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第7章

7話 皇室騒動記~皇太子の見解と皇帝の理解

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 騎士達が、寝室からアイティアとフレッドを救出した後。
 早々に除草作業が開始された2人の寝室の床には、10センチの深さに及ぶ量の土が余す所なく敷き詰められており、各種雑草は、そこに根を張って生えていた事が判明した。

 お陰で、そこから騎士の助けを借り、這う這うの体で脱出したアイティアとフレッドは、足元は土まみれ、身体と頭は雑草の汁と付着するタイプの種まみれ、という有り様で、双方共に、そのまま風呂場へ直行する羽目になっている。

 恐らく今もまだ、両名は湯浴みをしている最中なのだろう。
 いつも一家揃って食事を取る皇族専用の広いダイニングには、現皇帝エストリトスと皇太子たる第1皇子、アートレイだけしかいない。

 なお、アートレイの実母である第1皇妃は、前公爵である実父が鬼籍に入ったとの知らせを受け、葬儀に出席すべく、昨日の朝から生家へ戻っていて不在である。

 なんにせよ、朝食を取る直前、第2皇妃と第2皇子の寝室に山のような雑草が生えた、などという意味不明な報告をされた上、上記のような報告も併せて聞かされたエストリトスは、目の前にあるフレンチトーストにナイフを入れながら、深々とため息をつく。

 切り分けたフレンチトーストを口に運び、数度の咀嚼の後にそれを飲み下したエストリトスは、背後に控える侍従に視線を向け、軽く手を振って見せた。
 皇帝が言外に発した「人払いをせよ」という命に従い、侍従は給仕の為に控えていた侍女達を伴って、皇族専用のダイニングから退室していく。

 やがて侍従達が完全に退室し終え、父と2人きりになったアートレイは、エストリトスが口を開くその前に、「私は何もしておりませんよ」と、先んじて述べた。

「余はまだ何も言っておらぬが?」

「そうですね。ですが、父上が私に対して仰りたい事は、人払いが為された時点でおおよそ察しがついておりましたので。

 重ねて申し上げます。私は精霊達に何かを命ずるような事は一切しておりませんし、よしんば命じたとしても、精霊達が従う事はまずありません。精霊とは、人が気安く御せるような存在ではございませんゆえ。

 そもそも、先に愚かな行動に出た挙句、踏んではならぬ魔獣の尾を踏んだのは、他ならぬアイティア様とフレッドです。なにせアイティア様とフレッドの命を受けた者共は、隣国の公爵領内にて、レヴィを捕える邪魔をした精霊の愛し子たる公爵夫人に弓を射かけ、矢傷を負わせたのですからね」

 アートレイの言葉を聞いたエストリトスは、途端に食事の手を止め、アートレイに視線を向ける。

「……! アートレイ。それはどういう事だ。アイティアとフレッドが、レーヴェリアを捕えようとした? しかも、その過程で隣国の……クロワール王国の公爵夫人を負傷させたと? お前の知る事を全て話せ。詳しく説明せよ」

「御意。ただ、何もかもを詳細に語るとなると、それ相応に長い話になりますゆえ、要点を踏まえた上で簡潔に説明させて頂きます」

 皇帝たる父に会釈をしたのち、アートレイが自身の身を守ってくれている精霊、ジルウェットから伝え聞いた出来事を話して聞かせると、エストリトスは渋面で顎をさすった。

「むぅ……。それはまた……なんという事だ……。アートレイ、お前を疑う訳ではないが、それらの話は真実なのだな?」

「はい。私を守護してくれている精霊が、そのように申しておりました。……父上もある程度ご存じかと思いますが、精霊とは清廉な存在であり、特に、私を守護してくれている風の系統の精霊達は、人心に淀みをもたらす嘘偽りを嫌います。その風の精霊が、私に虚偽を申す事など決してございません。

 しかしながら、現状アイティア様やフレッドを帝国の法に照らし合わせ、罪に問えるような明確な物的証拠はありませんので、声高に糾弾するような真似はしておりませんが」

 アートレイは、眉根を寄せているエストリトスに対してそう断言すると、手元にあるティーカップを手に取って紅茶を口に含む。

「精霊に愛されし者たる、隣国の公爵夫人が傷を負った事は由々しき事態ですが、命に別条のない軽傷である事と、レヴィがかの公爵家によって保護され、無事である事だけは、不幸中の幸いなのではないかと。

 もっとも、精霊達からして見れば、大事おおごとにならずに済んでよかった、などという話では収まらぬ事です。自分達の愛し子が、我が皇家の跡目争いに巻き込まれ、文字通りとばっちりで怪我を負った事は、大層許し難いものでしょう。怒り心頭の状態だと言っても過言でないと思われます。

 ただ、先程も申し上げた通り、公爵夫人は身命が危ういほどの怪我は負っていませんので、アイティア様とフレッドに対する精霊達の報復も、命に係わるような苛烈なものにはならぬでしょう。

 しかし、止める事はできません。後始末をする羽目になる使用人達には申し訳ない事ですが、ここは精霊達の思うままにやらせて、溜飲が下がるのを待つ以外、我らに為す術はありません」

「……。少なくとも、命に係わるような報復はないのだな?」

「はい。それについては間違いなく。精神的には死ぬ目に遭うやも知れませんが」

「…………。本当にどうしようもないのか。余は立場上、あまりアイティアとフレッドをないがしろにする訳にはいかんのだが……」

「父上……いえ、皇帝陛下。幾度でも申し上げますが、精霊は気安く人が御せる存在ではありません。
 かの存在の怒りを和らげる方法は、座視を続ける以外にないのです。ご納得頂きたいとは申しません。ですが、我が国と皇家の安寧の為です。ご理解下さい」

「……。あい分かった。全ては精霊の御心のまま。後は、なるようになると考えるしかあるまい……。それに、お前の話が事実であるならば、近日中にクロワール王国側から、件の公爵夫人とレーヴェリアの件に関する親書が届くはずだ。

 何においてもそちらへの対処対応を優先せねば、今後国家間の問題にも発展しかねんからな。アイティアとフレッドには悪いが、あまり内輪の事にかかずらってはおれぬだろう」

 エストリトスは深々とため息を吐き出し、食べかけのフレンチトーストに再びナイフを入れる。
 口に運んだフレンチトーストは、なぜか先程より味がぼやけているように感じられた。

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