真の聖女として覚醒したら、世界の命運ガチで背負わされました。~できれば早く問題解決したいけど無理ですか。そうですか。

ねこたま本店

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第2章

5話 疑念と浅はかな陰謀

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 男爵邸の庭に整列している騎士達の真ん前にて、弟に無事会えた事を喜び、ニコニコしている王太子殿下(名前分からん)に、なぜか作り笑いで応対しているティグリス王子、というよく分からない状況を、私達はただ黙って見つめていた。
 あんまりちゃんと憶えてないんだけど、そういやティグリス王子、前に酒飲んで泥酔した時、父親の王様だけでなく兄王子に対しても文句言ってたし、なにか思う所があるのかな。

 まあいいか。私も、興味本位でよそ様の兄弟間の話に口挟んだり、首を突っ込んだりするような性格はしていない。ここは自分の面倒を自分で見る事に集中しておこう。特に、忘れ物をしないよう注意が必要だ。
 とかなんとか思ってたら、みんな揃って私の部屋で、出立前の荷物の最終確認をしていた所に、なぜかティグリス王子がやって来た。

「出立準備でお忙しい所、申し訳ありません。しかし、どうしても今のうちにお話しておかねばならない事があるのです」
「はあ。どのような事でしょう?」
 つい首をかしげてしまった私に対し、なんだか深刻そうな、というか、硬い表情をしているティグリス王子が、一瞬躊躇ったような素振りを見せつつ、口を開く。
「……。にわかには信じがたい事と思いますが、どうか我が兄、トリキアス王太子にお気をつけ下さい。兄は何かを企んでいるようです」
「えっ?」
「……やっぱそうだったのか」
 ティグリス王子の、あからさまに苦みを含んだ発言に私は目を丸くしたけれど、エドガーは納得したように渋い顔をし、マグノリア様も「そうですね。そう思いたくはありませんでしたが……」と沈んだ表情をした。
 え? なに、どういう事?
 ただ1人、ティグリス王子の発言を理解できずにキョトン顔をしてしまう私に、マグノリア様が声をかけてくる。

「恐れながら聖女様。先程ティグリス王子とお話をされている間、トリキアス王太子はずっと、作り笑いを浮かべていらっしゃいました。それこそ、ティグリス王子に最初に声をおかけになった時からずっと。
 口では血の繋がりを強調し、とても心配していた、というような事を言っておきながら、社交用の作った笑みを向けている時点で、なにかおかしいと思うのは当然でございます」
「へっ? あれ、そうだったんですか?」
「そうだったんだよ。ティグリス王子よりだいぶ自然にゃ見えたけど、元々王族として、長年他の貴族連中と顔付き合わせて生きてきた、俺とこいつの目は誤魔化せねえよ」
「ええ。王宮もまた社交界と同じ、ある種の魔窟でございますから……。
 多角的かつ冷静に、人を見定める目を持って接する相手を選ばねば、自分がいいように利用されるだけ。そこを見誤ればたとえ王族であろうとも、最悪蹴落とされてしまいかねないのですわ」
「お二方共、ご明察でございます」
 エドガーとマグノリア様の発言をティグリス王子が肯定した。
 しかし、その表情は暗い。

「時に聖女様、私との会話の最中、兄が頻繁に指で耳たぶに触れていた事には、お気づきでしたか?」
「え? ええ。一言二言話すたび、何度も何度も耳に触れておられましたね。随分変わった癖だな、と思っていましたが……」
「ええ、そうでしょうね。当の本人は無自覚なようですが、実はあれは、兄が嘘をつく際によく取る仕草なのです。それも、心にもない嘘をつく時ほど、あの仕草は頻繁に出てきます。
 詰まる所……私を血を分けた大切な弟だと思っているというのも、身を案じていた、というのも、真っ赤な嘘だという事なのでしょう。むしろ……消えて欲しいとさえ、思っているのやも知れません」
 ティグリス王子は自嘲気味な笑みを浮かべる。
「私はこれまで、兄上のなさりように対して幾度も口を挟んできましたし、時には同じ王族として苦言を呈し、お諌め申し上げる事も少なくありませんでしたが……それはあくまでも、兄上の御為おんためを思っての事でした。
 いざという時、ただ耳障りのいい言葉だけではなく、現実と法に則した忠言を申し上げられてこそ、未来の王たるお方の臣下に相応しいと、それが正しい振る舞いだと、そう信じておりましたので。
 しかし……。それは兄上にとって鬱陶しい戯言でしかなかった。つまりはそういう事なのでしょうね」
 ティグリス王子は、悲しそうに、悔しそうに心情を吐露し、ほんのわずかに唇を噛む。
 どうにもかける言葉が見付からない。

 しかし、ティグリス王子は次の瞬間には、「つまらない愚痴を聞かせてしまいました、申し訳ありません」と、軽い口調で私達に謝罪しながら、明るく笑ってみせる。
 言うまでもなく作り笑いだったけど、そこを指摘できるような空気じゃないし、指摘したいとも思わなかった。
 それからティグリス王子は、スッと真顔になって話を続ける。
「ともあれ、兄が私を邪魔な存在だと明確に認識している以上、兄は必ず王都への同道中、私を追い落としにかかってくるでしょう。それも、直接私に危害を加えるのではなく、私と旅路と共にして来られた皆様を標的と見定める形で」
「だろうな。マグノリアは言わずもがな、アルは聖女っつーアンタッチャブルな存在で、その上、街道の魔物問題を解決した立役者、つまり、エクシア王国の恩人とみなされてる存在だ。
 でもって俺も一応、使徒っていう聖女に次ぐ特殊な立場で、それが今や3人揃って国賓扱いになってる、とあれば、道中で俺達に何かしらの嫌がらせやちょっとした攻撃を加えて、その罪をティグリス王子になすり付けりゃ、相当なダメージを与えられるだろうよ。
 場合によっては、それをネタにティグリス王子を罪人扱いして幽閉するか、もしくは王族の身分を剥奪するか、なんて所まで考えてる可能性もあるか」
 エドガーが、なんとも嫌そうな顔でティグリス王子の発言を補足した。

「……はい。エドガー様の仰る通りだと、私も思います。ですので……皆様、くれぐれも道中ご用心下さい。勿論、私も騎士団長にこの事を説明し、皆様の護衛を務める者には常に細心の注意を払うよう、申し付けておきますが……」
「分かりました。道中は、周囲や自分の近辺に注意するようにしておきます。……と言っても……」
「? どうかなさいましたか? 聖女様」
「あ、いえ、何でもありません。とにかく気を付けます」
 不思議そうな顔をするティグリス王子に対し、私はとりあえず、曖昧な笑みを浮かべて口から出そうになった言葉を誤魔化した。
 ……多分だけど、マグノリア様以外はよっぽど油断しない限り、特に痛手は受けない気がします。という言葉を。

◆◆◆

 てな訳で、エスト出立初日。
 私達は現在、ティグリス王子含めた4人全員で、騎士団長が王の命令で用立ててくれたらしい豪華な馬車に乗り込み、ガタゴト揺られながら道を進んでいます。
 多分だけどこの馬車、サスペンションとまではいかずとも、それに近い物が取り付けられているみたいで、さほど酷い振動は感じない。
 しかも、座った座席の中には、これでもかと言うほど緩衝材(多分綿)が詰め込まれていて、ふわっふわだ。そりゃもう、身体が深めに沈み込んでしまうくらいで、なんか落ち着かないけど、まあそこはそれ。
 ほら、よく異世界転生系や異世界トリップ系のラノベに出てくる主人公が、座席も固めのサスペンションなしなガチ揺れ馬車に乗せられて、ケツ痛いとかケツ割れるとか、内心で嘆くシーンあったりするじゃん? そういう目に遭わないだけで上等だ。むしろありがとうと言いたい。
 ロゼとしても、この馬車の乗り心地は快適なんだろう。私の右隣で丸まってくつろいでるけど、早速目をショボショボさせてて、おねむ寸前みたいだ。ぐうかわ。
 ただ……道中やる事なくて暇なのと、緩衝材たっぷりな座席の感触が、慣れてくるとホント心地よくて…無性に、眠くなってくる事だけが……この馬車の、欠点……。


 馬車に揺られて進むうち、いつの間にやら寝落ちしてしまっていたようで、隣に座っていたマグノリア様に起こされて目を覚ました時には、すっかり日が傾いていた。
 聞けば、どうやら今日はこの辺で野宿するって事らしく、既に馬車は適当な場所に停められていて、外では騎士さん達があちらこちらへ動き回り、王族と客人用の簡易コテージとおぼしきものの、設営準備を粛々と進めている。
 なのに私は、ずっと寝こけてたせいで今ここがどこのどの辺なのかって事も、自分では全く分からん体たらくです。
 でもまあ、3日かけて王都へ行くっていう日程を思えば、初日の今日は予定移動距離の3分の1を進んだと考えるのが妥当かな。うん。
 馬車から降り、どこかへとっとこ小走りで進んでくロゼの姿を微笑ましく眺めつつ、座席に座って寝てたせいで変に凝り固まってる身体を軽くほぐす。
 それから、多少なりとも周りの様子を確認しておこう、と思い立ち、歩き始める。
 つか、騎士団の皆さん設営が早いなぁ。もう簡易コテージの組み立て終わってるよ。今は自分達が休む為の、デカめのテントを組み立ててるみたいで――

 ……。あー、なんかその辺適当に歩いてたら、早速物陰にしゃがみ込んで不審な行動してる王太子見付けちゃったよ、おい。
 仕方がないので、出立直前に騎士団長さんから、「万が一の際にはこちらをお使い下さい」とのお言葉つきで渡された、事件捜査用の小型カメラを腰のポシェットから取り出し、簡易コテージの影に隠れて様子を観察してみる事にした。
 しっかし、行動起こすの早いな。
 まだ出立初日って事もあって、みんな余計に気ぃ張ってる所なのに。
 ティグリス王子に、何かしらの罪をなすり付ける為にやましい行動取るんなら、もうちょいで王都に着くとか、そういう気が緩みがちになる所でやらかした方が、成功確率高くなるんじゃありませんかね。
 自分の弟どころか、王家直属の騎士団の団長にまで、自分が不信の目で見られてる事に全く気付いてないから、こういう浅はかな行動に出るんだろうけど。
 まあそういう事なら、この辺から激写しておこうかね。ついでに身体強化魔法で視力底上げして、なにやってんのかじっくりしっかり見させて頂きましょう。

 そうこうしている間に王太子が懐から出した小瓶、中身の粉が妙にエグい暗紅色してやがります。うーん、どっからどう見ても毒薬だな、あれ。
 って、あーあーあー、腹ン中のゲスい本心が顔に現れてるぞー、王太子。イケメン王子がしていい顔じゃねえよ。
 そしてその手元にある深めの小皿に入ってるブツ、どう見てもカリカリ系のドッグフードかなんかだよね。
 ――ひょっとしてお前、うちのロゼに毒入りのエサ食わせるつもりなのかなぁ?
 自分の顔が思い切り引きつるのを、私は妙な冷静さの中で感じていた。
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