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第3章
8話 合流と真相・後編
しおりを挟むセアに言われるがまま足を踏み入れた休憩室は、生成り色の壁紙が張られている、シンプルでこぢんまりとした部屋だった。ただし、場所が場所だからか窓はない。
部屋の中央には、どこにでもありそうな正方形に近いテーブルがひとつと、椅子が2脚。出入り口から向かって右の隅っこにあるのが、仮眠用のシングルベッドか。寝具の色は清潔感のある白で統一されていた。
左側には小さな流しが設置されていて、そのすぐ隣に、焦げ茶色の長いテーブルが壁面にくっけるように置かれている。
作業台の上には、電子レンジみたいな家電と湯沸かしポットっぽい家電が置いてあって、更にその隣には縦長の食器棚とストッカー、ちょっとデカめの冷蔵庫が設置してあった。
事前に「中身取って食べていい」と言われていたので、早速遠慮の欠片もなく冷蔵庫を開けて中身をチェック。
……。うーむ。休憩室って言うだけあって、中に入ってるのは手を加えず食べられるタイプの、コンビニで売ってるようなパックに入った総菜類や生菓子類のみだ。
この分だと、お隣のストッカーに入ってるのも、カップラーメンなどを代表としたインスタント系の食品や、冷蔵保存の必要がないお菓子類だけだろう。
そりゃまあそうだよね。当然だよね。だってこの部屋、調理用のガスコンロないもんね。
つーか、ここにある食品類、どれもこれもパッケージの字が全く読めん。
これ何語なんだ? 字面はドイツ語に近い気もするけど、なんか違うんだよな。
まあいいか。どんなに考えても分からんものは分からんし、読めないものは読めないんだから仕方ない。一応どれもパッケージに中身の写真やイラストが載ってるし、どういう食い物なのかざっくり分かればもうそれでいいや。
てな訳で、気を取り直して捜索再開。
えー……。ドア部分には、ケチャップとマスタードなどの調味料類が幾つかと、牛乳を含めた飲料が数種。ただし、アルコール類はなし、と。
まあ、酒がないのは当然か。ここって、曲がりなりにも会社の休憩室だもんな。従業員(しかもエンジニア)が職場で酒かっ喰らうのを容認する経営者なんて、早々いないだろうよ。
さて、今度は冷凍庫をチェックさせて頂こう。
冷凍焼きおにぎりとか入ってないかなー、などと思いつつ、冷凍庫をオープン。
中に入っていたのは、庫内の半分を占める勢いで詰め込まれた大量のアイスクリームと、冷凍ピザ各種、それからミートボールにハンバーグ、あとは小分けになってる細切りタイプのフライドポテト。以上。
悲報:ここにもやっぱり米がない。
ああ無常。なんという悲劇。脳裏にエレジーが流れゆく。
なんでだよ……。なんで、どこに行っても米がないんだよ……。
白飯や焼きおにぎりとは言わない。
せめて、ピラフとかチキンライスとかパエリアとかドリアとか、そういう味のついた米料理のひとつやふたつ存在しても、罰当たらないと思いません?
頼むから探せよ! 米を! そして育てて流通させろよ!
麦と比べりゃちょっと管理が手間かも知れないけど、栽培自体はそんな難しくないはずだろ! 我は求め訴えたりッ!
もし米が手に入るなら、私は悪魔に魂を売る事も辞さない!
米が手に入った後、その悪魔シメて売った魂取り返すけど!
私は厳しい現実に打ちひしがれつつ、冷凍庫の中から冷凍ピザ(見た感じマルゲリータ)とフライドポテト、冷蔵庫からカクテルシュリンプと玉ねぎのマリネ、オレンジジュースのボトルを取り出す。
あ、そうそう、プリンももらっとこ。あとロゼ用に、この大袋入りの冷凍ミートボールも頂こうかな。
まあアレだ。
米がないのはショックだけど、それはそれとして腹が減りました。
今日は朝からなんも食べてないんで。
◆◆◆
セアが私のいる休憩室に顔を出したのは、私が2枚目の冷凍ピザ(多分クアトロフォルマッジ)を完食し、カップに入ったチョコアイス(やや大きめサイズ)を、ペロッと食べ終えた頃の事だった。思ってたより早いお戻りだ。
「ただいま~。待たせちゃってごめんね」
「そんな言うほど待ってないから平気よ。丁度今、ご飯とか食べ終えて人心地ついたトコだし」
「そう? それならよかった。こっちもようやく、修理作業を開始できる所まで漕ぎ着けたわ。ありがとうアルエット。あなたのお陰よ。あ、そうそう、収納ボックスも返さなくちゃね」
私の対面に座ったセアが、テーブルの上に乗せる形で差し出してきたランドセルもどきを、「どういたしまして」と答えながら受け取る。
それから、足元でお座りしているロゼの傍に屈み込んで、その背中に戻って来たランドセルもどきを背負わせた。
うん。やっぱお遣いワンコみたいで可愛い。いいねを連打でぶち込みたい気分。
思わずにっこりしつつ、ロゼのちまこい頭を何度か撫でて立ち上がり、再び椅子に座り直すと、いつの間にやらセアは椅子から立ち上がり、冷蔵庫の前に移動していた。
やがて、プチシュークリームの袋を片手にテーブルまで戻って来たセアは、袋を開けて中身を摘みながら「あー、ホント肩の荷が下りた気分だわぁ」と安堵の息を吐く。
「なんか他人事みたいな言い方になるけど、よかったわねセア。なんせこれまで、私からの通信にも出られなくなるくらい、ずっと切羽詰まった状況だったんでしょ? 本当にお疲れ様」
私は心から、セアに対して労いの言葉をかけた。
――が。
私の言葉を聞いた途端、セアの顔が大変分かりやすく引きつった。
ていうか今、めっちゃ小さな声で、やば、とか言いせんでした?
おい、ちょっと待て。まさかあんた……。
「……ねえ、セアさんや。もしかしてあんた……切羽詰まって忙かったんじゃなくて、通信機器をどっかに置き忘れてたとか、そういうしょうもない理由で、通信に気付かなかったんじゃないでしょうね?」
「へあっ!? ま、ままま、まさか! そんなんじゃないわよ! 忙しかったのは本当よ! あのその、違うの! もっと根源的で、どうしようもない事情があって!」
慌てふためいた様子で言い訳を述べ始めるセアに、私はただ半眼を向ける。
「へーえ。どうしよもない事情、ねえ。それ、どういう事情?」
「……。えっと……。お、落ち着いて聞いてくれる?」
「話の内容による。さあ、とっとと話しなさい」
「うぐ……。え、ええとね。じ、実は……あなたに渡してた通信機と同期させてる小型端末の、充電が切れてるのに気付かなくて、そのまま放置してました……」
あからさまな誤魔化し笑いを浮かべ、「ごめんなさい。てへっ」などとほざきやがるセア。
……。ほーん。そうですか。成程ね。
要するに、あんたのド忘れ凡ミスのせいで、ずっと連絡つかなかったんですね。
つーか、てへっ、じゃねえよ。ここに来るまでの間、どんだけ私が気を揉んだと思ってんだ。
このダメな女神、略して駄女神が……!
湧き上がる腹立たしさに背を押されるがまま、無言で椅子から立ち上がった私は、セアの脳天に無言でチョップを叩き込む。
一応、手加減はしておいた。
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