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第8章

7話 魔女の妄執

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 アドラシオンは剣を構えたまま、ともすれば震えそうになる声を辛うじて抑え込み、口を開く。

「なせ……なぜ生きているんだ! お前は、8年前に処刑されたはずだ!」

「あははっ、出てくる疑問が今更過ぎるよ、アドラ様。そんなの、処刑人を魅了魔法で骨抜きにして、あたし達を処刑した事にさせて逃げたからに決まってるじゃない。

 そ・れ・に、高貴な王族様やお貴族様達にも感謝してるの。アドラ様も含めて、王族様や他のお貴族様達っていうのは、基本罪人の処刑になんて立ち会わないし、死体を確認しようともしないもんね。処刑人から「処刑しました」って聞かされたら、もうそれでおしまいでしょ?」

「馬鹿な……。では当時、お前達一家を監視していた牢番達は、お前が付けられていた魔力封じの首枷を断りなく外し、処刑人は王家に対して虚偽の証言をしたと……。彼らは今日この日までずっと、王家をたばかり続けていたと言うのか!」

「まっさかぁ。牢番の兵士も処刑人も、アドラ様達を騙してなんていないわ」

 形のいい眉を吊り上げ、怒りも露に声を荒らげるアドラシオン。
 その前に立つ魔女――ココナは、小馬鹿にしたような口調で言い、クスクス笑っている。

「魔力封じの首枷はね、あたしが牢屋の中に倒れて、「苦しい~、死んじゃう~~」って言ってジタバタしてたら、牢番が「ちょっとだけだからな」って言って、割とあっさり緩めてくれたんだ。

 多分、外すんじゃなくてほんの何秒か緩めるくらいなら、魔法を使えないだろう、って思ったんだろうけど、見立てが甘かったよね~。
 でもそれも、兵士にちゃんと魔法の知識を教えたり、対策の為の教育をしてなかった、王家の落ち度ってやつだと思うんだけど」

 ココナは「モノを知らないって怖いわよね♪」と嫌味ったらしい口調で言う。

「まあでも、そのお陰で、あたしは牢番を片っ端から魅了して言いなりにできたし、処刑人も骨抜きにできたのよねえ。そんでもって、お父さんもお母さんも助け出せた。

 ついでにお父さんとお母さんが、牢番や処刑人達の記憶を禁呪で書き換えてくれたから、追っ手を差し向けられる事もなく、悠々と脱出できたわ。その時、魅了魔法の効果も記憶を書き換える魔法で、上書きされちゃったみたいだけど。

 ふふふっ、おかしいったらないわ。牢番の人達は多分、今でもあたし達を処刑上に連行したと思い込んでるし、処刑人も「処刑はつつがなく終わった」って思い込んでるんでしょうね。処刑なんて、実際にはしてないのに」

「……それで、お前はなぜ今になって、このような形で戻って来た。やはり復讐の為か」

「ええ、その通りよ。……あたしはただ、好きな人の隣で幸せになりたかっただけなのに、国家反逆罪だなんて大袈裟な罪をかぶせて、処刑までしようとしてくれて。本当、なんてムカつく連中なのかしら。

 逃げた後も散々苦労したわ。お父さんの言う通り、パルミアの王子様に取り入るまでにも時間がかかったし、今まで酷い目に遭った分を、きっちり王様達に返さなくちゃ割に合わない。そして……あたしのアドラ様も返してもらう。そう思って、ここまで来たの」

 ココナの昏い眼差しがアドラシオンを捉える。

「でもよかった、アドラ様がここにいてくれて。うふふっ、ここへ来てすぐアドラ様と一緒になれるなんて、嬉しい! 

 なんでか広域系の魅了魔法は効きが悪くて、剣を向けられないようにするのが限界みたいだし、それも一部の兵士にしか効いてないけど、こうして直接対面した状態なら、確実に効くでしょ。――さあアドラ様! あたしを見て! こんな国なんてさっさと捨てて、一緒にパルミアへ行きましょう!」

 ココナがアドラシオンに向かって両手を差し伸べた瞬間、甘い香りをまとった風が、アドラシオン目がけて一直線に吹き付けた。魅了魔法をアドラシオンに施しにかかってきたのだ。

 アドラシオンもまた、ココナの思惑を瞬時に理解したが、魅了魔法が込められた風が想定より広い範囲に亘って吹き付けてきたせいで、回避のしようがなく、そのまま風の直撃を受けてしまう。
 しかし。

「く……っ! ……ん? なんだ? なんともない……?」

「はあ!? な、なんで魅了魔法が効かないの!? 8年前は、もっと少ない魔力でコロッといったのに! ――このっ、えいっ! えぇいっ! 効け! 効けったらっ!!」

 予想外の事態に慌てたココナは、戸惑いつつもその場に全く変わらぬ様子で佇んでいるアドラシオンに向けて、何度も魅了魔法を打ち放つ。
 だがやはり、アドラシオンは平然としている。
 全く魅了魔法が通じない。

「な、なんで……。どうして……っ?」

 愕然と呟くココナ。
 一方のアドラシオンには、魅了魔法が効かない理由に、わずかながら心当たりがあった。

(……これは多分、ニアのお陰だ。ニアは精霊に好かれているから……。だからニアが渡してくれた精霊の守りにも、精霊の加護が本当に宿っているに違いない。それが、魅了魔法を退けてくれているんだ……)

 アドラシオンは内心でそう結論付けると、再び抜き身の剣を構え直す。

「……どうやら、ご自慢の魔法は役に立たないようだな。勝手な理由で祖国を捨て、裏切り、他国の王族に取り入り扇動し、ここまで攻め入ってきた罪は決して軽くないぞ、ココナ。貴様にはここで引導を渡してやる。覚悟しろ!」

「っ……! アドラ様、あ、あたしを斬ろうっていうの? その剣で? あたし、あたしは別に、国そのものを潰す気なんてないのよ? アドラ様を殺すつもりなんてないもの」

 真正面から剣を突き付けられて焦ったのか、ココナが突然取り繕うようにあれこれ喋り出した。

「ねえ、あたしと一緒に来れば、アドラ様はクロワールの王様になれるわよ? パルミアの新しい王太子様にお願いしてあげる。あの人は、あたしの言う事なら何だって聞いてくれるの。あたしがお願いすれば、アドラ様に王冠をくれるわ。

 ね? ほら、あたしと一緒にいた方が得でしょ? それにほら、あたし、昔より綺麗になったでしょ? 魅力的でしょ? あなたの隣で王妃様になってあげる。素敵な考えだと思わない?」

「残念ながら、魅力なぞ一切感じないな。隣国に操られる属国の王になる事にも、お前の夫になる事にも。
 今の俺には愛すべき領民達が、そして、魅力と知性と慈愛に満ちた、素晴らしい妻がいる! お前のような下卑た女とは比べるべくもない!」

「なっ……! きゃあっ!」

 アドラシオンが振り抜いた剣を紙一重で躱したココナは、その場に尻餅をつく。
 華美なドレスがぬかるんだ土にまみれ、ココナの口から「なによ……」と低い声が漏れ出た。

「……なによなによなによッ!! あたしというものがありながら、よその女と一緒になったって言うの!? 酷い、許せない! あたしはこの8年間、アドラ様の事をずっと想ってたのに!
 分かった、もういい! あたしのものにならないアドラ様なんて要らない! 死んじゃえっ!」

「くっ、な、なんだこれは……っ!」

 身勝手な台詞を吐き散らすココナの右手からどす黒い霧が湧き起こり、その霧に包み込まれた途端、アドラシオンは全く動けなくなる。

「あたしを裏切った罰よ! 呪われて苦しんで、後悔しながら死ねばいいわっ!」

 ココナのヒステリックな声を聞きながら、アドラシオンはその場で意識を失った。

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