは、聖女にとってのボディーガード兼アシスタントのようなもので、聖女とほぼ同時期に、女神の力の一端を分け与えられて生まれ、やがて聖女の力により覚醒し、自らの命尽きる時まで、聖女の傍らに立つ事を定められた、特別な存在である、との事だ。
当代の聖女の近くには、必ずこの『使徒』と呼ばれる者が1人か2人存在し、影に日向に聖女を助けるものなのだと、ディア様から聞かされている。
だが、使徒は最初から聖女の傍にいる訳ではなく、成人した聖女が、自らの目で見出さなければならない。
文献に曰く、その時が来れば、聖女は息をするにも等しい容易さで、自ずと使徒を見出すとされているが、詳しい事は何も分かってないんだよね、これが。
つーか、なんで今その話をここで持ち出すのかね。こいつは。
「……。それで、その使徒のお話がなにか」
「鈍い奴だな、貴様は。この俺が直々に、今この場でお前の使徒になってやろうと言っているんだ。ありがたく思うがいい」
大変意味不明なのでやむなく話を振ったら、そんなお言葉が返ってきた。
ノーサンキューです。バカ王子。
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