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第7章

3話 関係者各位の怒り~エフォール公爵家の場合

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 ニアージュが無事目を覚ましてから数時間。
 料理長が腕によりをかけて作った昼食(ただし、2食分食事を抜いているので軽めのメニューだ)を綺麗に平らげ、鎮痛剤を服用してベッドに潜り込み、ぐっすり眠っていたのとほぼ同刻、アドラシオンの私室には、アドラシオンの命に応える形で、アルマソンとマイナ、それからアナが顔を揃えていた。

「みな、忙しい中よく集まってくれた。こうしてみなを呼び立てた理由は他でもない、今回の一件以降、当家がどのように動くかおおよその指針を固めたゆえ、それに関する意見を聞きたく思っての事だ」

「かしこまりました。家令として、謹んでお話を拝聴させて頂きます」

「アルマソン様に同じく、私も侍女長として、しかと拝聴させて頂きたく存じます」

「……あ、あの、私はただの侍女で、当家において重要な役職にある者ではありませんが……。なぜこの場にお呼び頂けたのでしょう」

 アドラシオンの言葉にうなづき、恭しい礼をするアルマソンとマイナ。
 しかし、アナは戸惑ったような声を上げる。

「それは勿論、君が当家の女主人である、ニアの専属の侍女だからだ。現在ニアは、この場に呼んで話に付き合わせていいような状態にない。そこで、君にニアの代わりに話を聞いてもらいたく思い、ここへ呼んだ次第だ。
 詰まる所、今の君はニアの代理という事になる。もし話の中で何か気になる事や意見があったなら、遠慮せず口に出して欲しい」

「……! はい、かしこまりました! そういう事でしたら、私も微力を尽くさせて頂きます」

「ああ、よろしく頼む。――所でアルマソン、レーヴェリア様は今、いかがなされている? 昨日の晩からずっと、酷く気落ちしておいでのようだったが」

「レーヴェリア様は現在、客室で読書をなさっておられます。ご案内させて頂いた我が家の書庫から、主に武芸や武器の取り回しに関する書物をお持ちになられて、熱心に読み込んでおいででございました」

「レーヴェリア様は、奥様をご自身の事情に巻き込んで、お怪我までさせてしまった事を、とても悔いていらっしゃるご様子でしたので、その事が関係しているのやも知れません」

「ご自身の手で此度の騒動を起こした痴れ者共に、天誅を下したいと思っておいでなのでは? 昨夜から、気落ちすると同時に、第2皇妃殿下と第2皇子殿下に対して、強い憤りを抱えていらっしゃるご様子でしたので」

 アルマソンに続いて、マイナとアナが淡々と言葉を発すると、アドラシオンが「そうか」と短くうなづく。

「レーヴェリア様のお気持ちは、俺も痛いほどよく分かる。……俺自身、できる事なら今すぐ帝都の宮殿に単身乗り込んで、諸悪の根源を手討ちにしてやりたいと、そんな不穏な事を考えているくらいだからな」

 机の上に置いてあったペンを手に取り、それを無意味にもてあそびながらうそぶくアドラシオンに、アルマソンが「旦那様」と、非難の色を含んだ声で呼びかけてくる。

「分かっている。曲がりなりにも他国の皇族に対し、不敬も甚だしい発言だと言いたいんだろう」

「いえ、そうではございません」

「? では、何だというんだ」

「私はただ、旦那様が『叶う事なら帝都の宮殿に単身乗り込んで』などと仰られた事が、非常に不服なだけでございますれば」

「――は?」

 アルマソンの口から飛び出した想定の斜め上を行く発言に、アドラシオンは思わず間の抜けた声を上げた。
 眼前にいる家令の目が据わっている事に気付き、わずかばかり顔が引きつる。

「ですから。かの地へ乗り込むのであれば、私めの事も供として連れて行って頂けないものかと、そう愚考した次第でございます。こう見えて、通常の剣のみならず、重量武器の扱いも併せて会得しておりますし、今も研鑽を怠ってはおりません。
 当然、斧を使って扉や壁を打ち壊すすべなども身についておりますゆえ、お連れ頂ければお役に立つ自信がございます」

「……あ、あのな、アルマソン」

「全く、旦那様もアルマソン様も、何を仰っているのですか」

「す、すまんマイナ。そうだよな、俺とアルマソンの今の発言は」

「そこは、私も供にお連れ頂く所でしょう」

「え」

 マイナは侍女長なだけあって、常識やマナーに厳しい。
 それゆえ、てっきり小言を喰らうものかと思い、素直に謝罪の言葉を口にしたアドラシオンだったが、アルマソンの時以上に予想外な言葉をかけられ、一瞬思考が止まる。
 見れば、マイナの目も完全に据わっていた。

「旦那様もご存じの通り、私は辺境伯家の末子でございます。生まれ育った場所柄もあり、護身術の延長で短刀の扱いを学んでおりますので、不意打ちすれば兵士の1人や2人、単身で片付ける事が可能かと。多少なりともお役に立つ自信がございます」

「そうなのですか。はぁ……。アルマソン様とマイナ様が羨ましいです。私は単なる田舎出身の孤児なので、武術どころか護身術の心得すらないんですよね。
 やっていた事と言えば、精々孤児院の裏手で薪割りしていたくらいで……。あ、そうだ。アルマソン様、薪割りと同じ要領で、斧で頭カチ割ったりとかできませんか?」

「おいアナ!?」

 更にはアナまでもが、話に乗ってとんでもない事を言い出し始め、アドラシオンは反射で声を上げた。
 当然ながら、アナの目も据わっている。

「アナ。あなたの気持ちは分かりますが、それはやめた方がいい。薪割り用の斧と戦闘行動で用いる戦斧せんぷは、根本的な構造や重量が異なります。あなたの細腕では扱い切れぬでしょう。
 それに……旦那様と侍女長殿の前ですので詳細な表現は避けますが、私のかつての経験上、斧で頭を割るとなると、存外飛び散る・・・・・・ものですよ?」

「え? そうなんですか? ひょっとしなくても、だいぶエグい感じになります? 私は一応、鶏やウサギを締めて解体した事くらいはあるんですが……それでも無理でしょうか」

「はい。恐らくは。なにせ当時、実戦経験豊富な私の同僚であっても、それ・・を目の当たりにした時は吐きましたので。そういった意味でもお勧め致しかねます。野の獣や家畜の解体などと、十把一絡げにすべきではないかと」

「そうですか……。じゃあ、残念ですがやめておきます」

 諭すような口調でアルマソンに言われ、アナが眉尻を下げながらうなづく。

「……。最初に話を持ち出した俺が言うのも何だが……。そろそろ例え話はやめにして、肝心の今後の話をしてもよいだろうか……」

 そしてアドラシオンもまた、いささか疲れた顔でそう述べた。

 今後は幾ら腹立たしくとも、この3人の前で物騒な例え話をするのはやめよう。
 内心でそう誓いながら。


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