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第6章
15話 襲撃者は、忘れた頃にやってくる
しおりを挟む予想外の言葉に驚き、一瞬言葉を失うレーヴェリアに、ニアージュは穏やかな口調で話を続ける。
「王の側には、できるだけ色々な考え方をする人や、視点や視野が異なる人が沢山いた方が、政における選択肢の幅が広がるものです。その中には、あなた様のような考えを持つ方もおられた方がいいと、私は思います。
場合によっては国主の決断に、優しさや情けなんてものが必要になる事も、あるかも知れないじゃありませんか。そんな時、ただ現実的なだけ、厳しいだけ、冷たいだけの主に、一体誰が最後までついて行きたいと思うでしょう」
「……それは……確かにそうかも知れませんわね。城や街、国というのは単なる容れ物ではありませんし、人の心も、ゼンマイ細工のからくり時計ではありませんものね……」
「それにですね。国主というのは、玉座から遠い人間が思っているほど、孤独なものではないんだそうですよ? 私の旦那様が仰っていました。
現実には、助けてくれる人や支えてくれる人、意見を出してくれる人、知恵を貸してくれる人などが周りにたくさんいて、本当に王が『独り』になるのは、決断を下す時だけなんだそうです。
もっとも、それは私が住んでいる国の、国王陛下の話ですから、皇帝陛下を戴いているあなた様の国には、当て嵌まらない部分もあるでしょうけど」
「……。いいえ、そう大差ありませんわ。お父様にも、側近と呼べる方達が幾人も侍っておりますもの。
――ニアージュ。あなたの旦那様は、素晴らしいお考えの持ち主ですわね。未来の皇帝の臣下として、一度お会いして話を伺ってみたいものですわ」
「そうですか。では、早速そうしましょう。まずはエフォール公爵の邸へお出で下さい、皇女殿下。ひとまずそこでなら、御身の安全もある程度確保できると思います」
微笑みながら首肯するレーヴェリア。
ニアージュも笑顔でうなづきながら立ち上がり、その手を眼前に座るレーヴェリアへ差し出す。
「ありがとう、ニアージュ。けど、皇女殿下なんて他人行儀な呼び方はやめて下さる? わたくしの事は名前で呼んで下さいな。
ああでも、レーヴェリアって呼ぶにはちょっと長いかしら。いっそ、お兄様のようにレヴィと呼んで下さっても結構ですわよ?」
「……。さ、流石に愛称呼びはお許し下さい、レーヴェリア様。あなた様がお許し下さっても、私が周囲から弁えていないとみなされてしまいます……」
「あら、そう? そういう事なら仕方がありませんわね。わたくしとしても、恩人のあなたを周囲の者達に無礼者扱いされたくありませんもの」
レーヴェリアは、差し出された掌に自身の掌を重ねながら、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
話がまとまったニアージュとレーヴェリアは、早々にその場を後にした。
ニアージュが少々癖のあるラティに乗り、レーヴェリアが大人しいコニーに乗って街道を行く。
軽く流す程度の早さで街道を進む中、件の追っ手らしき者達の姿は今の所見当たらない。
レーヴェリア曰く、連中の事は街中で撒いたとの話なので、もしかしたらまだ街中を駆け回り、レーヴェリアを捜している可能性も考えられる。
仮にそうだとするのなら、ここからの道中に危険はほぼないだろうが、油断は禁物だ。
周囲の確認を怠らないようにしなければならない。
しかし――ラティを走らせる合間にニアージュが懐中時計を確認すると、単身邸へ戻ろうと街を出てから、もう2時間以上が経過していた。
馬を走らせ始めてからの時間を加味すれば、2時間半といった所か。
当の本人には口が裂けても言えないが、やはりここにきて、レーヴェリアの長話が地味に効いてきたようだ。西の空には、眩さを減じた代わりに赤味を増した太陽の姿が見え、周囲も徐々に薄暗さを増している。
ニアージュはその事に焦り感じ、わずかに眉根を寄せた。
(……まずいわね。早くお邸に戻らないと、陽が沈み切って夜になっちゃうわ。この辺からお邸までは障害物も森も林もなくて、比較的開けてるけど、陽が沈んで暗くなったら、その利点も完全になくなって……いえ、それどころか、敵襲を未然に察知する事も難しくなる……!)
内心歯噛みしつつも、前方と左右に注意深く視線を巡らせるが、相変わらず街道の周辺に、それらしい人間の姿は見当たらない。
その代わり、遠目にエフォール公爵家の邸が見えてきた。
見知った場所が見えて来たせいか、一気に安堵感が押し寄せてきて危うく脱力しそうになり、ニアージュは慌てて気を引き締め直す。
(まだよ! しっかりしなさい、私! 公爵家の敷地に入るまでは安心できないわ! でも、あと少し、あと、もう少しよ……!)
ニアージュは真っ直ぐに正面を見据え、自分にそう言い聞かせる。
このまま順調に進んで、無事邸に到着できればいいのだが――
そんな事を考えていると、ニアージュのすぐ隣を、なにか細い物が掠めるように過ぎ去った。その物体は、ニアージュの隣を過ぎた辺りで失速し、地面に落ちるようにして突き刺さる。
その正体が果たして何であるのか。
もはや考えるまでもない事だった。
「――弓矢!」
「――えっ!?」
ニアージュが反射で上げた声に、並走していたレーヴェリアも釣られて声を上げた。
「もうっ! あともうちょっとでゴールなのに! ――レーヴェリア様! 馬の速度を上げます! どうか遅れないようついて来て下さい!
大丈夫、ウチの子達はみんなタフな頑張り屋です! ここからお邸までの距離なら、ちゃんと走り切ってくれます!」
「……ええ! 分かりましたわ!」
切羽詰まったような声を上げるニアージュに、レーヴェリアも硬い声でそう答えた。
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