上 下
37 / 39
第3章

8話 合流と真相・後編

しおりを挟む

 セアに言われるがまま足を踏み入れた休憩室は、生成り色の壁紙が張られている、シンプルでこぢんまりとした部屋だった。ただし、場所が場所だからか窓はない。
 部屋の中央には、どこにでもありそうな正方形に近いテーブルがひとつと、椅子が2脚。出入り口から向かって右の隅っこにあるのが、仮眠用のシングルベッドか。寝具の色は清潔感のある白で統一されていた。

 左側には小さな流しが設置されていて、そのすぐ隣に、焦げ茶色の長いテーブルが壁面にくっけるように置かれている。
 作業台の上には、電子レンジみたいな家電と湯沸かしポットっぽい家電が置いてあって、更にその隣には縦長の食器棚とストッカー、ちょっとデカめの冷蔵庫が設置してあった。

 事前に「中身取って食べていい」と言われていたので、早速遠慮の欠片もなく冷蔵庫を開けて中身をチェック。
 ……。うーむ。休憩室って言うだけあって、中に入ってるのは手を加えず食べられるタイプの、コンビニで売ってるようなパックに入った総菜類や生菓子類のみだ。
 この分だと、お隣のストッカーに入ってるのも、カップラーメンなどを代表としたインスタント系の食品や、冷蔵保存の必要がないお菓子類だけだろう。
 そりゃまあそうだよね。当然だよね。だってこの部屋、調理用のガスコンロないもんね。

 つーか、ここにある食品類、どれもこれもパッケージの字が全く読めん。
 これ何語なんだ? 字面はドイツ語に近い気もするけど、なんか違うんだよな。
 まあいいか。どんなに考えても分からんものは分からんし、読めないものは読めないんだから仕方ない。一応どれもパッケージに中身の写真やイラストが載ってるし、どういう食い物なのかざっくり分かればもうそれでいいや。

 てな訳で、気を取り直して捜索再開。
 えー……。ドア部分には、ケチャップとマスタードなどの調味料類が幾つかと、牛乳を含めた飲料が数種。ただし、アルコール類はなし、と。
 まあ、酒がないのは当然か。ここって、曲がりなりにも会社の休憩室だもんな。従業員(しかもエンジニア)が職場で酒かっ喰らうのを容認する経営者なんて、早々いないだろうよ。

 さて、今度は冷凍庫をチェックさせて頂こう。
 冷凍焼きおにぎりとか入ってないかなー、などと思いつつ、冷凍庫をオープン。
 中に入っていたのは、庫内の半分を占める勢いで詰め込まれた大量のアイスクリームと、冷凍ピザ各種、それからミートボールにハンバーグ、あとは小分けになってる細切りタイプのフライドポテト。以上。

 悲報:ここにもやっぱり米がない。

 ああ無常。なんという悲劇。脳裏にエレジーが流れゆく。
 なんでだよ……。なんで、どこに行っても米がないんだよ……。
 白飯や焼きおにぎりとは言わない。
 せめて、ピラフとかチキンライスとかパエリアとかドリアとか、そういう味のついた米料理のひとつやふたつ存在しても、罰当たらないと思いません?

 頼むから探せよ! 米を! そして育てて流通させろよ!
 麦と比べりゃちょっと管理が手間かも知れないけど、栽培自体はそんな難しくないはずだろ! 我は求め訴えたりッ!
 もし米が手に入るなら、私は悪魔に魂を売る事も辞さない!
 米が手に入った後、その悪魔シメて売った魂取り返すけど!

 私は厳しい現実に打ちひしがれつつ、冷凍庫の中から冷凍ピザ(見た感じマルゲリータ)とフライドポテト、冷蔵庫からカクテルシュリンプと玉ねぎのマリネ、オレンジジュースのボトルを取り出す。
 あ、そうそう、プリンももらっとこ。あとロゼ用に、この大袋入りの冷凍ミートボールも頂こうかな。

 まあアレだ。
 米がないのはショックだけど、それはそれとして腹が減りました。
 今日は朝からなんも食べてないんで。

◆◆◆

 セアが私のいる休憩室に顔を出したのは、私が2枚目の冷凍ピザ(多分クアトロフォルマッジ)を完食し、カップに入ったチョコアイス(やや大きめサイズ)を、ペロッと食べ終えた頃の事だった。思ってたより早いお戻りだ。
「ただいま~。待たせちゃってごめんね」
「そんな言うほど待ってないから平気よ。丁度今、ご飯とか食べ終えて人心地ついたトコだし」
「そう? それならよかった。こっちもようやく、修理作業を開始できる所まで漕ぎ着けたわ。ありがとうアルエット。あなたのお陰よ。あ、そうそう、収納ボックスも返さなくちゃね」

 私の対面に座ったセアが、テーブルの上に乗せる形で差し出してきたランドセルもどきを、「どういたしまして」と答えながら受け取る。
 それから、足元でお座りしているロゼの傍に屈み込んで、その背中に戻って来たランドセルもどきを背負わせた。
 うん。やっぱお遣いワンコみたいで可愛い。いいねを連打でぶち込みたい気分。

 思わずにっこりしつつ、ロゼのちまこい頭を何度か撫でて立ち上がり、再び椅子に座り直すと、いつの間にやらセアは椅子から立ち上がり、冷蔵庫の前に移動していた。
 やがて、プチシュークリームの袋を片手にテーブルまで戻って来たセアは、袋を開けて中身を摘みながら「あー、ホント肩の荷が下りた気分だわぁ」と安堵の息を吐く。
「なんか他人事みたいな言い方になるけど、よかったわねセア。なんせこれまで、私からの通信にも出られなくなるくらい、ずっと切羽詰まった状況だったんでしょ? 本当にお疲れ様」
 私は心から、セアに対して労いの言葉をかけた。

 ――が。
 私の言葉を聞いた途端、セアの顔が大変分かりやすく引きつった。
 ていうか今、めっちゃ小さな声で、やば、とか言いせんでした?
 おい、ちょっと待て。まさかあんた……。

「……ねえ、セアさんや。もしかしてあんた……切羽詰まって忙かったんじゃなくて、通信機器をどっかに置き忘れてたとか、そういうしょうもない理由で、通信に気付かなかったんじゃないでしょうね?」
「へあっ!? ま、ままま、まさか! そんなんじゃないわよ! 忙しかったのは本当よ! あのその、違うの! もっと根源的で、どうしようもない事情があって!」
 慌てふためいた様子で言い訳を述べ始めるセアに、私はただ半眼を向ける。

「へーえ。どうしよもない事情、ねえ。それ、どういう事情?」
「……。えっと……。お、落ち着いて聞いてくれる?」
「話の内容による。さあ、とっとと話しなさい」
「うぐ……。え、ええとね。じ、実は……あなたに渡してた通信機と同期させてる小型端末の、充電が切れてるのに気付かなくて、そのまま放置してました……」
 あからさまな誤魔化し笑いを浮かべ、「ごめんなさい。てへっ」などとほざきやがるセア。

 ……。ほーん。そうですか。成程ね。
 要するに、あんたのド忘れ凡ミスのせいで、ずっと連絡つかなかったんですね。
 つーか、てへっ、じゃねえよ。ここに来るまでの間、どんだけ私が気を揉んだと思ってんだ。
 このダメな女神、略して駄女神が……!

 湧き上がる腹立たしさに背を押されるがまま、無言で椅子から立ち上がった私は、セアの脳天に無言でチョップを叩き込む。
 一応、手加減はしておいた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

転生錬金術師・葉菜花の魔石ごはん~食いしん坊王子様のお気に入り~

豆狸
ファンタジー
異世界に転生した葉菜花には前世の料理を再現するチートなスキルがあった! 食いしん坊の王国ラトニーで俺様王子様と残念聖女様を餌付けしながら、可愛い使い魔ラケル(モフモフわんこ)と一緒に頑張るよ♪ ※基本のんびりスローライフ? で、たまに事件に関わります。 ※本編は葉菜花の一人称、ときどき別視点の三人称です。 ※ひとつの話の中で視点が変わるときは★、同じ視点で場面や時間が変わるときは☆で区切っています。 ※20210114、11話内の神殿からもらったお金がおかしかったので訂正しました。

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

処理中です...