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第3章
7話 合流と真相・前編
しおりを挟む幸い、聖地にほど近い場所にあるここの天候は、今の所ただの曇天であり、よそと比べてずっと落ち着いていた為、普通に地上へ降りる事ができた。
ロゼの足の裏の肉球はよっぽど頑丈なのか、氷でできた針――いや、これはどっちかというと氷の破片だ――の上にも平然と降り立って、バリンバリンと大きな音を立ててそれを踏み砕いている。痛くも何ともないようだ。
おいおい。ねえちょっと、嘘だろお前。何で平気なの? ちまこい時の肉球はあんなにぷにぷに柔らかで、この上なく癒される触り心地してたってのに……。
これはもう、今度暇を見てデカくなってる時の肉球も触って、感触を確かめておかねばなるまい。
ともあれ、ロゼが踏み砕いてくれたお陰でできた足場に恐る恐る降り立って、周囲にある氷の破片を観察してみると、地面に刺さった破片は、どれもこれも微妙に形が違っている。
そして、それでいて何やら妙に細かい、彫刻作品にも似た形状をしている事が見て取れた。
――あ。そうか分かったぞ! これ、みんな雪の結晶みたいな形してるんだ!
って言うか、モロに雪の結晶なのかも知れない!
そう気が付いた瞬間、私は成程ね! と声を上げていた。
通常、地表へ降ってくる雪の結晶は、ごくごく小さな、柔い氷の塊みたいなものでできている。
でもここでは、何らかの理由でその小さく柔っこい氷が異常なまでにぐんぐん大きく硬くなり、やがて、こんなバカみたいなドデカサイズになって降って来たんだろう。
って言うか、砕けた部分を全部繋ぎ合わせて復元したら、私の顔よりデカイんじゃないの? これ。
しかし、デカく硬くなったとは言っても、所詮は薄っぺらい氷でしかない。
ゆえに、そのどれもが地面に落ちて刺さった時の衝撃で砕けて周囲へ散らばり――やがて、このような光景を作り出したのではなかろうか。
つーか……冷静になって考えたらヤバすぎじゃないのか、それ。
人の顔面を軽く超える大きさの、ごく薄い、それでいて鋭利さを伴った雪の結晶が、絶え間なく上からじゃんじゃん降って来ては地面に刺さって砕けゆく、という光景を脳裏に思い浮かべ、思わず顔が引きつった。
それってつまり、空から氷でできたでけぇカミソリが降ってくるみたいなもんじゃん。防御の結界張ってりゃダメージはゼロだろうけど、それでも外の光景モロ見えだもんよ。想像するだけで普通に怖ぇわ。
「……なんか……あんまり早くこっちに来なくて、よかったのかも知れない……」
私は思わずそう呟いた。
◆◆◆
色々な意味で、なんとも言えない複雑な気分になったまま、私は再びロゼの背に乗って聖地の最奥を目指す。なぜか聖域の森には、一切雪も氷も降った形跡はない。
人が手を入れる事を教義の中で原則禁じている、しかしそのくせ、人が通るに困らない程度の状態が、常に維持されている聖域の森――多分これは、セアが手を入れてるんだろう――を進み、以前と同じく、やたらとごん太い幹を持つ巨木に寄り添われるような形で存在している、聖地への入り口である洞穴へ足を踏み入れた。
そこからまた、前と同じように首なし石像の両手の上にアゴを置き、目を見開きつつ正面を見据えれば、すぐに装置が起動して、私をセアが待っているであろうあの部屋――セアが第1特殊観察室と呼んでいた場所に転移させる。
転移中、三半規管を強制的に引っ掻き回されるような感覚に襲われ、軽い吐き気を覚えつつも、すっ転ばないよう身体と足に力を入れ、踏ん張るようにして耐える事しばし。
相変わらず周囲をぐるりと取り囲んでいる満天の星空……早い話、宇宙だと思われるその空間と、こちら側を隔てているガラスの壁をぐるりと見回す。
ってか、セアいねえじゃん! オイコラどこ行った!?
はよ出て来い! 持って来たオリハルコン受け取れ!
そして壊れ気味の衛星をとっとと直さんかいッ!
「ちょっとセア! おーーい! どこにいんだよコラァ!」
円形になっている室内を、ロゼと一緒にグルグル歩き回りながら叫ぶ。
正直、自分でも馬鹿みたいだと思うんだけど、もう他にやりようがなかった。
呼び出しの為の内線とか、ブザーなんかがあればいいんだけど、それらしいものなんてどこにも見当たらないし、そもそも壁際のあっちこっちにある、コントロールパネルっぽい細かい制御盤も、操作法が全然分からなくて触れないんだよ!
せめてマニュアルのひとつでも置いといてくんないかな!?
そんなこんなでイライラしながら、まるで冬眠しそこねたクマさんのごとく、室内を無意味にひたすら徘徊し続ける事数分。
ガラスでできた壁の一部がやおら切り取られるように消失し、唐突に出現した出入口の向こうから、整備作業用と思しきモスグリーンの繋ぎを着たセアが駆け込んで来た。
作業の邪魔にならないようにする為なのか、長い黒髪はくしゃっとした適当なお団子状に纏められ、顔の一部と両手を含めた身体のあちこちは、薄い焦げ茶色した機械油で汚れている。
……。なんかもう、『女神様』なんて呼ばれて、多くの信者にひれ伏されるようなナリじゃないぞ。これ。
ぶっちゃけ、その辺の機械工場の現場で働いてる、下っ端作業員のお姉さんにしか見えねえっす。首に企業名っぽい名前とロゴが入ったタオルかけてるし。
あのさ、風呂入って着替えて来いとまでは言わんけど、せめて手と顔くらいはきちんと洗ったらどうなんですかね。つか、もう少し私の前では取り繕ってくれよ。頼むから。
いやまあ、そんだけ現在進行形で忙しいって事なんだろうけども。
「あ~~っ! やっぱりアルエットだったのねえっ! よかったぁ! あなたがここに来たって事は、目当てのブツが手に入ったって事でしょう!? あああ、ホントよかった! 超ギリギリセーフだわぁ! てな訳で、早速オリハルコンプリーズ!」
「分かってます。つか、今ここで中身出しちゃっていいの? めっちゃ量あるんだけど」
見るからに慌てた様子で、右手をこっちに差し出してくるセアにそう問いかけた途端、セアは思い切り目をかっ開いて、「――ハッ! そういやそうでした!」なんぞと言い出した。
そういやそうでした! じゃないだろ。ちょっと落ち着け、中間管理職。
最初に、とりま100キロくらい採って来て☆ とかなんとか言い出したのはアンタの方でしょうが。言い出しっぺがそもそもの要求量まるっと忘れてんじゃないよ。
「あー、えーーっと、待って待って! あ、そ、そうだ! 収納ボックス! 収納ボックスごと頂戴! 中身出したら返すから!」
「はいはい。どうぞ」
「ありがとう~~! 超助かる!」
ふう。これでようやく私側の仕事は終了だ。
晴れてミッションコンプリートって訳ですね。よくやった私。
って言うか――
「……んで、私はいつまでここで待ってればいいの?」
「え? えーと、うーんと、その、ちょーーっと落ち着くまで時間かかると思うから、この部屋の隣にある休憩室にいてくれない?」
ランドセルもどきを受け取って、それをツナギのベルト部分に括り付け終えたセアは、言うなりツナギのポケットからスマホっぽいブツを取り出した。
差し指で画面に触れて、何度かタップとフリックを繰り返すと、今度は出入口の反対側から、何かの駆動音が聞こえてくる。
音の聞こえた方に目をやれば、いつのまにやらそこに、人ひとり通れるくらいの大きさの、自動ドアっぽいものが出現していた。
「そこのドアの向こうに、休憩室があるわ。悪いんだけどそこで待ってて。仮眠室も兼ねてる部屋だからベッドもあるし、冷蔵庫とレンジもあるから。冷蔵庫の中にある物は、冷食含めて全部好きに飲み食いしちゃっていいわ」
取ってつけたような笑顔を浮かべ、「どうせ、アレもコレもみーんな会社の経費で落とした物ばっかりだし、私のお財布は欠片も痛まないから遠慮しないでね☆」と、セコい台詞をのたまうセア。
なんともはや。会社への忠誠心が微妙に薄い社員だねえ、お宅さんは。
でも、昨今の会社員なんて、おおよそみんなそんなモンなのかも知れないな。常に自身のスキルアップを念頭に置いている、エンジニアという職種なら尚更だ。
私が元いた世界ですら、終身雇用なんて時代遅れと言われ、ハイクラス転職が常識になりつつあった。今はもう、優秀な社員が欲しいのならば、会社側がそれを繋ぎ止めておく努力をせねばならない時代なのだろう。頑張れ、雇用側。
まあそれはともかく、お許しがあるなら遠慮なく飲み食いさせて頂きましょうか。
私はロゼに「行くよ」声をかけ、休憩室がある方へと歩き出した。
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