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第7章
5話 関係者各位の怒り~王妃と王太子妃の場合
しおりを挟む王宮の侍女達が、束の間の茶会を終わらせ各々の仕事に戻った頃。
王妃マルグリットと王太子妃グレイシアは、マルグリットが個人的に所有している庭のガゼボにて、2人きりの茶会を催していた。
無論、これはただの茶会ではない。
これ以降、帝国内での継承争いに幾ばくか巻き込まれる格好となったクロワール王国が、帝国に対してどのように動くか、どのような働きかけや交渉を行うべきか、非公式に話し合う為に設けた場である。
「お義母様、お気持ちはとてもよく分かりますが、そろそろご気分を切り替えられてはいかがですか?」
「……そうね。あなたの言う通りだわ。でも、今回のあの人の発言は、久々に度を越した酷いものだったから、ついね」
「……。その点に関しては、私もお義母様と全くの同意見ですので、言及は避けさせて頂きますわ。――さあ、お義母様、お茶を召し上がって下さいな。とてもよい香りがしますよ? きっとお心が落ち着きます」
「ふふ、そうね。ありがとうグレイシア」
マルグリットとグレイシアは穏やかに笑い合う。
元々馬が合うからか、マルグリットとグレイシアは、グレイシアがアドラシオンの婚約者だった時分から、大層仲のよい間柄だった。無論の事、それは今も変わっていない。
「ねえグレイシア。いつもごめんなさいね。陛下のご失言があるたび、わたくしと陛下の間に入って取り成してくれて」
「どうかお気になさらず。これも陛下の御代を維持し、国家の安寧を守る為、私が果たすべき責務のひとつと心得ておりますから。……まあ、今回は流石に、間に入るのを遠慮させて頂きましたけど」
「それこそやむを得ない事ではなくて? 今回陛下は、あなたの親しいお友達の勇気ある行動を身勝手な理由で非難したばかりか、露骨に侮辱するような事まで仰られたのだから。
友として人として、憤りを憶えるのも当然でしょう。幾ら国家の頂点に座する主だからとて、口にしていい事と悪い事があるわ」
マルグリットは優雅な仕草でティーカップを持ち上げ、ほんの少量紅茶を口に含むと、静かな口調で話を続ける。
「国主というのは、誰にも負えぬ重責を一身に担い、国をお守り下さる貴きお方であらせられるけど、だからとて、何をしても許されるほど超越した存在ではないのよ。
伴侶や臣下が身分と権威におもねるばかりの態度でお傍に侍り、王の暴挙を許していては国の衰退や滅亡を招く。それは、あってはならない事だわ。グレイシア、あなたも未来の王妃として、よくよくその事を肝に銘じておいて欲しいの。
もしこれから先の未来で、アリーが……アリオールが王として過ちを犯した時、致命的に判断を誤ったと思った時は、どんな手を使ってでも止めるのよ。それはあなたにしかできない事。だから……」
「……。お義母様……。ご安心下さいませ、重々心得ておりますわ」
国主の伴侶としての、決然とした強い眼差しを向けてくるマルグリットに、グレイシアも真っ直ぐな眼差しで応えた。
しかし、次の瞬間には目元を和らげ、柔らかく微笑みながら口を開く。
「それでも私は、私のアリーがそんな愚王に成り下がる日など、決して来ないと信じておりますけど。本当はお義母様もそうなのでしょう?」
「……ふふ、そうね。わたくしも、わたくしの可愛い子を信じているわ。――話が逸れてしまったわね。そろそろ本題に入りましょう」
「はい。では……今後我が国としてはやはり、エフォール公爵の手紙にあった通りの形で動くべきでしょうか。
ひとまず皇女殿下には王城へのご足労をお願いし、当面の間、貴賓室にて滞在して頂く形を取ったのち、帝国へ親書を出し、皇女殿下を迎えに来る人員及び、私達王国側との話し合いを行えるだけの、身分と地位を有した人員を派遣して頂く、と」
「ええ。わたくしも、それが一番現実的だと思うわ。それに合わせてアドラも呼んで、使者との話し合いの場を設けましょう。
……現帝がその意思と責任を以て定めたもうた、次代の皇帝の御代を始まる前から乱し、卑劣な手段で帝位を簒奪せんとする不逞の輩が、不当な方法で我が国の国土へ踏み入った挙句、大切な臣民に対して文字通り弓を引き、その身命を脅かした。
いかに最大の友好国であるとはいえ、こちらの納得いく対応をすると確約してもらわねば、今後も互いに変わらず手を取り合う事など、到底出来かねるというもの。皇帝陛下には、是が非でも国家としての誠意を見せて頂かなくては」
「仰る通りですわ。私も王太子妃として、王妃殿下のお考えを全面的に支持させて頂きます。王妃殿下におかれましては、そのお考えを国王陛下へ、早急に奏上申し上げるべきと考えますわ」
淡々としていながらも、どこか芯の強さを感じさせる声色で言葉を紡ぐマルグリットのその姿は、まさしく一国の主の伴侶たるに相応しい、堂々たるものだ。
そんなマルグリットに付き従うかのように、グレイシアも改めて背筋を伸ばし、凛とした表情と声で王太子妃としての言葉を発する。
だがその直後、グレイシアは敢えて表情を崩し、悪戯っぽく微笑みながら再び口を開いた。
「けれどお義母様。ひとつだけお伺いしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「あら、なにかしら? 言ってごらんなさい」
「お義母様のお言葉の裏にある、本音はどのようなものでして?」
「それは勿論、決まっているでしょう? ニアージュに怪我をさせた落とし前を、しっかりつけてもらいたいという事に尽きるわ。
一度は事故物件に落ちぶれて社交界から遠ざかり、引きこもりになりかけていたアドラの所へ嫁いで来てくれたばかりか、常日頃から公爵夫人としての勉学に励み、アドラの支えになろうとしてくれている可愛い義理の娘を、あろう事か弓矢で射って怪我をさせるなんて、許し難い事この上ないもの」
「ふふっ、やっぱりそうでしたか。では私もアリーと一緒に、大切なお友達を怪我させられた件、話し合いの場でしかと追及して下さるようにと、陛下に対して意見具申させて頂く事にしますわ」
「では、まずアリーを呼んで、3人で陛下の御前へ行きましょうか。例え友好国であろうとも、決して温い対応をさせないよう、キッチリお話しておかなければね」
マルグリットとグレイシアは紅茶のカップ片手に、優雅な淑女の笑みを浮かべる。
しかし双方共、目は笑っていなかった。
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