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第1章
閑話 神託と3人の国主
しおりを挟むその日、ノイヤール王国の会議室には、得も言われぬ緊張感が漂っていた。
緊急用の魔法通信機による、3か国会談が極秘裏に行われていたからだ。
通信機の画面を挟んで顔を突き合わせているのは、各国の国主達。
北の大国として知られる、セア・エクエス神聖帝国女帝・アイトリア3世。
女神の加護の元、大陸中央を治めるノイヤール王国女王・アンジェラ6世。
そして、南部の少数民族をまとめるエクシア王国国王・トラバントス2世。
3人の国主は数日前、執務中に突如として天より下された、女神の神託に関して話し合っていた。
《――では、そなた達も妾と同じく、女神からの神託を享けた、という事なのですね?》
深い翡翠色の相貌を眇め、重々しい表情で口を開いたのはアイトリアだった。
アイトリアは、今年で齢70を数える身ながら、『白磁の女帝』の二つ名を持つ、美しき老練の政治家である。
まとめて結い上げたグレイヘアに皇帝の証たる宝冠を戴き、周囲の者達を息をするかの如き自然さで従えているその姿は、常に気品と知性、威厳に溢れ、一切の老いを感じさせぬ女傑そのものだ。
まさしく、国家の頂点に立つに相応しい国主である。
この女帝を前にするたび、アンジェラ6世ことプリマヴェーラは、我が身の小ささを思い知らされる。
《う、うむ。その通りである。昨日はその場に、予の他にも多くの臣下がおり、女神の声を聞いておる》
アイトリアの問いかけに、水晶製の画面に映るトラバントスが、やや腰が引けたような姿勢で答えた。
トラバントスは、浅黒い肌に深い焦げ茶色の髪、淡い翠の瞳を持つ齢40の男にして、良くも悪くも政治的な手腕を耳にする機会がないゆえに、水面下においては『凡王』と揶揄されている人物だ。
決して暗愚ではないのだが、生来の気の弱さと決断力の希薄さが仇となり、臣下どころか妃や我が子の言動さえ御し切れない。
王としての矜持を示そうと己自身で思い立ったか、はたまた正妃の入れ知恵か、会談などで人前に出て口を開く際には、他者に弱さを悟らせぬよう意識して声と胸を張っている様子だが、プリマヴェーラやアイトリアには当の昔に、それがただの虚勢であると気付かれてしまっていた。
「……『我が箱庭たる世界に、凶事という名の暗雲垂れ込めたり。我が与えし聖獣を連れ従えた聖女を、抗魔の白金が埋蔵されし地へ誘い、聖女共々その入手に尽力せよ。さもなくば箱庭は滅び、命の息吹かぬ永久の凍土と化すであろう――』
わたくしの元へ届いた女神の御声は、そう告げられました。お二方の元へ届いた御声も、それに相違ありませんか?」
《ええ。相違ありません》
《うむ。同じく相違ない》
プリマヴェーラの問いかけに、女帝と国王が首肯する。
「そうですか……。神託にあった『抗魔の白金』というのは、恐らくオリハルコンの事でしょう。すなわち女神は、御身が築き上げた箱庭の崩壊を防ぐ為、オリハルコンを欲しておられる、と解釈してよいのでしょうか?」
《恐らくは。そして、オリハルコン収集の役目を聖女に託すのみならず、国主たる妾達にまでその支援を行うようお言葉を与えられた、となれば、あまり猶予のない話でもあるのでしょう。であれば――》
《であれば? 女神は予に、ど、どうせよというのだ》
《……。トラバントスよ。混乱するにもほどがありましょう。妾達の役割は、領土の中にあるオリハルコンの鉱脈を探し、そこに聖女を招く事です。少し考えれば分かる話ではありませんか》
アイトリアから嘆息混じりに言われ、トラバントスがしかめた顔を赤くした。
《ぐ……。わ、分かっておるわ! 宰相に命じて、速やかにオリハルコンの鉱脈を探させようぞ》
「そうですね。そのように取り計らって頂ければ。わたくしも、信の置ける者達へそのように下知しましょう。それと、創世聖教会に使いを出し、教皇猊下と聖女様にもお話を聞こうと思います」
《それがよいでしょうね。既に聖女様にも、女神の神託が下っているはずですから》
「はい。ではひとまず、3国の中で最もオリハルコンの埋蔵量が多い場所を捜索・発見する事を最優先に。その場所を発見次第、聖女様にご足労頂くという形で事を進めましょう。トラバントス殿もそれでよいですね?」
《う、うむ。まあ、問題ない……だろう。民の中にこの話が漏れ、混乱をきたさぬよう配慮せねばならんが……》
頭が痛そうに呟くトラバントス。
アイトリアとプリマヴェーラも、トラバントスの言葉に真剣な面持ちでうなづいた。
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