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第8章

5話 隣国の宣戦布告~軍略会議、そして出陣

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 かくして、エフォール公爵家含めたクロワール王国の王侯貴族達は、慌ただしく動き始めた。

 王城から緊急の召喚を受けたアドラシオンは、その日のうちに支度を整え終えると翌日の早朝には公爵邸を後にし、留守を預かる事になったニアージュは、手紙に書かれていた通り、パルミア王国兵の進軍地になる可能性がある領地の民を、急ぎ避難させる為の準備に入る。

 ニアージュの補佐をしてくれるアルマソンの手腕も確かなものであり、民の避難に必要な馬車などの手配は、ものの3日で完了。その翌日には避難民達の元へと移動を開始した。
 猶予は十分にあるが、素早く行動するに越した事はない、との考えによるものだ。

 とはいえ、多少縦長ではあるものの、元々エフォール公爵領はあまり広くない。台車などを引いていたとしても、馬の足ならば避難民達が住む進軍予想地点まで、大して移動時間はかからないと予想されている。

 現時点での計画では、行きの移動に1日、避難民達の荷の積み込みなどを含めた避難準備に5日、避難民を連れて戻る帰りの移動には、2日をかける予定だ。

 本来ならば、もっと迅速に行動する事も十分可能だったが、それは避ける事になった。領民達や避難計画に携わる人員の負担を鑑みて、全ての行動に時間的な余裕を持たせる事にしたのである。

 また、王城での軍略会議に参加していたアドラシオンも、その頃には会議の結果を携え、邸へ戻って来ていた。

 アドラシオン曰く、真っ先に防衛戦を行う事になるであろうピスティス辺境伯公の領地へ、王兄クリダリア大公麾下きかの兵を引き連れる形で向かう事が決まったのだという。
 無論、アドラシオンも指揮官の1人として参戦する事になる。

 本来ならば、未だ跡継ぎのない領地持ちの貴族家当主が、自ら剣を取って戦場へ赴く事はまずないのだが、軍略会議において、自身の治める領内で戦端が開かれる可能性がある以上、何をする事もなく戦闘を座視するのは、領主として問題である、との意見が多数出た為、アドラシオンも首を縦に振らざるを得なくなったらしい。

 話を聞いたニアージュは、意見を出した連中を片っ端から殴り倒してやりたい気分になった。
 だが、その意見が決して無茶苦茶なものではない事も、きちんと分かっている。

 力のない民に代わって剣を取り、戦場に立つのも王侯貴族の役目。
 身命を賭して果たさねばならない『高貴なる者の責務ノブレス・オブリージュ』のひとつなのだから。



 そして――パルミア王国側の、一方的な宣戦布告を兼ねた書状が届けられてから、約2週間後。
 ついにアドラシオンも、王都から派遣された正規軍と共に、ピスティス辺境伯領へ赴く時がやって来た。

 主の見送りの為、邸の正面玄関に居並んだ、家令のアルマソンを含めた邸で働く全ての使用人や侍女達が見守る中、行軍用の簡易武装を身に付けたアドラシオンに、ニアージュが歩み寄る。

「旦那様、どうかお気をつけて。武運長久を祈っています」

「ああ。ありがとう。……そんな顔をしないでくれ、ニア。大丈夫、今の俺には守るべきものが山のようにあるんだ。それらの存在や君を置いて、戦場で果てたりなぞするものか。這ってでも帰って来るさ。それに、戻ったら少し話したい事もあるし」

「? 話したい事ですか? 分かりました。旦那様のお戻りを、邸のものや領民一同、心からお待ちしていますね。……。あの、それからこれを」

 ニアージュがアドラシオンにおずおずと差し出したのは、全長5センチ程度の大きさの、牛皮をなめした革と赤茶に染色した麻の紐で作られた、バケットバッグだった。日本風に言う所の巾着袋である。

「? これは……? 革でできた、小物入れか?」

「これは、私が住んでいた田舎に伝わる魔除けのお守りです。詳しい作り方は秘密なんですが、ざっくり言うと、ちょっと加工した私の髪の毛が入っています。これを身に付けていると、精霊様が邪悪な意志から持ち主を守って下さるんだとか。

 ほら、なにせ、相手方には魔女がついていると言うじゃありませんか。ですから、なにかこう、守りになるものがあった方がいい気がして……。本当に効力があるかは分かりませんし、気安めにしかなりませんが、できればこれを、私の代わりに連れて行ってはもらえないでしょうか」

「ニア……。分かった、ありがたく持って行かせてもらうとしよう。とても心強いよ。それに、君は精霊に好かれているようだから、このお守りにもきっと効果があるさ。
 ――そろそろ出立の時間だ。留守を頼む。みなで力を合わせて、領地と領民達を守っていてくれ。アルマソンも、ニアやみなの事を頼んだぞ」

「任せて下さい! 私、みんなと一緒に全力で頑張りますから! 旦那様に、精霊様のお慈悲とご加護がありますように!」

「行ってらっしゃいませ、旦那様。邸の者達や奥様の事は、我が身命に懸けて必ずやお守り致します。――ご武運を」

「行ってらっしゃいませ!」

「どうかご無事でお戻り下さい!」

「大過なくご帰還される事を、祈っております!」

「……ありがとう。みなが、俺の為に祈ってくれる事を感謝する。行ってくる!」

 ニアージュやアルマソンのみならず、他の使用人や侍女達が口々にアドラシオンの無事を祈り、見送りの声を上げる中、アドラシオンは颯爽と馬に跨り、馬蹄の音を響かせながら邸を離れていく。
 このまま、邸の近くで待機しているであろう大公が率いる増援の兵達と合流し、目的地へ進んでいくのだろう。

 時は炎天月えんてんづきの下旬。
 暦の上では秋の訪れが近い頃合いだが、実際にはまだまだ酷暑が続くはずの領内には、幾分時季外れな冷えた空気が流れ込んで来ていた。

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