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第3章

3話 静かなる恋の迷走と、その終焉

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 本日は晴天。ちょっと気温は低めなものの、幸い雲が少なく風もほとんどないお陰で、日差しが暖かい。小高い丘にある野っ原の居心地は良好だ。
 私とティグリス王子、そしてエリーゼ嬢の3人は、レジャーシートの上に座ってお菓子を摘まみながら談笑していた。
 水筒に入れて持って来ていた水出し紅茶も、フレーバーティーだからか値段の割にはなかなかのお味で渋みもない。ゴクゴク飲めちゃうくらいだ。
 何より、使用人さん達が買って来てくれたお菓子はどれも大当たりで、個人的には話よりも、お菓子の方に比重が寄ってしまってたりするんだけども、その辺はティグリス王子もエリーゼ嬢も笑って流してくれている。
 大人の対応、ありがとうございます。

 そんな中、持って来たお菓子を半分ほど消費した所で、エリーゼ嬢がおもむろに「聖女様、私の事ではないのですが、少しお話を聞いて頂けませんか?」と切り出してきた。
「はい。勿論です。でも、エリーゼ様の事ではないとなると、ご友人のお話でしょうか」
「ええそうです。この、色々な意味でヘタレで、実は思い込みの激しい所がある王子様の事ですの」
「――ぐふっ! ごほっ!」
 エリーゼ嬢が笑って述べた言葉に、思い当たる節があるのだろう。ティグリス王子が、咀嚼していたミニマドレーヌを危うく噴出しかけた。
 つか、ヘタレて。
 なかなか言うな、このお嬢様。

「げほっ、え、エリーゼ!? お前、何を――」
「殿下、こういう時平民の方は、『腹を括る』と仰るそうですわ。……聖女様が大切な『お友達』なのは承知しております。けれど、そんなお友達だからこそ、きちんとお話を聞いて頂いた方がいいと思うのです。
 たとえそれがどんなに痛々しい失敗であったとしても、今全て吐き出してしまうべきですわ。この先、あなたの身分におもねらず、また弱みと取る事もなく、どんな話も真正面から聞いて下さる方ができるとは限りませんのよ?」
「…………」

「私、何か間違った事を言っておりますかしら。ねえ? お兄様」
 こてん、と可愛らしく小首をかしげるエリーゼ嬢。
 そこから数秒後、エリーゼ嬢の言葉を受けたティグリス王子は、はぁ、とため息を吐き、「分かったよ」と苦く笑う。
「聖女様……。正直な所、これから私が口にする話は、なかなかにみっともない事柄なのですが、どうか最後までお聞き下さいますか?」
「分かりました。どうぞお話し下さい。あなたの友として、どのような話を聞こうと決して笑わず、他言もしないとお約束します」
「ありがとうございます」
 私に礼を述べ、軽く頭を下げたティグリス王子は嬉し気に微笑んでいたが、その中にも幾らか緊張の色が見られた。

「えー……その、ですね。実は今、私は身分違いの恋をしております」
「……みぶんちがいのこい」
 おおっと。いきなりブッ込んで来たな、ティグリス王子。
 こいつはちょっと想定外だ。思わず棒読みで復唱しちまったわ。
「はい。相手の方の事ですが……平民でいらっしゃるので、念の為、外見的特徴や名前、職業は伏せさせて頂きます。その人との出会いは――」
 ティグリス王子は、ややうつむき加減で話を続けた。

◆◆◆

 ティグリス王子曰く、話は今からひと月以上前まで遡る。
 当時、ある案件の解決を図るべく取り寄せた、幾つかの資料の写真に写っていたその女性を見た途端、衝撃が走ったのだという。
 要するに、一目惚れしたって事だろうな。
 なお、私が聞いたティグリス王子の話には、一目惚れした女性に対する称賛、賛美の言葉などが半端なく含まれていた上、何度も脱線を繰り返して思った以上に長引いた為、内容を要約し、できるだけ掻い摘んで説明させて頂こうと思います。ご了承下さい。

 ともあれティグリス王子は、生まれて初めて経験した恋に思い切り舞い上がり、相手と自分の身分の事も忘れ、案件の解決を大義名分にして、その女性に直接会いに行ったらしい。
 でもって、その女性は写真で見ても美人だったけど、直接見たらもっと美人で、おまけに話してみたら予想以上に優しくて賢かった為、一層恋心に火が点いてしまい、お菓子や花などの贈り物をしまくった、との事。
 やがてティグリス王子は、そんな彼女と同じ時間を過ごすうち、いずれ臣籍降下して一代限りの爵位を賜る身の上ならば、一応法的にも問題はないし、その女性を妻に迎えたい、と思い始めていたが――そこで起きたのが、王太子であったアホな兄王子の、口に出すのも馬鹿らしい思い込みによる大暴走。

 兄王子が盛大に暴走してくれた結果、期せずして王太子の立場と未来が手の中に転がり込んできた所で、ティグリス王子は頭から冷水を浴びせられたように現実に立ち戻った。
 一目惚れした女性……つまり、平民女性を妻に迎える事が、どうあがいても不可能な身分になってしまったからだ。
 その後ティグリス王子の脳内は、自分でも驚くほどどんどん冷静になっていったらしい。
 俗に言う、賢者タイムの発生という奴ですな。

 そして、賢者タイムの発生によって、ティグリス王子はようやっと気が付いた。
 自分の内心でのみ、件の平民女性を妻にしたいという願望が一方的に膨らんでいて、求婚どころかそもそも告ってさえいなかった、という事実に。

 うん。これは確かにエリーゼ嬢の言う通り、ちょっと……だいぶイタいね。
 道理で当の本人も積極的に話したがらないはずだよ。
 自分1人で舞い上がって浮かれて、一番重要な確認事項と踏むべき手順を思い切りすっ飛ばし、勝手に想い人との未来を思い描いていた訳だからして。むしろ、よく話してくれたもんだ。
 人はよく、『恋は魔物だ』と言うが、それもある意味事実なのかも知れない。こんだけ知的で冷静な王子様の頭ですら、全力でトチ狂わせちゃうんだもんね……。

 まあ、成人してから経験した遅い初恋ともなれば、この世の春とばかりに浮かれてしまうモンだろうし、無理もないとは思うけど……なんにしても、きちんと状況を理解し、我が身を顧みて立ち止まれたようで何より。
 うん。そういう事にしておいた方がいい。
 兄王子との頭の出来の違いが、如実に表れてる部分だと思うよ。私は。

 私の生温い眼差しに気付いたのだろう。ティグリス王子は顔を真っ赤にして、非常に気まずそうに視線をさまよわせている。
 てか、もはやお顔に『穴があったら入りたい』と、ガッツリ書かれてるように見えます。
 いいよいいよ。そんな顔しなくても大丈夫だよ。
 分かってるから心配しないで。
 その女性に迷惑かけるつもりなんて、欠片もなかったんでしょ?
 つか、この件に関してはノーカンだよ。なんもアクション起こさなかったんだから。

 なにより、告白する事もできないまま終わってしまった恋って、心情的に結構痛手なんじゃありません?
 そんな未遂案件の事なんてとっとと忘れて、自分の心のケアを考えた方がいいと思うのは、私だけじゃないはず。
 生憎と私は恋愛経験皆無だし、当然失恋した事もないから、ティグリス王子の今の心境を本当の意味で理解する事はできないし、適切な言葉のかけ方も寄り添い方も分からないが、愚痴や泣き言を聞くくらいはできる。
 折角友達認定してもらったんだから、その程度の事なら幾らでも致しましょう。ドンと来い。
 それと、話を聞いているうち、私がかつて友人達から聞いた、失恋からの立ち直りに有効な行為を幾つか思い出した。

 友人達は言っていた。
 一番手っ取り早いのは、思い切り身体を動かす事。
 それから、美味しいものを沢山食べる事。ゆっくり風呂に浸かる事。
 そんでもって、上記の行動を取った後は自然に眠くなってくるので、最終的にぐっすり眠って翌朝スッキリ目覚められる、と。
 このルーティーンを、心が軽くなるまで何日も繰り返すらしい。ホントかよ。
 個人差もあるだろうし、これらの話がどこまで有効かは不明だが、一応ティグリス王子にも勧めてみるか。

「ティグリス王子、実は今思い出したんですが――」
 私は、今にもレジャーシートの上に突っ伏しそうな勢いで己の恥を噛み締め、悔いている生真面目な王子様に、早速思い出した事を話し始めた。
 あと、私も今日は結構調子に乗ってお菓子食べまくっちゃったせいで、夕飯が入るか怪しくなっているので、もし今すぐ身体を動かしたいのであれば、幾らでも付き合いますけど、とも。
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