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第6章
16話 追走劇の結末
しおりを挟む※今回の話には、多少の負傷描写があります。
負傷の状態を事細かに書いてはいませんが、苦手な方はご注意下さい。
着ている服が服なので少々やりづらいが、やや身を乗り出した前傾姿勢で馬に乗り、街道を猛スピードで疾駆するその傍らを、飛来する弓矢が何度も掠めていく。
放たれた矢が、いつ自分やレーヴェリアに当たるかも知れないと思うと、肝が冷えて仕方がない。
「あーもー! しつこいッ!」
ニアージュは思わず叫びながら、肩越しに背後をちらりと確認する。
馬蹄の音から大体の見当は付いていたが、やはりやや遠い所に、馬に乗って矢をつがえている追っ手らしき人間が3人、視界に入った。
連中も、レーヴェリアの身柄を押さえる事が目的である以上、頭を狙うような愚は犯すまいし、よしんば命中してしまったとしてもそれが元で死ぬ事はないだろうが、当たれば間違いなく滅茶苦茶痛い。
ついでに言うなら、弓矢の鏃には大抵返しがついている。もしそれが刺さったりした日には、鏃を摘出する為に傷口を切開せねばならなくなってしまう。
更に言えば、この世界に局部麻酔なんて便利なモノは存在しないので、摘出や治療自体にも相当な痛みを伴う事請け合いである。
そんな目に遭うのは、是が非でも御免被りたい所だった。
不幸中の幸いなのは、ニアージュとレーヴェリアのみならず、追っ手達もまた馬に乗って走っている事。そして、夕暮れ時であると同時に空も曇り始めていて、昼日中と比べてだいぶ視界が暗い――つまり、矢が当たりづらい状況下にある事だ。
そもそも馬は元の世界のバイクなどとは違い、走っている最中に身体がかなり揺れる為、騎乗しながら弓を放ち、それを狙った的に当てるというのは、なかなかに難しい。
しかも、狙っている『的』が固定された物体などではなく、弓の射手と同じ馬上にあって疾駆している人間となると、更にその難度は跳ね上がる。
おまけにこの薄暮の時間帯ともなれば、恐らく今の追っ手達の腕では、命中率は5割、いや4割を超えないだろう。
無論、徹底した訓練を受けた者であれば、上記のような条件下にあっても恐るべき命中率を叩き出す事だろうが、どうやら追っ手達の弓の腕は、幸いその域にまでは達していないものと思われた。
(……とはいえ、『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』なんて言葉もあるし、命中する確率がゼロじゃない以上、欠片も油断できないんだけど……!)
そんな事を思って顔をしかめた所で、またもや身体の脇を弓矢が掠めていく。
全く持って洒落にならない状況だ。
やがて、遠目に見えていた邸が目に見えて近くなり、ラティとコニーの息が荒くなり始めたその時、ニアージュの右肩に激痛が走った。
肩に矢が当たった、と理解すると同時に一瞬意識が飛びかけ、手綱を掴んでいた手が緩んで馬上の身体が大きく傾く。その勢いで大きくぶれた視界に、今にも雨が降り出しそうな曇天と、その中で瞬く雷が映った。
(――……っ! あっ、ヤバ……!)
「ニアージュ!!」
バランスを崩して落馬しかけたその刹那、レーヴェリアが上げた悲痛な声が、諦めの感情に引きずられかけたニアージュの意識を強く揺さぶり、奮い立たせる。
「~~~~っっ! お、落ちてっ、堪るかあああああっ!!」
腹の底から吐き出した声に、全力で振り絞った気力を乗せたニアージュは、かつての郷里で培った持ち前の根性で再び手綱を握り締めると、死に物狂いで体勢を立て直した。
頭上では雷が、ゴロゴロと不気味な音を立て始めている。
「ニアージュ、ニアージュっ! 大丈夫ですのっ!?」
「だ、大丈夫じゃない気もしますけどっ、大丈夫だって事にしておきますっ! ――ラティ、あと少しよ! お願い、あなたも頑張って!」
ニアージュの必死な声を耳にした途端、ラティは一層奮起するかのように走る速度を上げ、その様を見たコニーが、ラティに追従するかのように速度を上げた、次の瞬間。
その場に閃いた眩い光が視界を焼き、一拍遅れて地鳴りを伴う轟音が鳴り響いた。
ニアージュもレーヴェリアも、瞬間的に周囲を満たしたあまりに凄まじいその光と音に、歯を食いしばって悲鳴を上げぬよう堪えながら思い切り手綱を引き、ラティとコニーを立ち止まらせる。
光と音の奔流はただの一瞬で跡形もなく引き、ニアージュとレーヴェリアが馬上から背後を振り返ると、およそ10メートルほど離れた場所に、追っ手の男達3人が揃って落馬し、うつ伏せに倒れ伏している姿が目に飛び込んできた。
連中が乗っていたはずの馬は落馬した主人を置き去りにし、後方へ走り去っている。
「……。今のは……。もしかして落雷、ですの……?」
レーヴェリアが馬上から呆然と呟く。
「いえ、けれど、その割に地面が全く抉れていませんし……馬達も元気に逃げ去っていますわね。
まるで、お伽話に聞く精霊の怒りのようですわ。ねえ、ニアージュ。……ニアージュ?」
「……。あ……。そう、ですね……。私にも、よく分かりませんが……これは好機です。今はお邸へ急ぎましょう」
「……そうですわね。今のあの現象を詳しく分析している余裕など、今のわたくし達にはありませんわね。それに、一刻も早くあなたの矢傷を処置しなければ」
「はい。……はぁ、嫌だなぁ。鏃を取り出すの、痛いんだろうなぁ……」
「それは仕方がありませんわ。矢が刺さったままではいられませんもの」
「うう、分かってますよぅ……」
なだめ諭すような口調で言うレーヴェリアに、ニアージュが半泣き顔で答える。
嘆息混じりにラティの首を撫でたのち、最後の気力を振り絞って再びラティを走らせようとしたその時、邸の方から馬に乗った警備の私兵と騎士数名とおぼしき者達が、こちらへ近づいてきているのが目に入った。
「……よかった。今さっきの騒ぎと落雷の音を聞き付けて、様子を見に来てくれたのね。旦那様の事とか、色々みんなに報告して、動いてもらわな、きゃ……」
もう大丈夫だと思った途端、安堵感と脱力感がどっと押し寄せてきて、目の前があっという間に暗くなる。ついでに、周囲の音も急激に遠ざかっていき――
ニアージュはそのまま馬上で気を失った。
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